表紙に戻る
MONO代表・土田英生のブログです

2017年11月02日

上がった分は下がる

 こんなものを書いている場合じゃない。
 締切を抱えているので、とにかく脚本を書かなければいけない。
 そんなことは重々承知している。

 けれど、このままではダメなのだ。
 明日の朝まで集中して書くことを考えると、とにかく自分の状態を整えることが優先だ。
 お酒を飲みたいけど、そんなことをしたら仕事ができない。
 なのでこれを書いているのだ。
 これはお酒の代わりだ。晩酌ではなく晩ブログだ。
 
 昨日、稽古を夕方からだと思い込んでいた。実際は13時からだったのだが、15時まで別の用事を入れてしまっていた。それを早く切り上げさせてもらい、1時間遅れで稽古場に向かった。両方に迷惑をかけた。
 
 そんなこともあり、移動中、ずっと考え事をしていた。
 気分が滅入った。
 稽古場に着いた時はちょっとだけ感情が乱れていた。
 けれど、稽古を開始すると気分が上向いた。テンションも上がってくるので急上昇して行く。
 
 これが私の問題だ。

 終わると……その反動がやってくる。上がった分だけ下がってしまう。
 だから稽古で元気を出せば出すほど、終わってから勢いよく落ちる。
 
 17時に稽古は終わったが、このままではまずいと思った。絶対に急降下すると自分で分かったからだ。なのでソフトランディングを試みた。急降下じゃなくて、優しく着陸しようという作戦だ。

 そこで皆に声をかけ、何人かとご飯を食べた。
 しかし……。
 「じゃあね」と言って皆と別れた途端にダメになった。

 身体の内側に広がる厭世的な気分。周囲の景色がモノクロになっていくような感覚。
 見事に急降下していく。

 ハイボールがいけなかったのだろうか? 一杯だけにしておこうと思ったけど、結局、4杯飲んだし。いやいや、それくらいでは酔わないはずなんだけどね。

 仕事ができる状態ではない。
 思わず知り合いの店に立ち寄り、さらに2杯だけ飲み、事務所に戻ってシャワーを浴び、そのまま二時間ほど眠ってみた。
 ……電話で起きた。
 仲のいい女友達からだった。
 最初は気をつけて話していた。考えていたのだ。元気を出したらダメだ。その分落ちるんだから。ゆっくりゆっくり……ソフトにソフトにだ……。

 気がついた時には元気に喋っていた。
 部屋を歩き回りながら電話している自分がいた。
 
 案の定、電話を切った後……ダメだった。
 パソコンには向かっていたが、全く集中できなかった。
 
 今日は稽古もない。
 だから朝から書いていたのだが気分は相変わらずだ。
 書いてはため息をつき、しばらく休んで、まずいと思ってパソコンに向かう。
 少し乗ってきたと思って書いていると、自分の台詞に傷ついたりする。
 そしてため息をつき、しばらく休んで、慌てて机に戻る。
 その繰り返しだ。
 なんだこの一人芝居フェスティバルは?
 しかも……そんなことしているから……。
 おいおい、気がつけば、もう夜になっているではないか?
  
 こういう時、誰かに話を聞いてもらったりして楽になるのが定石なんだと思うけど、私の場合はそれに効果がない。喋っているうちに、不必要に元気になってしまうからだ。
 問題はこの「不必要に」という部分だ。
 結局、一人になった時にはその分「不必要に」落ち込んだりするので逆効果だったりする。
 
 そういう意味ではお酒と似ている。酔っている間だけ楽になる。
 人前で喋っている時だけ楽になる。
 
 昔、病院でカウンセリングを受けた時だ。
 その時の気分はどん底だった。
 ま、どん底だから行ったんだけどね。

 診察室に入って、最初は普通に悩みなどを話していた。
 少しだけ面白くしてみたら横にいた看護師さんが少し笑った。
 すると私は調子に乗ってきてしまった。今、私がいかに悩んでいるのかを、とても愉快に話してしまった。
 最後には先生も微笑んでいた。
 どんどん気分がよくなった。話し終わった時にはイベントをやった後のような爽快感があった。
 「すっきりしました!」と、言いながら手を振って元気に病院を出た。
 
 けれど……。
 あの時も余計に落ち込んだことを覚えている。
 あれ、カウンセリングになってなかったんだよね。ただ、喋っただけだ。

 私はプライドが高い。
 正直な心情を吐き出してしまうと、自分の内側から逆襲される。
 だから正直には話せない。

 これでも随分と改善されたんだよねえ。
 昔はもっと我が強かったし。
 思い込んだら、それが世界の全てだった。

 そのせいで色々な物を失った。
 後悔と反省を繰り返し、少しずつだけど、他人の考えも受け入れられるようになった。
 そして、そのことが前よりは見えるようになった。
 失う前に考えるようになったからだ。
 これは進歩だ。うん、随分と進歩している。

 やっぱりこんなものを書いている場合ではない。
 仕事に戻ろう。
posted by 土田英生 at 21:51| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

心理学マニア

 いつだったのかは忘れたが、フロイトやユングを読んでから心理学が好きになった。
 自分にとって必要だった。
 けれど、そこからは心理学を幅広く学ぶことには興味は向かわず、私の興味はもっぱら行動心理学や催眠心理学に集中した。

 そうした知識は、まさしく演劇の現場で役に立っている。
 MONO特別企画「怠惰なマネキン」の台本を書く時も、演出をする時も、久しぶりにそのことをかなり考えた。これがどういう結果になるのか、まだ見えないけどね。
 
 みなさん、お待ちしています。
 MONO特別企画サイト→
 出演者のインタビューや私のコメントなども載っています。

 明日も稽古。
 ああ、秋。

IMG_7818.jpg
posted by 土田英生 at 05:02| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月17日

「怠惰なマネキン」初日

 ドラマの脚本を書きながら、MONO特別企画「怠惰なマネキン」稽古という毎日。
 それも終わる。
 今日は「怠惰なマネキン」の初日だ。
 
 けれど、普段と雰囲気が違う。
 今回は劇場ではなく、ギャラリーでの公演だからかもしれない。創ったものを観せるという感覚になっていない。体験型イベントをやる時のような気持ちに近い。
 ……とか書きながらそんなイベントをやったこともないのにね。
 だから正確にはわからないけれど、まあ、やっぱり近いな、それに。
 
 会場が決まった時「これは普通にやってもダメだ」と判断した。
 40人の観客が座ったらもうほとんど演技するスペースはない。
 だからその「部屋」にお客さんも一緒にいるという形にしようと思った。
 それには工夫が必要だ。
 創ったものにしか興味がわかないので、お客さんと直接やりとりしたりするのが嫌いだ。
 うんんんん。
 
 マネキンが出てくる芝居なので、観客の皆を『部屋に置かれたマネキン』に見立てようと思った。

 
IMG_8100.jpg


 ……あまり説明するのも野暮なので、この写真で察していただければいい。
 
 だから芝居もストーリー展開ではなく、人がその場で話していること自体を芝居にしようと思った。
 皆がマネキンになってその様を横で眺めているという感じだ。
 手を伸ばせば触れられる距離で、役者たちは会話する。
 
 だから登場人物の像も本人に近づけた。
 今回のMONO特別企画をやっていることと地続きに「怠惰なマネキン」の世界があり、そして私というフィルターを通した本人たちがそれぞれの役になっている。
 
 演技はドラえもんの道具「もしもボックス」のようなものだと考えている。
 役に成り切るとかではなく、その身体、仕草、そのままで、条件が少しだけ変わったところに身を置いてもらう。と、本人でありながら日常の本人とは差異が生まれてくる。その差異こそが演技だ。

 けど、考えたら私はスタートからそうだった。
 もともと、書くことに興味もなく、役者がやりたいだけで劇団を作った。
 だから書く技術もなければ興味もあまりなかった。
 一緒に始めた水沼君を見ていて、(私が思った)彼なら言いそうな言葉を書いたのが、私の劇作のスタートだと思う。それは私から見た水沼像だった。それが少しずつ形を変え、「彼がこんな場所でこんなことをしたら面白い」という形に変化していき、フィクションの度合いがそれに連れて強くなっただけだ。奥村君にも尾方君にも、そして金替君にも同じことをした。
 今はあまりそんなことを意識してはいないんだけどね。
 でも、それゆえ、私がMONOで芝居を作る時、私が書く台詞の多くは、彼らへのメッセージだったり、私の思いを伝えるものだったりしてしまうんだと思う。ラブレターみたいなものなのだ。

 今回はまさにそういう作業だった。
 「怠惰なマネキン」に出ているメンバーは「俳優育成講座」で三年前に出会った人たちがベースだ。書きながらそれぞれのことを考えた時間だった。
 
 そろそろ出かけないと。
 狭い会場なので完売してしまっている回も多いんですが、21日の昼などはまだ入れますので。
 ぜひ、役者のフィクションとノンフィクションの狭間を体験してください。
 
 サイトです!

 昨日の稽古帰り。
 渡辺啓太がいないけど。

IMG_8227.jpg
posted by 土田英生 at 08:23| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月21日

「怠惰なマネキン」最終日。

 「怠惰なマネキン」。
 5日間8ステージ。
 今日が最終日で、昼と夜の2回。
 これまで関わった中で最も小さな会場での公演だ。
 40人マックスなので、おかげさまで全ての回が前売完売になった。
 
 昨日は……演劇をはじめてから、“私にとって”初めてのハプニングがあった。
 詳細は省くけど、本番を中断するしかなくなったのだ。中断を挟んで最後まで上演はできたけど……うんんん……。改めてそのことについては書きたいというか、考えなければいけないなあと思っている。
 あの場面ではあの選択しかないと理解しつつ、それでも自分の判断が間違ってなかったのか、モヤモヤしたものが残っている。「Show must go on」が基本理念だったしね。
 
 最後まで協力的だったお客さんに対しては感謝しかない。
 理不尽なことばかりが目につく社会の中で、とても真っ当な人たちを目の前にして、私自身が多くのものをもらった気がする。
 
 とにかく、残り二回、うまく行きますように。

 10月からとにかく忙しい毎日が続いている。
 「怠惰なマネキン」はその合間に稽古をしながら書き進める感じだった。前回の更新でも書いたことだけど、台本のフィクション度合いが極めて少なく、私のフィルターを通した役者本人の姿を、こうなればいいのにという思いを込めて書いた気がする。
 だから内容も、やや若いというか、私自身にとってはすでに通り過ぎたことだったりする。
 
 ……そんなことないな。
 わかったような顔をしてても、人間、年齢ではそんなに変わらないし。
 若いメンバーに書いたという言い訳の中、自分の中に残るどうしようもない幼さを書いただけかも知れない。
 
 現に今だって、いろいろと考えて眠れず……だからこれを書いてるのだ。
 考えるねえ。
 なんで私はこんなに考えるんだろう?
 しかもコーヒーを飲んで、アーモンドを食べながら。

IMG_8425.jpg


 そもそも、私はどうしてこんなにアーモンドを食べるんだろう?
 本番中なのでお客さんが差し入れてくれたりして、アーモンドの供給が潤沢だということもある。
 けれど、普段でも私はずっとアーモンドを食べている。
 リスより食べていると思う。
 どうしてアーモンドをこんなに食べるのかを、アーモンドを食べながら考えている。
 「ベラベラ喋るのをやめる」という決意をベラベラ喋ってしまったことがあるが、それと同じような矛盾を感じるな。

 年内は細々とした仕事をしながら、ドラマの脚本を書き進める。
 同時に準備しないといけないのが、次回のMONOの本公演だ。

 タイトルも決まっている。

 『隣の芝生も。』

 3月に名古屋公演で幕を開け、東京や大阪、その他の場所でも公演を予定している。名古屋は愛知県立芸術劇場、東京が座・高円寺、大阪はABCホール。

 私のこれまでの作品はすべて『一杯飾り』だった。
 「杯」は場面のことで、「飾り」は舞台美術。
 だから一つの場所だけで進行するのが『一杯飾り』だ。
 今回はそれを変える試みをしようと思っている。
 二つの話が同時に進行し、それがやがて一つの物語に収斂していくようなものにしようとしている。だからセットも二つ必要なのだ。『二杯飾り』だ。

 『隣の芝生も。』というタイトルから、隣り合わせに存在する人たちの話だろうと推測すると思うが……それはその通りだ。裏切らなくて申し訳ない気持ちだ。

 MONO特別企画「怠惰なマネキン」に出演している5人も全員出演する。

20170927_193.jpg

撮影/吉田朱里


 だいたい、この写真はMONOのサイトなどに載っている写真と同じような雰囲気で撮ったやつだし。

s-0462_1_small.jpg


 ……踏ん張って遠くを見ないと。
 そこに少しでも明るい景色が見えるなら、まだまだ歩けるしね。

 アーモンドもなくなった。
 少しだけ眠ろう。
posted by 土田英生 at 07:34| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

調子に乗る。

 「怠惰なマネキン」が終了した。
 個人的にも色々と反省はある。
 これまで関わった公演の中で、規模は最も小さい部類だったけど、私にとっては密かに大きな区切りだったのだ。この一ヶ月くらいの間、ちょっとばかり色々あって随分と感情を消費していたからだ。
 けれど、千秋楽の公演を観ながら、自分の中で決めていたラインをクリアできたと判断したので、最終的には気分良く終わることができた。

 ただ、打ち上げの最後、なんだか微妙な空気になってしまい……翌日は気分の揺り戻しがきて落ち込んだ。自分のことは見えないけれど他人のことはよく見えるしね。まあ、この辺りのことはここで詳しく書くようなことではないな。

 昨日は事務所の片付けをしてからケラさんの台本『社長吸血記』と格闘した。
 今日行われた「劇作バトル」の準備だ。
 いやいや、難敵だった。
 話も理解できるし、つながりも分かる。おこがましく言わせてもらえば、どのようにして発想されたのかは掴める。もちろん、私にそれができるわけではないけど、同じ劇作家として、その作業の工程が感覚的には理解できるという感じだった。
 けれど、それをトークにするには『言葉』にしなければならないのだ。

 朝方までなんども読み返して、昼すぎに新幹線に乗った。
 久しぶりの関西。
 天満橋は一年ぶりだ。前回の「劇作バトル」以来だ。

IMG_8536.JPG

 
 会場に着くとリーディングをする関西の役者さんたちが練習をしていた。
 よく知っている顔もある。
 そして、よっこん、いや、横山拓也くんが待っていてくれた。彼はこの企画を3年連続で担当してくれている。頼りになるんだよね、この人。

IMG_8539.JPG


 脱線もしたけれど、私はとても楽しくトークをすることができた。
 ケラさんもとても協力的に話してくれたと。
 終わってから皆で打ち上げ。
 ケラさんが皆から写真を頼まれ……順番に撮られていて、まるで握手会のような様相だった。
 大丈夫なのかなと心配しながら私も撮ってもらった。

kera.jpg

 
 あ、『お風呂が入りました』という無機質な電子音が下から聞こえている。
 そろそろやめて、久しぶりにゆっくりと入ろう。

 明日の昼には家を出て、東京に戻る。
 ドラマの打合せなのだ。

 風呂から出て元気があれば、寝る前に次回のMONOの構想を練ろう。
 『社長吸血記』を読んだおかげで、ちょっとアイデアを思いついてしまったんだよね。
 
 あ、そうだ。
 今日のタイトルである『調子に乗る』。
 ケラさんが「土田くんのブログ、本にしたらいいのに」と、言ってくれたので調子に乗って更新しているからだ。
posted by 土田英生 at 01:43| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

開くこと閉じること

 3日前は下北沢で眠った。
 一昨日は嵐山で眠った。
 昨日は下北沢で眠った。
 そして今は嵐山にいる。ここで眠る。
 本当は今日も下北沢に残ってもいいと思っていたのだけど、明後日は大阪から北海道へ移動だし、戻ってこれてよかった。

 一昨日、大阪でケラさんと「劇作バトル」をいうのをやらせてもらい、その時、久しぶりに関西で演劇をやっている皆と飲んだ。リーディングに出ていた人は京都の人が多かった。初めましての人もいたけれど、やっぱり私として落ち着く。

 けれど「私は京都の演劇人だ」と思ったりもしない。
 だいたい「演劇人」という言葉も嫌いだ。
 誰なんだ、演劇人って? そんなやついるのか?
 それにだ。京都に関して言えば、私は京都で生まれ育ってない。
 愛知県で生まれ、大学入学まではそこで育った。
 かといって「愛知県だ」とも思わない。

 開くことと、閉じることを考える。

 私は自分の悪口を言われれば傷つくし、腹が立つ。
 親の悪口を言われても多分腹が立つ。
 MONOの悪口を言われても腹が立つと思うし、メンバーのことを悪く言われてもきっと嫌な気持ちになる。
 もちろん、言い方の問題もあるね。
 極めて客観的に指摘されるならば、自分のことを言われても腹が立たないかもしれない。

 けれど、今、書いているのはそんなことではない。
 どこまでを自分だと思うかという話だ。

 ロンドンに留学していた時、イギリス人の友達とパブにいた。
 「日本人ってこういうとこあるよな」という話をしていた友達に、私は一瞬、「けど、イギリス人だって……」と反論しかけてやめたことがある。
 だいたい、日本人だって千差万別だ。
 大嫌いな日本人もいるし、大好きな人もいる。
 それはイギリス人だって、アメリカ人だって、中国人だって、男性だって、女性だって、つまり、そういうカテゴリー自体が人の良し悪しの判断材料にはならないということだ。
 もちろん国や地域によって文化や習慣に違いはあるだろうし、傾向としての差異は存在するだろう。
 だから雑談として「日本人はさ……」という発言は別に気にするほどのことではないのだとも思う。
 
 しかし私はこの時に驚いたのは自分自身の反応だった。
 「日本人はさ」と言われて「けど、イギリス人だって」という反応をしかけたことだった。
 明らかに私は自分=日本人だと規定していて、その発言を自分への攻撃だと受け取ったのだと思う。
 日本のパスポートを所持してロンドンに滞在していたし、多分、何かあったら日本大使館に駆け込んだりしたんだと思うし、国籍は日本にあるので私が日本人であることは間違いない。
 けど、日本人が私ではないのだ。

 人は個人としての自信がなくなると、自分が属するグループなどと自分を同一視し始める。
 「演劇人」「MONO」「男性」「日本人」「京都に住んでいる人」「愛知県出身」「O型」……これらはもちろんどれも私に当てはまることなのかも知れないけれど、こうしたカテゴリーを集めたところで私にはならないし、ましてや私は男性代表でも、O型代表でもない。あ、MONO代表にはなってるな。ああ、この文章の中では邪魔な事実だ。おいておこう。
 
 とにかく自分をカテゴリーに当てはめて閉じてしまうことはとても怖い。
 閉じてしまうと、当てはまらない人を敵対視して攻撃してしまう。
 ◯◯人はダメだというような言葉が出てくる。
 それが今の社会だね。

 開きたいね。
 そして開くためには自分という個を強くするしかないんだと思う。

 けどね。
 完全に開いたらバラバラになっちゃうしね。
 それでもできる限り開く。
 そして、個として人に対し、個として人を愛することができればいいなあと願う。

 そう言いながら、今日も京都に戻ってきて、京都タワー見るとちょっとほっとする自分もいるんだけどね。

IMG_8565.jpg
posted by 土田英生 at 02:51| 京都 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

北海道

 札幌にいる。
 戯曲講座だったのだ。パソコンを持ってこなかったのでiPhoneで書いているが、ブログの設定を変えられないので、表示される天気の欄が京都か東京になっているかも知れない。
 けれど私は間違いなく札幌にいる。下の写真が証拠だ。

C84DB9A8-A36D-4F81-8260-2F9DA5B6C1AE.jpg


 人に戯曲の書き方を伝えるなんて、とてもおこがましいことだと思う。
 私自身、いつも新作を書くときは自分を見失なっているのに。
 だけど、考えていることを素直に話したつもりだ。それしかないしね。

 自分のことを浮き沈みの激しい人間だとは思うけど、どんな時も素直に進むと決めたのだ。
 色々と考えたりはするけれど、生きることはとてもシンプルなんだよね。
 一つ一つ目の前の問題に対処すればいいだけだし。

 今日もホテルのロビーでカメラを落とした。レンズに付けていたフィルターが割れた。落ち込みかけたが、すぐにヨドバシカメラに行って新しいものを買った。それだけのことだ。

 失うことを恐れず、真っ直ぐに進む。明日、京都に戻り、締切に向けて脚本を一生懸命書く。ああ、なんてシンプルなんだ。
posted by 土田英生 at 02:30| 京都 | MONO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする