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MONO代表・土田英生のブログです

2016年09月28日

BAR土田

 相変わらず下北沢に色々な人がやってくる。

 いや、ほとんどの人は「今、なにしてますか?」という感じで連絡が来るので、多分、下北沢近辺にいて、時間が空き、「そういえばあいついるな」と考えて連絡をくれているんだと思う。
 その証拠に、ほとんどが稽古帰りの人か、下北で芝居を観た帰りの人か、打ち合わせ終わりの人だ。
 なんだろう。
 私は帰りに立ち寄るタイプなんだろうか?

 だとしたら、私はBARだ。これからはBAR土田と名乗ろう。蝶ネクタイにベストをきて、シャカシャカとシェーカーを振って出迎えることにする。

 ああ、来年のキャスティングが中々思い通りにいかない。
 けど、諦めずに頑張ろう。やっぱりやりたい人とやりたいし。

 いろんな人と会って喋りながら、人との関わりの不思議や、分岐点について思いをはせたりする。
 俯瞰してしまったりするね。
 会いにきてくれる人は、もちろん現在仲のいい人たちだ。知り合って間もない人もいるし、昔から続いている人もいるし、それはまちまちだ。

 けれど、こうして喋っていても、数年後には全く話さなくなったりする人もいるんだろうなあと思うと、少しだけ切ない気持ちになる。

 これまでだってそうだったからだ。
 
 一人の人間が出会う人の数なんてたかが知れている。
 ましてや、ずっと関係が続く人なんて本当に限られている。
 最近、つくづくそう思う。
 若い時はこれから無尽蔵に人に出会うと思い込んでいた。
 だから、簡単に関係を途絶えさせてしまった人たちもたくさんいた。
 あの時は、またこういう人に出会えると思っていたけれど、今になって考えると、やっぱりその人でしかなかったりするんだよね。

 まあ、それでも出会いに関しては私は恵まれているとは思う。
 MONOだってそうだ。彼らとこんなに長く一緒にいるとは想像もしていなかった。何度も分岐点はあったと思うけど、お互いにどこかで「こんな人はいない」と思えたから、こうして続いてるんだしね。お互いの努力もあるんだろうけど。

 けど、それは後になってしかわからないことなんだよね。
 現在、BAR土田に来店する人達との関係だって、十年後に振り返ったら全然違うんだろうし。

 昨日、広島で来月やる試演会の台本を書かなければいけなかった。
 けれど、いろいろな事務作業などをやっていたら夜になってしまった。
 さて書こうと思うのだが、眠気に襲われた。
 と、夜、かなり遅くなって……友達からLINEがきた。下北沢にいるという。やはり何かの帰りだ。

 しかしだ。私は朝までに書かなければいけない。遊んでいる時間はないのだ。
 けれど、このままだと眠ってしまう。だから会うついでに見張ってもらうことにした。

 ……おかげでパソコンに向かうことができ、そして書き終わった。

 情けないことなのだが、私はとても過保護に育った。
 小学校の時などは、親が後ろに立っていてくれないと宿題すらやらなかった。ただの漢字の書き取りなのに、父親は「そうだ。そこはハネて。そうそう」などと言いながら最後までいてくれていた記憶がある。
 だからなのか、今でも人が見ていると仕事ができたりする。MONOの最初の頃もそうだった。書けない時は水沼君などに部屋にきてもらったりしていた。
 
 話がそれた。
 
 まあ、忙しくなるから、しばらくはBAR土田は休業だ。
 
 
 
 
posted by 土田英生 at 07:41| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

パターンを変える

 なぜだか分からないけど、今月に入って異様に「ちょっと会いませんか」という連絡が多い。
 常連の人からも、本当に意外な人からも来る。
 最後に会っておこうとでもいうような勢いだ。
 間も無く私の身に何があるんじゃないかと不安になるではないか。

 気がついたらここ1週間は毎日誰かと会うという事態になっていた。
 知り合いとご飯を食べたり、ただただダラダラ喋ったり、意外な人と水タバコの店に行ったり、今頃になって公演の反省会をしたり、若い俳優の相談に乗ったり、劇作家や演出家と芝居の話をしたり、カメラマンの友達に写真の撮り方を教えてもらったり、一緒にゲームをしたり……これではまるで大学生だ。
 
 会おうと約束して果たせていない人もまだたくさんいるのだが、どうしたらいいのか。書くことや、準備しなければいけないこともあるしね。まあ、ちゃんと進めてはいるんだけどね。
 10月にある『解夏』のリーディング公演も脚本はほぼ出来上がったし、書き下ろし小説も最終の校正をしてもらっている段階まで来た。
 残っているのは……広島でやる演劇学校の台本、戯曲賞の候補作を読むこと、MONOの次回公演を書くこと、宮崎のプロデュース公演の台本を完成させることぐらいだ。いや、おかしいな。結構あるな。
 
 今日も午後からは人と会う約束だ。
 とにかく今は誘われたら会っている。

 私には時々こういう時期がある。
 そしてそういう時、何かが変わる。
 自分で自分のパターンを決めてしまっている人は結構多い。
 しかし、うまく回らないのはそのパターンのせいだったりする。
 性格は一生変わらないと考えているけど、環境によって考え方は変えられる。
 育った過程や性格で出来上がった自分の行動パターンはそれなりに意味がある。自分にとって、それが快適に生きる方法だからだ。けれど、そのパターンの中にいるだけでは同じことの繰り返しにしかならない。新しい展開を望むならパターンを崩さなければいけない。
 私はそういう時に他人を使わせてもらってきた。
 人から言われたことをそのままやってみたり、流れに身を任せてみたり。
 すると環境が変化し、自分のパターンが崩れる。
 と、意外なところに道が見えたりするのだ。
 変わるね、また。
 どんなことになるのか、楽しみだね。
 
posted by 土田英生 at 08:18| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

守るものと捨てるもの

 何を守ればいいのか、何を捨てればいいのかを考える。
 もちろん物事は1か0ではなくて、その間もあるわけで簡単に線を引けるものでもない。
 けれど、やっぱり物事には優先順位があって、一番やりたいことや欲しいものを手に入れると、二番目のものは捨てなければいけなかったりする。

 私はかなり俗な欲も持ち合わせているので、できればやりたいことをやりながら、それでも社会的にも認められたいとずっと願ってきた。
 けれど、やっぱり全部は無理なんだよね。
 都合いいところだけを欲しいということには無理がある。

 前に、とあるワークショップで「劇作家で食べるのはどうしたらいいですか?」と聞かれ、「面白いものを書くしかないんじゃないですかね」と答えたら、「いや、食べられないなら劇作家を目指すのをやめようと思って」と答えた人がいた。
 だけどねえ。
 そんなことは誰も保証できないし。
 そもそも金持ちになりたかったら、劇作家なんて目指さない方がいいよね。売れたとしたってたかが知れてるんだし。
 まあ、自分のやりたいことをやりながら、それでもなんとか生活したいというのならなんとなく分かるけど。
 
 20代の頃、とにかくバイトをやめたいと願っていた。けど、具体的な勝算や方法もなく、ただ、劇団で公演を繰り返し、そして赤字を作っていた。ある時、お客さんが増えだした。東京から声もかかり公演をした。公演の成功だけを願って芝居を作っていた。
 そしたら脚本の依頼がきたり、テレビドラマを書いてくれと言われたりして、気が付いたら生活ができていた。まあ、今だってそれがいつまで続くかわからないけどね。
 
 何かをやるには、何かを諦めなければいけない。
 守るものは一番大事なところだけにしないといけない。
 それは人によって違ったっていいしね。

 まあ、初心に帰って頑張ろうと思う次第だね。
 
posted by 土田英生 at 03:34| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする