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MONO代表・土田英生のブログです

2014年03月01日

好きに表現すること。

 小学校の頃、父親とお風呂で話していた。
 好きなことを言えない環境だったという話を聞いた時、理解はできても、実感としては分からなかった。
 他の皆と同じように、どういうプロセスでそうなるのかが分からなかったのだ。
 
 今になって分かる。
 社会はいきなり変わるわけじゃない。
 ゆっくりと素地ができて、やがて基準が変わって行く。
 その基準に従って皆が監視し合い、段々と窮屈になって行く。
 内輪では話しながらも、「そんなこと外で喋るとまずいよ」という空気になっていく。
 タブーができる。
 やがてそれが常識になる。
 それでも皆、自分は分かってるつもりなのだ。
 正常なつもりなのだ。
 しかし……徐々にその基準は変わり、次第に順応して行ってしまう。
 
 政治的な文脈や各々の思想に基づいて物事を語っているだけではダメなんだと思う。
 それだけだと、意見の相違によって人々が分断されるだけだ。
 私たちが獲得しなければいけないことは、どんな意見も表明できる環境だ。
 区別をし出した途端、人は争い、憎しみ合う。
 いいじゃないの。
 色んな人がいて。

 だからこそ、そこに表現活動があるんだと思う。

 明日は北九州公演。
 昼と夜の二回。
 呑気な作品ですが、観て欲しいです。
 みなさん、劇場でお会いしましょう。

 MONO「のぞき穴、哀愁」サイト → 
posted by 土田英生 at 01:00| 福岡 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月04日

時計

 北九州公演が終わって京都に戻った。
 残すは大阪公演。

 自宅に帰ると、仕事部屋の時計が止まっていた。
 電池を替えた。
 動き出したが……気がつくとまた止まっている。
 もうこの時計はダメだ。
 お気に入りだったのに。
 
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 これから春だというのに。
 なんだか哀愁を感じてしまう。
 まあ、上演中の芝居のタイトルとかかっているのでいいや。
 
 そんな「のぞき穴、哀愁」も大阪公演のみになりました。
 3月6日から12日まで。
 週末は残席がわずかですが、週明けはまだ大丈夫みたいです。皆さん劇場でお待ちしております。
 → 「のぞき穴、哀愁」公演ページ
 
 時計よ、動け。
 
posted by 土田英生 at 11:59| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月06日

劇場に行く前に散歩しよう。

 寝る前に長々と書いたのだが、更新する前に消してしまった。
 今日はMONO「のぞき穴、哀愁」大阪公演初日。
 東京で始まって、名古屋、北九州……大阪で終わりだ。
 
 今日は16ステージ目。
 この辺りが一番難しい。
 役者も芝居に慣れて、どうやってもこなれてしまう。

 最初の5回くらいは本番の度に発見がある。
 こういう流れだったのか、とか、ここでこういう気持ちになるのかとか、こういうシーンだったのかとか。
 役者個々のそれぞれで感じているだろうけど、それは書いて演出をしている私も同じだ。

 もちろん賛否はあるが、今回は評判もいい。
 すると……芝居がすっかり安定してくる。
 これはいい面もあるが、演劇本来の面白さではない。
 再生産するだけなら、映像の方がいい。

 何回もやっていると、よかった時を基準に本番をこなし、発見がなくなる。
 こうなってしまうと、芝居も面白くないし、役者も伸びない。
 本当はここからが面白いのだ。次に楽しくなったとき、もっと細やかな部分まで味わいが出て、その累積が芝居の説得力につながる。役者も伸びるのはここからなのだ。
 私もその為の工夫をしなければいけない。
 負荷をかけるなにかをつくる。別の方向から光が射すようななにか。
 少し台詞を変更したり、演出を変えたり。
 
 今から劇場に行く。
 その前に嵐山を散歩してこよう。
 そして色々と考えるのだ。
 お気に入りのコースを通って駅まで行く。
 こういう時、嵐山に住んでてよかったと思う。考えるにはもってこいなのだ。
 
 京都には、西田幾太郎が歩いて哲学した場所が「哲学の道」として残っている。
 私がいくら歩いても残らないけど、私にとっては考えるにもってこいの道だ。
 こっそり木切れにマジックで「演劇の道」と書いて立てて来よう。

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 みなさん、劇場でお待ちしています!
 「のぞき穴、哀愁」の大阪公演は梅田のHEP HALLです。
  → MONO公演ページ
posted by 土田英生 at 11:18| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月08日

おかげさまで……。

 おかげさまで今回はお客さんがたくさん来てくれている。
 明日の二回と明後日は完売した。
 当日券は出るらしいので、週末しか来られない皆様はどうか劇場へ来てくださいね。
 
 写真をクリックすると公演情報のページにとびます。
 ↓
mono nozikiana.jpg

 ……これは本当に嬉しいことだ。

 観客が存在して舞台は成り立つ。
 表現としても、経済的にも。

 今日、久しぶりにMONOのミーティングがあった。
 何年振りだろう?
 いい感じの珈琲専門店にメンバーで集まり、次回公演、次々回公演、さらにはこれからについて話し合った。
 「のぞき穴、哀愁」の本番中なので、具体的な形になるのは今の公演が終わってからだけど。
 今回、新しい発見が結構あったので、そのことについても話し合った。

 で、最後に確認したことは……これからも続けましょうということ。
 それから……MONOって誰がMONOなの、という、極めて基本的なことだったりした。
 そんなことを今頃話しているのも呑気な話だ。
 MONOの制作部はキューカンバーという会社として独立している。
 現在はそこに専属で2人、そして嘱託的な形で1人が働いてくれている。
 で、制作のみんなが言うには、MONOは男性5人のことを指すらしい。

 後、どれくらい続けられるか……それは私たちの意志と、興業として成立し続けるかがカギだ。
 お客さんに来てもらわなければ、続けることはできない。
  
 そういう意味でも、今回、お客さんが来てくださっていることは有り難い。
 12日までやっています。
 劇場でお待ちしています。

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posted by 土田英生 at 02:05| 京都 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

別れていく。

 なぜか今回の公演中には色んなものがなくなる。
 北九州公演ではお気に入りのZIPPOがなくなった。
 ああ……。
 そして一昨日はマフラーがなくなった。
 うんんんん……。
 さらに今日はタバコケースがなくなった。ケースは自作なのでいいんだけど、そこにつけていた百合の紋章が結構高価だったのでちょっとショック。
 明日辺り、お気に入りの万年筆とかなくしそうだ。気をつけよう。

 しかし物はいつか壊れたり、なくなったりする。
 もちろん愛着のあるものだと少しのショックはあるけれど、大したことではない。
 私が一番愛おしく思うのは時間だ。
 人との別れも相当辛いけど、なにより、その人と過ごした時間と別れることが辛い。
 
 1月に稽古が始まり、2月に東京で幕を開けたMONO「のぞき穴、哀愁」も間もなく終わる。
 もうこの時間は戻ってこない。
 舞台の宿命だし、だからこそいいんだけどね。
 MONOのメンバーとは来年も公演するし、他のキャストやスタッフとだって会おうと思えば会える。
 ただ、一緒に舞台をつくり、本番をやっていた時間とは永遠にお別れだ。
 
 悔いを残さないように残りの4ステージをやろう。
 まだ、芝居に結論は出したくない。
 明日も稽古して、可能性を探ってやる。
 出てもらった役者さん達、特に若いメンバーがこれから演劇を続ける上で、何かしらのヒントを得られるように考えたい。いや、MONOのメンバーだって同じだ。
 
 明日の前売り券は完売ですが、当日券は出ます。
 今日も来てくださった全員の方に観ていただけました。
 そして……月、火、水はまだ行けるはずです。
 劇場でお待ちしております!→ 公演ページ

 写真はHEPのエレベーターから見た大阪駅。

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posted by 土田英生 at 01:56| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月10日

再会

 MONO『のぞき穴、哀愁』
 残すところ今日を含めて3ステージになりました。
 
top_41_03.jpg

 →MONO公演情報ページ

 この公演ページはURLは一緒のまま、公演が変わって行く。
 「のぞき穴、哀愁」の情報が出るのもあとしばらくだ。
 
 で、昨日は別れについて書いた。
 しかし別れがあれば再会もある。
 ちなみに……なくなったはずのタバコケース。
 
 阪急の嵐山駅で、駅員の人と喋ったとき、万が一と思って私は聞いてみた。
 と……「電車内に落ちてた」と届いてるものがあるという。
 見せてもらうと……私のだった。
 なんと、電車の中で落としていたとは。
 再会を果たした。
 
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 公演をしていると様々な知り合いが観に来てくれる。
 ありがたいことだ。

 昔……伊丹の女子高生と創った『空と私のあいだ』。
 この作品は内容を変えて、MONO特別企画でも上演した。
 今回、『のぞき穴、哀愁』に出てくれている松永渚さんや高橋明日香さんが出演していた作品だ。

 しかし、そのオリジナル版は出演者全員が現役女子高生という舞台だった。
 台詞も全て関西弁。
 ……皆は学校が終わって、そのまま制服姿で稽古に通って来ていた。
 稽古が終わると毎日誰かにつかまった。
 順番に悩み相談。
 最初は演劇の話なのだが、やがて学校のこと、友達のこと、恋愛のこと、そして将来の夢についてなど、様々な話に発展していった。

 いい舞台だった。
 高校生たちだったので打ち上げもジュースで、夜の9時には解散。
 しかし……こっそりメールが送られて来た。全員、カラオケで私を待っているという。「親にも許可を取ってあるのでオールですよ!」と書かれていた。
 ……今でも、あの朝の景色は覚えている。
 皆はいつまでも手を振っていた。
 徹夜明けで泣きはらした顔は、どの子も美しかった。
 私も半年くらい立ち直れなかった。彼女達に会えないことが、辛くて仕方なかった気がする。

 その中の何人かは今回も観に来てくれている。
 素敵な大人の女性になっている。
 演劇はやっていない。
 時々、メールなどももらうが、とても嬉しいことも書いてくれて、私が勇気づけられる。
 そして、皆、それぞれに、それなりの悩みを抱えて生きている。

 不思議な感じがする。
 私も同じだけ年齢を重ねているはずなのに。
 しかし、私だけが同じ場所にいて、皆だけが成長していっているような錯覚。
 いや、彼女達に対して、意識的にそう考えようとしているのかも知れない。

「ずっとMONOをやってるからね。変わらないままいるからね。いつでも会いに来てよ」

 ともあれ、再会は嬉しい。

 タバコケースが出て来たことも嬉しいが、ヤツとは一日だけの別れだったので、そういう意味では味気ない。
 大人にもなっていなかったし。
 ただ……誰かに踏まれたのか、少しだけ形が崩れていたけど。
posted by 土田英生 at 12:49| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

まずい……いや、大丈夫だけど。

 私は若い俳優たち三人とkittというユニットも組んでいる。
 男肉 du soleilの高阪勝之、岩田奈々、そして今回MONOに出ている高橋明日香。
 去年の夏、「ウィンカーを、美ヶ原へ」という公演をやったのだが、稽古中に高阪が胃腸炎になり、本番に入ると高橋が扁桃腺が腫れたとかなんとかで病院に行った。
 その時、私は皆に少し強い口調で言った。
 体調管理も仕事なのだと。
 舞台は生なので、本番中は絶対にきっちり管理しなければいけないのだ。
 
 昨日、少しだけのんで帰って来た。
 お風呂にもしっかり浸かり、ベッドに入った。
 パジャマの上には着る毛布。
 もう完璧なはずだ。

 朝、起きた。
 ……おかしい。寒い。しかも関節が痛い。
 いやいや、そんなことあるはずない。
 仕事があったのでパソコンの前に座っていたが、何枚も重ね着をして部屋を暖かくした。
 すると結構大丈夫な気がした。
 そうだ。私が公演中にダウンする訳がない。

 劇場入りする為に家を出た。
 歩いているとふわふわする。
 ここは地球のはずなのに、まるで月面だ。
 
 そして、電車が梅田に着いたとき、確信した。
 これは……風邪だ。
 頭もぼうっとするし、とにかく身体が怠い。
 すぐに薬をのんだが……時すでに遅しだ。
 楽屋にいるとどんどん身体がしんどくなってくる。
 熱を計ると、幸い微熱だった。37.1度。
 ただ、腰が異常に痛いし、身体に力が入らない。
 ダメ出しが終わる頃、もう横になりたくて仕方なかった。
 風邪をひいたことが分かると、高橋が「ああ、体調管理」と言った。
 畜生、きっと私がkittの時に注意したことを覚えていたんだと思う。

 もちろん私は反省している。
 楽屋でモニターを見ていても頭がぼうっとする。
 本番中も袖にいると吐きそうになった。
 ただ、舞台に出ると……そういうことは感じなかった。
 人に見られている時の身体はすごいね。ちゃんと見栄をはってくれる。
 
 で、終演後はまっすぐに帰って来た。
 計ると微熱のままだ。
 上がってない。
 明日の朝、一番で病院に行かなければ。
 
 ……寝よう。
 後、残りはたったの2ステージ。
 私も元気になって頑張りますので……皆さん、劇場へお越し下さい。

 → MONO「のぞき穴、哀愁」公演サイト
 
 
posted by 土田英生 at 00:52| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

最後の舞台。

 MONO『のぞき穴、哀愁』も今日で終わる。
 本日の19時から梅田のHEP HALLで最後の上演だ。
 
 → MONO公演情報

 東京から始まって23ステージ目。
 しかし、その日見るお客さんにとっては一度の舞台。
 だから回数は関係ない。
 ただ、私にとっては作品を構想し始めてからの時間がある。
 去年の夏に天井裏にしようと思い立ち、それから少しずつ形になり、やがてキャスティングを考えながら皆さんにオファーを出し……そして台本を書き出した。

 そして今年の1月に始めての稽古。

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 稽古の途中で行き詰まった。
 このままでも作品はできると思ったが、どうも違う。
 皆に謝って、台本を最初から書き直させてもらった。
 しかし、そこからも順調に書けたわけではない。
 もう書けないんじゃないかという不安でいっぱいだった。
 そのせいで稽古は大幅に遅れた。
 台本の完成もここ数年では一番遅かった。迷惑もかけた。
 
 どこかの劇団員とかが「うちはね、台本がすごく遅いんですよ」と、嬉しそうに話すのをよく聞くが、それのどこか愉快なのか分からない。
 そんなもんは「怪我自慢」みたいなもんで意味がないのだ。
 私だって昔は初日前日にやっと書けたなんてこともあったし、それをエピソードとして話すことはあるけど、やっぱりそういう時はダメな上演だった。
 いや、結果的にはなんとかなっても、もっと早く上がっていれば、もっといい成果があったんだと思う。
 早いにこしたことはないのだ。
 役者は台本に馴染み、流れを掴み、何度も稽古を繰り返して芝居の角を取り、それでやっと舞台上でリアリティが出せる。
 最近は「うちは遅いんですよ」と嬉しそうに話す人には「じゃ、ダメだね」と笑顔で答えることにしている。
 若い役者さんとかが、それで伸びるわけがない。
 変なごまかし方や舞台度胸はつくかも知れないけど、演技は数多くやらなければ伸びないのだ。
 じっくり台本を読み、考え、試す。
 そしてやがて台本から離れる。

 とかえらそうに言う割に……私も台本は早くない。
 なんなんだ。
 部屋着のスエットのパンツを前後逆にはいてしまっているせいかも知れない。
 朝、起きてすぐに気がついたんだけど、なんだかまあいいやと思ってそのままになっている。
 さっきもポケットからガムを取り出そうとして、太ももの辺りを何度も手でまさぐった。
 なかなか出てこないのだ。
 
 それにしても……。
 今回は始めて一緒にやる役者さんも多い中、皆、一様に協力的で、いいチームになった。
 悔いなく終わらせたいね。
 
 自宅の窓から嵐山の山並みが見える。

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 この景色が日常のはずなのに、私の日常はまだ劇場にある。
 皆さん、劇場で待ってます!
posted by 土田英生 at 12:44| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

ありがとうございました!

 MONO『のぞき穴、哀愁』の全日程が無事に終了。
 支えてくれたスタッフや、会場に観に来てくれたお客さんに心からの感謝。
 嬉しいことに、最近少しづつ減りつつあった観客動員数も……随分と増えた。
 
 ただ、作品の結果はそれだけで完結するものだ。

 評判がどうであれ、それは次の作品とは関係ない。
 プレゼンのような側面もあるのかも知れないけど、そんなことでこんな面倒なことはしない。
 作品を創るにはそれなりに労力もかかる。
 お金もかかるし、大勢の人の協力も不可欠だ。
 そこで目指すのは「今」「ここで」「価値のある」「作品を創る」為だ。
 
 劇団をやっていると、よく「今後どうなりたいですか」と聞かれる。
 最近は減ったが、若い頃はよく聞かれた。
 もちろんステップアップしたいというような、漠然とした野心はあった。
 でも、劇団活動はそれ自体が目的でもあるのだ。
 どうなりたいか答えるならば、舞台を創り続けたいとしか答えられない。

 よく思う。
 宝くじに当たったでもいいし、とにかくお金には困らないとしよう。
 なんなら地位や名誉ももらえるとする。
 しかし、それで創作活動をするなと言われれば……どう考えても嫌だ。
 宝くじも当たらなくていいし、地位や名誉もいらない。

 そういう意味でも私は幸せ者だ。
 少なくとも昨日までは作品を創らせてもらっていたのだから。

 皆と別れて……そういう気持ちと同時に哀愁を感じた。
 哀愁ではないね。切なさだろうか。
 一つの作品が終わるといつも感じることだ。
 明日からは別の仕事に取りかかる。だから気持ちも切り替えないといけない。

 ただ……今回は自分に対しても色々と思うところがあって、そんなこととも闘っていた。
 まだ勝てたと言える自信はない。
 公演終了の寂しさと共に、敗北感や自己嫌悪までおそってきて、なんだか泣けてきた。
 私も大人だ。
 そんな感傷は振り払って、明日から新しい仕事に邁進しよう。
 
 いやあ、楽しかった。
 もう一度感謝。
 
 天井裏のセットで本番準備をするみんな。
 取り敢えず……さようなら。

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posted by 土田英生 at 04:32| 京都 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月15日

無意識でなにがおきているのだ?


 公演が終わって、さっそく次の仕事に取りかかっているが……頭がすっきりしない。
 ドラマのプロットを急いで一つ書き上げないといけないのだ。
 アイデアはあるのに。
 なのになかなかまとまらない。

 しかも寝られない。
 今もそうだ。
 早くに横になったのに、イヤな夢を見て起きた。
 体調が悪いせいだ。
 結局、テレビをつけて『初夜と蓮根』を観てしまった。

 自分で書いた映画を褒めるのも気がひけるけど、面白かったねえ。
 風間杜夫さんと麻生祐未さんの夫婦がキュートだ。市川由衣ちゃんも可愛いし、テンダラーの浜本さんが素晴らしい演技を見せている。観てない方は、DVDで!
 
 ……眠気がどっかへ行ってしまった。

 昨日の夜は仲良しの俳優さんとワイワイ喋った。
 とても楽しかった。
 彼と喋るのも久しぶりだ。
 すっかり売れてしまって忙しくなかなか会えない。
 だけど、相変わらず元気でよく喋る男だ。
 まあ、私も喋ったけど。

 しかし、さよならした後……再び、寒気がした。
 熱が上がっていた。
 今日の昼は新聞社のインタビュー。
 かなり紙面も大きいと聞いていたので、前もって勉強してから行こうと思っていたのに……熱が出てしまったので準備できないままだった。あれでよかったんだろうか?

 最近、なにかがチグハグなのだ。

 今日も電車に乗る前、お金を下ろそうとATMに向かったら「取扱休止」と書かれていたり、じゃ、電車に乗ろうとしたら発車してしまったり。
 いやいや、そんな小さなこと……と、思いながらも心理学好きな私は考える。

 些細な行動にこそ、本質が現れるのだ。

 そう考えると……。

 今日も……また大事な持ち物が一つなくなっていることに気づいた。
 お気に入りだったもの。
 いくらさがしても見つからなかった。もしかしたらと思った場所には全部電話をかけてみた。
 しかしダメだった……。
 公演中に、ライター、マフラー、そしてタバコケース(これは見つかったが)がなくなった。
 今日の物はそれらよりも値段も高い、しかも買ったばかりのものなのだ。
 ショックを受けた腹いせに、オンラインストアで同じ物をすぐに注文した。

 が……。
 これだけ次々と物がなるなるのだ。
 私の無意識でなにかがおこっているのかも知れない。

 物をなくしたりするのも、偶然だけではない。
 無意識の中でいらないと思っていたものだったり、心の底では嫌いな人からもらった物だったり……なにかしら、自分も気づかない理由があったりする。
 女性が好きな男性からもらったアクセサリーなどをなくしてしまうとする。
 すると、意識では気づかないが、無意識ではその男性と別れたいと思ってたりする。
 逆に、意識ではいつなくなってもいいと思っているものが、いつまでもなくならなかったり。
 無意識の力は強いのだ。

 物忘れなどもそうだ。
 私は、一時、大学時代の近くにあったカフェの名前を言おうとすると、必ずど忘れした。
 しょっちゅう通ってた店なのに。
 今では理由が分かる。
 その店で女性から振られた経験があるからだ。
 自分では乗り越えたつもりでも、その店の話をしようとすると名前が出て来なかったりした。
 無意識が反発してたんだと思う。
  
 人間は自分のことを頭で、つまり意識で理解しようとする。
 というか、それしかできない。
 だけど、自分のことなど、自分ではほとんど分からない。
 分かったつもりになっているだけで、それは錯覚だったりする。
 いくら自分と向き合ってみても、無意識は出て来てくれない。
 分かるとしたら……身体の変化だ。
 無意識で感じている本来の欲求や不満は……身体に出る。
 本番前にリラックスできてるなと思っていたら、お腹が痛くなったりして、それで自分が緊張していることに気づいたりする。
  
 今日、新たに注文した物も、またなくなってしまったりするかも知れない。
 気に入ってる製品なのに。
 無意識ではいらないと思っている可能性がある。
 いやいや、なくなっているのは一つではない。
 しかも……なくなった物に共通性はない。
 イヤだ。
 生きる希望がなくなったりすると、持ち物を次々になくしたりするらしい。
 私にはまだまだやりたいこともたくさんある。
 と、意識では思っているが……実は……無意識で……?
 そんなわけはない。

 やめよう。
 大体、考えても分からないんだし。
 
 私はこういう性格なので、人と話す時も、言葉そのままの意味ではなく、別のことが気になってしまう。
 言い間違いや、視線、仕草などが気になる。
 だからいくら褒めてくれてても「ああ、この人、本心からじゃないんだなあ」と落ち込んだりする。
 身体の反応を見るからだと思う。
 
 芝居の演出をする時も、実は役者さんのそういうところばかり気になる。
 本人は意識していなくても、演出から見ると分かることがある。
 しかし、これを伝えるのはとても難しい。
 言葉でいくら説明しても、本人には分からないのだ。
 意識の上ではそんなつもりもないからだ。
 本番で前日に反応のあった場所で、次の日が無反応というのも同じだ。
 本人は意識では受けようとしていなくても、無意識に身体が知っていると、無駄な力が入って流れが変わってしまう。だから結局、具体的なダメ出しをすることになる。間をつめてくれとか、静かに喋ってくれとか。
 後は……全然、関係ないことを言ってみたり。
 別の負荷をかけることで、結果的に無駄を取ったりする。

 人の相談に乗っている時も、もどかしい思いにかられる。
 本人は正直な気持ちを話していて、相手の言っていることはよく分かる。
 しかし……私には違う声が聞こえてくる……ただ、それを伝えることはとても難しい。

 そもそも、自分で意識できないことは、理由があってソレを意識をさせないように身体がしているのだ。

 極端な例だが、虐待されている小さい子は、親が悪いと思いたくないので自分が悪いと思い込む。
 いくら周りが「親が悪んだよ。あなたはいい子だよ」と言っても、そうは思えない。
 「親のことが嫌いだ」「親は私を憎んでいる」などの事実を、子供がしっかり意識して認めてしまったら、生きていけないのだ。
 だから無意識に抑え込む。
 で、意識では自分が悪い子だからいけないと考える。
 子供にとっては「親は私を愛しているが、自分が悪い子だから叱られるのだ」と考えていた方が楽だからだ。

 その子にいくら言葉で説得したところで無駄だ。
 誰にだってそういう歪みはある。
 私だって自分のことはよく分からない。
 自己分析で自分を知ることが無理だと言われるのは、そういう意味だ。

 断舍離というのが流行った。
 部屋を掃除して、いらないものを捨てる。 
 しかし自分では判断できない。どうしても愛着などがあって捨てられない。
 で、他人に手伝ってもらうと、とんでもないものを捨てようとする。
 しかし……必要かどうかで言えば、本当は他人の判断の方が正しいのだ。
 
 それと同じで、他人の方が自分のことを理解できたりする。
 だから人に相談することは大事だったりするんだけどね。
 私も明日、誰かに相談してみよう。

 だから舞台でも、演出が必要なんだよね。
 と、急に芝居の話に戻してみた。
 MONOの役者を褒めるわけじゃないけど、ダメ出しをして言い返されたことがほとんどない。
 「こういうつもりでやってるけど、そう見えるんですね」とは言う。
 私がどうこうではなく、彼らは知ってるんだと思う。
 そう見えるなら、それが事実だということを。
 
 げ、こんな時間になってしまった。
 ツラツラと書いてしまった。
 まとめることはできない。
 寝る!
posted by 土田英生 at 05:17| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月19日

頭が働かない。

 公演が終って……体調を崩し……しかし仕事は待ってくれない。
 新しい作品を考えなければいけない。
 しかし、どうやって?
 今、取りかかっているのはテレビドラマなので舞台とは少し違うけど、基本は一緒だ。
 いつも最初は何にも分からない。
 この前まで上演していた『のぞき穴、哀愁』だって、今となってはどうやって最初に考えたのか思い出せない。

 天井裏にしようと思い立ち、登場人物を少しずつ決めて関係を創り……キャストが決まり、ああだこうだといじっている内にやがてストーリーが見えて来て、その頃、舞台美術の打合せをし……すると美術家の柴田君が模型をつくって持って来てくれて……稽古をしながら役者さん達やスタッフの反応を見ながら書き直して、それで作品になって行く。
 さらに本番が始まれば観客の皆の反応などから新しい発見があって、さらに修正したりする。

 終わってみれば、あの作品は最初からああなる予定だったような気もする。
 しかし、私の頭にあのストーリーがあったわけではない。
 知らない間にああなっただけだ。
 
 舞台模型の話を書いたので、ついでに写真を載せよう。
 ちなみにこれが今回の模型。

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 チラシの顔を切り取った私たちがいたりする。

 で、こっちは実際の舞台。
 大阪公演の開演前。尾方君が1人で台詞の練習をしているところだ。

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 しかし……これももう過去の話になってしまった。
 あの作品があった時間は戻ってこない。
 のぞき穴があった世界はもう私の手元にはないのだ。

 とにかく新しい世界を創らなければいけない。

 しかし……もどかしい。
 パソコンの前に座っているのに、全然、作品が見えてこない。
 大体、頭が働かない。ああ、苦しい。

 しかし楽しい時間もあった。
 友達ともたくさん会った。
 映画の撮影で京都にきている洋ちゃんとも会った。
 知り合ったのはドラマ『おかしなふたり』の時なので、かなり前だ。
 いやあ、この人は……なんなんだろ?
 昔から全く裏表がない。
 一切、自慢話とかもしないし。
 最近、演技には渋みが出て来たが、本人は可愛いままで……本当に素敵な男だ。
 『大泉洋』であることを忘れて、私もついつい愚痴ばかり話してしまう。それでも彼はキャッキャと言いながら聞いてくれる。

 ……頭を切り替えないとね。
 明日は東京で打合せなので、今日から東京へ移動しておくつもりだったのに、ついついダラダラしてしまった。
 朝、移動して直接打合せに向かわなければいけなくなってしまった。

 ああ、心配。
 用意は明日にして寝よ。
posted by 土田英生 at 01:40| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月20日

下北沢リゾート

 朝、寝不足の状態で新幹線に乗った。
 いつもなら志津屋のカツ&タマゴサンドを買うのだが、食欲もなかった。
 乗って5分で熟睡。気がつけば新横浜を過ぎていた。
 下北沢に立ち寄る時間はないので、荷物を持ったまま打合せに向かう。

 新橋から「ゆりかもめ」に乗る。
 久しぶりに乗ると、妙に楽しい。
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 なんだか懐かしい。
 りんかい線ができる前、フジテレビ行く時は必ずゆりかもめに乗った。
 飽きると、日の出桟橋から船で行ったりもした。
 春などは相当気持ちいいのだ。
 そういえば、打合せがうまく行かなかったときなどはわざと船に乗っていた気がする。

 あまり本数がないので、コーヒーを買ってお台場海浜公園に座ってぼうっとする。
 そして反省する。
 船に乗り、風を受けていると、気分が回復したりしたし、夜はレインボーブリッジがキレイだったりする。
 
 今日の打合せはスムーズに行った……と、思う。
 
 下北沢に戻って来て、まずは部屋を徹底的に掃除した。

 なんだかそういう気分だったのだ。
 そして……眠たくなったので寝た。

 すると……夢を見た。
 どこかの丘の上で眠っているらしい。
 妙にすっきりと目が覚めた。
 起きてから、あれはどこだったのかと考える。
 ……スコットランドのエジンバラだ。
 エジンバラにはカールトンヒルという丘があって、そこで昼寝をしたことがある。
 もちろん夢の中なので、実際の景色とは違うが、絶対にそうだ。
 起きてから写真をさがした。
 これはカールトンヒルからではなく、エジンバラ城からの景色。
 夢に出て来た景色はこれに似ていた。

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 どうしてこんな夢を見たのだろう?
 私は気持ちが切り替えたくなるとイギリスに行く。
 『切り替えなさいよ』という暗示かも知れない。
 公演もあったし、ここ一ヶ月くらい自分自身の性格について悩んだりもしていたからだ。
 
 起きてから……無性に身体が動かしたくなった。
 本当は山にでも登りたかったが、いくらなんでも無理だ。
 仕方ないので散歩に出かけた。一時間半くらい歩いた。
 気持ちがいい。
 痩せたせいもあって身体も軽い。
 そして、帰って来てからは一時間以上お風呂につかった。

 もう下北沢リゾートだ。

 よし。
 リフレッシュ。
 頑張ろ。
 
posted by 土田英生 at 01:14| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月22日

欲しいと思ったものは手に入らないし、自分のことは分からない。

 色々と仕事させてもらう中で、オファーをもらったときにいつも感じることがある。
「え? それ、私がやる仕事なんですか?」
 と、いうことだ。
 自分から企画を出す場合もあるが、そのほとんどは実現しないのだ。

 自らの意志で、好きなようにやっているのは……極端に言えば自分の劇団、つまりMONOだけだ。
 その分、お金にはならない。

 で、他の仕事、つまりいただく仕事はいつも意外だ。
 他人である依頼主は様々な理由で私にオファーをしてくれているはずだ。
 なのに当の私にはどうしてこの仕事が私に回ってきたのか、その理由が分からない。

 つまり自分のことは分からないのだ。
 私はいただいた仕事は、違うなと思っても冷静に検討してみることにしている。
 だって、その人が私に向いていると思った仕事だ。
 私よりも、きっと正確な判断をしているはずなのだ。
 
 人の魅力というものは他人が決定する。
 自分で「私はここがいい」と思っていても、他人がそう思ってくれてない限り、それは魅力ではない。
 それは単なる思い込みだし、「こう思って欲しい」という願望に過ぎない。
 そして、哀しいことに願望では……現実は絶対に動かない。

 だから真理としては……自分が欲しいと思っている間は、それは絶対に手に入らないと思った方がいいし、自分のことは決して自分では分からないということを知った方がいい。

 なのに……なのに。
 本人には欲しいものしか見えない。
 そして無駄な努力をする。

 だから他人を見ているともどかしい。
 『ああ、回り道しちゃって』と思う。 
 いや、回り道ならまだしも、その道を進んでも辿り着けないのになあ、と冷静に思う。
 
 若い役者さんなどを見ていると、面白いくらいそれは明確だ。
 これだけこの仕事をやっていると、「行けるな」という人と「ダメだろうな」という人は一瞬で見えてしまう。
 だからオーディションなどをすると、『どうして通ると思ったの? よく受けにきたねえ』というくらい分かってしまう。結果を通知する時、「一生懸命考えました」などと言ったりするが、実際に決めるとき、迷うということはほとんどない。見た瞬間に、ほぼ、最初から決まっているのだ。
 これはほとんどの演出家などが感じていることだと思う。

 もちろん好みによって多少の違いはあるが、それでも10人の演出家がいたら、AとBのどっちがいいか、9人の意見は一致する。
 ただ、本人だけが分かっていない。
 『うまくできたなあ』と満足したり、『ダメだったなあ』と反省したりしているが、実はそんなこととは関係なく決まるのだ。
 
 ただ、私は……最初からオーディションに通るタイプの役者さんがあまり好きではない。
 私が選ばなくたって、そういう人は通るからだ。

 私が演劇などを続けている理由は自己救済だ。

 私自身が存在不安にいつも悩んでいる。
 どうも生きているという実感が持てないコンプレックスを抱えている。
 だから人の相談に乗ったりすることが、とても好きだ。
 なぜなら、相談に乗って欲しいと思ってくれる人がいる、という事実が私に安心感を与えてくれるからだ。
 ここ数日もかなりたくさんの人の相談に乗った。
 それは優しさからではないのかも知れない。そうだ、自分の為なのだ。

 その結果だろうか。
 友達にはコンプレックスを持った人が多い。
 「オレ、行けてますよ」という人には全く魅力を感じない。
 「私ダメですよねえ」という人に魅力を感じてしまうのだ。

 ただ、もちろん全然可能性がない人は魅力を感じない。
 こうすれば絶対によくなるし、うまく行くと思える人としか仕事もしない。
 まあ、残念ながら、そういう人の多くは……そこまで私の意見を聞いてくれないけど。

 まあ、それは私も同じだ。
 だからこそ、いただいた仕事は大事にする。
 無理だと思っても、やってみることにしている。

 で、その結果……世界が広がる。

 そうだ。それは福袋と同じだ。
 ここ数年、私は必ず福袋を買う。
 もちろん嫌いなショップでは買わないが、好きなショップで買っても「ええ? こんなの着ないよ」という服が入っている。で、着てみたりすると……「土田さん、それ似合いますね」と言われたりする。
 そこで知るのだ。
 自分では思いもしなかったけど、そういう服が似合うことに。
 自分で決めつけていたのでは、そういう広がりには出会えない。
 
 今も自分では意外だと思う仕事をいただいている。
 だからこそ……頑張る。

 まだまだ、私は自分のことが分かっていないからだ。
 
posted by 土田英生 at 01:32| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月26日

悟りは開けない

 公演が終ってから、とにかく人と話すことが多かった。
 古くからの友達、長い間話してなかった人、あまり知らない人、よく知っている人……とにかく様々な人と会ったり、電話で長々と話したりした。
 で、私には珍しく、人の話を聞いてばかりいた。
 いや、もちろん私も喋る。
 そして……喋る量は私の方が多かったりもする。
 ほとんど私が喋っていたりもする。
 ただ、なんというか……「喋ろう」じゃなくて、「話を聞く」という目的で、会ったりすることが続いたということだ。

 で、色んな人と会う中で、気づいたことがある。

 私の中でなにかが変わりつつあるのだ。 
 人の見え方などが全然違う。
 私は「前へ前へ」という性格なので、人と喋っていても、相手を説き伏せようとしてしまう傾向がある。
 相手を理解することより、自分を分かってもらうことを優先してしまうし、元々が甘えた人間なので、自分が受け入れられることが第一だったのだ。
 まあ、そういう基本的な性格は変わらないとは思うのだが、最近は人と喋っていると、随分とクリアに相手が見える。古くからの知り合いなどと話していても、新しい面をひそかに発見したりする。

 実は意識的にそうしているのだ。

 ただ、それでも変化に驚いている。
 まだ、言葉としては自分自身でも理解し切れていない。
 もう少ししたらはっきりする気がするし、これは演劇を創る上でも大事なことなので、大事に育てて行こう。
 もっともっと勉強しなければ。
 演出したり、役者を伸ばしたりすることにつながる鉱脈だと思う。
 
 会った人からも「なんか土田さん、悟りを開いたみたいになってますよ」と言われたりした。
 ふふふ。
 もしかしたら、私の変化に気づいたね。
 私がどれだけ悟りを開き、煩悩を捨て去ったかをここに記そう。

 昨日は朝から劇作家協会の会議があった。
 事務所のある高円寺に向かう。なにも食べていなかったのでパン屋に寄った。
 ここのあんパンはお気に入りなのだ。
 まあ、これくらいの煩悩は許してもらおう。
 で、お金を払うとき、レジで財布を見たら現金がほとんどないことに気がついた。
 
 近くのATMでお金をおろした。「一」。
 この「一」という数字の理由はすぐに分かる。

 劇作家協会の会議を早退して、新宿で人と打合せ。
 ICカードの残金も少なくなっているのでチャージして、タバコをまとめ買いした。
 お金が少なくなった。
 下北沢に戻って……銀行へ向かった。

 ATMでお金をおろした。「二」。

 「」内の数字はそういうことだ。
 お金をおろすのが二回目だということだ。

 事務所に戻ろうと歩いていると……時々、服を買っている店がセールをやっている。
 東京にあまり春物を持って来ていないので、少しだけ服を買った。
 ……気分が良くなった。
 その店を出るとメガネ屋がある。服を買った気分のまま、メガネ屋さんに入ってしまった。
 
 東京に今回持って来ているメガネは、全部色付きのレンズのものだ。
 芝居を見る予定もあるのに、それでは失礼だ。
 これは欲ではない。
 他人への配慮だ。
 ……と思って……色なしのメガネをつくってしまった。
 メガネ屋さんを出ると、財布には現金がなくなっていた。

 近くのATMでお金をおろした。「三」。
 
 さすがにもう事務所に戻ろう。
 足早に歩く。
 しかしだ。ここには途中に好きな靴屋さんがあるのだ。
 もちろん立ち寄るつもりはない。
 ……ん?
 欲しかった靴が置いてある。
 前は入荷待ちだと言っていたのにね。
 どうしよう。
 見るだけだ。
 と、靴屋さんに入って、店員さんとその靴について喋った。
 15分くらいいただろうか?

 箱を持って店を出た。財布に現金は残っていなかった。

 もうダメだ。
 なにをしているのだ、俺は。
 走って事務所に戻った。目をつむって走りたかったが、危ないのでやめた。
 
 事務所に着いて、深呼吸をした。
 外の世界は邪悪だ。欲深い世界だ。せっかく悟りかけた私の邪魔をしやがって。
 イエスは荒れ野で悪魔の誘惑とたかかい、仏陀も悪魔であるマーラをはねのけたという。
 私は下北沢の事務所で、『ATMでお金をおろせ』という悪魔とたたかった。
 長く辛い戦いだった。
 その戦いは20分ほど続いた。
 よし。もう大丈夫だ。
  
 ……再び出かけた。
 夜は親戚の高校生とご飯を食べることになっていたのだ。
 なにかをごちそうしてあげないといけない。
 財布の中を見る。
 これではダメだ。悪魔とたたかったのはいいが、お金は必要だ。

 電車に乗る前に、ATMでお金をおろした。「四」。

 一日に四回もお金をおろす。
 悟りを開いた人間がすることではない。
 私はまだまだだ。
 
posted by 土田英生 at 00:00| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月30日

人が恋しく、人に疲れる。

 一時期、ぴあ関西版で「自分好き」という連載をさせてもらっていた。
 本にまとめられて「自家中毒」というエッセイとして出版してもらった。
 Amazonのリンクでも貼っておこう。
 一冊くらい売れるかも知れないしね。→
 
 「自分好き」の連載終了後、「他人好き」という連載もさせてもらっていた。
 しかし、こっちはあまり盛り上がらなかった気がする。
 自分のことならいくらでも書けるのに、他人のことだとあまり筆が進まなかったのだ。
 嫌な人間だ。

 私は戯曲や脚本を書くときも、基本的に自分のことから出発する。
 自分が辛く思っていることや、見えている社会を描く。
 ただ、作品になる過程でその思いの核は普遍化され、最後にはどこが最初の呟きだったのかは分からなくなる。
 戯曲講座などで「限りなく個的な幻想を、限りなく普遍化することが作品創りの土台です」などと、話したりするが、それはそういう意味だ。
 日記では作品にならないし。
 
 『土田頁』はそういう意味で、自分のことだけを書いているのでとても楽だ。
 まあ、誰から頼まれて書いているわけでもないし。

 で、結局は自分のことを書く。
 
 今日も友人から注意をされて、反省モードなのだ。
 どうも私は知らない間に人を傷つけてしまう。
 いつになったら、こんなことが終わるのか?
 小さい時から、同じことで悩み続けている気がする。
 ああ……。

 小学校の時。
 教室にじっと座っていることができない子供だった。
 奇声を発して立ち上がったり、鉛筆を投げたりした。
 集中力が持たず、テストなども提出できなかった。
 他人の気持ちが分からず、友達にひどいことをしたりした。

 三年生になったばかりの頃だったと思う。
 ひきつけを起こすということで、大学病院で検査をした。
 脳波に異常が見つかり、発達障害が疑われたが、勉強は普通にできたのだ。
 それでも毎年のように脳波の検査を受けていた。
 ……検査室からの景色は今でも鮮明に覚えている。
 名古屋大学付属病院。頭にコードをたくさんつけられ、色んなパターンの光を当てられる。
 窓からは中央線が見えた。
 皆が学校に行っている時、私だけこんな検査をされていてることが不思議だった。

 検査の結果は、いつも変わらなかった。
 乳幼児にしか出ない波が、出てしまうらしい。
「学校の勉強にはついていけていますか?」と、何度も聞かれた。
 
 少し話がそれるが、2年前、私の出身地である愛知県大府市で、両親が皆の前で私の話をしたらしい。
 落ち着きのない子がどうやって大人になったかを話したそうだ。それが記事になっているというので読んだ。
 親が誤解している部分もあるが、逆に私の知らない話もたくさん載っていて興味深かった。

      * * * * * 

母:下の娘とは8歳離れています。8年間ひとりっ子だったからでしょうか。大変な甘えん坊でしたね。
 保育園へ行くときは、泣いて抵抗しました。何とかして連れて行っても、水飲み場のところでしくしく泣いているんです。こちらも切なくなりました。
父:妻が家を空けるときは、私が保育園に連れていかなければなりませんが、手に負えず、休ませていました。二年保育の1年目は、夏休みも休ませましたね。


      * * * * * 

 ……そこまでとは思わなかった。

 しかし、そう言われれば分かるところもある。
 私は今でも人と別れることが辛くて仕方ない。
 現状が変化する瞬間が嫌なのだ。
 この頃だって、保育園に行ってしまえば、それなりに楽しくやっていたんだと思う。
 ただ、親と別れる瞬間に耐えられなかったのだ。
 それは今でもそうだ。
 嫌な人と会っている時は別だが、親しい人と会っていたりする時、別れる瞬間は猛烈に辛い。
 あっさりと「またね」などと手を振ってみるが、大げさではなく、実は心が張り裂けそうになっているのだ。

      * * * * * 
 
母:そういえば、小学校1年生の時の先生からは、のちになってこんなことを聞きました。「天女の羽衣の話をしたら、食い入るように聞いていて、『ぼくは、お母さんに羽衣を作ってもらう。空を飛べるように。』って言っていたんです。お話が好きだったんですね」って。

      * * * * * 

 全く覚えていない。
 空を飛べるようにって……本当にそう考えたとしたら馬鹿ではないのか。
 違うとしたら、なにを詩人を気取ってるのか?
 
 そこに載っていた写真。

6small.jpg
 
 で、話を戻すと……まあ、とにかく落ち着きはなかった。
 それは確かだ。
 脳波の結果と私の落ち着きのなさに関係があるのかどうかは分からない。
 ただ、周りの友達が我慢できることが、私にはできない。そういうことはとても多かった。
 今でも打合せなどをしていると、集中力が30分くらいしか持たない。
 頭の中で、じっとしてなければと言い聞かせて、必死でやっている。
 とにかく頭でコントロールして、自分を社会に適応させようとしている気がする。

 ここしばらく、色んな人と喋った。
 舞台を観て、トークゲストなどに出してもらう。そして、その後、のみに行ったりする。
 その場は楽しく、私ははしゃいで喋る。
 きっと、そうした時に、様々な失敗をしているんだと思う。
 だから1人になるとため息が出る。

 人に疲れる。
 とても疲れる。

 今日も昼間は芝居を観た。
 で、戻って来て締切りに向けて仕事をした。
 仕事が一段落ついて、人恋しくて仕方なくなった。
 誰かを誘って、ビールでものみたい。コーヒーでもいい。

 人が恋しい。
 とても恋しい。

 ……しかしダメだ。
 今日は反省しないといけないのだ。
 友達にも怒られたところではないか。

 散歩して、深呼吸して、そして考える。
 
 というか、
 本当は、自分のことなんかいいから、「仕事をしろよ」と思う。
posted by 土田英生 at 00:34| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月31日

適当に歩く。

 「寝ると嫌なことを忘れられます」という人がいる。
 私は絶対に無理だ。
 落ち込んで眠った時なども、起きた瞬間にため息をつくタイプだ。
 寝る前に考えていたことが、即座に頭に浮かぶ。

 で……今日は特に……最悪だった。
 
 グロテスクな古代生物がウジャウジャいる場所に私は立っていた。
 生物たちは動かなかったが、私に悪意を抱いていることが感じられた。
「お願いだから。お願いだから」と、私は謝っていた。
 しかし……目の前にいた、ゼリー状の気持ち悪い生き物が私に飛びかかって来た。
『うわあ』と奇声を上げて私は起きた。
 
 ……しばらくベッドの上でじっとしていた。
 夢だ。夢だったのだ。
 ああ、怖かった。

 昼に芝居を観ることになっていた。
 これではいけない。
 気分を変えようと思った。
 劇場は下北沢ではなかったが……そんなに遠くない。
 散歩ついでに歩いて行くことにした。
 これはいい。
 好きな音楽でも聴いて、途中で美味しいパンでも買って、ぶらぶら歩こう。
 この思いつきは私の気分を上向かせた。

 しかし……雨、そして強風。
 さらにはパンだけ律儀に買ってしまい、野菜ジュースも手に持っていたので、もうなにがなんだか分からない。
 思い描いていたイメージと違う。
 パンをかじれば、傘が強風に振り回される。
 慌てて体勢を整えようとしたら、はずみでパックの野菜ジュースを強く握りしめたようで、ストローから野菜ジュースが出る。
 しかも道が分からない。
 iPhoneで調べようと思ったが手が足りない。
 なんとか調べようとしたら、再び傘に振り回される。
 もう少しでメリーポピンズのように空を舞うのではないかと思った。
 
 もうヤケになって歩いた。
 適当にこっちだろうと思う方向に歩き続けた。まるで修行だ。

 ……ちゃんと着いた。

 私は適当に歩くことが多い。
 でも、なんとか目的地に到着する。
 時には失敗して遠回りをするし、一度など、東京なのに崖を登ったりする羽目にも陥ったが、それでも嫌いではない。
 
 芝居を観てから、ちょっとだけ仕事に戻り、夜は約束していた人に会った。

 これから劇団を始めようとしている若い人の相談に乗る。
 色々話したが、結局は、やりたいようにやったらということを喋っていた気がする。
 私もそうだったし、これからだってきっとそうだし。

 最初に心に決めた目標を抱き続けていれば、人は知らない間にそっちに向かう。
 途中で焦って頭で考え過ぎると人は迷う。
 「夢はいつかかなう」というような感傷は信じていないが、『こんな芝居がしたい』とか『あの人と芝居を創る』と決めたらそれだけ考え、適当に歩けばいいのだ。
 最初のイメージを忘れないように、時々思い出しながら。

 そうだ。

 強風に煽られることもあるだろうが、きっと、辿り着く。

 劇場からの帰りもそうだった。
 すでに雨も止んでいたし、帰りは傘もたたんで、音楽を聴きながら帰った。
 それでも地図を見ず、しかも行きとは違う道を通ったけど、気がついた時には小さな踏み切りに出た。

 遠くに下北沢の駅が見えた。

IMG_3073.jpg
posted by 土田英生 at 01:59| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする