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MONO代表・土田英生のブログです

2018年04月10日

「隣の芝生も。」終了

 MONO「隣の芝生も。」の公演が全日程終了した。
 稽古開始は1月後半、3月10日に名古屋で幕を開けて、東京、大阪、四日市、そして4月8日に北九州で千穐楽。

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 今回はビルで隣り合う二つの部屋が舞台になっていた。
 一つが元ヤクザたちが探偵事務所をやろうとしている部屋、隣がスタンプ屋。
 「盆」が回って違う部屋になる仕組みだった。上の写真はスタンプ屋の状態だ。
 お客さんからは見えなかったと思うけど、ちゃんと棚にはスタンプが並んでいたりする。

 
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 作品の評価は観客の皆がするものなのでわからないけど、とにかく登場人物10人、それぞれをキャラ分けして見せて行くことに最も苦心した。

 まあ、これは毎回のことだけど。

 私はいわゆる“ちょい役”というものが書けない。
 これは完全につかこうへいさんからの影響だと自分では思っているが、どの役者も「出ている」と実感できるだけの役割を振るように心がけている。もちろん出番の多さや台詞の量で、役の重要度が決まる訳じゃない。大事なのは作品だ。
 そうは思うんだけど、あまりにも出番が少ない人がいたりすると、稽古場で気になって仕方ないんだよね。
 私が耐えられないのだ。
 同じだけ時間を拘束されているのにきっと不満だろうな、と、気が気じゃなくなってしまう。
 
 MONOでは、自分が出ていないシーンが続いていても、基本的には皆が稽古を見ている。
 強制している訳じゃないけど自然にそうなった。
 一緒に芝居を創っていたら他のシーンだって見るのが普通だしね。自分の台詞を覚えていたりするのは構わないけど、稽古中に作品以外のことをされるのはなんとなく嫌だし。

 ある稽古場を見学した時だ。
 二人のシーンをやっていて、演出家がいろいろと稽古をつけていて……けれど他の役者は喋ってたり、スマホを眺めてたりしていた。中にはゲームをしている役者もいた。自分の現場ではないけどイライラしたし、その舞台は観に行かなかった。だいたい、他人の稽古を見ている時にこそ発見があったりするのにね。

 MONOでは稽古中にスマホなどを眺めている役者もいない。
 そういう役者さんは私の中ではNGになっていってしまうので、そういう人は残らないからだ。
 
 話がそれたけど、人の稽古ばかり見ている役者に気づくと「やばい。あの人、しばらく出てきてない」と焦り、慌てて出番を作ったりしてしまう。
 そのせいで話が変わって行くことすらある。

 ……これは私の欠点でもある。
 そういう意味では本当の劇作家ではないのかもなと思う。

 全くそういうことを気にせず書いてみたいと思ったりもするんだけどね。
 外に書き下ろす時で、自分が演出をしなかったり、「主役をこの人で」と頼まれたりした時は役の大小があったりするけど、自分の劇団では無理だね。
 
 自分の中では様々な思いはあるけど、とにかく終わった。
posted by 土田英生 at 05:34| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする