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MONO代表・土田英生のブログです

2014年03月15日

無意識でなにがおきているのだ?


 公演が終わって、さっそく次の仕事に取りかかっているが……頭がすっきりしない。
 ドラマのプロットを急いで一つ書き上げないといけないのだ。
 アイデアはあるのに。
 なのになかなかまとまらない。

 しかも寝られない。
 今もそうだ。
 早くに横になったのに、イヤな夢を見て起きた。
 体調が悪いせいだ。
 結局、テレビをつけて『初夜と蓮根』を観てしまった。

 自分で書いた映画を褒めるのも気がひけるけど、面白かったねえ。
 風間杜夫さんと麻生祐未さんの夫婦がキュートだ。市川由衣ちゃんも可愛いし、テンダラーの浜本さんが素晴らしい演技を見せている。観てない方は、DVDで!
 
 ……眠気がどっかへ行ってしまった。

 昨日の夜は仲良しの俳優さんとワイワイ喋った。
 とても楽しかった。
 彼と喋るのも久しぶりだ。
 すっかり売れてしまって忙しくなかなか会えない。
 だけど、相変わらず元気でよく喋る男だ。
 まあ、私も喋ったけど。

 しかし、さよならした後……再び、寒気がした。
 熱が上がっていた。
 今日の昼は新聞社のインタビュー。
 かなり紙面も大きいと聞いていたので、前もって勉強してから行こうと思っていたのに……熱が出てしまったので準備できないままだった。あれでよかったんだろうか?

 最近、なにかがチグハグなのだ。

 今日も電車に乗る前、お金を下ろそうとATMに向かったら「取扱休止」と書かれていたり、じゃ、電車に乗ろうとしたら発車してしまったり。
 いやいや、そんな小さなこと……と、思いながらも心理学好きな私は考える。

 些細な行動にこそ、本質が現れるのだ。

 そう考えると……。

 今日も……また大事な持ち物が一つなくなっていることに気づいた。
 お気に入りだったもの。
 いくらさがしても見つからなかった。もしかしたらと思った場所には全部電話をかけてみた。
 しかしダメだった……。
 公演中に、ライター、マフラー、そしてタバコケース(これは見つかったが)がなくなった。
 今日の物はそれらよりも値段も高い、しかも買ったばかりのものなのだ。
 ショックを受けた腹いせに、オンラインストアで同じ物をすぐに注文した。

 が……。
 これだけ次々と物がなるなるのだ。
 私の無意識でなにかがおこっているのかも知れない。

 物をなくしたりするのも、偶然だけではない。
 無意識の中でいらないと思っていたものだったり、心の底では嫌いな人からもらった物だったり……なにかしら、自分も気づかない理由があったりする。
 女性が好きな男性からもらったアクセサリーなどをなくしてしまうとする。
 すると、意識では気づかないが、無意識ではその男性と別れたいと思ってたりする。
 逆に、意識ではいつなくなってもいいと思っているものが、いつまでもなくならなかったり。
 無意識の力は強いのだ。

 物忘れなどもそうだ。
 私は、一時、大学時代の近くにあったカフェの名前を言おうとすると、必ずど忘れした。
 しょっちゅう通ってた店なのに。
 今では理由が分かる。
 その店で女性から振られた経験があるからだ。
 自分では乗り越えたつもりでも、その店の話をしようとすると名前が出て来なかったりした。
 無意識が反発してたんだと思う。
  
 人間は自分のことを頭で、つまり意識で理解しようとする。
 というか、それしかできない。
 だけど、自分のことなど、自分ではほとんど分からない。
 分かったつもりになっているだけで、それは錯覚だったりする。
 いくら自分と向き合ってみても、無意識は出て来てくれない。
 分かるとしたら……身体の変化だ。
 無意識で感じている本来の欲求や不満は……身体に出る。
 本番前にリラックスできてるなと思っていたら、お腹が痛くなったりして、それで自分が緊張していることに気づいたりする。
  
 今日、新たに注文した物も、またなくなってしまったりするかも知れない。
 気に入ってる製品なのに。
 無意識ではいらないと思っている可能性がある。
 いやいや、なくなっているのは一つではない。
 しかも……なくなった物に共通性はない。
 イヤだ。
 生きる希望がなくなったりすると、持ち物を次々になくしたりするらしい。
 私にはまだまだやりたいこともたくさんある。
 と、意識では思っているが……実は……無意識で……?
 そんなわけはない。

 やめよう。
 大体、考えても分からないんだし。
 
 私はこういう性格なので、人と話す時も、言葉そのままの意味ではなく、別のことが気になってしまう。
 言い間違いや、視線、仕草などが気になる。
 だからいくら褒めてくれてても「ああ、この人、本心からじゃないんだなあ」と落ち込んだりする。
 身体の反応を見るからだと思う。
 
 芝居の演出をする時も、実は役者さんのそういうところばかり気になる。
 本人は意識していなくても、演出から見ると分かることがある。
 しかし、これを伝えるのはとても難しい。
 言葉でいくら説明しても、本人には分からないのだ。
 意識の上ではそんなつもりもないからだ。
 本番で前日に反応のあった場所で、次の日が無反応というのも同じだ。
 本人は意識では受けようとしていなくても、無意識に身体が知っていると、無駄な力が入って流れが変わってしまう。だから結局、具体的なダメ出しをすることになる。間をつめてくれとか、静かに喋ってくれとか。
 後は……全然、関係ないことを言ってみたり。
 別の負荷をかけることで、結果的に無駄を取ったりする。

 人の相談に乗っている時も、もどかしい思いにかられる。
 本人は正直な気持ちを話していて、相手の言っていることはよく分かる。
 しかし……私には違う声が聞こえてくる……ただ、それを伝えることはとても難しい。

 そもそも、自分で意識できないことは、理由があってソレを意識をさせないように身体がしているのだ。

 極端な例だが、虐待されている小さい子は、親が悪いと思いたくないので自分が悪いと思い込む。
 いくら周りが「親が悪んだよ。あなたはいい子だよ」と言っても、そうは思えない。
 「親のことが嫌いだ」「親は私を憎んでいる」などの事実を、子供がしっかり意識して認めてしまったら、生きていけないのだ。
 だから無意識に抑え込む。
 で、意識では自分が悪い子だからいけないと考える。
 子供にとっては「親は私を愛しているが、自分が悪い子だから叱られるのだ」と考えていた方が楽だからだ。

 その子にいくら言葉で説得したところで無駄だ。
 誰にだってそういう歪みはある。
 私だって自分のことはよく分からない。
 自己分析で自分を知ることが無理だと言われるのは、そういう意味だ。

 断舍離というのが流行った。
 部屋を掃除して、いらないものを捨てる。 
 しかし自分では判断できない。どうしても愛着などがあって捨てられない。
 で、他人に手伝ってもらうと、とんでもないものを捨てようとする。
 しかし……必要かどうかで言えば、本当は他人の判断の方が正しいのだ。
 
 それと同じで、他人の方が自分のことを理解できたりする。
 だから人に相談することは大事だったりするんだけどね。
 私も明日、誰かに相談してみよう。

 だから舞台でも、演出が必要なんだよね。
 と、急に芝居の話に戻してみた。
 MONOの役者を褒めるわけじゃないけど、ダメ出しをして言い返されたことがほとんどない。
 「こういうつもりでやってるけど、そう見えるんですね」とは言う。
 私がどうこうではなく、彼らは知ってるんだと思う。
 そう見えるなら、それが事実だということを。
 
 げ、こんな時間になってしまった。
 ツラツラと書いてしまった。
 まとめることはできない。
 寝る!
posted by 土田英生 at 05:17| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする