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MONO代表・土田英生のブログです

2017年08月25日

全く変わっていない人

 Wさんと最初に会ったのは2001年。
 だから16年前だ。
 MONOの公演「約三十の嘘」をシアタートラムで上演していた時。
 その終演後だった。

 楽屋に突然、背の高い人がやってきた。

「××テレビのWと言います。いやあ、君、面白いねえ。ちょっと話そう……と言いながらさ、俺、ちょっと今日は時間ないんだけどね」
 
 その人はいきなり勢いよく喋った。

 ……MONOは東京公演を定期化させて2年くらい経ち、私自身もアルバイト生活から抜け出し、外部への作品提供をし始めた時期だ。劇団M.O.P.に「遠州の葬儀屋」、G2プロデュースに「いつわりとクロワッサン」、宮本亜門さんのパルコミュージカルに「BOYS TIME」を書いた。そして文学座に「崩れた石垣、のぼる鮭たち」劇団青年座に「悔しい女」を書くことが決まっていた。
 やっと劇作家の仲間入りが出来たと喜んでいた頃だ。舞台だけをやっていくつもりでいたし、映像の仕事にも興味はあったけれど自分には無縁のものだと思っていた。

 終演後は、とあるテレビ局の映画制作の人と約束があった。
 実現はまだまだ先だけど、いずれ映画を一緒にやりましょうと言ってくれていた女性だ。

 待ち合わせ場所であるカフェに向かった。
 と……なぜか隣にWさんも一緒に座っている。

「いやあ、彼女とは同じ局だからさ、偶然いてびっくりしてねえ。で、聞いたら今日は土田さんと喋るっていうもんだからさ、いや、時間ないんで、俺はすぐにいなくなるけど、ちょっとだけでもと思って」

 結局、それからWさんがほとんど喋った。
 最初はやたらめったら褒めてくれ、それから「ここが弱いんだよ」などと勢いよく語って帰って行った。
 映画制作のSさんとはほとんど何も話せなかった。

 それから一ヶ月後。
 公演が終わって京都にいると、いきなりWさんから電話がかかってきた。そして翌日には京都までやってきた。その行動の早さにも驚いたが、Wさんから聞いた話の内容にさらに驚いた。
 草g剛さんのリーディングドラマの作と演出をしてくれという話だった。

 知ったばかりの私にいきなり頼むなんて大丈夫なのかと、こっちが不安になった。
 しかし、Wさんは恩に着せる風でもなく、まるで当然だというように「なんか面白いアイデアない?」とあっけらかんと聞いてくる。そして内容について打ち合わせを始める。

 結果、私は「ヴォイス」という、椿姫を題材にした朗読劇を書いて演出させてもらった。一緒にツアーも回った。Wさんに会って半年後のことだ。

 とにかく決断の早い人だった。

 同じ年、私は初めて地上波の連続ドラマを書くことになった。
 プロデューサーは当然Wさん。
 「天才! 柳沢教授の生活」というドラマだった。
 今でもとても気に入っているドラマだ。MONOの金替君も初めてのレギュラー出演をしている。
 DVD化されていないので今は観られない……と、思う。
 
 それからしばらく経って、Wさんから会いたいと連絡をもらった。
 会ってみるとまたしてもいきなり言った。
 
「北海道にさ、面白い奴がいるんだよ。一回さ、土田君と会わせたいと思ってるんだよ」

 それが……“大泉洋”のことだった。
 で、結局、それが後々「おかしなふたり」という洋ちゃん主演のドラマにつながった。
 
 しばらくWさんと会わなかった。
 その頃になると、私は他局のドラマなども書くようになっていた。
 劇団活動も含め、かなり忙しくなっていた。

 そんな時。
 再びWさんから電話がかかってきた。

 リリーフランキーさんの「東京タワー」をドラマ化するという話だった。
 電話口のWさんは興奮気味に言った。

「演出だれがすると思う? 久世さんだよ。やりたいだろ? で、俺、脚本に土田君を推薦したんだよ」

 久世さんは私にとっても憧れの人だった。
 舞い上がるような気持ちだった。
 もちろんやりたい。
 けれど、私はスケジュールが詰まっていた。どうしても無理だった。

「え? これを断るの? ダメだよ。俺さ、推薦しちゃったんだよ。俺はどうするの? 困るでしょう?」

 書くことになった。

 けれど。
 ここがWさんの面白いところなのだが……。
 初稿を書き終え、本打ちをしていた時だ。
 リップサービスだろうとは思うけど、久世さんがいきなり言った。

「土田君と出会わせてくれてありがとう」

 私は嬉しかった。あの久世さんがそんなことを……。
 笑みを堪えきれない。
 私はWさんを見た。
 
 しかし……彼は狐につままれたような表情で久世さんを見つめていた。
 そして私を指さしてこう言ったのだ。

「え? それ……こいつのことですか?」

 おいおい。
 推薦してくれたのはあなたではないのか、と私は思った。

 それを最後に一緒に仕事をすることはなくなった。
 いや、正確に言えば、一緒にやりかけた仕事は何度かあった。
 けれど実現しなかったり、それからWさんの部署が変わったりしたこともあって、段々と会うこともなくなった。
 時々、ふと思い出しては喋りたいなあと思ったりしていたが、なかなか叶わなかった。

 月日は流れた。

 で……。

 この前の「きゅうりの花」。

 お客さんのリストを確認していると……Wさんの名前があった。

 え?
 
 やはりWさんは勢いよく楽屋にやってきた。
 
「いやあ、やってるねえ。相変わらず、ええ? いや、俺さ、前に偶然、ブログを読んだのよ。普段、全然読まないんだけどね。そしたらさ、土田英生がなんか世の中に対して怒っててさあ。『お、これは、まだやってるなあ』と思ってねえ。で、観に来たのよ。一回、会って色々相談しようよ」

 そしてやはり嵐のように去って行った。

 ……で、今日、会った。

 本当に、本当に……出会った頃と全く変わってなかった。
 相変わらずモチベーションは高いし、私に対して失礼なことも平気で言う。

 けれど、そこには創作に対する愛が溢れていた。

 なんだか妙に幸せな気分になった。
 Wさんもまだまだやってる。

 私もやらないとね。
posted by 土田英生 at 04:30| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする