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MONO代表・土田英生のブログです

2017年12月03日

MONO『隣の芝生も。』

 本当は東京に行くつもりだったのだが、打合せが一日延びたので昨日の夕方から身体が空いた。
 朝から近所を散策。
 紅葉も終わりなので大悲閣に行った。
 家から歩いて15分くらいなのだが、坂がすごい。結構息切れする。

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 けど、紅葉も楽しめた。

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 この前、北海道で戯曲講座をやった時、担当の人から『Twitterの写真が妙にきれいですね』と言われた。
 写真が上手という意味ではない。
 けれど言いたいことは分かった。

 私のiPhoneはカメラが壊れている。
 なので写真を撮ってアップすることができないのだ。
 で、代わりに一眼レフをカバンに入れていて、それでしょっちゅう写真を撮っている。それをiPhoneに飛ばし、それをアップしているから、背景がボケていたりするのだ。
 ちなみに大悲閣に登る時、その手前の屋台で厚切りベーコンを食べたが、それもこんな風になる。

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 昼頃に家に戻ってお風呂にゆっくりと浸かった。
 そして午後からはMONOの次回公演『隣の芝生も。』の構想を練った。
 
 よく「最新作が最高傑作です」という言葉を聞く。
 気持ちはわかる。
 常に成長していたいし、今、考えていることが最も面白いことであるべきだからだ。
 けれど、と思う。
 やっぱりうまく行く時もあれば、そうじゃない時もある。
 あれは……なんだろうね。
 
 モチベーションの高さだという気がしている。
 もちろんいつだって一生懸命書いているつもりだけど、むしろ書き出す前にどれだけ高められるかが重要な気がする。
 
 今回の登場人物は10人。
 MONOでは多い方だ。

 MONOメンバーに加え、この前終わったばかりのMONO特別企画『怠惰なマネキン』に出ていた5人が出演することになっている。
 これは……去年から、いや、私個人としてはもっと前から密かに考えていたことだ。
 プロデュース公演ではなく、劇団ならではの公演。
 だから共通認識を持って作品を創りたい。
 5人とは12月からクローズドのワークショップを繰り返した。
 その流れで特別企画をやった。最初はあと二人に声をかけていたのだが、それぞれ事情があって離れちゃったんだよね……。
 
 5人とは12月にもちょっとだけワークショップをすることになった。
 公演を終え、また、MONOの本公演に向けて色々と補強する為だ。

 MONOがある意味で変わらず、それでいて新鮮に前に進む環境を作りたい。
 もっともっと面白くしたい。
 長くやっているだけの劇団にはしたくない。
 それこそ、最新作が最高傑作になるように、だね。
 
 『隣の芝生も。』は二つの話が別々に展開するけれどオムニバスではなく一本の話。
 ヒントになっているのはウッディアレンの『重罪と軽罪』。
 目指しているのは徹底的なウェルメイド作品だ。

 東京、名古屋、大阪を始め、何箇所かツアーする予定なので……みなさん、よろしくお願いします。

 消しゴムの写真を載せて終わろう。
 前に……誕生日にもらったヤツだ。

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posted by 土田英生 at 00:18| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

ブログで書くこと

 仕事柄もあるんだろうけど、とにかく文章を書くと気持ちが整理できる。
 それもあって、この「土田頁」は長く続いているんだと思う。
 私はしょっちゅう混乱する性格だし。
 とにかくここを更新すると落ち着く。
 情報発信などではなく、完全に自己救済の道具になってる。
 
 けど、ブログには「人に読まれる 」という前提がある。
 例えば腹が立つことがあって、それをそのまま書くと当事者が読んだら困るだろうなと想像してしまう。だから詳細をぼかしたりして書いたりするんだけど、そりゃ……分かっちゃうよね。
 なので、本当にプライベートなことなどは誰も読まないところに書いたりしている。

 でも、やっぱりブログに書いた方が整理できるんだよね。
 どうしてだろ?
 そもそもブログを書くとはどういうことだ?

 こうなったら今更ながら言葉の意味から辿ってみる。
 皆が知っていることだけど、web-logという言葉が詰まってblogになった。
 webはクモの巣という意味。
 インターネットが張り巡らされるいうイメージからwebと呼ばれるようになった。
 アドレスにあるwwwはworld wide webの略だしね。つまり世界に張り巡らされたクモの巣だ。
 で、logは航海日誌。
 最初はlogbookと呼ばれていたようだ。
 昔、船のスピードなどを計るのに、『chip log』という、木の切れ端を使った道具を用いていたので、航海記録をつけたものをlogbookと呼ぶようになったらしい。これは今調べた。

 だからblogは『世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に書く日記』だ。
 
 壮大に始まった割に「結局、最後は日記かよ」という感じだ。
 「誰にでも読まれる可能性のある日記」であることに変わりない。
 言葉を辿ったところで、新しい発見は何もなかった。

 問題はどうして読まれる可能性のある所に書きたいのかということだ。
 一つは……そうした可能性を考慮することで、客観的な視線を持てるということだ。
 感情だけで走れないので、自分の気持ちを整理するのに役立っているのかも知れない。
 そしてもう一つは、やはり読んでもらいたいからだね。
 けど、私のブログを読んだところで役に立つことは何もないしね。
 換気扇の油汚れを劇的に落とす方法とか書いてないし。
 世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に、中途半端な劇作家が、いつものような愚痴を書いているだけだ。

 仕方ない。
 今日も愚痴を書こう。

 人は一人では生きていけない。
 他人を必要をする。
 けれど、こっちが求めるものと相手が求めるものが違うと不幸になる。
 自分のことを正確に分かってもらおうとすればするほど悲劇は起きる。相手を追い詰めたくはないのに、結果的にそうなってしまう。それに……どんなに言葉を尽くしても、正確には伝わらないしね。
 
 昔、そのことを「悔しい女」という芝居に書いた。初演は青年座で高畑淳子さんに向けて書かせてもらったが、主人公の優子はまさしく私の姿だった。
 ラストになんとかして優子の変化を書きたいと思った。
 けれど、最後まで優子は変わらずに幕が降りた。
 方法が見つからなかったのだ。
 
 今日は1日中、人が変わるということを考えていた。
 他人を変えようとすることは傲慢なんだよね。だったら自分が変わるしかない。

 世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に書けるのはこれくらいだな。
posted by 土田英生 at 02:25| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

解脱

 今日も1日、瞑想状態で過ごしてしまった。
 夜に人と会ったので、ご飯を食べることができたけれど、それまで何も口にせずにじっとしていた。昨日も全く同じパターンだった。このままでは生き仏になってしまう。

 私は悩み出すとしつこい。他のことが全く手につかなくなる。
 よくもまあ、自分のことについて、これだけ考えられるなと笑えてくる。
 だからこんな仕事してるんだけどね。
 自分が好きじゃないとこの仕事はできないね。
 台本を書いている時も、ずっと自分のことは考えてるし。
 そういう意味では私にとって適職だ。
 
 昔、ぴあ関西版で「自分好き」というタイトルでエッセイを連載をさせてもらっていたこともある。スイスイと書けた。自分のことを書いていればいいんだし。連載が終わった後には単行本になり、「自家中毒」というタイトルで出版してもらった。 けれど、その次に始まった「他人好き」という連載は苦労した。……自分ほどは他人が好きじゃなかったんだね、きっと。
 
 話がそれた。

 苦しんで考えているとフッと抜ける瞬間がやってくる。
 それを何回か繰り返すと少しずつ浮上してくる。昨日、今日とずっと考え続けていたおかげで、何度かそういう瞬間があり……執着していた考えが剥がれ落ちて行くのが分かった。
 
 解脱した。
 もう大丈夫だ。
 
 私は基本的に褒められて育った。
 そのことは親に本当に感謝している。
 ベースに自分への信頼を植えつけてもらったからだ。

 自分を信頼できないと悩むこともできないんだよね。
 悩むことができないと解決できないまま、無意識の中にいつまでも問題が残ってしまう。
 それが見えない形で自分を後ろに引っ張り、さらに自分を信頼できなくさせていくのだ。
 
 昨日、ブログは誰かに読まれるから難しいと書いたけど、今日は開き直って読まれる前提で書いている。

 劇作家だろうが、役者だろうが、つまり表現者にはコンプレックスがつきものだけど、最終的な自分への信頼がないとキツイんだよね。ベースに信頼がないと自由になれないのだ。固定概念も自分に対する信頼がないところから生まれてくる。

 まあ、けど、自分を信頼するというのは、とても難しい。

 どうしたって成長過程で刷り込まれてしまう。

 親から暴力を振るわれていたり、育児放棄されていたり、逆に過保護に育てられたりすると「自分を否定する子」になりやすいと、心療内科の先生から聞いたことがある。
 
 昔、よく読んでいた吉野弘さんの詩。
 詩集は全部持っていて、今でも時々パラパラとめくるのだけど、中に「奈々子に」という作品がある。

 一部を引用する。

 
「唐突だが奈々子
 お父さんは お前に
 多くを期待しないだろう。
 ひとが
 ほかからの期待に応えようとして
 どんなに
 自分を駄目にしてしまうか
 お父さんは はっきり
 知ってしまったから。

 お父さんが
 お前にあげたいものは
 健康と
 自分を愛する心だ。

 ひとが
 ひとでなくなるのは
 自分を愛することをやめるときだ。

 自分を愛することをやめるとき
 ひとは
 他人を愛することをやめ
 世界を見失ってしまう。

 自分があるとき
 他人があり
 世界がある

 お父さんにも
 お母さんにも
 酸っぱい苦労がふえた

 苦労は
 今は
 お前にあげられない。

 お前にあげたいものは。
 香りのよい健康と
 かちとるにむづかしく
 はぐくむにむづかしい
 自分を愛する心だ。」

 

 
 私は元気になってきた……はずだ。
 少なくとも自信は戻ってきた。

 流れにくかった浴室の配管も業者さんに掃除してもらったし、有料の大型ゴミも出した。
 iPhoneも新しいのに変えたのでカメラも使えるようになったし、近所にできた「餃子酒場」という店が意外に美味しいことも分かった。

 いいことずくめだ。
 締切も迫ってきているので仕事もしよう。
 生き仏になっている場合ではないのだ。

 いや、仏になろう。
 違うな。
 煩悩だらけで間違った人間だけど、仏のように人や仕事を愛そう。
posted by 土田英生 at 04:38| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

ガンガン行く

 朝方になってここを更新するのが日課になってきてしまった。
 と、言っても三日目だけど。
 同情をひくような、当てつけがましい愚痴が多いので、もうやめよう。

 ……私は自虐が多いと言われる。
 まあ、その方がリスクが少ないんだよね、責められなくて済むから。
 取材をしてもらっている時でも、だいたい後ろ向きな発言をしてしまうし。
 「そんなことないですよ」と、言ってもらうのを期待してるんだと思う。
 嫌なヤツだ。
 
 3年前になるけど、ソウルのLGシアターで「少しはみ出て殴られた」を上演してもらった。
 韓国で人気のある俳優たちが集まり、かなり大きなプロダクションでの上演だった。
 私は初日に合わせて劇場へ行った。
 終わってから皆で飲んでいた時だ。
 スタッフたちと話していて「いやあ、よくもまあ、私なんかの、こんな作品をやってくれて」というようなことを冗談めかして喋っていたら、
 「どうしてそんなことを言うんですか? 私たちは面白いと思ってこの戯曲に取り組んでいるんです。自信作だと言ってくださいよ」と怒った人がいた。

 私は必死で弁解したが、確かにそういうことをすぐに言うね、私は。

 当たり前だけど、自分で創るものは面白いと信じている。
 そう思わないと書けないし。
 ただ、好みは人それぞれだろうしなあ、と考えてしまうんだよね。
 
 一時は自信の塊だった。
 学生劇団の時は台本を書いたこともなく、その気もなかった。書き出したのは劇団を結成してからだ。
 けれど、書き始めてすぐ、私はやれるのではないかと錯覚した。
 ま、勘違いした自信だったと思うけど、それでも自分はやっていけると思った。

 その頃はとにかく攻撃的な性格で、他の人が創る芝居にも文句ばっかり言っていた気がする。
 稽古場でも思い通りに進まないとすぐにイライラした。
 ダメ出しで興奮し、怒鳴りながらメガネをどこかに投げ、最後に「メガネはどこだ!?」と大声で叫ぶ理不尽さだった。
 扇町ミュージアムスクエアで本番前にわめき散らし、劇場の外に出て泣き、劇場関係者の話題をさらったのもいい思い出だ。

 ……よくもまあ、メンバーはやめずに付いてきてくれてるなあと思うね。

 やがて……京都の演劇が注目を浴び始め、私の周りは戯曲賞ラッシュ。
 しかし私は落ち続けた。
 そこで初めて凹み、完全に自信を喪失した。
 自分の態度とか才能について冷静に考え込んだ。
 けれど、なぜだか、その頃から仕事が増え始め、それこそ芸能界の仕事やテレビドラマなども書くようになった。自分ではダメだと思い始めていたのに仕事は増える。
 その矛盾に悩んだ。
 状況の変化に疲れて……鬱になった。
 そしてロンドンに留学。
 今でも本当にロンドンには感謝している。あの一年で落ち着いたし、人間としても随分と成長した。
 
 戻ってきてからはかなり温和な性格になった。
 稽古場でもかなり優しい演出家だと思う。

 だけど……その頃からだよね。同情をひくような自虐を連発するようになったのは。
 なんだろ?
 自分の攻撃性を和らげる方法だったんだろうか?
 ま、何かしらの理由があってのことだと思うし、これからも劇的には変わらないと思うけど、そういう自分にも飽きてきた。
 
 自信持って書こう。
 そして自虐を減らそう。

 9日には締切がある。ここを乗り切らないとスケジュールが狂ってしまう。愚痴をこぼしている暇などないのだ。本当は京都に戻ろうと思ってたけど、そんな暇はないのでとにかく書き上げるまでは下北沢で頑張る。

 遠くをしっかりと見つめ、こらからガンガン面白いものを創ってやる。
 今度取材を受ける機会があったら、自虐なしで喋る。

 もしかしたら、次の稽古場ではメガネを投げるかもしれない。
 
 まあ、それはないね。
 人には優しくしよう。

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 このクマには意味はない。
 ただ、いつからか、この事務所にいるな、こいつ。
posted by 土田英生 at 04:48| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

犬たちに会いたい

 昨日の朝は脚本の締切だった。
 仕事の詳細は公表できないけど、9月の終わり頃から書いている。
 だいたい、各話の初稿を一週間で書き、打合せをしたら三日くらいもらって修正、さらに打合せをしてまた三日くらいで直す。つまり1話が完成するのに二週間くらいの計算だ。

 計算で行くとすでに5話分は出来上がっているはずだったのだが、随分と遅れてしまった。

 今回は初稿の締切だった。
 これが一番大変なのだ。ラストまで書けたものを修正するのは、案外楽なのだが、最初の稿はどうしても時間がかかるし、進まない時は全く進まない。

 予定では遅くとも朝の9時には提出。一度眠ったあと、夜に打合せ。翌朝に京都に帰るはずだった。
 そうなんだよね。京都には戻らないといけない。
 ロンドンに留学していた時、英語の個人レッスンをしてくれていたSheilaが京都に来ているので会いたいのと、この前、京都にいた時のゴミを出したいのだ。
 可燃ゴミは火曜日と金曜日。
 だから月曜の夜にはどうしても戻りたい。

 けれど……間に合わなかった。
 半分も書けなかった。
 謝った。もう京都に帰るのは諦めていた。

 それでも一応、夜に打合せをすることになり……。
 いやあ、本当に皆、優しい。
 書けなかったけれど誰からも怒られることもなく、しかも京都にも戻れるように予定を組んでくれた。
 私が「ゴミを、ゴミを出したいんです」と繰り返し訴えたからかもしれない。

 打合せのあと、恒例の焼肉に行き、そこで結構飲んだ。
 いい気分で帰ってきて眠った。

 なのに……。

 夢を見て飛び起きてしまった。
 なんであんな夢を見たのだろう?

 これまで実家で飼って来た犬たちが一堂に登場している夢だった。
 芝生に座っている私を、犬たちが囲んでいる夢だ。
 どの犬も私に尻尾を振っている。

 「え? あれ? そっか、お前たち、生きてたんだっけ?」
 そう言いながら私は犬たちを撫でていた。

 しかしだ。
 撫でているうちに「いや、違う」と思った。
 「死んでるんだよね」と気づくと犬たちは消えていく。
 私は必死で名前を呼んだ。
 ……そのまま目が覚めた。

 で、眠れなくなってしまった。

 書いたことがあるかもしれないが、うちの実家にはやたら犬がいたのだ。

 父親が保健所に連れて行かれるトラックを見かけて引き取ってきてしまったり、私や妹も野良犬を見かけると連れて帰ってきていた。しかも近所で飼われている犬も、なぜか昼間はうちに遊びに来ていたので、うちの庭はもう犬だらけだった。
 
 全部合わせたら、犬ぞりが引けるくらいいたね。
 トラ、クマ、ゴロ、チロ、エス、もんた、タロ、ペル、メリー、ナッツ、ログ……もっといたはずだ。

 それぞれに思い出がある。
 どの犬も可愛かったが、すでに亡くなっている。

 最初にショックを受けたのはゴロの死だった。
 ゴロは野性味溢れる犬で、隙を見ては逃げ出すやつだった。三日くらい戻ってこないことはしょっちゅうだったし、ゴロの捜索をすることが頻繁にあった。
 逃げた先でいろんな犬と喧嘩したり人を噛んだりするのだ。
 ゴロのしでかしたことで、うちは何度も怒鳴り込まれた。
 
 そんな犬なので、人に尻尾を振って懐いてくるなんてことはなかった。
 父親のいうことはなんとか聞いていたし、ご飯をくれる母親にも多少は愛想を振りまいたが、小さかった私のことは全くもって無視だった。
 近づくと唸られ、撫でたりすると噛まれたりもした。
 私はこいつをライバルだと思って、いろんないたずらをした。
 けれどいつも負けた。
 私が持っていたお菓子は必ず奪われた。

 けど、もともと体力のある犬だったせいか16年も生きた。

 私が小学6年の時、ゴロが倒れた。
 老衰で足が立たなくなり、寝たきりになった。やがて食べる力も失った。
 普通の犬ならそこで亡くなっていたと思うが、心臓が強いのか死ねないのだ。

 夏休みだったので、私はゴロを看病した。
 卵と牛乳を混ぜたものを飲ませ、毛が抜けてただれた体に薬を塗った。
 ゴロは私に向かって「クーン」と甘えた。潤んだような目をじっと私を見ている。
 悲しくて仕方なかった。
 あんなに強かったはずのゴロがこんなことになっている。

 ある朝、ラジオ体操から帰ってくるとゴロが亡くなっていた。
 家を出る時には撫でたらこっちを見ていたのに。
 私は自分がラジオ体操に行ったことを猛烈に後悔した。
 
 エスもそうだった。
 人懐っこい犬で、途中で人にもらわれて行った。
 けれどある台風の夜だった。
 玄関で音がする。
 私は起きて開けると、そこになぜかエスがいた。
 しばらく撫でて、帰らそうとしたが、頑なに帰らない。
 父親を起こして、エスを寝かせた。

 朝、エスは亡くなっていた。
 会いに来たんだと思うと、たまらない気持ちになった。
 一晩中、横にいてやればよかったと後悔した。

 ……こんなこと書き出したら、犬の数だけ書かなければいけなくなる。
 やめておこう。
 
 夢の中で、最後まで私の横にいたのはナッツだった。

 ナッツは私が大学入学後、京都に行ったあとに実家で飼った犬なので、実際は一緒に過ごしていない。
 けれど、どういう訳だか、私にも異様に懐いた。
 私はナッツに会いたいが為に帰ったりしていたし、帰ると必ずナッツと遊んだ。
 人の様子に敏感な犬で、言葉もよく理解したし、私が落ち込んでいる時などは決して尻尾も振ってこなかった。ただ、近くに寄って来て、いつまでも私の手を舐めてくれていた。
  
 実家に帰る時は駅まで車で親に迎えにきてもらっていたのだが、車が家に着くとすでに飛び跳ね、一目散に駆け寄ってきた。どうして帰ってくることがわかるんだろうといつも家族で言っていた。

 ああ……。

 ナッツの最期も悲しかった。

 ある時、妹から電話があった。

 「ナッツがいなくなった」
 
 私は仕事をほったらかして実家に帰った。一週間以上はいたと思う。
 情報を聞いては探し回った。

 ……ナッツは白内障で目が見えなくなっていた。さらに終わりの方は耳まで聞こえなくなっていた。
 にも関わらず、近づくと尻尾を振って寄って来たし、相変わらず手を舐めてくれる犬だった。
 
 交差点で車に囲まれ、右往左往しているナッツを見たという人もいた。
 目も耳もダメだったので、どうしていいのかわらかなかったんだと思う。
 それを想像すると、今でもいたたまれない気持ちになる。
 
 私が京都に戻って一週間後、用水路に落ちて亡くなっていたという電話をもらった。
 冬だったので心臓麻痺だったと思う。苦しまずに死んだと思いたい。
 綺麗な体のままだったらしい。
 連れて帰って弔ってあげられたのが唯一の慰めだ。

 ……夢の中のナッツは元気だった。
 ああ、会いたいね。
 夢の中では久しぶりに撫でてやれたし、それだけでも嬉しかったけどね。

 ダメだ。
 犬のことを考えると距離感を失ってしまう。

 眠ろう。
 そして起きたら準備して京都に戻る。
 ゴミも出さないといけないしね。

 ゴロと私。

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 そしてナッツ。

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posted by 土田英生 at 04:28| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月19日

隣は何をする人ぞ

 松尾芭蕉の句に「秋深き隣は何をする人ぞ」というのがある。
 「秋深し」だという意見もあるらしいが、ま、それはいい。
 芭蕉が亡くなる十日ほど前に詠まれたものだ。
 俳句にはまったく詳しくないけど、床に臥せながら隣の人の物音を聞き、人恋しく思ったんだろうね。

 下北沢の事務所にこもってだいたい夜中はずっと書いている。
 いろいろと考えなければいけないことも抱えつつ、それでも締切に追われて必死で書いている。
 素焼きアーモンドとチョコレート効果を食べながら、ああでもない、こうでもないと悩んでいると、隣からは笑い声などが聞こえてくる。
 『こっちは大変なのに、ふん、幸せそうに』と思ったりする。

 けど、実際は違うんだよね、きっと。

 昔、よく交通量調査のバイトをした。
 1日中、座ってカチカチとカウンターで車の数を数え続ける。
 時間が全然経たなかった。そんな時、通り過ぎて行く人たちのことが羨ましくて仕方なかった。
 『いいなあ、あの人たちは今自由なんだなあ』と、羨望の眼差しで見つめていた。

 けど、あの人たちが幸せだったのかどうかは判断しようがない。
 きっとそれぞれいろんな問題を抱えて歩いてたはずだ。莫大な借金を背負っていたのかも知れないし、もしかしたら不幸のどん底にいた可能性だってある。
 
 私たちは自分の抱えている問題だけが大変で、いつだって他人が羨ましい。
 
 その感触をコメディにする。
 MONOの新作の話だ。
 いきなりだな。
 松尾芭蕉とか書きながら、結局舞台の宣伝だ。

 タイトルは『隣の芝生も。』

 隣合わせに並ぶ会社。お互いのことは詳しくしらず、印象だけで相手のことを羨ましく思っている人たちの話だ。登場人物は10人。それが二つの部屋に分かれてそれぞれの話が展開する。ま、実際はもう少し入り組んでいるんだけどね。両方に関わる登場人物もいるし。途中で話が絡み合ってくる予定だし。
 そうだ。
 まだ予定だ。
 どうなるのかはわからない。まだ書き出してないし。

 ツアースケジュールが公表された。→
 
 今回は名古屋が初日だ。
 稽古は京都でやる。
 もうどこの劇団なのか不明だ。
 出演者10人のうち、東京在住が7人。1人が大阪。もう2人が京都。しかもこの京都の2人のうちの1人は私だ。ちなみに今年、私が京都にいたのは全部で2ヶ月くらいしかないし。
 
 MONOの現メンバー5人とこの前の特別企画「怠惰なマネキン」に出ていた5人。その10人が出演する。
 
 私にとっては3年前くらいから考えていたことだ。

 どこの劇団でもそうだと思うけど、活動を共にしていると、芝居を創る上での文法のようなものができて行く。全体で守るべきものが緩やかに醸成され、それが役者個々の身体にも入っていく。
 MONOも長くやっているので、まあ、それは確実にある。
 台本を書きながら「あ、ここはこういう愉快な感じにしよう」と思ったりして、MONOのメンバーにやってもらうとすぐにイメージ通りのものができる。
 だからこそマンネリに陥らない為の挑戦は必要だけど、それでもやっぱりベースが揃ってないと創っていけないんだよね。

 他にもそういう役者が欲しいと思った。下北沢を歩いていて、突然、思ったことを覚えている。すぐに制作の垣脇さんに電話をして「俳優育成の講座をやりたい」と伝えた。
 金銭的には赤字だったけど、そこで出会ったメンバーと3年間試行錯誤を繰り返した。

 で、今回につながった。いや、無理やりつなげたのかも知れないけど。

 ……と、書きながら、私はまだ締切の中にいる。
 今日中にこれを書き上げ、「隣の芝生も。」にちょっとは手をつけたい。

 
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 京都の家の窓。
 近所では私が何者なのかと噂されているようだ。
 普段いないくせに、突然帰ってきていたりする。
 しかも部屋を暗くし、ヒーリングミュージックをかけてたりする。
 向こうからしたら、まさに「隣は何をする人ぞ」だ。

 家の中ではこんなことになってるんだけどね。

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posted by 土田英生 at 09:03| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

土座

 誰でもそうだと思うけど、年末は忙しい。

 私にとって去年の12月は本当に苦しかった。
 小説「プログラム」、宮崎県立芸術劇場の「板子乗降臨」、NHK-BSの連ドラ「この世にたやすい仕事はない」を書いていた。31日もこの事務所で紅白を見ながらドラマの脚本を書いていたのを覚えている。
 今年はそれほどではない。書かないといけないのはドラマとMONO「隣の芝生も。」。……タイトルの最後の「。」がややこしいな。
 ただ、現在はドラマだけに集中していて、「隣の芝生も。」はまだ書き出してもいない。休憩時間に、息抜きのように箱書きなどをしている程度だ。
 けど、ウッディアレンの「重罪と軽罪」をもう一度観ないと。
 全然違う話なんだけど、「隣の芝生も。」の着想のヒントになっている作品だからだ。京都にはDVDがあるはずなので帰ったら観よう。

 去年ほどではないにしても、今もだいたいパソコンの前には座っている。
 「師走はお坊さんが走るというけど、私も走っている」的なことを毎年書いたりしてる気がするけど、正確に言えば私は忙しくなると走らない。座る。座る時間が長くなるのだ。
 だから私にとっての12月は「師走」などではない。
 土田も座る月なので「土座」だ。
 ……読み方どうしよう? 
 「つちざ」だともう一つだし、「どざ」もゴロが悪いしね。
 「師走」は「しはす」……だとしたら、まあ、「どすわ」でいいか。
 京都だし。「『どすわ』は忙しいどすわ」というね。
 いうね、じゃないな。やばいな。ワインを飲みすぎたのかもしれない。
 
 昨日はMONO特別企画に出たメンバーでワークショップをやって、そのあと流れで忘年会的なことをした。
 最後にワインを開けたらみんな帰ってしまったので、今日は一人でその残りを飲んでいたのだ。
 忙しいくせに……今月は土座だというのに……ワインなんか飲んでいる場合ではないのはわかっている。
 けれど、昨日、プチ忘年会をお開きにした後も私はかなり頑張ったのだ。
 仮眠を取り、夜中の2時に起き、そこから朝の8時まで脚本を書いた。
 昼間はカザフスタンからきた劇団の芝居を観て、夕方の6時からの5時間、脚本の打合せをしていた。
 今日はすでに書き上がっている最初の方の何話かを一から見直すという、とても真面目な打合せだった。だからワインを飲むくらい許されるはずだと思っている。

 ……いやあ、今日も自分を恨んで少しだけ褒めて、そして呪った。
 もう書き上がっている脚本なのに、打合せ中、プロデューサーや監督の意見を聞いていると、「あ、だったらこうした方がいいな」とアイデアを思いつく。そしてそれを言うかどうかちょっと迷う。
 なぜなら、言ってしまうと全面的に書き直さないといけないことになるからだ。
 はっきり言って面倒だし辛い。
 小さな直しは問題ないけど、設定なんかを変えてしまうと、本当に直すのは大変なのだ。
 台本でも脚本でも、微妙なバランスで成り立っている。
 一つ設定を変えれば、シーンが丸ごと必要なくなったりして、そうするとそのシーンで出していた事情が説明できなくなったりする。だから結局、一から直さないと駄目だったりするのだ。

 私はとても怠け者だけど、面倒だからやめるという選択だけはしないと言い聞かせている。
 その選択だけが私をなんとかしてくれているとも思っている。
 この前も、組んでいるプロデューサーが何気なく言ってくれてハッとした。

「土田さん、こっちのオッケー出ても、自分で納得してないと書き直したいって言ってくれるから、だから信用してるんですよね」
 
 この言葉をもらった時も、私は書き直したいと言うかどうかかなり迷ったのだ。
 だから、この言葉を聞きながら「思いっ切り頬を殴れ。途中で一度悪い夢を見た。君が殴ってくれ」と、メロス気分になった。

 まあ、言い出してしまえば、やるしかないしね。
 だから今日の打合せでも直したいと思うことは全部言った。
 結局……最初のシーンから全部直す。それでいいんだよね。
 いいんだけど、最終的には自分を呪った。

 一人で飲んでいるとアルコール回るね。 
 もう朝だしな。
 で、回ると……ま、今は置いておこう。

 本当は今年は年末を嵐山で過ごすつもりだったのに。
 28日の夜にもこっちで打合せが入ったので、帰れたとしても最短で29日。
 仕方ない。なんせ土座だしね。
 
 写真は嵐山。
 この前紅葉を見にブラブラしてた時、海外の雑誌かなんかが撮影をしていたので……それを撮った。
 
 
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posted by 土田英生 at 05:37| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

極端

 札幌にいる。今日は戯曲講座の2回目だった。
 プロットと箱書きを全員提出してくれていたので、それを元にやったのだが……講座が5時間あると勝手に思い込んでいた。実際は3時間だったのでやや尻切れになってしまって反省している。
 終わってから参加者数人とご飯に行き、早い時間にホテルに戻ってきた。

 湯船に浸かり、さて仕事しようと張り切ったのだけど、睡魔に襲われている。
 本来は負けずに闘いたいのだが負けている。
 昨日も結局、あまり寝ていないからだ。
 
 昨日は脚本を書いていたのだが、なぜか猛烈に肉が食べたくなった。
 いや、数日前からずっと食べたかった。
 しかしそんなことをしている場合ではないと思い、我慢して脚本を書いていた。
 夕方。お腹が空いた。ご飯は食べなければ。
 やっぱり肉を食べよう。どうするか? 焼肉がいい。

 ふと、前に友達からご飯に誘ってもらっていたのを思い出した。もし24日に時間があれば何か食べようと言われていたのだけれど、24日はワークショップをすることになったので断っていたのだ。
 だから昨日、焼肉だけ付き合ってもらおうと思った。
 
 夜は三時間ほど眠り、戯曲講座の準備をして、朝の飛行機で札幌までやってきた。
 それで今だ。
 ああ、やっぱり眠たい。

 「極端」ということについて書きたかったけれど、それも無理そうだ。
 タイトルだけ残ってしまったけど、もういいや。
 明日、東京に戻ってそのままワークショップをするので、その準備もしたいんだけど、これも無理。
 とりあえず眠ろう。
 朝起きてやろう。

 寝不足には慣れてるのに、どうしてこんなに眠たいんだろう?
 ホテルに戻って、猛烈に腕立て伏せをしたせいかもしれない。

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posted by 土田英生 at 00:56| 北海道 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

3代目

 どうもおかしなリズムになってる。思ったより早く目が覚めてしまった。
 もう一回ベッドに入れば眠れる気もするけど、コーヒーを淹れてしまったし。
 正確には今、淹れている最中。
 ……遅いんだよね、三代目は。
 コーヒーメーカーのことだ。
 下北沢の事務所で結構な時間を過ごすようになってから、二回、コーヒーメーカーを買った。使いすぎて壊れるのだ。あ、さすがにこれは自分で買っている。ほぼ、私が一人で使ってるし。

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 こいつが三代目だ。
 3台目と書くのが正しいけど、私にとってコーヒーメーカーはなくてはならない存在なので擬人化して捉えてしまってる。コーヒーメーカーが横にいてくれないと仕事ができない。お前がいないと俺はダメだという気持ちだ。だから三代目と表現する方がしっくりくる。
 
 二代目は出来上がるのは異様に早かったんだよね。
 なあなあ、本当に濾過してるの? と、何度も問いかけたけど、ちゃんと入ってたしね。
 しかも下が保温ポットだったので便利だった。一回に淹れられる量も多かった。
 ま、去ったコーヒーメーカーのことを言っても仕方ない。
 
 あ、ピーって鳴ったね
 コーヒーが入ったようだ。

 ……けど、三代目の方が美味しくできる気がする。
 ま、それぞれの個性だ。
 
 昨日、「極端」というタイトルでこれを書き出したけど眠たくなってやめてしまった。

 何を書こうとしてたんだろう?
 忘れてしまった。

 私は昔から「極端」なことが嫌いだ。

 Aが正しいか、Bが正しいのか。
 そういうときに100対0で結論を出すことにいつも違和感を感じる。明確に線を引き、敵味方に分かれてしまうのが嫌だ。嫌だというか、怖い。

 人間はそのまま何も考えずに存在することが難しい。
 コーヒーメーカーはただ存在している。
 二代目の方が早かったと言われようが、三代目は焦ったりもしない。
 同じペースでお湯を落とす。
 けれど、人間はそうはいかない。
 周囲の人の中で、社会の中で、自分の立ち位置を確認しないと不安になる。

 Aが正しいと思っているところに、Bが正しいと言う人が現れる。
 と、不安になる。自分の存在が脅かされたような気になる。
 その不安を払拭しようと絶対にAが正しいと言い張ってみる。
 しかし相手も負けていない。
 Bがいかに正しいかをまくし立ててくる。
 と、確かにBにも一理あるなと思っても、それを認めてしまうと自分の存在が危うくなる。
 こうなってしまうと、どこに正しさがあるかは関係なくなり、とにかくAだ、Aだと感情的に喚くだけになる。相手もそうだと着地点はない。不毛だ。互いに敵でしかない。

 ネット上での人の罵り合いなんかを見ていると、まさにこんな感じだ。
 
 外部にあるものと自分と同一視して、それを存在基盤にしてしまうから起きるんだよね。
 Aが正しいと思うけど、Bのここは理解できるよ。そしてその前に、あなたとこんな話できていることは素晴らしいね、というくらいのスタンスでいたいのにね。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 
 演劇の世界でもセクハラの事例が明るみに出てきた。
 それらが本当のことだとすれば、即刻、改めるべきだと思う。
 ただ、これだって、ゴシップにして誰かをバッシングするだけでは意味がない。
 それに、男性対女性という単純な構図にしてしまってはダメだよね。
 圧倒的に女性が被害者になる事例が多いのは事実だけれど、もちろん反対だってあるし、それこそLGBTのことまで含めて考えればどんなベクトルにだってセクハラは存在する。

 大事なことは性別問わず「セクハラは許されない」というという意識を共有することだ。

 セクハラに厳しくなったおかげで、女性に告白できなくなった、と前に話していた人がいたが、アホ抜かせと笑った。もちろん相手の受け取り方で変わる部分もあるんだろうけど、告白とセクハラは全く違う。
 あの人はどんな風に告白するんだろ?
 
 ちなみに私も女性が大好きだ。
 そして時折、恋などもする。
 告白したことだってもちろんあるし、振られて泣き叫んだこともある。

 付き合っていた彼女に「もうあなたとは無理」と、突き飛ばされ、タクシーに乗って去られた時、三百メートルくらい京都の北大路通りをダッシュしたこともある。
 最後は道の真ん中で泣き崩れ、しかもその後、ヤンキーに絡まれた。
 「お前、なに泣いてんねん。はよ、家帰れや」と蹴られたな。
 けど、「振られたけど、お金ないもん」と言ったら、三百円くれたんだよね。しかもそのお金でおにぎりを買ってたら見つかって「あ、にいちゃん、もう使うてるやん!」と言われてまた泣いた。

 完全に話がそれてる。
 それにエピソートとしてもしっくりハマってない。

 「仕事をやるからこういうことをしろ」とか、それが本当にまかり通ってるようならそれは絶対にダメだ。
 今回、明るみになった事例はまさにこれだったしね。

 相手に何かを求めるなら、正々堂々と求めないと。
 人間対人間として接しないと駄目だよね。

 演劇の世界にはまだまだ理不尽なことは残ってるね。
 劇団なんかでも、上の人が新人をいじめたり。
 演出家が若手の役者を、演技じゃなくて人間的に抑圧したり。
 こういう環境がセクハラを生むんだろうね。

 私は清廉潔白な人間ではないけど、MONOはメンバー全体でそうしたことがないようにしてきたと思っている。上下関係も極力なくそうと努めてきた。
 演出としての決定権はもらっているけど、稽古場を離れたら私も立場は一緒だ。
 メンバーもそれを許さないようにしてくれている。
 だから長く続いてるんだと思うし。
 外からは若手にもっと厳ししくした方がいいとか、甘いとか言われたりしたこともあるけど、そんなことは大きなお世話だしね。

 いや、えらそうには言えないな。
 自分の中にも改めないといけない点はたくさんあるだろうし。

 今年は自分のことを考えた一年だった気がする。
 まるで思春期だ。
 特に後半はいろんな点で反省もした。
 
 自分なりにはすっきりしてきているはずなのだ。
 
 ……脚本を書かないと。
 人と会う約束などもいくつかあるので時間がない。
 行きたかった芝居も観られていないし。
 
 これを書いている間にコーヒーがなくなってしまった。
 大きいマグで二回飲んだらなくなっちゃうんだよね。

 三代目……働かせすぎだ。
posted by 土田英生 at 08:02| 東京 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月27日

残りは1日

 とうとう締切が残り1日になってしまった。
 28日の朝までに書いて夜に打合せ……の予定。
 それ以降がどうなるかは不明だけど、観たい芝居もあるのと、下北沢の事務所の大掃除くらいはしないとなと思っている。昨日、京都の事務所では年賀状の発送作業とかをしていたみたいだし、東京は私がきれいにしておかないとね。
 年内に京都に帰るつもりではいるけど、年明けは名古屋の実家に戻ろうとも思っているので、混乱中だ。
 それもこれもまずは脚本を終わらせないとね。
 
 昨日はロンドンの仲間で集まる予定だったけど、フタをあけたら二人だった。
 渋谷のカラオケに行き、一時間はただ喋り、そして残りの一時間歌をうたって帰ってきた。
 カラオケなんて1年振りだ。
 去年は「ハテノウタ」が控えてたので、それでカラオケに行ったのだ。
 
 それにしてもロンドンに行きたくなった。
 留学してた時に住んでたアパートの写真でも載せておこう。
 
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 仕事もあるのでまっすぐ帰ったのだが、帰りの電車ではテレビドラマのディレクターをしていると語っている男の子が横に立っていたので話をなんとなく聞いていた。
 女性が「へえ、すごいんですね」と答える。
 男の子は大きな声で色々喋ってたけど……あれはないな。

 「脚本はその通りに撮るんですか?」
 と、女の子が聞く。
 「普通はね。けど、俺の場合はほぼ変えちゃうね。撮りながら全て変えることもある」
 「じゃ、脚本家いらないじゃないですか?」
 「そうなんだよ。俺が自分で書けばいいんだよな」
 と、笑いながら答えていたが、私は蹴りたくなった。今、私が苦しんでるのを知ってて言ってるのかと詰め寄りたかった。
 
 まあ、どう聞いてもあれはディレクターじゃないよね。
 これまでにどんなドラマを撮ったんですかという質問にも「それは言っちゃいけないことになってる」と、意味不明な答えをしていたし。終わったものなら言えばいいでしょ。
 撮るのにどれくらいかかるのか聞かれて「1話で1ヶ月はかかる」と答えてたけど、それじゃ絶対に間に合わないよ。よくもまあ、あんなに大胆に嘘つけるなと感心した。
 
 年が明けたらすぐにMONO『隣の芝生も。』の取材や打合せが入っている。
 まだ人物相関図は完成していない。
 登場人物は10人。MONOの5人と特別企画に出演していた5人。それぞれに合った役を考えつつ、話をまとめていかないといけない。俳優に役がハマると作品が動くし。その為にもまずは土台をかためなければ。
 この前、北海道の戯曲講座で箱書きの大切さを喋った私としては怠けるわけにはいかない。

 やっぱり準備をするに越したことはないんだよね。
 近年のMONOだと『ぶた草の庭』は最後までプロットを立ててから書いた。
 箱も割と綿密につくったし。箱書きがしっかりしてると後半になってから楽なんだよね。
 『裸に勾玉』は前半はかなりちゃんと書いたのに、後半になって混乱し、結構苦しんだ。『ハテノウタ』は設定だけを決めていきなり書き出したので……もう全編に渡って苦しんだ。

 今回は入り組んだ物語になるので、箱書きを細かくする必要がある。

 これまでの良さを出しつつ、これからに向けての一歩を踏み出す。
 
 と、そんなことを書いてるけど、まずは脚本だったね。
 今日一日、猛烈に頑張ろう。
 
posted by 土田英生 at 07:22| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

仕事納め……たのか微妙

 昨日の朝に出すつもりの原稿は、結局、昼過ぎまでかかった。
 そして夕方から打合せ。
 電車で帰れる時間には終わった。

 久しぶりにお酒も飲んだ。
 けれどすっきりしない。
 
 提出した原稿が自分で納得できなかったのが大きい。
 さすがに「これで行きましょう」とはならなかったし。
 これからの書き直しに関する方向は決まったものの、一週間ほどは脚本から離れさせてもらうことにしたので……なんというかモヤモヤした感じだけが残ってしまった。

 だから仕事納めだという気分にはなれない。
 今から一週間は『隣の芝生も。』に集中して、プロットを完成させようと思ってる。

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 それより問題は年末年始だ。
 いつ帰るんだろう? 
 京都に? 実家の愛知県に?
 
 もともとは今日、京都に戻ろうと思っていた。
 だけどずっと脚本を書いていたので事務所も片付けてない。
 1月からはMONOの稽古もあるし、基本的に京都に滞在するので、移動させなければいけないものもたくさんあるのだが……荷物も全くまとめてない。
 
 荷物を送るのは私にとってかなり大変なことだ。
 何をここに残し、何を送るのか?
 服もそうだし、書類なんかもそうだよね。
 東京、京都、どっちに置いておかないければいけないのか?
 全く考えてなかったのでぐちゃぐちゃだ。それに、それに、こうしたことがとても嫌いなのだ。
 私はとにかく日常の些事が苦手だ。
 銀行に行ったり、郵送したり、書類を書いたり、メールをしたり。
 ああ、書いているだけで嫌になる。
  
 観たい芝居もたくさんあったんだけど何も観れていない。
 
 今日の昼に一本だけ観ることにした。

 それが終わってから考えよう。

 掃除をしよう。
 洗濯もしよう。
 荷物を整理し、送ったりしてみよう。本当、嫌いだけど。

 ただ、一応、昨日の打合せで一区切りつけようと思っていた。
 だからなのか、突然疲れたなあと気づいてしまった。
 腕立て伏せをしすぎているせいかも知れない。

 いや、それじゃないな。
 
 今日の夜も忘年会に二つ誘われている。
 けど、ワイワイ喋る気分じゃない。
 顔をは出さず、静かにしてよう。
  
 明日か明後日、京都に帰ろう。
 明後日ってもう大晦日か?
 ああ、どうしよう。
 新幹線のチケットも取ってないし。
 
 悩むね。
posted by 土田英生 at 10:14| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

試してみる

 そのまま下北沢にいる。

 ドラマの脚本は1月5日まで手をつけないと決め、それまでは休みながらMONOの構想を固めると決めた。
 京都の家も気になるのでさっさと戻ろうと思っているのに、ごく普通に過ごしてしまった。

 マチネに福岡から来ている万能グローブパゴスダイナモスを観て、一緒に行ったオタツこと立川さんとご飯を食べて、事務所に戻ってきて残りの腕立て伏せしたら、疲れてそのまま眠ってしまった。
 残りの腕立て伏せとはなんなのか。
 これは後で説明しよう。
 
 起きたら21時だった。
 今晩中に事務所の掃除と荷物の整理を済ませ、できたら明日の夜には京都に帰りたい。

 ああ、面倒だ。
 戯曲賞の審査の為の台本の束は京都に送っておいた方がいいとか、ドラマの資料も一部だけは持って帰らないといけないとか、細かいところでいえば万年筆のインクをどうするかとか。これは同じ物が京都にもあるのでまあいいんだけど。しかも、これはインクが混ざってもいいやつだしね。
 
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 人間関係の疲れに気づき、無理に人と関わるのはやめた。
 頑張ってしまうと後でもっと嫌になることが自分で分かるからだ。
 なんだろ? ちょっとしたことで猛烈に腹が立ったりして。
 自分の感情に驚いている。
 Twitterは不特定多数なので続けているけど、知り合いばかりのFaceBookからはしばらく離れることにした。今まで二つを連携させていたけど、それも解除した。
 しばらくは好き勝手にする。
 
 私個人の状態はそんなに悪くないんだよね。
 創作意欲もあるし、腕立て伏せも順調に続けているし。

 そうだ。どうして腕立てをしているのか?
 さっき「残りの腕立て伏せ」と書いたけど、一日100回やることにしたのだ。

 皆に勘違いされるところなんだけど、別に身体を鍛えたいとかじゃない。

 私はどうやら何かを「試してみる」ことが好きらしい。

 4年くらい前だ。ココナッツオイルをやたらめったら身体中に塗っていた時期があった。
 「一体、どこを目指してるんですか?」という当たり前の質問を受けたりしたけど、これだって別にお肌をどうこうしたいとかじゃなかった。

 なんでも一回やってみたくなるというか。
 例えば「ダンボール箱を貼り合わせると机が作れる」と聞けば、やってみたくて仕方なくなる。実際にそれも作ってしばらくはこの事務所にあった。……いやあ、結構頑丈で、捨てる時、とても苦労した。

 そういう流れでレザークラフトもやってみたり、DIYで家具作ったり、家の内装をやってみたりするんだと思う。凝っちゃうんだよね。
 ここにも書いたことがあるけど、春に京都にいた時は、コーヒーテーブルを作ったり、洗面台の下に戸棚を作ったりした。

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 思えばいろんなことを試してみた。

 重曹を入れた水で鍋をグツグツ煮たりすると新品みたいになると知って、家中の鍋やフライパンを光らせてみたこともあるし、こうすると爪が綺麗になるというネットの記事を読んで試したら異様に爪がツルツルになって喜んだこともある。あ、爪は結果的に困ったね。光り過ぎて「あれ、土田さん、ネイルの手入れしてるんですか?」と聞かれたりしてとても恥ずかしかったし。

 で、 一週間くらい前、脚本を書いている合間にネットをうろうろしていたら「1日100回の腕立て伏せを一ヶ月続けたらこんな風になってワロタ」的なものを読んで、急にやってみたくなったのだ。
 一度にではなく、合計で100回でいいと書いてあったので、これならできると思った。

 現在、一週間経った。
 すでに引き締まってきた。
 まだ、ムキムキにはなってない。なんというか、「ムキムキ」の芽が出てきたという感じだ。双葉くらいは生えている。
 一ヶ月で花が咲いてしまうかも知れない。
 きっとまた「何を目指してるんですか?」と聞かれるだろう。
 
 昨日、シャワーを浴びる前に鏡で見て「お!」と声をあげた。
 思わず写真を撮ったものの、載せられない。
 洗面台は載せても大丈夫だけど、裸の写真は載せたら痛い人だと思われてしまう。
 笑えるくらいムキムキにならないと無理だな。
 ま、それまでには飽きると思うけど。

 ああ。
 「一気に荷物を送れて、大掃除も済んで、京都に帰って、台本の構想も立てられる画期的な方法」があるとわかれば、やってみることができるのに。
posted by 土田英生 at 02:36| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

タイトルを短く!

 大晦日だ。まだ下北沢にいる。
 30日は起きたら午後2時だった。
 そこから残っている掃除や洗濯をしていたら夜になってしまい、すっかり移動する気力をなくした。
 昨日は一人でワインを飲み、早く寝てみた。
 ……そしたらこんな朝早くに目が覚めてしまった。
 やることがない。
 初日の出は明日にならないとダメだし。
 だからこれを書いている。

 予定は変わったけど、逆に都合がいいね。
 大晦日は京都、1日に実家の愛知県、そして3日に再び京都に戻ろうと思ってた。
 東京→京都→名古屋→京都だ。
 だけど、東京→名古屋→京都という方が効率的だ。
 実家で年越しをさせてもらって、年が明けてから京都に戻ればいいのだ。
 名古屋は東京と京都とのあいだだしね。

 東京と京都のあいだ。
 「空と私のあいだ」という芝居を創ったことがあるな。
 このタイトルは気にいっている。
 
 この前、戯曲講座でタイトルについて話した。
 私はどうもタイトルが長い。
 文章になっているものが好きなのだ。だから必然として長くなる。
 けれど、長いと困る事が多いのだ。
 雑誌などに情報を載せる時とかね。
 制作からは「なるべく短くしてください」と言われる。
 あ……「なるべく短くしてください」……これもタイトルになるね。「なるべく派手な服を着る」というのもあったし。

 あと、最近重大なことに気づいた。
 MONOが好きでよく観てくれている人でも、タイトルを正確に覚えている人がほとんどいないという事実だ。
 例えば「その鉄塔に男たちはいるという」。
 これを正確に言ってくれる人は少ない。
 「その」が「この」になってたり、「いるという」が「いた」になってたり。
 面白かったのは「少しはみ出て殴られた」を「殴ったと思ったら殴られていた」と間違えていた人がいた。
 それはそれでいいタイトルだと思うけどね。
 だって殴ったつもりだったのにね。逆に殴られていたという。まあ、目に見えないスピードで来たんだろうね、そのパンチは。
 とにかく苦労してつけても、覚えてもらえないタイトルでは悲しい。
 
 だから現在、タイトル短くする運動を実施中だ。
 特にMONOの本公演はそうしようと決め、「ぶた草の庭」以来、密かに続けている。
 次回の「隣の芝生も。」も頑張って短くした。
 これまでの私だったら「隣の芝生も青いとは限らない」とか、そんな感じになってたと思う。

 これまで自分でつけた芝居のタイトルを思いつく限り、長い順に書いてみる。

✳︎ ✳︎ ✳︎ 

 
「チェーホフは笑いを教えてくれる」
「衛兵たち、西高東低の鼻を嘆く」
「その鉄塔に男たちはいるという」
「ノーティー・ナインティーズ」
「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」
「トナカイを数えたら眠れない」
「ローランドゴリラとビーバー」
「崩れた石垣、のぼる鮭たち」
「カップで自分を量るがいい」
「ソラミミホンネレソラシド」
「チェーホフを待ちながら」
「いつわりとクロワッサン」
「ウィンカーを、美ヶ原へ」
「なるべく派手な服を着る」
「ウェルズロード12番地」
「その受話器はロバの耳」
「三日月に揺られて笑う」
「少しはみ出て殴られた」
「さよなら、ニッポン」
「うぶな雲は空で迷う」
「梢をタコと読むなよ」
「時折、風が吹くと」
「橋を渡ったら泣け」
「床下のほら吹き男」
「地獄でございます」
「0時から5時まで」
「のぞき穴、哀愁」
「空と私のあいだ」
「ブーゲンビリア」
「紙にかいた青空」
「怠惰なマネキン」
「なにもしない冬」
「4つのテーブル」
「スタジオNO.3」
「遠州の葬儀屋」
「樅の木に短冊」
「相対的浮世絵」
「胸の谷間に蟻」
「きゅうりの花」
「月がみえない」
「REST ROOM」
「隣の芝生も。」
「南半球の渦」
「ロマン再生」
「路上生活者」
「初夜と蓮根」
「約三十の嘘」
「燕のいる駅」
「板子乗降臨」
「ぶた草の庭」
「ハテノウタ」
「Holy Night」
「BROTHER」
「京都11区」
「悔しい女」
「裸に勾玉」
「ー初恋」
「赤い薬」
「Sugar」
「錦鯉」

✳︎ ✳︎ ✳︎


 数字や英語は半角になっているので、一概には言えないけど、まあこんな感じだ。
 「ぶた草の庭」以降のMONOの本公演のタイトルを赤字にしてみた。
 こうしてみると「隣の芝生も。」はやや後退してるな。
 最後の「。」がなければいいのに。
 「隣の芝生も」……いや、やっぱり必要だな。
 「ー初恋」の「ー」とかも、なんだろうね?
 そういえば、英語に翻訳してもらう時、この「ー」をどうするとかいう話になった。
 結局はただの「First Love」になってしまったけど。
 
 とにかくタイトルはどんどん短くしていこう。
 数年後には「あ」とか「お」とか、そんな短さになっているかも知れない。
posted by 土田英生 at 06:42| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする