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MONO代表・土田英生のブログです

2018年07月01日

言い訳

 遅ればせながら『崖っぷちホテル!』が終わった。
 昨年の秋くらいから書き始め、途中、MONO特別企画『怠惰なマネキン』、MONO本公演『隣の芝生も』と重なりながらの執筆だった。
 自分の中では忸怩たる思いももちろん残り、様々な人たちに助けられながらだったけど、全10話終了してホッとしている。



 今は喜劇の老舗劇団であるテアトル・エコーへの書き下ろし新作『青い鳥たち、カゴから』の稽古をしている。
 
 役者さんもスタッフも、とても人間的に素直な人が多く、そういう意味でストレスフリーなので助かっている。
 稽古のあと、毎日、稽古場の片隅にミニバーのような席が設けられる。
 好きに帰って行く人、ちょっとだけ芝居の話をして行く人など様々だ。
 
 本来なら私はすぐに帰るべきなのだが、これにとても救われている。

 浮き沈みの激しい私だが、現在はどう考えても沈んでいる時期で、一人になるとやや辛いのだ。だから助かっている。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎
 
 ここ数年の間に……20代の頃から『私が得意としてきたパターン』を手放してしまったんだと思う。

 「しまった」と書いたけれど、意識的に戻らないように頑張っている。
 戻れば一時的には楽になるだろうけど、もうそれは嫌なのだ。

 ……私はずっと他人からどう見られるかばかりを考える性格だった。いや、今だってそうだけれど、前は本当にそれのみが基準だった。

 作品を書いても評価が気になり、自分のポジションが気になり、他人の仕事が気になった。それで踏ん張れた側面もあると思っているけど、それでは最終的にどこにもいけないと悟った。

 私生活でも、辛い時には上手に他人に甘え、頼るだけ頼った挙句、自分が元気になるとその人を顧みなくなるような勝手なところがあったと思う。それで多くの人を傷つけたし、恨みも買った。
 
 私は小学校二年生で妹ができるまでは完全に一人っ子で、親からとても甘やかされて育った。
 困った時は、辛い顔をすればどんな時でも親が助けてくれた。

 その過程で自分のパターンを形成したんだと思う。

 ややフロイト的になってしまうけど、小さい頃の親との関係によって、人の生き方は大きく左右される。

 版画の原板ように人との付き合い方のパターンが作られて大人になる。
 成長した後も人は同じ版画を刷り続ける。
 自分の意志で変えたつもりでも、インクの色を変える程度で、実際に出来あがる版画は全く変わらなかったりする。

 だから人間関係でも、恋愛なども、基本的に似たようなことばかりが起こるのだ。
 けれど、本人にとっては親から作られた版画が世界が全てなので、どんなに考えても原因がわからない。
 これは下手をすると一生繰り返すことになる。
 だから負の連鎖にはまった人はなかなか抜けられないのだ。
 そこから抜けるには、原板を見つめ直し、今までと違ったことに挑戦するしかない。

 逆にうまく行く人はいい版画の原板を持っていたりするんだよね。
 
 私のパターンは、どんな場面でも人に頼るというものだった。
 親との関係の中で、甘える方法を会得しているので、それを簡単に駆使できた。

 だからこそ、さっき書いたように、何かあると他人の気を引いて楽になり、鬱陶しくなると他人を遠ざけるパターンを繰り返してきた。一見すると、自分にとっては都合のいいパターンだ。
 しかし、評価ばかりが気になることや、恋愛などでやたら気が多かったことも、全部根っこでつながっていると知った。

 私の作ってきたパターンでは、本当の安息は得られないと悟った。

 だからなのか、それを手放そうとしている。
 穏やかで、しかし前向きにこれからを歩く為に、私はこれまでと違った進み方をしたい。

 誤魔化せないので今は辛かったりするが、最終的にはこっちの方がいいと信じている。

 ま、簡単ではないけど。


 そんなことを考えながら……今日は渋谷から歩いて帰ってきた。
 今日のことはずっと覚えてると思う。

 歩いた記憶というものは、道の景色と共に不思議と残っている。

 今日のように一人で歩いた道も、人と楽しく喋りながら歩いた道も。


 道にはまだまだ先があると思いたい。
posted by 土田英生 at 05:01| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする