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MONO代表・土田英生のブログです

2016年07月01日

人生の谷間で稽古開始

 誰にでも様々な場面で壁にぶつかる時期というのはあって、まさしく私は今そうかもなと思ってる。
 劇団のこと、自分が取締役を務める会社のこと、ここに書けない個人的なこと、各方面の問題が一気に重なってやってきてしまった。

 まあ、状況としては完全に人生の谷間だね。
 その谷間から空を見上げる。
 空も曇っている。
 社会の行き先を案じると、暗澹たる気分になる。
 
 私は普段、ほとんど政治のことなどもここに書かない。
 あまり熱心でもないしね。
 けど、さすがに怖いんだよね、今。

 みんなに余裕があれば、政治的なスタンスの差など問題ではない。
 大多数の人たちが、目先の個人的な幸せを求めている時は、あまり他のことは気にならないしね。
 ただ、現在は余裕がない。
 経済的にダメになってくると、人は他にすがるものが欲しくなる。
 これが自分だと言えるものが欲しくなる。
 まあ、それで……求める対象が『国』とかそういうことになっちゃうんだろうね。
 アイデンティティ探しをしちゃうんだよね。

 最も不安に思っているのは、急激に社会が閉じる方向に動いていることだ。

 とにかく基本的人権を制限するという方向にだけは行って欲しくない。
 すぐに演劇などの表現活動だって規制されてしまう。
 国にアイデンティティを求める人たちは、国のためには仕方ない、というけど……だってさ、国民主権だよ。国って私たち全員のことなんだよね。
 だったらなんのためにって話だよ。
 自分たちの首をしめてどうするんだろ。

 犯罪には手を染めないよう、みんなで決めたルールは守りながら、けれど誰もが好きなことをやって暮らす。もう、それだけですわ、私が願うのは。

 なんだか死ぬ間際の老人のつぶやきになってしまったけど、頼むよ。

 ……ま、そんな閉じた社会の中、谷間に落ち込んだ私はそれでも色々と自分のことも考える。
 このまま自分のいいように生きていきたい。
 けれど、現実はなかなか許してくれない。
 何かを捨てなければ、欲しいものなど手に入らないのだ。
 
 だから自分が何を望んでいるのかだけを考えてみる。

 人は自分を変えようとして、色々と考えてみるけれど、だいたいは変わらない。
 ああするのは◯◯という理由で無理、こうするのは××だから無理。
 すると結果、今と同じになってしまう。
 これまでだって自分なりのルールがあり、その範囲で生きている結果が今なのだ。
 だからそれを変えようとしたら、◯◯だから無理だと思っている、そのことを疑ってみることが必要なのだ。
 これまでだって、そうして私は様々な壁を乗り越えてきた。
 ……なんだか、妙に気取った言い方になってしまった。
 乗り越えてきた、だなんて。
 そんなに冒険家でもないくせに。

 けど、まあ、今回も乗り越えるんだけどね。

 まあ、こうして書いていると暗いことばかりのようだが、それでも創作意欲満々なのだ。
 遅れに遅れている原稿も次の締め切りまでには完成させる。

 さらにはちゃんと風呂上がりに意味なく踊るくらいは元気だ。
 目的のない腕立て伏せだってするし、口の中で舌をぐるぐる回して法令線解消だってしている。
 昨日は逆立ちをしてみたりしたし、夜中にダッシュもした。
 
 そして今日からは歪「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」の本格的な稽古が始まる。

 どんな状況にいたって、どんな規模だって、芝居を創るのは楽しい。
 自分の感覚を信じて、方法を考えて、ああだこうだと試してみる。
 と、愉快なものが出来上がるのだ。
 本当、不思議だ。
 ちゃんとやれば、絶対に面白くなるしね。
 
 谷間に気持ちのいい日が差してくれることを願う。
 さ、稽古に行ってこよ。

 あ、毎回客席が少ないので、ご予約はお早めに。
 人生を明るくする舞台にいたしますので。→公演情報

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 写真は松江で訪れた興雲閣。
 私の大好きな擬洋風建築だった。

 正面から入って二階の踊り場を見上げる。
 光が差していることに希望を持ちたい。
posted by 土田英生 at 11:22| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月05日

きれいごとを言わせてもらうけど

 今は歪[いびつ]公演「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」の稽古中。
 別の仕事もあったり、様々な問題もあったりするので、それらと並行しながらやっている。

 昨年、カフェで公演した「ソラミミホンネレソラシド」をベースにしつつ、そこに別の角度からの光を入れて新たしい作品にしようと試みている。
 20代の女性三人が会話するだけの舞台だった前作は、もともとは出演者たちにインタビューして彼女たちの本音を滑り込ませてそれをフィクションにした。今回は登場人物を二人増やすことで、別の構造を創っている。少しだけ枠組みをずらしたりすることで、より大きなことが描けたりする……はずだ……と、私は睨んでいるのだが、どうなるのか。ま、面白いものになるんだけどね。

 で……ここからは愚痴だ。

「土田さんの作品で次に観られるのはなんですか?」 

 と、ある人から聞かれたので私は歪の話をした。
 すると……。

「いや、本格的なやつはいつあるんですか?」とその人は聞いてきた。

 私は感情が表に出るのを抑えて「どういう意味ですか?」と聞き返してみた。
 しかし、相手も私がムッとしたのを察したのだろう。
 慌てて「いや、MONOがいつなのか知りたくて」と質問を変えた。 

 ある後輩の劇作家からも似たようなことを言われた。
「なんか若い子たちとやってるんですよね?」
 ああ……。
 これは文章だと伝わらないけど、その人の言葉のトーンにはどこか軽いものが含まれていた。
 なんといったらいいのか、ちょっと見下した感じというのか。

 内容は間違いではない。
 《若い子たち》と《なんか》はやっている。
 正確に言えば、《二十代の女優たち》と《「夢叶えるのは恥ずかし過ぎる」という舞台》をやっている。
  
 なんだろ?
 少しムカつくんだよね、はっきり言って。

 いや、その人たちのいっていることは分かる。
 MONOだって小さな劇団だが、セットなどにもそれなりのお金をかけて製作している。そして東京や大阪、名古屋などでツアーをする。スタッフだってたくさんいるし、予算もかかっている。動員だってそれほど多くもないが、それでも一定のお客さんが観に来てくれる。
 MONOはずっと続けている劇団だし、そりゃ観に来て欲しいと思う。

 それに比べて……。
 歪というユニットは女優が三人で立ち上げたものなので、はっきりいって予算はないに等しい。
 セットにかけるお金もないし、ツアーもない。
 
 だけどね、私はいい加減にやっているわけではない。
 同じように力を入れ、同じように悩み、色々と頭を使い、面白い舞台を創ろうとしている。この舞台を誰に見られても恥ずかしくないし、どんな人にも観に来てもらいたいと思っている。
 もし、私の作る作品を好きだと思ってくれるのならなおさらだ。
 同じように観に来て欲しいと願っている。

 きれいごとを言わせてもらうけど、作品を創るのに、大きいも小さいもないのだ。

 ……ま、いいんだけどね。そういうことを人から言われると、「絶対に面白いものにしてやるからな。見てろよ、ちくしょう」という気持ちが増すだけなので。
 
 さて、愚痴はやめよう。
 
 みなさん、そんなこんなで、面白い作品なので……。
 ぜひ、来てください。日時指定の自由席です。毎回、50人くらいしか入れないので予約はお早めにお願いします。

 歪[ibitsu]公演
「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」
 8月5日《金》ー7日《日》
 梅ヶ丘BOX
 作・演出 土田英生
 出演 阿久澤菜々 高橋明日香 石丸奈菜美/尾方宣久《MONO》 土田英生

 チケットの予約はコチラからどうぞ。→
 
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posted by 土田英生 at 02:54| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

開く!

基本的に毎日「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」の稽古をして、他の時間は書き物をするという毎日だ。
稽古はとても地味にやっている。
その辺りの過程はこっちに書くことにした。まあ、公演が終わるまでの期間限定だけど。→「土田英生の創作日誌」

稽古していて、役者をどう開いてもらうかで悩んでいる。

役者は自分の経験や感覚に置き換えて理解して演技をしようとするが、知識や想像力がないと小さな理解しかできない。自分が見て信じている世界が全てではないのだ。
だから、役者自身にも開いてもらわないといけない。
自分の思い込みを自覚し、その自分を編み変えてもらうことも必要になる。
けれど、役者は無意識に抵抗してしまう。
まあ怖いしね。

その恐怖を押しのけ、未知の自分に出会っていける人は、どんどん伸びていく。
今の自分にしがみつく人は変化していけないし、何も発見しない。

社会もそうだなと思う。
開く動きがあれば、必ずそれに抵抗して閉じようする動きが出てくる。

明らかに今はそうした力が働いている。
なんで、こんなに日本、日本とうるさいんだろ?
確かにここは日本と呼ばれる国で、そこに問題があればよりよくしていけばいい。
問題を具体的に考えるのはいい。
というより、考えなければいけない。
だけど、そこを飛び越し、いきなり「日本人の精神性」だとか、そういうところに考えが行ってしまうのは違うと思う。
それは明らかに自分を守るだけの……つまり閉じる動きだ。

テレビを見ていても、やたら日本人をフィーチャーした番組が多い。
世界に行って日本人に会ったり、逆に外国から来た人たちに日本の魅力や独自性を語らせたりする。
日本であるとか、日本人であるとかいう事実に極端にこだわるのは閉じようとする力だ。

私だって日本で生まれて育った。愛知県だったので、何にでも味噌をつけて食べ、パンにはアンコを塗って食べていた。そしてそれは今でも好きだ。食べると「ああ美味しい」と思う。
けどね、それは慣れ親しんだものだからであって、その食文化が特に優れているわけでもない。

私は10年前にイギリスに留学していた。
皆は「イギリスって食べ物まずいんでしょ」と言う。
今はそんなことはない。けど、問題はそこではない。

私は今でも時々無性にイギリスのソーセージが食べたくなることがある。パン粉とひき肉、それにハーブなどが入っている太いソーセージ。なかなか日本では売ってない。あれは特別美味しいものなんだろうか?
私は大好きなのだが、食べ物として優れているのかどうかは分からない。

留学していた時、よくソーセージ&マッシュを食べた。大量のマッシュポテトに大きなソーセージが二本どんと乗っていたりするだけのものだ。けど、一年留学しただけの私でもあの味を懐かしく思い出したりする。食べたい食べたい。
わたしにとってはあんトースト並みに好きなものだ。

話がそれた。

外国のこういうところが素晴らしいと話すと、途端に不機嫌になる人がいる。そして反論のように「でも、日本だってこうですよ」的なことをアピールしてきたりする。いや、分かってるって。私だってここで生まれ育ったんだから。
けど、どこの国にもいいところがあり、悪いところがあるだけの話だ。
さらにいえば、日本人はどう、イギリス人はどう、韓国人はどう、中国人はどう……そんなことどうでもいいよという気分だ。

私は日本人で嫌いな人たちもたくさんいる。
それより好きな人たちはたくさんいる。
そして……それはどこの国に行っても感じることだ。留学中だって嫌いなイギリス人もいた。けれど大好きなイギリス人はたくさんいた。
最近、韓国にいく機会も結構ある。
ソウルで何度も作品を上演してもらっているからだ。で、韓国にはとても仲のいい、信用できる演出家や役者が何人もいる。しかし仕事を一緒にしても仲良くならない人だってもちろんいる。それは日本で仕事をしている時と全く同じ比率だ。

〇〇人だからどうだということは全くない。

とにかく、大事なのは個人を鍛えることだ。
日本人であるとか、愛知県出身だとか、そうした外側で自分のアイディンティティを保つのではなく、自分自身の考え方であるとか、知識であるとか、恥ずかしい言い方になるけど生き方であるとか……そうした部分を鍛えて行けば、存在が不安になることはない。

私は最終的に開く動きが勝っていくのではないかと考え、そこに光を見出す。

時々、私はロンドンでとても仲のよかったサリーという女性のことを思い出す。
彼女はマンチェスター出身で、小学校の時はクラスはほとんど白人だったそうだ。
ある時、パブのテラスで私とサリーは一緒にランチをしていた。多分、私はビールを片手にソーセージ&マッシュを食べていただろう。
と、前の道を黒人と白人のカップルが通り過ぎた。
アジア人と白人の混じったグループが談笑していた。
サリーはポツリと私に言った。

「美しいね」

……確かに開くことは怖い。
しかし、開きたい。
もちろん全部開き切ってしまったら、真っ白な世界に漂うだけになってしまうけど、限界まで開き、いろいろな考えを受け入れたい。
きっと、そこには美しいものがあるはずだし。

社会も役者も……開かないとね。

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全然関係ない写真になってしまった。

稽古場は事務所から歩いていける場所にある。
毎日、途中のローソンで買い物をする。
今日は唐揚げの梅しそ味とアイスカフェオレを買った。
そして稽古場に着いて、とりあえず荷物を置いた。

私はリトルシガーと呼ばれる、タバコ型の葉巻を吸っている。
カフェオレとリトルシガーは合うのだ。

私は外の喫煙スペースでカフェオレを飲みながらゆっくりしようと思った。

……で、外に出て気がついた。
私が手に持っていたのは唐揚げだった。
どっちもプラスチックカップだったので間違えたようだ。

残念ながらリトルシガーと唐揚げの梅しそ味は合わない。

……いくら開いて自分を変えようが……どうもそれは無理だね。
posted by 土田英生 at 04:46| 東京 🌁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月26日

全く書いていなかった

 こっちを全く書いていなかった。
 仕事などでバタバタしていた上に、ブログ的なものをココに書いていたのですっかり更新した気になっていた。
 
 これから随分と直すと思うが、書いていた小説の初稿がほぼあがった。
 締め切りを15回以上、遅らせてもらった。
 しかも途中、全く連絡していない期間もあった。

 そもそも話をいただいたのはもう二年以上前になる。
 その時は、半年後に出しますと約束をしながら、そのまま一年以上が過ぎてしまった。一応、3分の1くらいは書いてはいたのだが、なんか気が乗らないまま止まってしまっていた。
 去年、改めて「どうしましょうか」という話になり、そこまで書いたアイデアは全て捨てて新たに書くことになった。それから……約束しては書けずに延ばしてもらい……それを繰り返していたのだ。
 本当ならそれも5月くらいには終わっているはずだったのに。
 
 普段は戯曲や脚本しか書いてないせいで、なかなか馴染めなかった。
 いや、まだ完全には終わってないしね。
 
 歪「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」の改訂は数日前に終わった。
 稽古には毎日行っている。
 おかげで随分と助かっている感じだ。
 芝居は面白い。
 だから皆さん、きてくださいね。
 あ、5日だけ前売りが残りわずかなので、できれば6日、7日だと助かります。
 情報はこちらです!→
 
 前に人生の谷間だと書いた気がする。

 ……実際にその通りだ。現実に様々な問題が私の肩の上に乗っかっている。
 そう書くと「どうしたんですか?」ということになるが、まあ、大したことじゃないね。
 誰でもそれぞれ問題や悩みは抱えているしね。
 いや、そういう気分になってきただけかも。
 状況に慣れてしまって麻痺しているのかもしれない。

 でも、そんな時こそ周りを見ないとね。
 余裕がなくなると、どんどん内側に入っていく。
 そういう性格でもあるし、特に何か書き物をしている時は、余計にそれがひどくなる気がする。
 自分のことばかりになってしまう。

 けど、少しそこから抜けてきた。
 きっかけは二つあった。

 一つは友達とちょっとした言い合いになり、その時は自分の言いたいことがうまく伝わらないもどかしさでいっぱいだったのに、次の日になると自分に対する反省が押し寄せてきた。
 で、冷静になった。
 そうだな。
 俺、ダメだな、これでは。……そんな気になった。
 
 もう一つは一週間前くらいだ。

 稽古にいく前に歪のメンバーからLINEがあった。
 スマホを稽古場に忘れたという。
 その稽古場は下北沢にあり、その日の稽古は阿佐ヶ谷だった。
 だから私が代わりに取ってきてあげようと思った。

 その稽古場に連絡を取ると、12時半以降なら大丈夫だということだった。
 しかし、稽古は阿佐ヶ谷で13時から。
 12時半に受け取って、そこから急いだとして少し遅刻してしまう。

 12時15分くらいにそこまで行って待機していた。
 すると20分にはスマホを受け取ることができた。
 電車を調べる。
 井の頭線で吉祥寺、そこから総武線で阿佐ヶ谷。
 乗り換え時間は4分。
 それなら間に合うということがわかった。

 私は急いだ。
 予定通りの電車に乗れた。
 これで間に合う。
 
 目の前には小さな女の子がいて、横にはおばあさんが立っていた。
 と、おばあさんが私に声をかけてきた。

「これ、吉祥寺まで行きますか?」

 私は行きますよと答えて、目が合った女の子にも微笑みかけた。
 女の子は照れてうつむいた。
 列車は順調に走る。
 彼女はドアの前に立ち、手すりに手を突っ込んで遊んでいた。
 電車がすれ違ったりすると「うわ、電車」などとおばあちゃんに言ったりする。
 微笑ましい。

 と……

「痛い……抜けない」

 と、女の子が慌てだした。
 見ると、手すりの間に腕が入ってしまい、抜こうと思っても抜けなくなってしまっていることがわかった。
 おばあちゃんは女の子の腕を掴んで引き抜こうをするが、「痛いよ」と女の子は叫んで泣き出してしまった。
 と、おばあちゃんは私を見た。

「ああ、どうしましょう、どうしましょう」

 自分でも驚いたのだが、明らかに自分の頭の中で「カチ」っという音がした。
 気がつくと、私は女の子の横にしゃがみ、頭を撫でながら大きな声で喋っていた。

「大丈夫だからね。お兄ちゃんが……いや、おじさんだね……ついてるからね。力を抜いて。だって、入ったんだから絶対に抜けるよ。大丈夫だからねえええ」

 私の口からあんなに高い声が、しかもちょっとしたオモシロトーンで出るとは驚きだ。
 女の子は頷く。
 ……しかし、汗をかいているためか、手すりに引っかかってしまい、どうやっても女の子の腕は抜けなかった。
 女の子はさらに泣く。
 横に立っていた大学生くらいの男子もとても優しく女の子を慰め始めた。
 おばあちゃんはオロオロしてパニック状態になっているだけだ。
 
 おかしな光景だった。
 私とその大学生が二人で女の子を励まし、そしてなんとか腕を抜こうと奮闘していた。
 後ろではおばあちゃんが「ああ、どうしましょう」と騒いでいる。

 どうやっても抜けない。
 
 電車が永福町に到着した。
 私は叫んだ。

「駅員さん呼んでください!」

 しかし、駅員さんは見当たらない。
 おばあちゃんはノックしたらいいですかね、と、まだパニック状態が続いている。
 私は電車を降りて、運転席まで行った。
 窓を叩き、「女の子の腕が手すりに挟まってるんです!」と伝えた。

 アナウンスが流れ、列車は停車したままになった。
 運転手、そして駅員さんが二人やってきた。
 私と大学生を加えた、五人が女の子を取り囲む。
 女の子がふとした拍子に腕の角度を変えた。
 今まではそうしようとすると「痛い」と泣いていたのだが、たくさんの人集まってきてびっくりしたせいか、腕を動かしたのだ。

 と、するりと腕は抜けた。
 歓声があがる。
 おばあちゃんも喜んでいる。隣に座っていた女性も「ああ、よかったねえ」と女の子に言った。

 そして運転手さんは戻り、列車は走り出した。

 すると、永福町から乗ってきた子ずれの母親が私に言った。

「いやあ、うちの子も、そこに手をすぐに入れるんですよ」

 ……父親だと思われたようだ。

 説明するのも面倒なので「この子も懲りたでしょう、はははは」と話を合わせた。

 「お客様対応により、遅れて運行しております」というアナウンスがなんども流れる。
 
 おばあちゃんはその度に「すみません」と謝っていた。

 で、吉祥寺に着いたのだが……乗り換えには間に合わずに遅刻してしまった。

 けれど、あの「カチ」っというスイッチのせいで私はなんだか元気になった。
 
きっと、自分のことばかりになっていたのに、スマホを取りに行き、女の子と関わったせいで、他人に目が向いたんだと思う。

 あれから随分と踏ん張りがきいている気がする。
 
 どこまで持つかわからないけど、このまま乗り切ろう。
posted by 土田英生 at 05:34| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月31日

完全に逆転

 またしても昼夜逆転の生活をしている。
 夜は色々と作業をしたり、考えたりしている。

 今は締め切りの書き物はない。
 長らくかかった小説も初稿を脱稿して、校正をしてもらっているので、それが戻ってきてから書き直す。
 けど……原稿が戻ってくるのが怖いね。

 ああ、才能がないのがばれてしまう。

 これまで戯曲と脚本ばかり書いてきたので、台詞は書けるのだが、描写ができないのだ。
 台本なら「もてそうな男性が出てくる」などとト書きを記して、あとは台詞を書くだけでよかった。いや、「もてそうな」などということすら書いたこともないね。「男が出てくる」だけであとは台詞に頼っていた。
 けれど、小説ではどんな人なのか説明しなければいけないのだ。
 これが……もう、書いていて猛烈に恥ずかしかった。
 形容詞などをつけて書いても、簡単な言葉になってしまう。
 で、慌てて凝った表現を考えるのだが、今度は恥ずかしくて書けない。
 すごいね、小説家。

 あとは秋にやるリーディングの台本の構想を立てているのと、来年やる舞台の台本を今年の夏に書かなければいけないので、その準備だ。あ、来年のMONOの新作も構想をまとめなければいけない。
 けど、あんまり進んでないね。
 公演が近いので、その準備に追われている為だ。

 歪「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」。
 稽古は残り一週間を切った。
 梅ヶ丘BOXは小さい会場なので、あまり大げさな芝居はできない。
 だからこそ細かいところまで気を配らないといけないのだ。
 
 面白くなってきてるんだけどね。
 ただ、日によってできが全然違うので、精度を高めないといけない。
 まあ、繰り返し稽古をするのみだけど。

 三日間だけの公演なのだが、5日、金曜日は前売りがなくなったみたいなので、できれば土曜、日曜にきてください。この2日は昼、夜共にまだ大丈夫です。特に夜の公演は余裕ありますので、ぜひ。
 上演時間も1時間半以内だし、梅ケ丘は小田急線で新宿から15分です。しかも駅から歩いて1分!

 お待ちしていますね。
 歪のサイトからチケットも予約できますので。
 →歪サイト

 創作日誌も書いてますので、こっちも読んでください→創作日誌

 ということで、稽古が昼間なのにこんな時間まで眠れない。
 寝ないとね、なんとかして。
posted by 土田英生 at 05:21| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする