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MONO代表・土田英生のブログです

2020年07月03日

「それぞれ、たまゆら」

 この頁をほとんど更新しなくなった。

 昔は頻繁に更新していてアクセス数も多かったのに、いつからか全く書くモチベーションを失ったんだよね。
 Twitterなんかより、やはりある長さを持った文章を書く方がいいし、何度も気持ちを新たに書き始めようとしたんだけど、そろそろ終了だなという気がしている。

 前回の更新も2月だしね。
 MONO「その鉄塔に男たちはいるという+」をお願いしますとか書いてる。
 ものすごく昔のことに思えてしまう。
 
 公演が終わってコロナの感染拡大があって……。
 
 自粛期間は律儀にじっとしていた。東京公演が終わって京都に戻りたいと思ったけれど、都道府県をまたいだ移動は控えようと思い、緊急事態宣言が解除されるまでずっと下北沢にいた。
 
 その間、いろんなことをやっていたはずだが、どうも記憶は曖昧だ。
 
 アイデンティティが揺らぐ。
 3月頃と今の自分の間に、どうも断絶があるんだよなあ。

 ま、いいや。
 今回のことで色々と考えることがあって、またそれについてはゆっくり書きたいんだけど……果たして更新できるのかは不安だ。
 
 去年、撮っていた映画「それぞれ、たまゆら」が7月17日から京都の出町座で上映されることになった。
 これももっと早くに公開される予定だったんだけど、コロナのせいで延びてしまった。
 皆様、よろしくお願いいたします!

 →予告編
 →サイト
 
 
posted by 土田英生 at 01:29| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月10日

私のそれぞれ

 ブログの更新をしばらく頑張ってみることにした。
 長文を書くときはnoteに移動しようかとも思っていたんだけど、私の場合、割とくだらないことを書き連ねたいことが多いので、そういう意味ではこの土田頁の方がいい。

 まだ私は東京に滞在しているのだが、感染者数もまた増えて来たし、そのくせ、人と会う仕事も増えてきていて……コロナ騒動が明けたのかなんなのか全くわからない状況だ。
 
 その癖、猛烈に忙しい。
 一つずつクリアしていくしかない。

 来年の頭に脚色と演出を担当する舞台の打合せ、夏にやる予定の朗読劇の執筆、10月にやる予定の短編芝居「駆落ちアニバーサリー」の執筆、京都の奨励金事業を使って作っている動画の撮影、オンラインの戯曲講座の準備、オンラインで演出のアドバイザーをする演劇大学……。他の細々した雑事もあるしね。それに本来ならば、夏からは翌年のMONOの新作の準備を始めるはずなんだけど、これねえ……コロナがどうなっていくかだよね……。

 今は決まっていることだけを元気に書こう。

 17日から京都・出町座で公開される「それぞれ、たまゆら」。

 公開中はなるべく映画館に行ってあいさつなどをさせてもらうつもりだ。なので皆さんに来てもらいたい。
 映画自体は1時間の中編で、MONOメンバーが全員出ているのと、中越典子さんや鳥谷宏之君、板垣雄亮さんにも出演してもらっている。

 原案は2017年に出版した「プログラム」という小説だが、映画にするにあたって大幅に設定などを変えた。
 
 この作品の成立過程はめちゃくちゃややこしい。

 元々は1993年にC.T.T.特別企画で「燕のいる駅」という芝居を書いた。出演者は13人。戦争前夜の駅舎での話だ。
 同じタイトルで1999年に世界の終わりの日という設定に変更して、MONOで上演した。これは出演者7人。
 この二つのバージョンはいろんな劇団で上演してもらった。
 けれど話が少し違うので、同じタイトルで内容の違う芝居が存在することになった。自分でも統一したかったのだが、二つの台本が違う経路で広がって行きコントロールできなくなってしまった。

 2005年、グローブ座で嵐の相葉君主演で上演することになり、その時に出演者13人で世界の終わりという設定にするという、つまり二つの話を合わせたバージョンに書き直した。
 これで決定版ができた。
 そう思っていた。
 それなのに……2012年、土田英生セレクションで上演することになった。酒井美紀さん、中島ひろ子さん、久ヶ沢徹さん、千葉雅子さんらが出演ですることになり、キャストに合わせようと思ったらまた7人バージョンに戻ってしまった。しかも登場人物などは書き直したので、もうどれが本当の「燕のいる駅」なのか、私自身にもわからなくなった。
 だから現在は4つの「燕のいる駅」が存在している。

 2017年に河出書房から書き下ろし小説を出すことになり、この「燕のいる駅」を下敷きにして書いたのだが、書いているうちに別の作品になってしまったので「プログラム」という新しいタイトルをつけて出版した。

 そしてこれを映画にしようとなった時、またしても大幅に書き直した。
 なので「プログラム」原案の映画「それぞれ、たまゆら」ができた。
 
 ふう。
 出町座のあとは東京や名古屋での上映に関しても動いてもらっている。もし皆さんが見てくだされば、全国に上映を広げたいとは思っているんだけど、どうなるかはわからない。

 ちなにみヨーロッパ企画の映画「ドロステのはてで僕ら」も同じ期間に出町座で上映している。この映画はシネコンを含む全国の映画館でやっているけれど、私は京都で見られると思って楽しみにとっている。いやあ、精力的ですごいよね、ヨーロッパ企画は。

 「それぞれ、たまゆら」は控えめな作品ですが、心よりお待ちしています。→サイト
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 そして……個人的には宣伝するのが恥ずかしいのだが、間もなく始まるTBS系のドラマ「半沢直樹」に平山一正というIT社長役で出演させてもらっている。妻は南野陽子さん。これまでも朝ドラや自分の書いたドラマにカメオ出演的な感じでちょこちょこ出たりさせてもらって来たが、こんな風に一俳優という感じで仕事をさせてもらうのは初めてだった。

 当然のように撮影ではものすごく緊張した。
 初めての撮影前日は緊張して眠れず、最悪の体調で臨んだ。
 何度も段取りを間違え、南野さんには迷惑をかけた。徹夜と緊張で私の目は乾き、おまけにメガネを外しての出演だったので究極のドライアイ状態だった。アップを撮られる時、必死で目を見開いていたら白目になったりした。

 18歳の新人気分という感じで取り組ませてもらった。
 本来は4月からの放送予定だったけれど、コロナで撮影中断があり、7月19日スタートになった。

 半沢直樹公式サイト
 
今日はこれくらいにしておこう。
posted by 土田英生 at 03:02| 京都 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月16日

創作にLINEが使えない理由

 東京ではギリギリまで忙しかった。
 いろいろな仕事の合間に動画を撮っていてこれが結構キツかった。
 ある事業として3本作ることになっていて「ともだち」「受難カウンセラー」に続く三本目だ。
 まだ編集したりしないといけないんだけど時間がない。
 立川茜と高橋明日香が出ている。

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 京都に戻ってきてからも全くのんびりできないていない。
 台本を書いたり、たまっていた支払いを済ませたり、ジップロックにiPhoneを入れてお風呂でゲームしてたらマネージャーから電話がかかってきてそのまま「もしもし」と言ったけれど「聞こえないです」と言われて裸でリビングに飛び出したものの慌て過ぎてジップロックのツマミが取れてなかなか電話が取り出せなかったり、間違って着た加圧シャツの快感に目覚めて今日は積極的にそれを着たり、大事な電話中にトイレが我慢できなくなりかといって「トイレに」という隙間もなかったので便器の前にひざまずいてそっと用を足してみたり。

 今日は朝までに書き上げる台本が早く終わり、友達と電話してから、他の仕事をしていた。
 それにしても……人と連絡を取り合う時、使うのはほとんどLINEになってしまった。電話もLINE通話が主だしね。

 創作をする場合、このLINEというツールがとても厄介なのだ。

 私は現代劇を書くことが多いし、設定も現代ということにしている。
 MONOの舞台などを見てくださっている方は気づいているかも知れないけど、私は「固有名詞」をなるべく避けて台本や脚本を書いている。出てくるのはせいぜい「東京」「名古屋」などの地名であったり、「織田信長」など歴史上の人物の名前などだ。
「ローソン」も「iPhone」もも出て来ない。ついでに言えば流行り言葉も出て来ない。そうしたものを使わず、現代を表現しようともがいている。
 
 別に好き嫌いの問題だけではなく、どうもフィクションにおさめられない気がしているのだ。これは創作においてLINEが厄介だということと密接に関係してくる。
 
 まず、舞台上で展開されている世界は「嘘」だ。どれだけ巧妙に台詞を書き、リアルな舞台セットを立てたところであくまで虚構だ。私が仮に「土田」という役を書き自分で演じたとしても、それは今これを書いている土田ではない。あくまでもフィクションの私でしかない。

 そして……この「嘘」「虚構」「フィクション」を「本当のこと」として観客に信じてもらえなければ、ドラマは成立しない。嘘でありながら、実際のこととして見てもらわなければいけないのだ。

 そうした時に難しいのが固有名詞の扱いだ。

 例えば過去に舞台設定をした場合は割合楽だったりする。『1989年の東京』を舞台にした場合、当時流行っていたテレビ番組の名前やできたばかりの観光名所などを台詞に出しても気にならない。あくまでそれはフィクションとしての1989年の東京で起こったことであり、今、劇場の外にはその世界は存在しないので成立すると思う。

 難しいのは「現代」だ。
 劇場の外には……本当の、いわばリアルな現代が広がっている。
 そもそもお客さんたちは現代の人であり、現代の空気をまとったまま劇場のイスに座る。
 けれど開演して暗転し、明かりがついてからは座席ではなく舞台上で行われていることを“リアルな現代”として感じてもらわないといけない。

 現代を舞台にしているのだから、現代実際にあるものの名前は出してもいいのかというと、そうはならないのだ。
 「そこのローソンでさ」という台詞を役者が発した瞬間に、劇場にくるまでに通り過ぎたローソンが頭に浮かび、「私のiPhoneが」と聞こえた途端にカバンの中にしまってある自分のiPhoneのことがよぎる。問題はさっき見かけたローソンやカバンの中のiPhoneの方が、舞台上で出てくるものよりリアルなのだ。あくまで舞台上の世界にあるローソンやiPhoneにするのはとても難しい。

 つまり「今現在も存在し、少なくともすでに世界にとって当たり前になっていて、今後もきっと存在し続けるであろう」ものしかフィクションにしづらいのだ。だから「東京」という地名はなんとかおさめられる。少なくとも随分前からあるし、そしてこれからもあるだろうし。実際にはわからないけど、大事なことはそのようなものとして観客の多くが認識しているということだ。

 だから「先週、いきなり電話で振られてさ」これは問題ない。電話は随分と前からあるしね。電話という言葉を聞いてもピクリとはならないし。フィクションの中での電話としておさまる。
 「昨日、メールで言われちゃって」これも大丈夫になった。けれど「LINEまだ来ないの?」……これは今のところNGだ。

 私の感覚だと、その言葉や事象が出てきて30年くらいは経たないと、どうもおさまりが悪い気がする。
 なにより電話、メールはツール自体の呼び名だが、LINEは一企業の名前だしね。
 
 で、ここで問題が起きる。
 私だって普段は連絡のほとんどはLINEだ。
 だから現代を舞台にする以上、LINEを避けると不自然になってしまう。

 だから今は「連絡あった?」「(手にした画面を見て)ないねえ」などという感じで逃げている。
 
 ……ん?

 なんで突然、自分の創作のこだわりとか書き出したんだろう?

 あ、そっか。
 そうだった。
 今、困っているのだ。コロナに。

 現在も世界中で起きていて、ワクチンや特効薬が開発されるまではこの状態は続くという。
 皆がマスクをしているのは当然の景色だ。

 今、現代を舞台に作品を書く時、どうしたらいいんだろう?
 登場人物たちがマスクをしてコロナ前提の日常を描くと、フィクションにはならず時事的なものとして捉えられてしまう。
 かといって、コロナ抜きの現代に果たしてフィクションとしてリアリティを持てるのか。
 
 どうも現実が掴めないままで困っている。

 そんな中、17日から「それぞれ、たまゆら」が京都の出町座で公開されます。
 マスクをして静かに見ていただければ。
 舞台挨拶に私も劇場に行きますが、マスクをして静かに頭をさげたいと思います。お待ちしています。→サイト
 そして19日からはTBS系で「半沢直樹」がスタートします!

 前の「半沢直樹」の時、私は同じクールで「斉藤さん2」というドラマを書いていた。

 勝村政信さんに出てもらおうことになり、口説く為に「流行る台詞を用意しよう」とプロデューサーと話した。
 事なかれ主義な警察官の役にして、「異常なーし」という台詞をやたら言ってもらうことにした。

「流行り言葉にしますから言われて受けましたけど、周りは倍返ししか言ってません」と、勝村さんが打ち上げで挨拶していたのを思い出した。

 ……もう朝だね。
posted by 土田英生 at 05:30| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする