表紙に戻る
MONO代表・土田英生のブログです

2018年04月04日

残りは北九州公演のみ! そしてドラマ!

3月10日に名古屋で幕を開けた「隣の芝生も。」。

……どうでもいいけど、タイトルの最後に『。』がつくせいでどうも文章にしまりがなくなるな。
タイトルの最後にマルは金輪際つけないことにしよう。

とにかく名古屋、東京、大阪、四日市と終わり……残すは北九州の3ステージだけになった。
多分、この作品も再演することはないだろう。
そう考えると切ないもんだ。

再演をしたくないというのではないんだけど、それなら他にも再演したいと思っている作品はたくさんあるしね。「約三十の嘘」「その鉄塔に男たちはいるという」「相対的浮世絵」「なるべく派手な服を着る」「ぶた草の庭」「裸に勾玉」……今の公演ペースで考えると実現は難しい。
本当に演劇は厄介だよね。
DVDなどでは撮っているけど、劇場で体験する舞台作品ではないし。
役者も年齢を重ねる。今回の「隣の芝生も。」だって出演者一人一人にあてて書いているので、何年か後には書き直さないと再演できない状態になってしまう。

時間が経てばいろんなことが変わっていく。
演劇を大げさにいうつもりもないけど、やっぱり生でやるということは奇跡だなと思う。
毎回、ツアーを組んで回っているけど、キャストもスタッフも毎回、全員が揃わないと上演ができないって……なんて効率が悪いんだろう。

今となっては当たり前の風景。
けれどその前にはいろいろなことがある。そして結果が現在だ。

稽古を始めた頃は嵐山駅だって冬景色だった。けれど今は桜が咲き、すでに散り始めている。

IMG_0744.jpg

arashiyama.jpg


稽古期間中は工事していたコンビニもすっかり営業中で、毎日ここでアーモンドを買うのが私の日常になった。

IMG_0785.jpg

lawson.jpg


去年の春からワークショップをし、特別企画をやっていた5人も、今はMONOの古参メンバーとともに「隣の芝生も。」を創り、毎日アップをして本番に臨んでいる。

workshop.jpg

warmingup.jpg


これまで離れて行った人のことを思い出す。
通り過ぎて行った人たちもたくさんいたのだ。

だからこそ今も一緒に活動してくれている一人一人のことを考える。
とにかく古い新しい関係なく、今、一緒にいる人たちを大事にしてやって行かないとね。
その結果が、またさらなる現在を作っていくんだし。

そんなこんなで残りは北九州。
10人のキャストと盤石なスタッフでいい舞台にしたいと思っておりますので……皆様、お待ちしています。
公演サイト

✴︎ ✴︎ ✴︎

そして……4月15日から始まる日本テレビ系列の新日曜ドラマ『崖っぷちホテル!』。
これも間もなく始まる。
撮影は順調らしい。
私は公演中なので顔を出せていない。だからプロデューサーからの報告を聞いているだけだ。

だいたい、脚本家って孤独なんだよね。
私が触れる人はプロデューサーや監督など、一部のスタッフだけで、役者さんなんかとは顔合わせの時に挨拶して、撮影に顔出した時に少しだけ喋ったりして、次に皆とガッツリ会うのがいきなり打ち上げだったりするからね。
現場にしょっちゅう顔を出して、役者さんに直接ダメ出しする脚本家もいるみたいだけど、できないよねえ、そんなこと。

明日は本打ち。
もし早く東京に行けたら、そっと撮影に顔を出してみよう。
posted by 土田英生 at 01:53| 京都 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月10日

「隣の芝生も。」終了

 MONO「隣の芝生も。」の公演が全日程終了した。
 稽古開始は1月後半、3月10日に名古屋で幕を開けて、東京、大阪、四日市、そして4月8日に北九州で千穐楽。

_MG_9461.jpg


 今回はビルで隣り合う二つの部屋が舞台になっていた。
 一つが元ヤクザたちが探偵事務所をやろうとしている部屋、隣がスタンプ屋。
 「盆」が回って違う部屋になる仕組みだった。上の写真はスタンプ屋の状態だ。
 お客さんからは見えなかったと思うけど、ちゃんと棚にはスタンプが並んでいたりする。

 
IMG_0968.jpg

  
 作品の評価は観客の皆がするものなのでわからないけど、とにかく登場人物10人、それぞれをキャラ分けして見せて行くことに最も苦心した。

 まあ、これは毎回のことだけど。

 私はいわゆる“ちょい役”というものが書けない。
 これは完全につかこうへいさんからの影響だと自分では思っているが、どの役者も「出ている」と実感できるだけの役割を振るように心がけている。もちろん出番の多さや台詞の量で、役の重要度が決まる訳じゃない。大事なのは作品だ。
 そうは思うんだけど、あまりにも出番が少ない人がいたりすると、稽古場で気になって仕方ないんだよね。
 私が耐えられないのだ。
 同じだけ時間を拘束されているのにきっと不満だろうな、と、気が気じゃなくなってしまう。
 
 MONOでは、自分が出ていないシーンが続いていても、基本的には皆が稽古を見ている。
 強制している訳じゃないけど自然にそうなった。
 一緒に芝居を創っていたら他のシーンだって見るのが普通だしね。自分の台詞を覚えていたりするのは構わないけど、稽古中に作品以外のことをされるのはなんとなく嫌だし。

 ある稽古場を見学した時だ。
 二人のシーンをやっていて、演出家がいろいろと稽古をつけていて……けれど他の役者は喋ってたり、スマホを眺めてたりしていた。中にはゲームをしている役者もいた。自分の現場ではないけどイライラしたし、その舞台は観に行かなかった。だいたい、他人の稽古を見ている時にこそ発見があったりするのにね。

 MONOでは稽古中にスマホなどを眺めている役者もいない。
 そういう役者さんは私の中ではNGになっていってしまうので、そういう人は残らないからだ。
 
 話がそれたけど、人の稽古ばかり見ている役者に気づくと「やばい。あの人、しばらく出てきてない」と焦り、慌てて出番を作ったりしてしまう。
 そのせいで話が変わって行くことすらある。

 ……これは私の欠点でもある。
 そういう意味では本当の劇作家ではないのかもなと思う。

 全くそういうことを気にせず書いてみたいと思ったりもするんだけどね。
 外に書き下ろす時で、自分が演出をしなかったり、「主役をこの人で」と頼まれたりした時は役の大小があったりするけど、自分の劇団では無理だね。
 
 自分の中では様々な思いはあるけど、とにかく終わった。
posted by 土田英生 at 05:34| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする