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MONO代表・土田英生のブログです

2017年12月06日

ブログで書くこと

 仕事柄もあるんだろうけど、とにかく文章を書くと気持ちが整理できる。
 それもあって、この「土田頁」は長く続いているんだと思う。
 私はしょっちゅう混乱する性格だし。
 とにかくここを更新すると落ち着く。
 情報発信などではなく、完全に自己救済の道具になってる。
 
 けど、ブログには「人に読まれる 」という前提がある。
 例えば腹が立つことがあって、それをそのまま書くと当事者が読んだら困るだろうなと想像してしまう。だから詳細をぼかしたりして書いたりするんだけど、そりゃ……分かっちゃうよね。
 なので、本当にプライベートなことなどは誰も読まないところに書いたりしている。

 でも、やっぱりブログに書いた方が整理できるんだよね。
 どうしてだろ?
 そもそもブログを書くとはどういうことだ?

 こうなったら今更ながら言葉の意味から辿ってみる。
 皆が知っていることだけど、web-logという言葉が詰まってblogになった。
 webはクモの巣という意味。
 インターネットが張り巡らされるいうイメージからwebと呼ばれるようになった。
 アドレスにあるwwwはworld wide webの略だしね。つまり世界に張り巡らされたクモの巣だ。
 で、logは航海日誌。
 最初はlogbookと呼ばれていたようだ。
 昔、船のスピードなどを計るのに、『chip log』という、木の切れ端を使った道具を用いていたので、航海記録をつけたものをlogbookと呼ぶようになったらしい。これは今調べた。

 だからblogは『世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に書く日記』だ。
 
 壮大に始まった割に「結局、最後は日記かよ」という感じだ。
 「誰にでも読まれる可能性のある日記」であることに変わりない。
 言葉を辿ったところで、新しい発見は何もなかった。

 問題はどうして読まれる可能性のある所に書きたいのかということだ。
 一つは……そうした可能性を考慮することで、客観的な視線を持てるということだ。
 感情だけで走れないので、自分の気持ちを整理するのに役立っているのかも知れない。
 そしてもう一つは、やはり読んでもらいたいからだね。
 けど、私のブログを読んだところで役に立つことは何もないしね。
 換気扇の油汚れを劇的に落とす方法とか書いてないし。
 世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に、中途半端な劇作家が、いつものような愚痴を書いているだけだ。

 仕方ない。
 今日も愚痴を書こう。

 人は一人では生きていけない。
 他人を必要をする。
 けれど、こっちが求めるものと相手が求めるものが違うと不幸になる。
 自分のことを正確に分かってもらおうとすればするほど悲劇は起きる。相手を追い詰めたくはないのに、結果的にそうなってしまう。それに……どんなに言葉を尽くしても、正確には伝わらないしね。
 
 昔、そのことを「悔しい女」という芝居に書いた。初演は青年座で高畑淳子さんに向けて書かせてもらったが、主人公の優子はまさしく私の姿だった。
 ラストになんとかして優子の変化を書きたいと思った。
 けれど、最後まで優子は変わらずに幕が降りた。
 方法が見つからなかったのだ。
 
 今日は1日中、人が変わるということを考えていた。
 他人を変えようとすることは傲慢なんだよね。だったら自分が変わるしかない。

 世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に書けるのはこれくらいだな。
posted by 土田英生 at 02:25| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする