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MONO代表・土田英生のブログです

2015年11月18日

気もそぞろ

 パリの事件やその後の世の中の流れを見ていて色々と考えてしまい、モヤモヤが身体に浸食してきている。
 お願いだから静かにしててという感じだ。
 モヤモヤは不安に近い。いや、恐怖かな。
 これからどうなって行くんだろうという漠然とした不安もあるが、最も怖いのは言葉が通じなくなっていっていることだ。

 人が、どうも簡単に善悪を分けて、自分の立場を安易に表明してしまっている気がする。
 そして、一旦、自分の立場をはっきりとさせると、他者の言葉は耳に入らない。
 相手を打ち負かそうとすることだけに情熱を傾ける。
 理性的に物事を考えたり、自分の間違いに気づいて考え方を変えたりする余地がない。感情を軸にして動くだけだ。なにかに取り憑かれているようにすら感じる。

 政治に対してだって、文句を言うと「国益を考えた方がいい」などと言われたりする。
 抜け落ちている気がするのは、そもそも「国」とはなにかという点だ。
 日本は国民主権なのだ。つまり国とは私たちの総体のことだ。様々な考え方を持った人の集まりが国であって、政府や国家体制が国なのではない。だからそれぞれが勝手に意見を言えばいい。そしてその中から、この国の形が見えてくるというのが筋道だ。

 とにかく冷静に対話できる状態でなければ、お先真っ暗だ。
 
 社会なんて面倒くさいものなのだ。
 
 最近、私はとてもよくミスをする。
 気もそぞろという感じだ。
 まあ、これは別に社会のせいではない。
 多分に個人的な問題だ。

 変化がありすぎるせいかも知れない。

 歪[いびつ]「ソラミミホンネレソラシド」の公演が終わって、すぐに広島のアステールプラザで俳優コースの稽古と試演会の本番があって、京都ではTHE GO AND MO'S「土田の英」に出演して、翌日からはソウルに行って「少しはみ出て殴られた」の初日に立ち会って、この前は高校演劇の兵庫県大会の審査と講評。

 この一ヶ月の間、店などから出た時、財布やiPhoneを持った店員さんが追いかけてくることがしょっちゅうある。この前、品川駅では新幹線に乗ろうとしたら「お客様、商品を!」と、店員さんが『深川めし』を持って走ってきたし、あれと思ってトイレに戻ったら、ポンと財布が置いてあることもしばしばだ。

 だから迷惑もかける。

 少し前になるが木ノ下歌舞伎を観るつもりでいたら、制作の本郷ちんから「どうしましたか?」とメールが来た。昼の公演だったのにすっかり夜だと勘違いしていたのだ。
 で、この前はヨーロッパ企画を観るつもりでいたら、一緒に行こうと言っていたもたいさんからメールが来た。時間を2時間勘違いしていたのだ。
 
 そして……高校演劇の兵庫県大会では初日に遅刻をしてしまった。
 大会が始まるのを遅らせてしまった。
 次の日からはもう必死だった。
 怖くてなかなか眠れない。
 で、眠ったとしても、朝の5時くらいに目が覚めたりすると、そこからじっと起きていた。
 朝食を取ろうとして「あ、もうしばらくお待ち下さい」と言われたりもした。
 レストランに早く行き過ぎたのだ。
 
 最終日。
 不安だったが、起きることができた。
 随分と早くにホテルを出た。
 泊まっていたのは伊丹。会場は尼崎。
 電車で行くのだが、歩いても40分くらいで着く距離だ。
 最後の日に遅刻しなかったという喜びで、私は歩いてみることにした。
 音楽をかけて、気分良く歩き出す。
 一緒に歌ったりした。
 
 ……と、途中で……とてもトイレに行きたくなった。
 そうだ。大きい小さいで表現すれば、大きい方だ。
 まだ、歩き出して15分。
 先は長い。
 このまま行けるか、いや、どうだろう……。
 考えながら歩いていると、公園が遠くに見えた。
 あそこに立ち寄ろう。
 しかし、思ったよりも公園は遠かった。
 そして。
 そして……。
 やっと到着した公園だというのに……ないのだ。トイレがないのだ。
 
 人の身体は心とつながっている。
 公園にはトイレがあると思い込んだせいで、すっかり身体は“すっきりするモード”になっている。
 ああ……。
 私は公園を後にして元の道に戻ろうとした。
 苦しい。
 すでに歩き方がおかしい。まるで開発途中のロボットだ。
 きっとアシモの方がスムーズに歩けるだろう。
 
 どうすればいいんだ。
 絶対に劇場までは持たない。
 と……今度は……ローソンが遠くに見えた。
 遠いよ……と思ったが、他に方法はない。
 あそこを目指すしかない。
 もう、私にはローソンのミルク缶のマークがトイレの便器にしか見えない。
 ゆっくり、ゆっくり歩いた。
 やっとローソンが目の前に現れた。
 私は必死で言い聞かす。

『安心するんじゃないぞ、私の身体よ』

 公園ですら気が緩んだのだ。
 万が一、ローソンでダメだったらもう終りだ。
 イヤだ。
 こんな大人になって、失敗したくない。
 しかもこれから高校演劇の審査なのだ。
 あんなに余裕があったはずの時間も、トイレを我慢してゆっくりペースで歩いたのと、あの公園の遠回りで結構、ギリギリになって来ている。

 私はローソンに入った。
 店員さんが爽やかに『いらっしゃいませ』と言う。
 私は下半身には力を入れたまま、なるべく何気ない笑顔で『ちょっと、トイレ借りていいですか?』と言ってみる。「そんなにしたくはないんだけど、念の為に行っておこうかな」という雰囲気を醸し出す。

『どうぞ』
 
 爽やか店員さんは笑顔で言う。
 しかし、私はかなり限界だったので、もう、ロボットとすら呼べないくらいおかしな歩き方でトイレに向かった。アシモどころではない。ブリキでできたロボットという感じだ。
 嬉しいことにトイレは空いていた。
 私は入るなり、猛烈に急いだ。
 
 ……ああ、こんな幸せなことがあるだろうか。

 間に合った。
 私は、私は間に合ったのだ。
 
 トイレの床には投げ捨てられたように、私のリュックやiPhoneが転がっている。
 そうなのだ。
 丁寧に持ち物をどこかに置く余裕なんてなかったのだ。
 
 そしてトイレから出た。
 すっかり生まれ変わった私は時計を見る。
 早足で歩けば間に合うなという感じだった。
 トイレを借りたのだ。
 買物くらいしよう。
 そう思ってコーヒーなどを買った。
 
 で、レジだ。
 財布がない。
 何度探しても財布が見当たらない。
 あれ?
 もしかしたらトイレかも知れない。
 ポケットに千円札が入っていたので、取り敢えずそれで払い、爽やか店員さんに『ちょっと、トイレに忘れ物をしたかも知れないので』と言って、もう一度トイレに向かった。
 赤になっている。
 誰かが入っている。
 と……やがて流す音が聞こえて、ジャージ姿のややコワモテのおじさんが出て来た。
 私はトイレを覗いた。
 なにもない。
 
 ……人を疑ってはダメだ。
 そう思いつつ、さっきのおじさんを疑ってしまう。
 しかも、その人はトイレから出ると、そのまま店を出て行った。
 
 せっかく爽やか気分になったというのに。
 私は仕方なく歩き出した。
 急がなければいけないのに……どうもスピードが出ない。
 
 と、電話が鳴った。
 鈴木田君だった。

『先輩、財布忘れてますよ』

 鈴木田竜二の声は天使の声として耳に心地よく響いた。
 彼はピッコロ劇団の舞台監督だ。
 MONOでも昔、一緒に仕事をしたことがあるし、外の舞台でも何度も組んでいる。大会はピッコロシアターで行われているので、前日の夜、一緒にご飯を食べて、そのまま車で送ってもらったのだ。で、朝見たら助手席に私の財布がポツンと置かれていたらしい。

 私はすごいスピードで歩き出した。
 足がどんどん動く。
 きっとアシモでは追いつけないだろう。

 そしてジャージのおじさんのことを思い出した。
 
『ああ、疑ってすみません』

 彼はセリヌンティウス、私はメロスだ。

 早足で歩いた結果、時間にも間に合った。
 財布も受け取った。
 ただ、汗だくだった。
 
 だから私だけTシャツ姿で高校生の舞台を見た。
 きっと兵庫の高校生たちは「なんであいつ、あんなに薄着なんだ」と、不思議に思っただろう。
 
 ダメだ。
 こういうことが多すぎる。
 落ち着き、気をつけて過ごそう。
 そう決心した。

 ……翌日は予定の新幹線に乗り遅れた。
posted by 土田英生 at 06:30| 東京 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする