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MONO代表・土田英生のブログです

2014年12月17日

無駄は大事だね

 なんだか全く無駄がないスケジュールだ。
 効率がいい。
 しかし無駄は必要だ。
 
 金曜日からが怒濤だった。
 徹夜して昼過ぎまで脚本書き→座・高円寺で短編戯曲リーディングのブラッシュアップトーク→『Re:(アール・イー)』原田泰造×小池栄子ペアの稽古。
 それぞれの間に全く隙間がなかった。
 あるのは移動だけで、無駄のかけらもなかった。
 
 夜は事務所に戻って新人戯曲賞の最終候補作をもう一度読み直した。
 土曜日は昼間に『保育探偵25時』第7話の打合せをして、収録現場に顔を出し、そのまま再び座・高円寺へ。
 新人戯曲賞の公開審査会。
 この日も無駄のないスケジュールだ。
 
 
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 今年は特に念入りに読み、色々と考えていったのだが、うまく話せず落ち込む。
 しかも作品は優劣がつけ難く、とても選考が難しかった。
 受賞したのは角ひろみさん。
 昔からの知り合いでもあるし、とても嬉しかった。
 終わってから受賞パーティー、そして忘年会。
 さすがに途中で抜けて帰る。

 そして昨日は福岡へ。
 ホールブラザース『となりの田中さん』のトークに出る為だ。
 福岡空港につき、ホテルにチェックインしたのが19時過ぎ。
 荷物を置いてそのまま劇場に向かった。到着したのが20分過ぎ。30分から芝居が始まった。
 無駄がない。
 芝居が終わり、トークをしてから飲み会に出席。
 今日は起きてすぐに博多駅に向かい、一時間半程、知り合いと喋り、新幹線で京都へ向かう。
 車中では北海道戯曲賞の最終候補作を読む。
 京都駅に着いたのが12時15分。
 そのまま打合せの場所に向かって、到着したのが25分。
 30分から打合せ。

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 ああああ、無駄がなさすぎる。

 照明の吉本さん、舞台美術の柴田君にやりたいことをくどくどと喋る。
 信頼できる二人は色々とアイデアを出してくれる。
 ふふふ、面白くなるねえ、『ぶた草の庭』。

 打合せを終えて、ご飯を食べたら新幹線の時間になってしまった。
 京都駅から新幹線に乗る。
 
 再び車中では戯曲を読み、途中で眠ってしまった。
 品川から打合せの場所に向かう。
 到着したのは19時3分前。
 ギリギリだ。
 19時から『保育探偵25時』第6話の書き直しの打合せ。

 ……無駄がない。
 
 まあ、私のスケジュールに隙間がないことなんてどうでもいい。

 無駄はとても大事なのだ。
 無駄をゆとりと言い換えてもいい。

 明らかに世の中が殺伐としてきた。
 言い様のない不安を覚え、そして怯えている。
 いつの間にこんなことになってしまったんだろうと思う。
 
 私たちがやっている演劇にとって、自由に表現できる環境はとても大切なことだ。
 演劇だけではない。
 皆が好きなことを好きなように発言し合い、その最大公約数の意見で社会は成り立つ。
 自分と違う他者の存在を認め、意見の違った人と話し合う。
 話し合いと喧嘩は違うのだ。
 どっちが正しいかだけではなく、それぞれの立場を理解し、妥協点を見つける。
 それだけの話だよね。

 幼い頃、父親から戦時中の話を聞かされた。
 自由な発言ができなかったその時代は、まるでおとぎ話だと思った。
 十年くらい前から息苦しくなっているなあとは感じていたけど、ネットの発達などもあって、表現の幅は広がって行くんだと楽観視していた。もっともっと世界は広がるんだと思っていた。
 
 けど、ここに来てはっきりとしてきてしまった。
 ネットが発達したところで変わらないのだ。

 「そんなこと書くと面倒なことになるよ」
 「ここでこんなこと書いたら、知り合いのあの人が困る」

 そうした些細な気持ちが人の発言を萎縮させ、そして一旦ダブーが形成されるとその話題すらしなくなる。
 普通に話せばなんでもないことが、大層なことになってしまう。
 リアルな問題からどんどん離れていってしまうのだ。

 「原子力発電が危ないかどうか」という“現実的な話し合い”すら普通にできなくなる。
 それはそのまま再稼働に反対か容認かというレッテル貼りになり、“敵対”にすり替えられてしまう。そこにはすでにリアルな議論などは存在しない。

 この前、ある人とそんな話をしていた。
 と、いきなりその人から言われた。

「土田さん、日本のこと好きじゃないんですか?」

 意味が分からない。
 そんなことは誰も言ってないのに、なんで短絡的にそんな結論になるんだろう?
 冷静になって、ゆとりを持って無駄に話し合おう。
 考えが違う人がいったっていいじゃないの。
 多種多様な人たちが、なるべく楽にいられる場所を私は愛したいだけだ。
  
 大体、演劇なんてとても効率が悪い。
 コストパフォーマンスも悪いし、無駄だらけだ。
 一ヶ月半も稽古して、わざわざキャストもスタッフも劇場へ行って、観客もそこに足を運んで、そこで一回きりの本番をやるのだ。失敗もしてしまうし、なんて無駄なことをしているんだろうと思う。
 だけど、そうした野暮な作業だからこそ、人は何かしら気持ちを動かされたりするのだ。
 
 無駄なことをやってやろう。
posted by 土田英生 at 03:01| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする