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MONO代表・土田英生のブログです

2013年11月03日

元気になりにいく

 会う人との関係性で、表に出てくる自分も変わる。
 最近はさすがに私もすっかり大人なので、自分よりも若い人たちと喋ることが多い。
 だからなのか、物事が分かったような顔をして喋ったりする。
 昨日はそれが久しぶりに崩れた。
 すっかり後輩モードだった。

 小堀純さんという人編集者がいる。
 関西演劇界のご意見番で、ほとんどの人が小堀さんには世話になって来たと思う。
 私もご多分に漏れず、その一人だ。
 二十代の頃は怒られたりもした。

 で、その頃、京都でいつも私がくっつき回っていた先輩劇作家が、松田正隆さん、鈴江俊郎さんだ。
 松田さんは大学が同じなのでよく喋っていたのだが、そこに鈴江さんも加わり、それから十年くらいは常に彼らが周りにいる生活だった。
  一週間に一度は三人で徹夜して話していたし、キャンプにも行ったし、戯曲同人誌も作っていたし。
 まあ、二人の背中を見ながら私は劇作家になったと言っても過言ではない。

 で、小堀さんが還暦。
 還暦祝いのパーティーは7月に盛大に大阪で行われ、私も司会をさせてもらったりしたのだが、それとは別に三人でひっそりと祝う会をしようという話になった。
 松田さんも鈴江さんも今は東京に住んでいる。
 なので、小堀さんが東京に用事がある時を見計らって東京で飲もうということになった。
 
 昨日、京都から移動して夜に集合。
 朝方まで話した。
 こんなメンバーで集まるのは……10年以上ぶりだ。
 ああ、楽しかった。
 三人でいると私はすっかり弟的な役割になる。
 「アニキたち、それは違うっすよ!」という感じで、声も一オクターブくらい高くなる。
 昨日も「オレ、あの店、見てくるっす!」とビルの階段を二十代前半のスピードで駆け上がったりした。

IMG_2316.jpg
 
 で、飲み過ぎた。
 今日の昼。
 下北沢で目が覚めて……慌てた。
 急いで京都に戻る。
 そうなのだ。明日から旅行なのだ。なにも準備していない。
 朝イチのフライトなので空港のホテルに泊まる。だから京都の自宅に戻らなければいけない。

 それにしても……なんだか効率悪いことをしている。
 伊丹から成田へ飛んで、そこで乗り換えるのだが……東京にいたんだから、そのまま成田へ行けよって感じだ。飛行機のチケットを取った時には京都にいると思っていたので、まあ、仕方ないんだけど。

 で、準備も終わった。
 中途半端に時間が空いた。
 なのでこれを書いている。
 
 まだ、時間あるね。

 えっと……行くのはロンドンだ。
 またかという感じだ。

 ロンドンの留学から帰ってきて以降、ほぼ半年に一度のペースでロンドンへ行っていた。
 入国審査の時「観光です」と言ったら、「これだけ来て、どこを見るの?」と係官から詰問されたことがあるくらい私のパスポートにはイギリス入国のスタンプが押されまくっている。

 いつも一回の滞在は一週間から二週間くらい。
 今回も10日。
 舞台も観ない。ほとんどはアンティークマーケットを巡ったり、街をぶらぶらしたり、友達に会ったりするだけだ。

 周りからは『どうせなら色んな場所に行けばいいのに』と、よく言われる。
 『そんなにロンドンが好きなんですか?』とも聞かれる。
 冷静に考えてみると、そうではない。

 これは思い込みなのだ。

 私は外では元気満々な割に、いや、だからこそかも知れないが、メンタルが弱い。
 一人でいるときの私の心の中は、後悔、自己嫌悪、嫉妬、無力感が結構大きな顔をしている。
 ストレスも溜めやすい性格だと思う。

 で、随分と昔だ。
 初めて連続ドラマの仕事をしたりして忙しくなった頃だ。
 心がダウンしてしまったことがあった。
 医者にも通った。
 しかし……中々回復しなかった。
 その一年後、私はロンドンに留学し、その間に元気満々になった。
 
 『危なくなったらロンドンに行け』

 なんだ、この警句みたいな響きは。ノストラダムスの大予言みたいだ。
 逃げよ、逃げよ、全てのジュネーブから逃げ出せって感じだ。
 いや、とにかく「ロンドンに行けば私は元気なるのだ」という思い込みが刷り込まれた。

 この思い込みは効果があった。
 いくら忙しく、そして悩んだりしてもロンドンへ行って、ヒースロー空港に到着すると、なんだか細胞が緩んで行くような錯覚があった。だから半年に一度のロンドンだったのだ。留学した場所が他の場所だったら、きっと同じように半年に一度はそこに行っていたのだと思う。

 しかしだ。
 ここしばらくは……全くその時間がなかった。
 一昨年、去年と一度も行けなかった。
 だから今年の始めから周りにお願いしていた。今年こそは行きます、と。
 本当は春に行こうと思っていたのだが、仕事が重なっていたのでとてもじゃないが一週間の休みは取れなかった。

 ぼうっとしてこよう。元気になる為に。

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 しかしだ……今はそこそこ元気だ。
 仕事も落ち着いているのでストレスも少ない。
 元気になる必要があるんだろうか?
 こんな状態でロンドンへ行ってしまったら、どうなるのか。

 手に負えないくらい元気溌剌になってしまうのではないか。
 帰ってきてからの私は危険だ。

 ずっと一オクターブ高い男になってしまうかも知れない。
 
posted by 土田英生 at 20:23| 京都 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月11日

帰りたくない。

 ホテルのトイレに座りながら書いている。
 今日の夜の飛行機で日本に帰らなければならない。

 ああ。
 
 いやいや、10日間も休ませてもらって充分だ。
 仕事をする気力もある。
 芝居を書きたいとも思う。
 いやいや、MONOの新作があるので、帰ればいやがおうにも書き始めるんだけど。

 久しぶりのロンドンで、しかもオリンピックがあったせいか、ところどころキレイになっていた。
 だけど、まあ、やっぱり変わってなかった。

 ああ。

 せっかく慣れたのに。
 もう一ヶ月くらいはいたい。
 夕方までせめて楽しもう。

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posted by 土田英生 at 17:56| ロンドン | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月13日

時差ボケがない。

 京都に帰って来た。
 で、そのまま起きている。
 これは時差ボケなのだろうか。
 英語では時差ボケのことを“jet lag”と言ったりする。

 しかし、実は私には関係ないのだ。
 普段、完全に夜型の生活をしているのでなんの問題もない。
 都合がいいことに、ロンドンに行くとちゃんと昼間活動できる。もしかしたら私は日本でもグリニッジ標準時で暮らしているのかも知れない。

 久しぶりのロンドンだったが、なんの違和感もなかった。
 地図を開くこともなく、地下鉄の路線図も見ない。
 しかし街を歩いていると……やっぱり随分変わっていた。
 近代的な建物がやたら増えた。
 ロンドンの人たちはどういう訳だか、ガラス張りのビルを建てたがる。
 しかも奇妙な形のビルばっかりだ。

 私は古いものが好きなのだ。
 アンティークが好きなのもそうだし、京都の大学に進学したのだって、古い街が好きだという理由からだ。
 そうなのだ。筋金入りの古いもの好きなのだ。
 皆が透明な下敷きに松田聖子の切り抜きを入れている時、私は京都市街図を入れていた。しかも裏返すと「京の年中行事」という表が見えるようになっていた。私は愛知県の高校生ながら、時代祭や祇園祭の時期を把握している渋い青春時代を送っていたのだ。
 だから京都の街がどんどん新しくなって行くのを苦々しく思っている。
 いつか京都駅を茶色のペンキで塗ってやりたいという野望も捨ててはいない。
 話が京都になってしまった。

 問題はロンドンだ。
 
 ロンドンだって同じだ。そのまま古い街並は残して欲しい。
 そんな私の気持ちも知らず、オリンピックに浮かれてビルばっかり建てちゃって。
 ドックランズやシティ界隈は随分と前から景観が変貌していたので諦めていたが、今はザザークやヴィクトリア駅周辺までピカピカになって来ている。
 大体、最近できたという「ザ・シャード」というビルは超高層なので目立って仕方がない。

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 そして……駅舎もどんどん変わっている。
 現在も至る所で工事をしている。
 ボンドストリートもトッテナムコートロードもヴィクトリアも工事中だった。
 
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 まあ、そういうもんだよね。
 仕方ない。
 しかし……留学中に私が通っていた美容院や、大好きだったパブまでなくなっていた。
 友達もかなりロンドンからいなくなった。

 しかし、何人かには会えた。
 ほっとした。
 アンティークマーケットには顔を知っている店員さんもいた。
 
 そうなのだ。街全体としては、やっぱり変わってなかった。
 また近いうちに行こう。

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posted by 土田英生 at 07:44| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月18日

エミちゃん祭

 人は年齢とともに眠る時間が短くなるという。
 赤ちゃんは眠ってばかりいる。幼児期は14時間くらい眠れるそうだ。
 昨日は朝の五時前にベッドに入った。
 次に目が覚めた時、時計が六時半を指していた。
 時間が経った感覚もなく、げ、一時間半で目が覚めてしまったと思った。
 様子がおかしい。
 本当になにが起こったのか分からなかった。
 ……トイレに行くこともなく、13時間半眠ってしまったようだ。
 そんなことあるのか?
 まだ幼児期なのではないか?

 だからなのか、今はまだ目がランランと輝いている。
 仕事をしているがとても捗る。
 しかし……そろそろ眠らないとね。
 
 明日はイベントに出る。

 『エミちゃん祭』@ABCホール→
 
 入場無料です。
 皆さん、遊びに来てください。

 ……早いね。
 もう一年経つのか。
 エミさんのことは日常の様々ところで思い出す。
  
 こんなに眠れて、元気に仕事できていることに感謝する。
posted by 土田英生 at 04:36| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月20日

追悼、同窓会、そして合コン。

 18日は「エミちゃん祭」というイベントに参加させてもらった。
 エミさんとの色んなことをつくづく思い返したのだが、なによりも懐かしい空気に触れさせてもらった気がする。

 関西と一口にいっても、大阪と京都では雰囲気や集まる人の感じが違う。
 昔、私は京都でマキノさんや松田さん、鈴江さんなどと一緒にいた。
 集まって戯曲同人誌などを作っていた。お客さんも少なく、細々と活動をしていた。

 一方、大阪では「新感線」「南河内万歳一座」「リリパットアーミー」、そしてエミさんのいた「売名行為」、売名行為が解散して出来た「MOTHER」などが華々しく活躍をしていた。生瀬さん、古田さん、升毅さん、牧野エミさん、わかぎゑふさん……挙げればキリがないが、まあ、そうした人たちが一緒に舞台などをしていてお客さんも大勢集まっていた。
 
 京都の劇団ではM.O.P.だけ大阪の人たちとつながっていたが、それ以外の私たちはあまり付き合いもなかった。もちろん同じ関西なので知り合いにはなったり、個々とは芝居をしたりするのだが、なんとなく別のグリープという意識だった。

 私と同世代では、佐々木蔵之介君たちがいた「惑星ピスタチオ」、かっぱ君の「かっぱのドリームブラザース」、そして「遊気舍」などが人気になり、後藤ひろひとさん、間違えた、ヒロなどがその上の世代とも絡み出したりしていたが、私には関係ないことだった。
 「ふん」とそっぽを向いていた。
 「人気がありゃいいのか、ヘン」とも呟いたりしていた。
 「打倒、ピスタチオ。打倒、遊気舍」とかけ声をかけて腹筋もした。
 
 だから私には関係ないやと思っていたのだが、後藤さん……間違えた、ヒロから声をかけてもらい……間違えた、ヒロが私に一緒になにかやろうと頼んできて……喜んで……間違えた、仕方なく参加してやった。
 扇町ミュージアムスクエアの10周年イベントや、扇町コントジャンボリー、、大田王などに私も参加し、段々皆と仲良くなった。そんな流れでエミさんとも親しくなったのだ。

 で、昨日。
 全部で何人いただろうか?
 その頃の人たちが一斉に集まった。扇町ミュージアムスクエアであの頃集まった空気そのものだった。
 懐かしくて、その空気の中にいることで、エミさんの存在を感じられたりした。

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 終わってから飲み会。
 私は京都に帰らなければいけないので、参加を少し迷った。
 すると……久しぶりに会った遊気舍の久保田君、クボッティが言った。
 ちなみに私はクボッティが好きだ。
「え? 俺もどうせ帰られへんし、行ったらええやん」
 私は勝手に判断した。
 もし、私が終電を逃したらクボッティが付き合ってくれるんだ、と。

 飲み会はすごい人数だった。
 楽しい時間を過ごした。
 エミさんの話もたくさんした。同窓会だ。
 久しぶりにふっこさんに愚痴も聞いてもらった。

 気がついた時には……十二時を回っていた。
 もう帰れない。
 しかし、私にはクボッティがいる。
 しかもだ。関秀人さんが「俺も帰られへんし、飲もうや」と声をかけてきてくれた。
 関さんとも久しぶりだ。
 
 店を出て、外でガヤガヤ話していて……やがて、一人、二人と帰って行く。
 
 気がつくと……クボッティがいない。
 周りに聞いても皆、知らないと言う。
 あれ、帰ったのか……。
 取り敢えず関さんと……あれ? 関さんもいない。
 
 結局、みんな……帰っていった……。
 おいおい。
 どういうことだ?

 大阪で制作をしている女性が三人いた。
 彼女達が付き合ってくれるという。
 ……帰ろうと思えば帰れるのに。
 もう女神たちだと思った。
 そう言えば彼女達の周りは心なしか光っていた気がする。
 名前を出していいのか分からないので、Tさん、Sさん、Oさんとしておこう。
 Tさんは知り合いではあったが、ちゃんと話したことはなかった。
 SさんとOさんは初対面だ……と思う。
 いやいや、三人の女神なのだ。
 名前はヘラとアフロディーテとアテナにしておこう。
 私はパリスだ。
 なんだそりゃ。
 
 ……ギリシャ神話にそんなエピソードがあるのだ。
 三人の中で誰が一番美しいか、パリスに決めさせるとか……あんまり詳しくは覚えていない。
 いや、全然、昨日に当てはまらない。
 ただ、三人の女神からその話を連想しただけだ。

 とにかく、三人女神が私に付き合ってくれた。

 パリスではないが、一人合コン状態だ。
 
 ……朝まで喋ってしまった。
 申し訳なかった。
 女神たちも疲れていた。
 大阪駅で、アフロディーテとアネナと別れ、私は同じ方向だというヘラと帰った。
 
 パリスは……元気だった。
posted by 土田英生 at 12:26| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月21日

海老!

 私は愛知県の大府市というところで育った。
 名古屋のベッドタウンだ。父親も母親も名古屋出身だった。
 当然のことながら、母親の作る料理は名古屋テイストだった。
 豚カツを食べるときも、おでんを食べる時も、何の疑問ももたず赤味噌をつけて食べていた。
 
 18歳で愛知県を離れたが、いまだに何にでも味噌をかける癖は直らない。
 
 どうして名古屋で好まれるのかは分からないが、海老フライもしょっちゅう食べた。
 ウチは特に激しい海老好き一家だったのだと思う。
 食べ盛りの頃は、私一人で一回に20尾以上食べた。父も妹も負けずに食べていた。
 なにかある時は必ず海老フライだった。
 お客さんが来て、お寿司などをとる。しかし最後には海老フライが山のように出てきた。
 
 MONO結成した後、水沼君が実家に遊びに来た時だ。
 母親が神妙な顔つきで水沼に謝っていたのを覚えている。

『ごめんねえ。今日は海老が用意できかったんだわ。またいらして。今度は、ちゃんと海老を用意しとくで』
 
 当然のことながら、怪訝そうに母親を見つめる水沼君がいた。
 いや、彼は頭のいい男だ。
 きっと名古屋の文化を普遍的なものだと思い込む私たち家族の病理を理解したのだろう。
 その瞳には同情すら含まれていた気がする。
 
 そう言えば、あの目を、それ以降に二回見たことがある。
 三十過ぎた頃だった。
 楽屋でメイクをしながら、私が鏡越しに水沼君に聞いた。
『ねえ? 俺って大人か子供か、どっちだろ?』
 と……水沼はあの目をしたのだ。
 憐れみ、哀しみが混じり合ったような、やや潤んだ瞳。
 そして彼は静かに言った。

『……大人でしょう』

 圧倒的に彼が正しい。
 三十過ぎて大人じゃなかったら、この社会はどうなってしまうのか?
 あの時は「こいつ大丈夫なのか」と心配してくれたのだろう。
 
 そして、もう一回。
 話は再び、海老と絡んでくる。
 愛知を離れて相当経つのに、私の赤味噌や海老に対する愛着は変わらない。

 で、数年前の話になるが、MONOの役者で飲みに行った。
 串揚げの店で、テーブルを男5人で囲む。
 こんなことも久しぶりで、なんだか照れた。
 メンバーでは全く飲まない期間が長いことあった。少人数の劇団なので、新鮮さがなくなったり、飽きたり……まあ、どんな劇団でも通る道だと思うが、そんな時期があったのだ。
 その串揚げの店に行ったのは、そうした時期が一回りして、再びゆっくり話してみたい気になった頃だったのだと思う。
 久しぶりじゃないの、こんな風に飲むのは……などと言いながら楽しく飲んでいた。
 
 串揚げの盛り合わせを注文する。
 10本、バラバラの素材の串揚げがやってくる。
 その中に海老もあった。
 私は遠慮していた。10本のうちの……たった一つ。燦然と輝く海老。
 そんなものに、図々しく手なんか出せない。
 私も大人なのだ。
 確かに三十の時には、大人か子供か聞いてしまうという失態を犯したが、もう間違えない。 
 二度と水沼君にあんな目はさせない。

 と……なんと……金替が私の小皿に海老をポンと載せた。
 私は驚いて彼を見た。
 すると彼は柔和な笑顔で言ったのだ。
『ツッチャン、海老好きでしょ』
 ああ、俺は自分が大人になったと思ったことを恥じた。しばらく話さないうちに彼の方が大人になっている。
 私は狼狽えながら奥村を見た。
『どうぞどうぞ』と奥村も微笑む。隣に座っていた尾方が『好きな人が食べたらいいんだし』とサラリと言う。
 おいおい、MONOはなんて懐の深い大人の集まりなんだ。
 いつの間にこんなことになっていたのか。
 母を訪ねて三千里歩いてきた、成長した息子を見る思いだった。

 楽しく喋る。
 串がなくなる。
 もう一回盛り合わせを頼もうということになり、またしても10本やって来た。
  ハハハハハ、もう私は海老は充分だ。
 さっき皆の優しさに甘え、いただいたしね。
 私もさすがに大人だからね、フフフフフ。

 と……。

 信じられないことが起こった。
 今度は、水沼が私に言ったのだ。

『ツッチー、海老とったら?』

 な、な、なななな、な。

 多分、私は言葉が出なかったと思う。
 知らなかったのだ。
 水沼の愛はマリアナ海溝より深いということを。
 私は残りのメンバーを見る。
 するとみんなも再び『食べて食べて』と言う。
 どうしたんだ?
 今日は私の誕生日だろうか?
 いや、違う。
 彼らの人間ができているのだ。
 私が知らない間に、四人はどこかで修行をしていたのかも知れない。
 稽古が始まる前に、冬の滝に打たれ、山にでも籠っていたのではないか。
 
『みんな……なんか……ありがとう』

 私はしみじみ言った。
 
 と、水沼の瞳が……憂いを帯びた。
 あの目だ。

 そして彼は言った。

『あの……どう思ってるか知らないけど、みんなにとって、そんなに海老、大事じゃないから』

 ……。

 私は……母親と同じ間違いをしていたのだ。
posted by 土田英生 at 02:14| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月22日

中途半端な時間。

 ロンドンから帰って来て以来、完全に夜型だ。
 いや、元々そうだったが、戻って来てからはハッキリと夜型だ。
 誰かに聞かれて『夜型なんですよ』と発言する時に、全く迷わない自信がある。
 心拍数も脈拍も変化させることなく『夜型なんです』と答えられる。
 嘘発見器にかけられても、反応しない。

 それくらい夜型だ。
 
 しかし今日は仕事で徳島まで行く。
 10時半くらいには家を出なければならない。
 だから朝の6時に寝て8時に起きた。出かける準備をした。早くに終わってしまった。
 かといって寝るわけにはいかない。
 
 中途半端な時間ができた。
 だから更新しようと思ったが……なにを書こうか。
 
 街を歩いていて、なにかを思う景色などがあると、いつかここに書くかも知れないと考えて、写真を撮ったりする。しかし、大抵の場合は書かずに終わる。
 私のMacの中にはそうして日の目を見ない写真がたくさんある。

 今となっては、なぜ撮ったのか分からないものもたくさんあるが、そういう目的で撮られた写真であることは容易に判断できるのだ。
 人が写っているわけでもなく、きれいな景色でもない。
 きっとその写真だけ見た人は、
『ああ、ええと……これは……ハハハ、なんですか……ねえ』
 と、困った表情を浮かべるに違いない。

 近いところから見てみよう。

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 店が閉店している写真だ。一見、なんでこんな写真を撮ったのかは分からない。
 
 しかし私には簡単だ。
 なぜなら自分で撮っているし、しかもそれは昨日だからだ。

 朝、少し用事があったので、前に住んでいたマンションの近くまで行った。その時に撮ったのだが、ここはどんな店がオープンしても、必ず一年持たずに閉店してしまう場所なのだ。
 私が知っているだけでもラーメン屋さん、別のラーメン屋さん、カフェ、ハンバーガー屋さん……と、目まぐるしくオープンしては消えていった。本当に短いのだ。
 私が住んでいた頃、近所で人気のあった定食屋さんがここに移動したことがある。
 好きな店だったので、心配になって聞いた。『この場所は、店続かないですけど、大丈夫なんですか?』
『頑張るよ、ハハハハ』と笑っていたが、すぐになくなった。
 微妙に場所が悪いのだ。バス停の目の前だったりするのだが、なんだか行きにくい。
 
 で、昨日、ここを見て「ああ、また何かが閉店したんだなあ」と思ったので写真を撮った。
 一応、写真をボカしたりして。朝から私はなにをしてるんだか。




 次だ。

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 これはこの前、ロンドンで泊まっていたホテルの廊下だ。
 いや、掃除機が可愛いので撮っただけだ。分かり易い。これはダメだ。



 
 これはどうだろう?

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 東京の事務所の机の上だ。
 日付は10月の頭。
 これはきっと分かりにくい。
 元々何本かビンなどがテーブルの上にあり、パッと見た時にビル街のようだなあと思い、それで撮ってみたのだと思う。なぜなら、隣にこんな写真があるからだ。

P1020972.jpg

 街のように並べて、しかも角度を変えて撮ってみたりしている。
 しかも、その結果、まったくビルのようにも見えない。
 自分のことが少し嫌いになる。




 もう少し遡ると、

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 これは7月の終わり。kittの『ウィンカーを、美ヶ原へ』の時。
 まあ、説明はいらない。酒屋さん、MONOだと言ったのに……MOMOになってしまっているよ。

 うわ、中途半端な時間を潰そうと書いていたら、出かける時間になってしまった。



 最後にもう一枚、だけ載せて終わろう。

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 ……これは説明が必要だ。
 柿喰う客の七味まゆ味が描いた自転車の絵だ。
 どうやってハンドルを切れというのだ?
posted by 土田英生 at 10:06| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月24日

油断

 徳島に滞在している。
 
 昨夜、帰って来た時、ホテルのロビーにあった自動販売機で缶のカフェオレの買い、飲もうと思ったままテーブルの上に置いていた。
 なんということはない、ごくごく普通の缶だ。カフェオレなので缶のパッケージはベージュ系だ。
 しかし口をつけることなく眠ってしまった。

 朝の4時に目が覚めた。
 無性にコーヒーが飲みたくて、「あ、そうだ、テーブルの上に飲んでないカフェオレがあった」と思い、喜んで一口飲んだ。

 ……甘い……。

 これは私が欲しているものではない。
 私は別のコーヒーをもう一本買うつもりで、部屋を出た。
 今度は赤い缶を買った。これなら大丈夫だろう。
 深く考えずにボタンを押した。

 すっかり刷り込まれているのだ。黒がブラックで、赤が少しミルクの入った微糖で、ベージュ系がカフェオレだという概念が。だから赤なら大丈夫なはずだ。

 で、買ったコーヒー缶をエレベーターの中でしげしげと見つめてみた。

 な…。

 よくあるメーカーのものだと思い込んでいたのに。
 その赤色のものだと思っていたのに。

 そこには「徳島珈琲」という文字が書かれていた。
 初めてだ。

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 よくみると阿波踊りのシルエットまであるではないか。油断していた。気がつかなかった。
 しかも「阿波和三盆使用」と書いてある。
 もしかして……。
 私はエレベーターが開くと、部屋に走った。
 きっと、あいつも、ベージュ系のあいつも仲間だっのだ。和三盆使用なのだ。だから甘かったのだ。

 見てみた。

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 やっぱりだ。
 油断していた。
 徳島はそんなに甘くない。注意を払わないと。
posted by 土田英生 at 05:17| 徳島 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする