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MONO代表・土田英生のブログです

2014年06月24日

ぐるぐる回る

 昨日も更新しようと思ったのだが、書いていたら内容が暗くなってしまったのでやめた。
 大体、これは誰かから頼まれて書いている訳でもなければ、誰かに向けて書いている訳でもない。
 じゃあ、なんなんだ?
 はっきり言って自己満足だ。

 ……文章を書くと落ち着く。

 だったら誰にも見せずにこっそり日記を書けばいい。
 高校生の時は三年間、毎日日記を書いていた。
 なにをとち狂ったのか、表紙に油性ペンで「心」と書いてしまい、とても慌てた。
 誰かに見られたらどうするんだ?
 慌てて、上からなぞり、絵にして誤摩化した。
 変な団子のような絵になった。
 しかし、よく見ると「心」という字の部分だけが濃くなっていて、さらに恥ずかしい表紙になった。

 ネットが発達して、こうして日記風のものを外に向けて書くようになった。
 一旦、そういう快感を得るとダメだね。
 誰にも読まれない文章を書くだけでは、なんだか寂しいのだ。

 そういう意味では台本を書く時も同じだなあと思う。

 発表する作品はエンターティメントでありたいと考えている。
 エンターティメント。entertainment。
 entertain(楽しませる)という動詞の名詞形だ。
enter(間)+tain(保つ)。間を保つもの。つまり、ある時間、他人を楽しませるものだ。

 しかし、書く時は常に、自分の抱えている問題から出発する。
 自分の悩みや、世の中に対する怒り、そういう個的な気分や考えをいかに普遍化して行くか。

 そういう時、気取ったことを書いても観客の共感は得られない。
 「お前のことなんて知らねえよ」と言われて終わりだ。誰だって自分が可愛い。他人の自己満足にお金を払って付き合いたくない。
 だから書く時は、プライドを捨てて、恥部をさらけ出す努力をする。
 みっともない姿を、人に笑ってもらう。
 それが面白く描ければ、人は笑いながら「ああ、俺にもそういう時あるよ」と共感してくれたりする。
 実際に書き上がった作品だけを見てもお客さんには分からないのかも知れないが、自分自身ではとても恥ずかしく感じる台詞が結構ある。笑いをまぶしたりして誤摩化したりするが、悲痛な叫びだったりするのだ。
 時々、するどい人がいて、アンケートなどに書かれてしまう。
 そういう文章を赤面しながら読み、ただ、こっそりその人に連絡したい気分になる。
 ああ、分かってくれたと甘えたくなったりする。

 演技だって一緒だ。
 「俺、格好いいだろ」「私って素敵でしょ」という自意識たっぷりの演技をされるとウンザリする。
 いかに「そのまま」をさらけ出すのかが大事だ。
 これは難しい。
 さらけ出し方に、少しでもアピールが入ると結局同じことになってしまうからだ。

 その為には自分の意識ですら気づいていないような、そういう部分まで投げ出す覚悟が、表現する人には求められる気がする。
 
 なんの話をしたいんだろう?
 
 そうだ。
 どうも……気分的にもう一つな状態が続いている。
 昨日、簡単に分析できそうな夢を見た。
 ……グルグルと回りながら階段を上っていた。
 上がりたくないのだ。なのに下から何かが追いかけてくる。
 これ以上、上に行くと、誰もいないのだ。そのことを私は知っている。
 寂しい。なのにもう私は下に降りられない。
 
 あれはどこだ?
 ロンドンのモニュメントだ。
 ロンドン大火記念塔。1666年のロンドン大火を記念して(?)……いや、おかしいな、それを忘れないようにということにしておこう……とにかく、そうして建てられている塔だ。

P1010611.jpg


 中の階段を上れるようになっていて、上ると証明書をくれたりする。
 私は一度だけ上って懲りた。
 夢に出てきた階段は、モニュメントの中の階段そっくりだった。

P1010613.jpg

 
 寂しさを感じない人などいない。
 本来、どう生きていても、人は孤独だ。
 友達、家族、仲間……とにかく、どんなに一緒に人といても、それでも存在自体が孤独にできている。
 それにどう対処し、馴れ合って行くか。

 高校の時の日記にもそんなことばかり書いていた。
 そして、今もここにそんなことを書いている。
 進歩がない。

 ……ああ、ぐるぐる回る。
posted by 土田英生 at 05:32| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする