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MONO代表・土田英生のブログです

2014年06月21日

常に寂しく、常に懐かしく。

 人には現状を維持したいという欲求がある。
 これまでの自分を変えることに対して、潜在的に抵抗をする。
 「あっちの方がいい」と分かっていても、「これまでなんとかうまくやっていたんだから」という意識が働くらしい。だからなかなか人は変われない。

 そんな大げさな話ではない。
 場所についてだ。
 ……私はこれまで何度も引越をしてきた。
 そしてその度に、切なくなって来た。
 最初は高校に入学したとき。私は寮で暮らすことになった。
 家から自転車で10分の距離だったのに。
 週末だけ家に帰るというシステムだったのだ。あれは寂しかった。まだ、15歳だったし。

 大学に入学して京都に移った。
 初めての夏休み。名古屋駅に降りた時はたまらなく懐かしかった。駅のきしめん屋さんの匂い。
 たった半年なのに、独り暮しが初めてだったせいもあって、「おお、帰ってきた」という感慨に浸った。
 
 それからは引越しを繰り返した。
 常磐(京都)→山ノ内(京都)→堀ノ内(東京)→有栖川(京都)→出町柳(京都)→聖護院(京都)→壬生(京都)→梅津(京都)→シェパーズブッシュ(ロンドン)→梅津(京都)→嵐山(京都)。
 まあ、京都の中でウロウロしている時には感慨もなにもないのだが、それでも近所にあった様々な生活と別れて寂しい思いをした。大学中退して東京にくるときやロンドンから去る時などは、とても寂しかった記憶がある。
 そしてすぐに新しい場所に慣れた。

 公演などで一ヶ月くらいどこかに滞在していても同じ気持ちになる。
 去る時は寂しく、久しぶりにその場所へ行くと懐かしくて嬉しい。

 で。
 現在、私は京都の嵐山に住んでいる。
 それ以上に東京の下北沢にいる。
 しょっちゅう行ったり来たりしている。

 すると毎回、小さくそんな気持ちになるのだ。
 しばらく東京にいると、京都に戻る時に少し寂しい。「ああ、さようなら下北沢」と思う。
 なのに、京都駅についた途端、「ふう、京都だあ」と嬉しくなる。
 そして京都から東京に向かう時「もう行かなきゃいけないのか」と寂しくなるのに、下北沢の駅に着いた途端、「おおお、戻ってきたぜ、みんな」という気分になる。
 
 常に寂しく、常に懐かしく。
 一々大げさな私は……心がもたない。
posted by 土田英生 at 02:54| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする