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MONO代表・土田英生のブログです

2016年02月01日

無理やり更新

 時間がない。
 なのでとてもいい加減な感じになる。
 本来ならリンクを貼ったり、写真も載せたりするのだが今はそんな時間もない。
 写真を載せたい場所やリンクを貼りたい場所には✴︎印をつけてごまかそう。
 そして、今日の夜にでもそっと写真に置き換えたりしてみよう。
 
 25日、本多君、古藤君とのトークが終わった。
 前日の夜中にオープニングの台本を書いて、当日に合わせた。
 グダグダだったが、それでも二人や周りのサポートのおかげでイベントは無事に終了した。

 ✴︎ここに三人の写真

 再びMONO「裸に勾玉」→(✴︎特設サイトへのリンク)一色になったはずだったが、様々にやらなければいけないことが溜まっていて時間がなかった。絶対に観るねと本人に約束をした舞台などにも行けず、稽古も1日休みにしたりして、それでも時間が足りず、また、稽古もやればやるほど「この方向で大丈夫なのか」という心配がぬぐえず、どうも全体重を乗せきることができないでいた。

 しかも、日常生活でも小さな障害が私を襲う。
 京都ではさて稽古に行かなければと思っている時、洗面台の排水溝の中に、ボトルのキャップがコロコロと転がりすっぽり入ってしまい、取り出すために30分格闘してみたり、ある書類のために印鑑が必要でちょっと高いのを買い、作業が終わっていざ捺印をしようと思ったらその印鑑が「内野」だったり、近くのセブンイレブンでアーモンドが切れていたので代わりになぜか「さきいか」を買ってしまったりという大問題に直面している。

 前回の稽古休みはトークイベント。
 そして昨日の稽古休みは東京に移動して、水下きよしさんの三回忌で上演された「なるべく派手な服を着る」を観た。MONOとはテイストが違う感じだったが、それでも面白く観た。
 演出や演技が違う分、色々と考えることがあり、逆にそのことで今、自分がやっていることに客観的な光が当たり、考えがすっきりした。そういう意味でも観てよかった。

 終わってから知り合いとお茶をして、下北沢に戻り、ここで買わなくてもいいのになぜかカルディで色々と購入してしまい、京都に戻るためのリュックがパンパンになったりした。
 夜には打ち上げに参加。
 花組芝居の皆さんと知り合ったのは、昔に参加した利賀村だったなあなどと感慨深く思い、目の前にいた加納さんと話すのが楽しく、調子に乗って喋ってしまい深く自己嫌悪に陥りながら下北沢に戻ってきた。

 ✴︎打ち上げでの写真

 夜遅くに別の友人と会って近況報告をして、さっき起きて京都へ戻る準備をしている中、突然思い立ってこれを書いている。

 今日も今から京都で稽古。
 すっきりしたので邁進しよう。

 ✴︎なんかの写真
posted by 土田英生 at 12:15| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

おかしな時間から頑張る

 どういう訳だか、今日は異様に疲れていた。

 新幹線の中で名古屋を通り過ぎることにも気づかないくらい熟睡したにも関わらず、京都駅に着いたら頭痛がひどかった。歩いていると吐き気がして来て思わずトイレに駆け込んだ。
 それでもなんとか稽古はできた。
 帰ってきてすぐに眠り、2時過ぎて目が覚めた。
 中途半端だ。
 取り敢えずコーヒーを飲んだ。
 しかし、なかなかやる気がおきない。
 かといってこの時間を無駄にもできない。
 覚醒しようと思ってこれを書いている。
 更新し終わったらお風呂に入り、それから頑張る。

 ……ああ、髪が切りたい。
 私は髪が耳にかかるととてもストレスを感じる。
 しかし、今回の舞台は弥生時代。
 なので取り敢えず髪を切るのを待ってもらっている。私もしかりだ。
 だから、特に男性陣は小汚くなってしまっている。
 
 やっと立ち稽古を始めた。
 21日から初めて、この10日間は芝居のトーンというか、虚構具合とでもいったらいいのか分からないが、その試しに使ってしまった。言葉を“ウソ弥生言葉”にしているので、その塩梅が難しかったのだ。

 しかし、もう大丈夫。
 おかしな言葉を喋りながらも意味も分かるという、それなりのリアリティーを創り上げることはできると思う。本当なら現代人とは会話は成立しないだろうしね。
 これまでもありそうでないという世界を舞台上に創るということは考えてきたので、やっていることは変わらないのだが、やっぱり“弥生時代”という縛りがある分、少しだけ苦労した。
 役者の皆も少しずつ慣れてきてくれているし。楽しくなってきた。

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 私は演出デスクの上に自作の勾玉を並べて頑張っている。
 実際にこれは使わないんだけどね。

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 あ、そうだ。
 下北沢を出て来る時に書いた前回。
 写真を載せようと思っていたのに、時間がなかった。
 だからここに一気に載せよう。

 えっと、まずは「ここに三人の写真」……25日のトークのことだね。

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 次が「打ち上げでの写真」……これは昨日の「なるべく派手な服を着る」のことだ。

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 それから……おい、なんだ、この「なんかの写真」というのは。
 なんかって何を?
 稽古に邁進しようと書かれた後にあるので、それに付随することがいいよね。

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 左側に写っているのは京都にある「中京青少年活動センター」。
 昔は「中京青年の家」とう名前だった。
 ここでは演劇ビギナーズユニットという講座の講師をさせてもらったりもしたが、MONOの稽古でも頻繁に使用させてもらっていた。

 これでいいか。

 後は……リンクを貼るとも書かれているので、最後に宣伝活動をして終わろう。

 MONO「裸に勾玉」の特設サイト→ 
 ここでは公演情報や、前作「ぶた草の庭」の戯曲などが読めます。
 チケットの購入などもコチラからどうぞ。

 そしてMONOのFACE BOOKページ→
 今回のキャストのミニインタビューや、稲垣さんによるMONOの稽古場のレポートなどが読めます。
 また、他にもちょっとした日常の情報が書かれていたりします。
 
 MONOのサイトはコチラ→

 こうなったらTwitterも貼っておこう。
 わりとちょこちょこ情報が出ていますので、よかったらフォローして下さいね。
 MONOTwitterアカウント→

 さて、お風呂に入って、頑張ろ。
posted by 土田英生 at 04:35| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月09日

稽古場

 誰にでもあるように、まあ、面倒なことが私の日常生活の中にあったりする。
 それは具体的な問題でもあるけれど、それよりも、そのことを通して、自分の人間性だとか性格を省みてしまうのがキツい。
 作品を創る時、私はいつも自分自身の目に、つまり自分のレンズに今の世界がどう映っているかをスタート地点にしている。
 自分の足場がしっかりしているときは、世界のおかしみ、哀しみ、それに対する苛立ちや愛おしさをそのまま書いて行けるのだが、自分に自信がなくなるとレンズそのものを疑ってしまうからだ。
 
 だから稽古場で役者やスタッフに頼ってしまう。
 他の人から大丈夫だという言葉をもらって、自分を補強したいんだね。
 冷静な視点が欲しいのに、結局は甘えているんだなあと思う。
 メンバーも出ている役者さん達もとてもできた人たちなので、私に余裕がない時は特に優しいのだ。

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 それを感じる度に、有り難さと……私は自分に対して嫌悪感を抱く。
 無駄に焦らず、正当に考えつつ、確実にやって行こう。
 辛いときは愚痴を聞いてくれる友達もいるし。
 悪いなあと思いつつ、どうしても頼ってしまうんだよねえ。

 芝居は形が見えたり、消えたり……その繰り返しだ。

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 まだ、これからいくつも苦しい時はあると思うが、いいものをつくらないと。
 稽古場は相変わらず楽しいし。
 
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 さてと、もう少し頑張ろう。
 仕事のお供もちゃんとあるし。

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posted by 土田英生 at 03:47| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

寄りかからないこと

 「裸に勾玉」の稽古は進行中。

 MONOのFaceBookページでは稽古場レポートやキャストのミニインタビューが読めます。→
 また、「裸に勾玉」の特設サイトもありますので、見てくださいね。→
  
 もちろん毎日楽しくやっている。
 しかし、時々、猛烈に怖くなる。
 自分の考えていることや、判断に自信が持てなくなる。皆も積極的に意見は言ってくれるので、そこまで孤独ではないんだけど、やっぱり怖さはある。
 たかが芝居なのにね。
 けれど、これは私にとっては一番大事なものだしね。

 不安になる時というのは結局「周りからどう評価されるか」が気になった時だ。
 だから静かに自分に問いかければ自ずとやりたいことは明確になるんだけど、まあ、思い通りのアイデアが浮かぶ訳でもないし、常になにか足りない感じが付きまとう。人の言葉に耳を傾けながらも、遠慮をせずに突き進むしかない。その先にしか答えはないんだし。

 人は不安になるとなにかに頼りたくなる。
 神頼みとか、占いもそうだ。
 私はそういうものは基本的に信用していない。
 なにかに寄りかかることはとても楽だ。
 私だって完全に頼りにできるものがあれば、欲しいと思ったりしてしまう。
 絶対的な先生とか欲しくなる時があるしね。
 私の芝居の悩みとか、人生の悩みを全て聞いてくれて「ダメだ」とか「行け」とか言って欲しい。
 その通りに動けばいいなら、それほど楽なことはない。

 けれど、それは思考停止を招く。
 あっちへフラフラ、こっちへフラフラしながららでも、自分で迷い、自分で考えることはとても大事だ。

 まあ、何にも頼らないというのは無理なんだけど。
 人にも甘えてしまうし……今もお酒をのんでしまっているし。

 二時間後には東京に向かわないといけない。
 だから眠らずに仕事をしようと思っていた。
 実際にやっていたが……怖くなり、ウイスキーを飲んでしまった。
 気が少しだけ楽になった。
 
 寄りかかってるね。
 けど、考えることだけはやめたらダメだよね。
posted by 土田英生 at 05:02| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月25日

稽古は残り一週間になってしまった。

 MONO「裸に勾玉」。
 初日は3月5日。
 稽古の残りが一週間になってしまった。

 最近は初日が東京、最後が大阪だ。
 私たちは京都を本拠地にしているのだが、なぜかそういうスケジュールが多い。
 まあ、京都の劇団といっても奥村君と尾方君は東京に住んでいるし、私もほとんど下北沢にいるし、金替君は大阪にいるし……と、なるとメンバーで京都に住んでいるのは水沼君だけだ。

 ただ、事務所は京都にあるしね。有名な三十三間堂の裏だ。
 黒いコートをきてタクシーに乗り「三十三間堂の裏まで」と告げたら、いきなり運転手さんから「どうですか? 最近の仏教界は?」と、聞かれたことがあった。
 どうやら三十三間堂の関係者だと思われたらしい。どこで創っているとかあんまり関係ないけど、京都芸術センターもあるし、ずっと京都で稽古しているのでやっぱり落ち着く。

 ただ、今回、どうも私に余裕がない。
 理由がわからない。
 今、やっているのはこの公演だけなのに。

 去年の「ぶた草の庭」の時は、「保育探偵24時」という連続ドラマの最後の執筆期間と稽古が重なっていたし、これまでもなんども同時進行でやってきた。今回はそんなことはない。なのに余裕がないのだ。

 気持ちの問題だ。
 理由がわからないと書いたが、正直言って私個人の問題だと思う。
 ま、人は誰でも何かしらを抱えてやっているわけだし、そんなことは理由にはならないね。

 もう一つは……とても難しいのだ。
 今回、台本で苦労したのは台詞だ。
 私は会話を主体にした芝居を書くことが多い。いや、多いというか、それしか書いたことがない。
 会話の中から状況が見えてくるというのが好きなのだ。
 話される会話の内容はなるべくくらだないことにして、そのディディールから全体を想像させていくという方法が……まあ……得意なんだと思う。

 しかしだ。
 今回の舞台は弥生時代。
 おかしな「嘘・弥生言葉」で書いた。そしてテンポやリズム、会話の空気などは日常会話体で書いている時と変えずにやっている。したがって……細かいニュアンスが出しにくいのだ。だから時間がかかる。しかもパソコンだって言葉をちゃんと変換してくれない。
 もう一つ困ったことは、ちょっとした笑える会話を書こうとしても、言葉でごまかせないことだ。
 「◯◯じゃないんだから」などと比喩を使って書くことができない。
 現代を舞台にしている時も、定着しきっていない固有名詞は避けるのだが、それでも現代に生きている私たちが観客と共有できる概念は多い。
 幼いことを言った相手に向かって「小学生じゃないんだから」と書けばすぐに伝わる。しかし時代が弥生時代だとそうはいかない。小学生という概念はないのだ。ああ、苦しい。

 ま、自業自得なんだけど。

 けれど、それでもだ。
 役者の皆がそこに体重を乗せてくれることで、おかしな会話も意味がわかるし、人間同士のやりとりは現代人のそれと変わらない。それは段々と姿を見せてきて、不思議な空間になりつつある。
 いや、役者がよくなってきてるのが、本当にありがたい。
 今回、私のダメ出しももう一つうまくいかないし、稽古場で演出家が持っていなければいけないゆとりをはっきりいって欠いているのだが、それでも役者さんたちは確実に進んでくれている。
 MONOのメンバーも相変わらず信用できるし、山本麻貴、もたい陽子も安定感があるし、若手ということになっている高橋明日香、松原由希子も個性を出してくれている。
 まあ、役者に穴はないね。
 全員が前回からの続投だし、チームワークもいい。

 弥生時代の日常を描いた会話劇を……私は他に知らない。
 だからこそやってみたかったんだけど、途中で何度も引き返したくなった。
 弥生時代を研究している学者たちの話にしてやろうかと、考えたことは何回もあるのだが、そのたびに各所に書てもらった「MONO初の時代劇」という言葉に縛られ、踏みとどまった。
 だけど、それが形になりつつある。
  結構、ドラマドラマしている感じにはなっている気がするけどね。

 まだ、稽古できてないところはたくさんあるし、台本も直したい箇所満載なので、個人的な憂鬱などは脇に追いやって、稽古に全力を尽くそう。
 後悔はしたくないし。

 ということで……。

 裸に勾玉特設サイト→
 MONO FaceBookページ→
 MONOサイト→
 
 特設サイトではみなさんからいただいたMONOの見方が載っていたり、過去の戯曲が読めたり、チケット予約ができたりする。
 FaceBookページではキャストのミニインタビューや、稽古場レポートなども読めますので。
 時間がある方は覗いて見てください。

 そして皆さん、是非、劇場へ! 
 
 
 
posted by 土田英生 at 03:43| 京都 ☀| 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月29日

残り3回

 他のことも書きたいのだけど、別にこれといって面白いことも書けない。
 芝居以外で今日考えたことなど、たかが知れている。

 トイレットペーパーを逆さまにつけたまま二週間過ごした。付け替えればすぐなのに、どうして行動を起こさなかったのかと長い間考えたけれど……やっぱり書くようなことではない。

 近くのセブンイレブンで、最近私が店に入るだけで、店員さんがアーモンドが売られているコーナーに視線をやることに気づき、きっと店員さんの間では「アーモンド男」と呼ばれているだろうと想像し……いや、毎回、ゆであずきの缶詰も一緒に買うので、一体なんと呼ばれているのかとても気になってしばらく考えてみたけれど……それも書くようなことではない。
 
 やっぱり頭の中にあるのは芝居のことだ。
 2月も終わるのだ。3月5日は「裸に勾玉」の初日。
 東京で13日まで。それからは名古屋、大阪と公演が続き、3月27日が千穐楽だ。

チラシ.jpg


 特設サイトはコチラ

 けれど、やっと……今回の作品が形になって来た。
 問題が残っているとすれば、私の役者だけだ。
 これは今から必死で頑張る。

 新作は常に焦る。
 間に合うかどうかハラハラするし、しかもどんな作品になっているかは、正直言ってお客さんの前で上演しないと分からない。

 もちろん、台本を書くとき、自分なりに考え、これで行けると判断して書く。
 そして読んでもらったりするのだが、最初は書いた時とのイメージがあまりに違うで慌てる。
 まだ役者が慣れてもいないのに、ああだこうだと注文をつけてしまう。
 それは焦りなのだ。

 けれど……ある時、自分がこうしてくれと言っていない部分までがきちんと形になったりしていることに気づく。さらには書いた時のイメージより、よりクリアに見えて来たりする。
 
 そうなんだよね。
 指針があって、それに沿って役者やスタッフが進めてくれていれば勝手に芝居はよくなるのだ。
 何がやりたいのかさえ共有していれば、極端な話、演出の仕事は交通整理するくらいなのだ。後はちょっとしたアイデアを放り込んで行くことに集中すればいい。

 なのに何回経験してもそれが分からない。

 演出というと、大げさなことをやると勘違いしがちだが、芝居の軸がしっかりできていなければただのこけ脅しにしかならない。大体、本番を観て「演出が頑張ってる」なんて感想が最初にくるようでは芝居は失敗だしね。演出が何をしたかなんて分からないくらいになっていないとダメだと思う。

 今回の『裸に勾玉』も、弥生時代の会話劇というのをしようと思った時には、冒険だと意気込んでいたけれど、今となってはそれすらなんでもないことのように思える。
 結果……普通の芝居になっている気すらする。
 弥生時代が普通って、どういうことだろ?

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 まあ、メンバーが慣れた人たちだというのも大きいかも知れない。

 MONOの4人はもちろん、女優さん達も私は何度も一緒にやっている人ばかりだからだ。
 松原由希子さんは前回に続いてまだ2回目だけど、もたい陽子さんとは4回目、山本麻貴さんとは6回目、高橋明日香さんとは8回目だ。
 
 今回、意識的にそうさせてもらった。
 「ぶた草の庭」と同じキャストでやりたいと私は制作にお願いした。
 高阪君はスケジュールの関係で出られないことになったけど、それ以外のメンバーは参加してくれている。初めての時代劇をしたいということで(弥生時代が時代的のカテゴリーなのかは不明だけど)、私がやりたい芝居のベースを理解してくれている人でないと困ると思ったからだ。
 
 もたいさんもスケジュールがかぶった。
 2月前半まで別の舞台があったからだ。
 だから参加が遅くなる。そこで、そういう役にするからという話で出演を受けてもらった。

 でも、それが結果、いい効果になっていると思う。
 稽古場レポートの第3回→で稲垣さんが書いてくれているけど、もたちんの登場によって芝居の流れが一本ではなくなるからだ。

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 ……これは衣装ではなく、なんとなく弥生時代っぽい感じになってるもたちん。

 さてと、残りの稽古は今日を入れて3回。
 頑張ろ。
 

 
 
posted by 土田英生 at 04:21| 京都 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする