いる間に色々更新しようと思っていたのに……そんな時間は全然なかった。
すっかりロンドンでリフレッシュだ。
身体は疲れているが、心と頭はスッキリ爽快だ。テムズ川のほとりで昼からギネス。
これで癒されないはずがない。

Brendan、さとしょ、Johnny、佐知子ちゃん、Sheila……皆にも相変わらず本当によくしてもらった。それはまた書きたい。
しかし明日からは九州だ。
今からまたしても荷物をまとめて準備をしないといけない。
現実に戻ってしまった。
ああああ……。
下らないエピソードを一つだけ書こう。
OYSTER CARD。日本のSuicaやICOCAのようなものだが、とにかくロンドンの中であれば地下鉄でもバスでも使えて便利なカードだ。

私は留学の時にこのカードを作り、そのままずっと使っていた。
今回は1年振りのロンドンだったがチェックしてみると6ポンド残っていた。
そこに1週間のシーズンチケットをカードにチャージする。
こうしておけば一週間どれだけ乗っても関係ない。
そうだ。このカード一枚でどこにでも行ける……はずだった。
ノッティングヒルゲイトの駅は混雑していた。土曜日だったので近くのポートベロマーケットに行く人達で溢れかえっていた。まあ、私もその中の一人だったのだが。
しかしだ。
改札を出ようとしたのに私のオイスターカードが反応しない。
あれ?
と、係員がやって来てどうしたのか聞く。
「昨日までは使えてたんだけど」
と、私が言うと、
「ちょっと貸して」
彼は私のカードをひったくって、無理矢理、読み取り部分にグイグイと押し付け始めた。
……やっぱりゲートは開かない。
彼は意地になって押し付ける。
ああ、ああ……そんなに強く押し付けると……カードが割れちゃうんじゃないか……だってそんなに反ってるよ……と心配した通りパキっという音がした。
彼は私を見て「オウ」という表情をする。
「壊れましたよ」と私は冷静に言ってみる。
すると彼は「いや、壊れてた。だから動かなかったんだよ」とゲートを開く。
「いやいや、あなたが壊したんです」
と私も食い下がる。
「あそこへ行って」
と、彼はチケットの窓口を指した。
そこは長蛇の列。
……。
私は渋々並び、自分の番が来た時に事情を話した。
「じゃあ、作り直します」と彼はカードを調べ始めた。
すぐにでも再発行してくれる雰囲気だった。
昔はレジスターカードを作ってからじゃないとオイスターは手に入らなかったが、今では誰でも簡単に作れるのだ。
しかしだ。
その駅員は紙を私に渡しながら言った。
「これ、申込の時にレジスターしてるから、その時の住所をもう一回書いて」
「いや、作った時はロンドンに住んでいましたが、今は日本にいるんです」
「……書いて」
「覚えてません」
「書かないと再発行出来ないよ」
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
「書いてくれたらいい」
「だから……」
「申し込んだ時の住所を書くだけだから」
「覚えてない」
「思い出して」
私の後には長い列が出来ている。
……私は必死で住んでいたフラットの住所を思い出した。
何とかその用紙に記入する。
「これで合ってると思うんだけど」
彼はその紙をチェックしする。
「ふんふん、間違いない」
と、彼は笑顔で私を見る。
「じゃあ、新しいカードを発行して下さい。そこに6ポンドと一週間分のトラベルカードを入れて下さい」
と、彼の口からは予想外の言葉が出て来た。
「……あなたのお母さんの旧姓は?」
何を言い出すんだ、と思った。
しかし駅員は続ける。
「君は申込の時に、パスワードとしてそれを書いてるはずだから、さ、答えて」
そう言えば最初に書いた申込用紙にはそんな質問があった気がする。
私の後に並んでいる人の中の1人が大きな声で「サプライジング!」と叫んで苛々している。遅いので苛々しているらしい。気の小さな私は焦ってしまう。
「分かりました。私の母親の旧姓を言えばいいんですね。石田です」
「……」
「綴りはISHIDAです」
「……違う」
……何? どういうことだ?
「君のお母さんの旧姓は石田じゃない」
おいおいおい。何でお前にそんなことを言われなきゃいけない?
一体、何を知っているというのか。
「石田です」
「違う」
彼は自信満々で答える。
しかもだ。
「君のお母さんだよ」
と、笑顔で言いやがった。
「だから石田です!」
「違う」
私は腹が立った。
「もう、そのカードは私のです! 住所も書いた! だから……」
「お母さんの旧姓はKで始まる」
おいおい、何でおかしなヒントを出す?
私の母親だぞ。
しかも石田にKなんてつかない。
「いや、Kでは始まらない。石田です。Iで始まります」
「Kで始まる」
「Iで始まります」
「Kで始まる」
……なぜ見ず知らずのあなたに私の母親について直されなければいけないのか?
「あのね……早くカードを下さい」
「……分かった。じゃあ、もう一つの方の質問に答えて」
「はあ?」
「あなたの好きな場所は?」
そうだ。
確かにそんなことも書いた気がする。
……これは思い出せなかった。何と書いたのだろう?
しかし留学したばかりの時だ。「京都」と書いたような気もする。
私は思い切って「京都」と答えた。
彼はしばらく黙っていた。
「京都です。KYOTOです。Kで始まる」
駅員は一瞬驚いた顔をした。
そして手元のパソコンを黙って見ていた。
「……オッケー」
無言でカードを再発行してくれた。
今回はとても迅速だ。
多分、彼は母親の旧姓と好きな地名を見間違えていたのだ。
ま、とにかくオイスターカードは無事に再発行された。


