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MONO代表・土田英生のブログです

2016年06月22日

吐き出す

 締切りも遅れている中、こんなことを書いている場合ではないんだけど……仮眠を取ろうとベッドに入ってもやるせなさがぐるぐる駆け巡って落ち着かない。

 こんな気持ちでは仕事もできないので吐き出そうと思った。
 まだ自分が何を書きたいのかも分かってないけど。

 情報を知るのが嫌になる。
 ニュースはもちろん、SNSなどの情報だってメールすらそうだ。
 とんでもないことが起き、知り合いがどんどん亡くなって行き、お世話になった人が入院し、友達が自らの陣地を守り合おうと張り合って喧嘩している。
 
 平和主義、国民主権、基本的人権をなくさないと自主憲法にはならないと発言している動画を見てしまった。
 さらにそこに入っている拍手を見て、もう終わりだと思った。
 これ、政治がどうこういう以前の問題だしね。
 不条理コントのセリフだし。
 
 いや、ここで少し耐えて、踏ん張って別の角度からの言葉を探そう。

 私たちが今必要としているのは、人をつなぐ言葉なのだ。
 「つなぐ」というのは「絆」と呼ばれるようなものではない。自分と違う考えの人と、自分とをつなぐための言葉だ。

 今の社会の不寛容さが私は本当に怖い。
 それぞれが自分の立ち位置に固執し、相手を攻撃することだけに躍起になる。
 そこには柔軟な理解や、議論などはない。
 「まあ、お前の言ってることもわかるけどねえ。でもさあ……」と話していればいいものを、ありとあらゆる材料を動員して相手をやり込めようとする。
 そんなことしてて、相手の気持ちが動くはずない。
 
 人の考えというのは100パーセントということはあまりない。
 今、ここにあることが議論になっているとする。
 そして、Aは「やるべきだ」と思い、Bは「思いとどまるべきだ」と思っているとしよう。
 そして二人が話し合っている。

 こういう時、極端にいえば、Aの中では「やるべきだ」という思いが51パーセントで、「とどまるべきだ」という考えが49パーセントだったりする。そして結果的には「やるべきだ」という立場に立っている。
 もし、Bが逆に51パーセント「とどまるべき」だと思い、49パーセント「やるべきだ」と思っているとすれば、この二人はほぼ同じようなことを考えているはずだ。
 これ、冷静に、楽しく喋っていたら「どっちがいいのかねえ」と2人で笑い合っててもおかしくない。

 けれど、結果的に立場は逆の2人は話し出すとどんどん敵対して行く。
 これが人間の悲しいところだ。
 人は常に他者より優位に立ちたいと思ってしまう。
 自分を否定されることは、存在を脅かされることなのだだと反射的に感じてしまう。

 Aが「◯◯だからやるべきだと思うんだよ」というと、Bは反射的に「でもさ……」と言葉を発する。
 この時からすでにAの理由を覆す根拠を探し出す。
 それはAも同じで、Bに反論されれば、すぐに自分の中で有利な根拠を探し出す。
 そして……最終的に決裂していく。
 お互いの中にあった51対49は崩れ、もう本当の考えなどどうでもいい。
 
 さらに怖いのはこれがグループ同士になるとどんどん対立は激化する。
 それぞれの個人的なコンプレックスを吸い上げ、集団は勝手に興奮していく。

 こうここには議論はない。
 存在するのは敵か味方かの二択だ。
 
 どっちが正しいのか決めかねて静観していた人たちは、ギスギスとした空気がいやで「自分は知ったことでないよ」と背を向ける。この人たちの割合が多いんだよね。
 
 大げさにいえば今の社会はこうしたことが各所で起こっているのだと思う。

 MONOで上演した舞台に「少しはみ出て殴られた」という作品がある。
 ある日、刑務所の中に国境線が引かれる。すると、途端に敵と味方に分かれ、それまでワイワイやっていた犯罪者たちが少しずつ対立を始め、抗争になっていくという話だった。

 ま、そういうことだ。
 人はチームに分かれた途端、相手チームより勝とうとする。
 辛い辛い辛い。
 だけど、投げ出したら終わりだしね。
 
 人をつなぐ言葉を探さないと。

 ま、こういうことばかり言ってるからAからもBからも攻撃されたりするんだけどね。
 
 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 昨日、歪(いびつ)の稽古があった。
 「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」という作品。
 売れないアイドルの三人が揉めるだけの話だ。
 
 もともとは三人のメンバーに個別に取材して書いた「ソラミミホンネレソラシド」という作品がベースになっている。
 高橋明日香、阿久澤菜々、石丸奈菜美という同世代の3人の女優。
 彼女たちは多分、一般的にいって仲がいい。
 けれど当然のように考えも違うし、お互いに対してそれなりに思うところはあるはずだ。
 3人いればそれは小さな社会だ。

 去年よりも色々と意見の違いを言い合うようになっている。
 そして妥協点を見つけることも上手になってきた。
 稽古の合間、3人で喋っているのを私はぼんやり聞いていた。
 意見の違いがあった後、コーヒーをこぼして笑い声が起きる。

 ……いいことだ。

 人が相手を攻撃するのは、自分への自信のなさが原因だったりする。
 まずは自分のコンプレックスを引き受け、それでも大丈夫なんだと覚悟を決めることが大事だ。
 
 「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」は、そんな作品だ。
 
 最後は公演の宣伝になっている。

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 吐き出そうと何も考えずに書き出したので、当然のように結論はない。
 しかも……仕事する時間がなくなってきた。
 
posted by 土田英生 at 13:06| 東京 🌁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする