表紙に戻る
MONO代表・土田英生のブログです

2006年07月06日

エジンバラのこと

 ミサイル発射のニュースにはやはり驚いた。
 それにしても憂鬱になるニュースが続く。実際の不安よりも常に自分が試されているような圧迫を感じてしまう。何かが起こる度、イヤなニュースを知る度に必死で自分の考えや立ち位置を確認する。しかし簡単には割り切れない。一つの立場に立ってしまうことは恐い。かといってそのままにしておくことも不安だ。無根拠の中にいる恐怖。
 そんな時、私は決まって英語の勉強を始める。勉強といってもペーパーバックのような英語の小説などを読んだりするだけだ。これは完全に逃避だ。しかし分からない単語を辞書で調べたりしていると束の間だが心が休まるのだ。
 今日はエジンバラで買って来た「スコットランドの歴史」という本を読んでいた。イギリスの歴史というと、どうしたってイングランドを中心に書かれているものが多い。しかしこの本を読んでいると見方が全く異なっていて面白い。イングランドは明らかに侵略者として描かれている。
 ワールドカップのイングランド初戦の日、エジンバラにいた。パブにはイングランドのユニフォームを着た人々も集まり盛り上がってはいたが、他の人は一様にしらけていた。リーディングに関わっていたイングランド生まれの人達もひっそりと応援していた。まるで別の国にいるようだった。この本を読んでいるとそれもむべなるかなという気がする。
posted by 土田英生 at 02:23| 京都 ☁| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月08日

触発。

 いい本などを読むと触発される。いい舞台を観ると悔しいながら自分もやる気になる。それが相乗効果というものだ。今日は何も書かないつもりでいた。もう夜も遅いし、仕事の締切りも間近に迫っていることだし。
 しかしだ。さっきある研究成果を読んで非常に日記心を触発されてしまった。

 しかし少し長くなるかも知れない。

 ……あれは神戸だった。港の近くにあるクラブ。そこでガバメント・オブ・ドックスのコントライブがあった。イベント的な企画だったので私達はベスト版的なネタを集めてライブに望んだ。私は水沼君とコンビを組む事が多く、その中でも「理由なき反抗」というネタはこれまでどこでやってもすべったことがないという十八番だった。
「舞台は戦場の最前線。水沼扮する上官が部下である私に次々と不条理な命令を下す。それは全てこの危機的状況を脱する為であるという。しかしあまりに理不尽な命令の数々に「なぜですか?」と私が問いただすと、彼は「理由は後でいう」というだけで、更なる難題をふっかけて来る……」

 ……ここ神戸でも滑り出しは受けていた。しかしだ。ネタの中で次のようなやりとりがある。
水沼「(爆発音の中)おい、お前、高見山って知ってるか?」
土田「(あまりの唐突な問いに)はあ……」
 と、水沼はいきなり私の眉毛に“黒いテープ”を貼る。つまり高見山のような眉毛にして、
水沼「よし、これで一安心だ」
土田「いや、これ、あの……これ、なんの意味があるんですか?」
水沼「理由は後で言う!」

 しかし神戸で水沼は「高見山って知ってるか?」という台詞の後、なぜかいきなり小さな声で「……畜生」と呟いた。おかしなアドリブだなと思っていると彼は本当に悔しそうな表情を見せた。そして中々私の眉毛にテープを貼って来ない。

 ……どうやら水沼がテープを用意するのを忘れたのだと悟った。

 と、何を思ったか、彼は親指で私の眉毛を擦った。私は黙って擦られていた。後で聞けば心の中で「眉毛よ、太くなれ」と念じたそうだが、もちろんそんな奇跡は訪れるはずもない。客席からの異様に静かな反応が訪れただけだった。
しかし「いや、これ、あの……これ、なんの意味があるんですか?」という台詞をあれほど心を込めて言った事はない。水沼も「理由は後で言う!」という台詞をあれほど力強く言ったことはなかった。
 
 あれは扇町ミュージアムスクエアだった。MONOの『Holy Night』という芝居中だった。私は袖の中にいた。舞台では皆が調子良く台詞を回している。客席も沸いていた。水沼君が台詞を言いながら袖にはけて来る。設定では二階に上がって去って行ったことになっている。

 そして彼はしばらくして二階から下りてくるはずだった。
 
 皆の台詞がとまる。袖にいた私はおかしいと思って舞台中を覗いた。皆が固まっている。私は慌てて袖の中を走り回った。そこには出番のはずの水沼が幕の陰で大の字になって寝ていた。私は彼をつついた。
 と……。
 彼は気づいたようで、慌てて舞台に飛び出して行った。
 二階に消えたはずの彼は、一階から姿を現した。
 
 今日書きたかったエピソードはこの二つだ。
posted by 土田英生 at 04:41| 京都 ☁| MONO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

そう言えばタバコのこと。

 禁煙は続かなかった。
 一週間強で断念した。
 三日目、四日目辺りが一番苦しく、もがきながら我慢していた。と、五日目から途端に楽になった。で、一週間経つとタバコのことを考えなくなった。「おお、やめられた」と感動した。なのに……吸ってしまった。
 一昨日、ドラマ「東京タワー」の完成披露試写会に行って来た。まるで映画のようにちゃんとした試写会。内容を書く訳にはいかないが、いい仕上がりだった。放送が楽しみだ。
 で、終ってから食事会。田中裕子さんや蟹江敬三さんと喋れたのが嬉しかった。やはりベテランの役者さんは違うね。漂わせてる空気からして魅力的だし。
 そこで大泉君と喋っていて気がついた。そうだ。禁煙を破ってしまったのは彼が京都へ来て一緒に食事をした時だ。話に夢中になっていて気がつくと知らない間に吸っていたのだ。だったら反省すればいいものを、一昨日の食事会でもそんなどうでもいい内容を喉を酷使して必死で喋り、再びタバコもたくさん吸った。おしゃべりと喫煙からは中々逃れられない。
posted by 土田英生 at 01:56| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

意味ない行為。

 失恋して髪を切る。
 何かしら大きな失敗した人が「頭を丸めます」と坊主にする。
 あれは何だろうなあとずっと思っていた。武士が髷を切る所から来てるんだろうか? 出家する行為から来てるのだろうか。まあ、そんなことはいい。
 
 そして現在の私だ。失恋もしていないし、大きな失敗をしたわけでもない。武士でもない。しかし、どうも仕事が順調に捗らない。まずいまずいまずい……とイライラしていて、突然「そうだ、坊主頭にしよう」と思い立ったのだ。まるでJRのコピーみたいだ。しかし私は京都に住んでいるので「そうだ、京都行こう」とは呟けないのだ。結構髪は伸びているので「坊主しよう」とは呟くことが出来る。
 なぜかは分からない。髪を切ったところできっと何も変わらない。ただ、太った顔が余計に大きく見えて嫌になるだけだと思う。しかしもう決めてしまった。坊主にする。今、美容院にも電話をした。意味ない行為だとは認識している。
 
posted by 土田英生 at 12:25| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

色々ある。

 締切りに追われている。まずい……頑張るしかない。
 しかしそんな私に様々な難題が降り掛かる。

 まずは短くなった髪。その結果として太りつつある顔がむき出しになってアゴが消えかけていることに驚いた。鏡をみて「うわあ……んんん……ううう」と、小声ながら結構長い時間呻いた。再び一念発起して深夜のジョギングを再開した。去年の夏は走って8キロ落ちたのだ。しかしそこから気がつけば9キロ増加している。走る。絶対に続けてやる。
 最初は面白いように体重が減って行くので快感だ。すぐに停滞したり戻ったりを繰り返すんだが、最初だけはいい。既に2キロ落ちた。とにかく去年と同じように8キロは落とそう。9月に舞台『錦鯉』の製作発表があるようなのでそれまでにスリムになると目標を定めた。

 そして数日前、ドラマ『東京タワー』の放送延期の連絡をもらった。

 多くの知り合いから「どうなってるの?」というメールをもらい、実際に会う人達からも「何か知ってる?」と聞かれ、MONOのBBSにも書き込みをしてもらっているようなので、関わっている私がここでそのことに全く触れないのもなあと思ったりする。

 もちろん今回のことは非常に残念だ。全くもって悔しい。試写会も無事終わりいよいよ放送間近だったのに。そろそろだねえ、と私の中でも盛り上がって来てたし……やっぱり残念だ。ただ、お蔵入りということはないと信じている。軽はずみなことは言えないし、そのことに責任も持てないのだが、私個人の感触として「それはない」と思える。フジテレビの人達とも喋ったけど、やっぱりそう思う。だから今は放送日が再び決定するその時を待とうと自分に言い聞かせている。「無期延期」の「無期」は「期日が決まっていない」という意味であって「永久に」ということではないのだ。

 今回のドラマは色んなことがあった。しかしキャストスタッフがまとまってそれを乗り越えたんだし、実際に出来もとてもいい。だから放送されないということはない。……と、私は思う。
posted by 土田英生 at 22:15| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

不規則。

 仕事がたて込んで来ると全てにおいて区切りがなくなる。
 まずいつ寝ているかが分からなくなる。もちろん寝るが、仮眠の連続のような状態になるのでぐっすり朝まで寝るというようなことがない。合間に三時間とか、新幹線の移動中とかそういう隙間に眠るという生活になる。もちろん食事の時間も決まらず、ただ腹が減ったら食べるという感じになるし、それが朝ご飯なのか晩ご飯なのかは自分でも判断出来ない。
 だから薬などを飲んでいる時に非常に困る。朝夕一錠を食後に、などと言われても自分でも分からない。今も甲状腺の薬と喉の薬を飲んでいるが、ひじょうに苦労している。
 
 書くことを仕事にしている人にも毎日決まった時間に起きて、決まった時間に書いて、という人がいると聞く。羨ましい。是非ともそうしたい。中には朝ちゃんと仕事場に出勤して家に帰ってからは書かないという人もいるらしい。どうしたらそうなれるのか?
 しかし締切りが遠ければ力が入らず、迫ると慌てて徹夜をするという怠けものの私にはどうも夢のまた夢という気がする。ちゃんと比べたわけではないけど、私は書き出せば比較的に早い方だと思う。どれとは言えないが一晩で一時間半の芝居を書いたこともあるし、テレビの連続物をやっていた時には、そういうペースで書かざるを得なかったこともある。
 ただ、問題はそういう「滅茶苦茶頑張って一気に書く」という技は持続しないということだ。一回それをやると三日くらい使い物にならない。頭の中が真っ白になってしまってカスカスの状態になってしまう。
 そして今も朝の5時だ。しかしまだ眠れない。今日の昼までに頑張って書かなければならない。さっき体重計に乗ったら最近走っているにもかかわらず増えていた。猛烈に走り出したい衝動に駆られているが、こんな時に走って身体にいい訳がない。
 そうだ。不規則になるとダイエットにも影響する。

 
 
posted by 土田英生 at 05:18| 京都 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

意外と短い時間

 昨日が締切りのドラマ脚本を何とか終えて送り、今日は来年上演予定の舞台台本の大幅な改訂をしている。

 昔、書いたものを読んでいると不思議な感じがする。作品を書いている時、どこか1箇所気になることがあると、そのことを考えすぎるたりする。そしておかしな工夫をし過ぎた結果、今度は全体として明らかに不自然になったりするのだ。だから今になって冷静に読んでいると「どうしてこんなことに気づかなかったのか」と唖然とする。時間を置くことが時には必要だ。かと言って冷静になって書き直せば良くなるとも限らない。ここが難しい所なのだが。
 
 改訂しながらこの作品は何年に書いたんだっけと、MONOのHPでこれまでの記録を見てみた。チェックするだけのつもりが、ついつい旗揚げから順番に見入ってしまった。1989年に劇団を始めてから17年。17年は結構長い。劇団旗揚げの時に生まれた子も今や大人になる一歩手前まで来ているはずだ。しかし頭でいくらそう思ってもその長さを実感出来ない。きっと私の中でも、劇団としても色々あったはずだ。しかし公演の記録だけを辿っているとあっという間だと感じてしまう。
 
 これまでにMONOをやめてしまおうと考えたことがないわけではない。しかし結果として続いている。現在は比較的ゆったりとしたスタンスで劇団の活動はある。特に今年は各々が個人の活動をしている。
 作品を書いている時と同じで、あまり近視的に物事を見ると全体像が掴めなくなる。劇団のことを深刻に考え過ぎていた時期もあったけど、今はいい感じでとらえられてると思う。まあ、せっかくこれだけ長くやって来たんだし、そのことをマンネリではなく上手に生かして行きたいもんだ。次回公演の構想も徐々に固まって来た。本格的に作品を書き出すのは秋になると思うけど、タイトルなどはほぼ決まった。間もなく発表出来ると思う。  
posted by 土田英生 at 06:24| 京都 ☔| MONO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月30日

流れというものの恐ろしさ。

 流れというものは恐ろしい。私が言っているのは会話における流れだ。人にはアイデンティティがあり、さっき喋った自分のある言動を中々即座には否定出来ず、その前提を土台に新しい会話を築いて行ってしまう。セールスをする人等はこの辺りの機微を良く知っていて頻繁に使う。
 例えば前にこんなことがあった。ある人から「月に焼き肉を何回食べますか?」と聞かれ「一回」と答えた。「この店の会員になると年会費1000円で焼き肉が毎回800円引きになります。あなたのペースだと年に9千600円、会費をひいても8千600円の得ですね」……ま、きっぱり断ったが、私が言いたい事は「月に一回」と答えた私の言動を元に相手は揺さぶってくるということだ。
 で、今日はセールスでもなんでもないのだが、会話の流れ上おかしなことになってしまった。
 私はここでも書いている通り、ダイエット中だ。とにかくご飯はたくさん食べず、野菜ばかりを食べ、そして夜には走っている。お陰で体脂肪率などは2.5ポイントも落ちて安定して来ている。体重はまあまだ2、3キロの減だがこのまま暮らせば更に減って行くだろう。
 しかし問題がある。辛いのだ。毎日一時間近く走るのはキツい。お腹も減る。今もぺこぺこだがここは堪えなければならない。
 で、今日は朝から仕事をしていてもどうも空腹で力が出ない。これではきっと挫折する。そして昨年は8キロ減った後、やめたらいきなり10キロ増えたのだ。またしてもそうなってしまうのか。……そこで少なくとも身体を動かすのをもっと効率良く出来なものか思案した。その思考は以下のような順番で展開した。

 スポーツをやればいいんじゃないか? 知らず知らずに身体を動かすことが出来る→泳ぐがいいというが、走るのと同じで面倒になるだろう→楽しいスポーツは何だろう? 球技だ→テニスはいいけど、頻繁にはやりづらい→私は中学の時は卓球部だった。卓球ならいいんじゃないか→そう言えば近所にかなり本格的な卓球場があった。

 インターネットで近所の卓球場を調べてみた。あった。やっぱり本格的だ。ちゃんとしたクラブチームも持っていて、社会人クラブとして大会などにも遠征している。そして最後に「お気軽に電話を」という文字があった。なぜか私はここで「お気軽に」電話をしてしまった。コメントに素直に従ってしまったのだ。すると女性が電話に出た。
 
「あの、卓球をやりたいんですけど……」
「あ、卓球台も時間貸しをしてますから、誰かと来てもらえれば1時間500円で出来ますよ」
 優しく子供に喋るような声。卓球を昔一生懸命やった私にとっては眠っていたプライドの破片を突かれたような気がした。今、考えれば彼女のこの言葉が私を違う方角に連れて行った。
「いやいや、もうちょっとちゃんとやりたんです。本格的に」
 すると彼女は「はあはあ」と相づちを打ち、そして突然専門的な質問に切り替えた。
「経験者ですか?」
「まあ、中学のクラブ活動ですけど……」
「タイプは? ラケットは何を使ってました?」
「え? ああ、ペンホルダーで速攻だったので、表の一枚ラバーを使ってましたけど」
 そして中学の時の成績などを聞かれたあげく、
「じゃあ、一回来て下さい。実は男子選手が今は足りてないんです」
 ここで私は違うと思った。なんだ? 男子選手? 私はダイエットの為に……。ちゃんとはやりたいが、何か違う。そうだ、スポーツとしてはやりたいが、選手だとか、そういう課外活動をしているようなゆとりはない。
 しかし彼女は畳み掛ける。
「ちゃんとやりたいんですもんね? ええ、クラブチームの練習は毎週末です。では明日はラケットと靴を持って来て下さい」
 最後に名前などを聞かれて電話は切れた。そんな、ラケットも何もない。一体どうすればいいのか?

 ……一時間後。私はスポーツショップにいた。二十五年振りにラケットを選んだ。一枚ものは高いので合板だが、まあ最初はこれくらいでいい。ラバーも買った。これはなんと私が中学一年の時に使っていたものと同じ物を買った。ラバーとラケットと貼付けるボンド、そしてソックスに卓球シューズ。何だか買い物をしていると「匂い」に酔った。懐かしさがこみ上げて来てついつい買いそろえてしまった。
 何か違う。間違っている。しかし明日、とにかく一回行ってみる。ラケットも握りが良くなるように削ったし。素振りもしてみたし。なんか……時間が二十五年戻ってしまった。
posted by 土田英生 at 03:43| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

流れの恐ろしさ。(後編)

 年を取ると筋肉痛は遅れてやって来るという。私にもその実感はある。なぜか太腿が痛くて理由を考えてみると二日前に駅の階段を走り上がった記憶に突き当たったりする。しかし。あまりに激しく動くとその場で足は動かなくなるのだと思い知った。
 昼過ぎ。昨日買ったラケットやシューズなどを持って卓球場まで行った。ドアをそっと開く。と、そこには数人の人がいた。『あの……昨日電話させていただいた……」「あ、土田さんね?』昨日電話に出てくれた女性らしい。『中学以来、25年振りにちゃんと卓球やる人よ」彼女が周りの人に楽しそうに解説する。『ええ、まあちょっとだけ、打ってみたいと思ったもんですから……」モゴモゴと私は口ごもる。
 そうなのだ。遊びでは何度もやっている。しかし中学の部活動以来、きちんとやったことはない。しかし彼らの本格的な空気にはっきり言ってビビってしまった。
『さ、じゃ、着替えて来て』

 まずはその女性が相手をしてくれた。
 ……うまい。最初はフォアでラリーを打ったのだが、最初から凄い早さなのだ。そして私の球は入らない。「すみませんすみませんすみませんすみません」と、彼女が球を拾いにいく度に何度も私は謝る。離れた台では本格的な人々が激しい練習をしている。
 何だ、ここは?
 しかし彼女はとても優しい。私が何度ミスしても『25年振りだしねえ』と笑う。いや、そもそも25年前だって大したもんじゃないのだ。勘が戻った所でこの人達のレベルには到底追いつかない。しかし彼女は本格的な人達にも『この人、25年振りだって。まだ勘が戻ってないのよ』ばかり言う。皆はあまりに興味を示さない。特にここのオーナーはチラリと私を見るだけだ。
 しかし不思議なことに30分もするとやや慣れて来た。本当に勘が戻ってくる感じがした。遊びではいくらやっていても「こんなもんだったかなあ」と思うだけだったが、やはりちゃんとした人ときちんと練習をすると違う。「球が離れてない!』『正面で!」などと言われている内にみるみるラリーにもついて行けるようになった。
 すると周りにいた男性達も少しづつ言葉をかけて来る。『ショートの時、腕を天井に向けるんだ。ちょっと見てろ、こうだ』などと指導してくれる。すると途端に良くなる。聞けば数々の大会で優勝したりしている人らしい。京都では東山高校の卓球部は強くて有名だが、そこの集まっている人達にもそのOBが多かった。
 一時間打った後、相手が男性に変わる。彼も中学高校大学とずっと卓球をやって来た人だという。レベルが違って申し訳ない。しかし丁寧に付合ってくれる。なのでとにかく必死で私はやった。フォア、ショート、そしてツッツキ、最後は三球目の練習をする。『足が動いてない』などと周りからもアドバイスが続く。しかし……もう息が切れる。そして足がもつれ始めた。始めて二時間。もう限界だった。全く足が動かなくなった。
『あの……すみません。もう限界なので、今日はこの辺りで……』
 
 着替えて帰ろうとするとオーナーが言う。
『クラブチームの練習にも来たらいい』
『……』 
 私がぽかんとしていると横の男性が言う。「まず半年だ。そうすれば少しはましになる。試合にも出られるよ』私は何も言えずへらへらと笑っていた。何だか流れがいけない方角に行っている。確かに楽しかったが、卓球を本格的にやっている時間はない。秋には舞台『錦鯉』の演出もあるし、まだまだ書かなければならない脚本も残っている。
 しかし……皆は私が持っていたラケットなどを点検し、様々なアドバイスをくれる。サービス精神の旺盛な私はよせばいいのにカタログを見て質問までしてしまう。どう見てもやる気満々ではないか。そして帰ろうとした時、相手をしてくれていた女性が笑顔でとどめを指す。「懲りずに続けてね。待ってるからちゃんと来てね」
 ……ついつい私は「もちろんですよ』と言ってしまった。
 取り敢えず私は来週も行くだろう。しかし今も足が痙攣している。
 
posted by 土田英生 at 17:39| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする