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MONO代表・土田英生のブログです

2018年08月06日

思春期の考え方

いよいよ10日からテアトル・エコー「青い鳥たち、カゴから」が幕をあける。

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劇団チケット取扱

初めて通し稽古をした時、私の気持ちは真っ暗だった。
「ああ、とても面白くないものを創ってしまったのかも知れない」と、不安に押しつぶされそうな思いだった。

幸いなことに、翌日は稽古が休みだった。
冷静に考えて、台本を直してみた。
そして二回目に通した時「あれ? 面白いかも」と気持ちが変化した。

そのまま通し稽古を続けた。
しかし、再び、しっくりこなくなった。
途中までは問題ない。
引っかかるのは、どうやらラスト前のシーンだった。
時間軸が変化し、役者たちが布をまとって群舞するような場所がある。その間に会話がランダムに入る抽象的な場面だ。

私は基本的にストレートプレイが好きで、抽象的なシーンや時間軸が変化するものはほとんど書かない。
そうしたシーンを描くはっきりとした動機があれば別だが、できれば会話だけで世界を描きたいと考えている。

今回の芝居の中でも、そのシーンだけが浮いていた。
前々から逃げている感じはしていた。
会話で描ききれないので、そういうシーンを入れているだけではないのか?

けれど、どうせやるのならちゃんとやろうと思ったので、振付の方にお願いして稽古を見てもらった。私なりの要望を伝え、数日後にその稽古の為の時間をとってもらった。

それで行くつもりでいた。
一昨日の稽古が始まる前だった。
役者さんの一人から「本当はあのシーンはいらないんじゃないですか」と聞かれた。なくてもいけるのではないかという提案だった。
私が迷っているのを感じてくれていたのかも知れない。「もちろん必要ならば問題ないんですけど」と、彼は付け加えてくれた。

その時は、振付もお願いしたあとだったのでそのまま行くつもりだった。

けれど……。
当たってたんだと思う。
稽古を見ていて思った。
やっぱり私は逃げているんだと。

なので……その日の稽古終わり、もう一度書き直させてくださいと皆にお願いした。

何度も通し稽古した後だ。
また、台詞も覚えてもらわないといけないし、書き直したところでうまく行く保証はない。

結果、そのシーンはなくなった。
振付を頼んだ人にも本当に申し訳ないことをした。
けれど、その方も稽古を見に来て「よくなりましたね」と言ってくれた。
ありがたい。

けど、本当によくなったのだ。
引っかかっていた最後の部分が解消されて、やっと台本がすっきり全部通ったと思った。
「青い鳥たち、カゴから」
こういう話なのか、と、自分でも改めて理解した。あとは稽古稽古稽古。
本番が楽しみになった。

……作品を創っていると、いつでもそうなんだよね。
何度も「もう終わりだ」と思う。
諦めかける。
「まあ、これでもそこそこは行くかなあ」といういい加減な気持ちになりかける。実際、ある程度の経験があれば、苦しまなくても一定のクオリティのものは創れたりする。だけどそこで諦めることで、基準はどんどん下がって行き、その創り手はダメになって行くんだよね。

けれど、我慢して踏ん張り、一つずつ問題を解決していくと突然道が拓ける。
そして、諦めなくて本当によかったと胸を撫で下ろすのだ。
今回も踏ん張ってよかった。
そして、それを指摘し、付き合ってくれる皆に心から感謝だ。
ま、諦めるようになったらやめないとね。

他のこともそう考えることに努力している。

なんというか、人生もね。

もちろん、自分だけではなんともならないこともある。
相手があることとか。
けれど、物語の結末には光が差すと信じて、できることはやっておくのだ。
そうじゃないと、うまく行くものもダメになる。

過程が見えなくて焦ったりもするけど、自分に自信を持って進むしかない。

思春期の考え方だな、これ。
……いくつだ、私は?
posted by 土田英生 at 04:28| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする