表紙に戻る
MONO代表・土田英生のブログです

2016年04月19日

いやな春だけど。

 全然、更新してないね。
 毎年のことだが、公演が終わるとどうも気分が落ちてしまう。
 昨年もそうだった。今年も終わった途端にどうもバランスがおかしくなった。

 何人もの友達が下北沢まで遊びに来てくれた。
 くだらない話をして少し楽になった。
 去年やったユニット、歪[いびつ]の三人が花見を企画して誘ってくれた。
 とても寒かったが、また少しだけ回復した。
 
IMG_2073.jpg

 
 その後も劇作家協会の花見に顔を出したり、仕事で宮崎に行ったりして段々と社会復帰していった。

 宮崎は取材だったのだが、とても楽しかった。
 新しいことを知り、色んなことを考えた。
 宮崎についてはまた書きたい。

 とにかく海がよかったねえ。
 サーフィンのメッカになっているだけあって、波がすごかった。
 久しぶりに海を見て、とても癒された。

IMG_2257.jpg


 そんなこんなで、やっと少し浮上した。

 だから、更新しようと思った。
 楽しいことを書こう。

 そんな時……熊本の地震があって……またしても書く気を失った。
 地震の被害を目の当たりにしてショックを受けたこともあるけど、それに対する社会のリアクションが私をさらに凹ませた。

 ホント、殺伐とした世の中になった。
 人の余裕のなさが気にかかる。
 柔軟性がないというか、皆が自分の立場を決め込んで、その場所に固執する。
 リアルな会話のやり取りがない。

 例えば、川内原発についてもそうだ。

 熊本、そして大分でも地震が起きた。
 活断層に沿って地震が連鎖しているらしい。そして、まだ続いている。
 今後の地震活動がどんな風になって行くのか、分からないと専門家も言う。
 そんな中、川内原発を止めて欲しいという声が出る。当然のことだと思う。

 けれど、そのことに対しても実際にどうした方がいいかという話にはならない。
 原発推進の立場にいる人たちからは一斉に攻撃をされる。反原発の人たちがなんか言ってるよ、、◯◯ガル以下だからどう、素人がつべこべ言うな、規制委員会が判断するからいい、などなど……。
 すでにそこに議論の余地すらない。あるのは対立だけだ。

 立場を越えて他人を想像してみるということがない。

 生活レベルで考えたら分かることなんじゃないかと思う。
 福島第一原発での事故があり、それすら収束していない事実を私たちは見ている。その上で……。
 気象庁も今回のような地震は希有だという。分からないという。だったら、南西で大きな地震が起きるかも知れない。近くには唯一稼働している川内原発がある。

 ……心配するのはとても自然な感情だ。

 なのに、大丈夫だというニュースが僅かに流れるだけで、テレビなどでも、どうすればいいのか議論しているところすら見ない。触れることすらタブーになってるとしたら……もうダメだよね。大丈夫なんだとしたら、きちんとそのことに触れて解説すればいい。
 
 とにかく、皆が立場でだけ物を言う。違う立場の意見はすべてを攻撃だと受け止め、それぞれが都合のいい知識を振り回して、相手を倒そうとする。
 そこに本当の理性的な会話はなく、感情的なやり取りがあるだけだ。喧嘩だ。

 議論と喧嘩は違う。

 知らないことがあれば、そうなのかと自分の考えを刷新し、そしてまた新しい意見を出す。
 それをすり合わせて、新しい結論を生み出して行く。
 一緒に何かを生み出そうという意思を持ち合うこと、それを絆と呼ぶんだと思う。
 絆とは「同じ日本人だから」とか、そういうことではないのだ。意思疎通があって、関係が生まれるからこそ、絆になるのだ。

 ああ、なんか、イヤな春だ。

 閉じてニヒリズムに陥ってしまったのではダメなんだと分かってる。
 だから私は親しい人の顔を必死で思い浮かべる。
 あの人たちが生きている、そう思うことで社会に好意を持とうとする。
 
 復活しないと。
 素敵な人たちもたくさんいるしね。
posted by 土田英生 at 08:07| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする