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MONO代表・土田英生のブログです

2010年09月05日

MONOのタイトルを順番につなげる

 再演などを除き、これまでMONOで書いた作品のタイトルを順番につなげてみようという、全く生産性のないことを思いついた。

 昔の俺は悪かった。「さよなら、ニッポン」と呟きながら手を振って飛行機に乗り、ブーゲンビリアの咲く南国へしょっちゅう遊びに行った。そんな楽しく乱れた90年代、ノーティー・ナインティーズを過ごしたもんだ。昼間は働かず活動するのは毎日0 時から5時までで、ちょっと悪いBROTHER達といつもつるんでいた。
 ロマン再生しようとSugarのような甘い恋もしたがそれは恋とはいえない乱れたものだった。しかしこんな生活を続けていたらいつか路上生活者になってしまうと反省し、一念発起して喫茶店を開店。4つのテーブルしかない「スタジオNO.3」という名前の小さな店だったが、それでもHoly Nightにはクリスマスパーティーも開いて盛り上がった。
その店で出会った子に約三十の嘘までついた。好かれたかったのだ。それは私にとって本当の意味での─初恋だった。精神が不安定になった私は赤い薬を飲んでみたが駄目だった。店を閉めてきゅうりの花が咲く田舎に行ったりしたが効果はなかった。だから私は同じく不安定になっていた友達と共に行方不明になった。その鉄塔に男たちはいるという噂があったようだが、実際には燕のいる駅から電車に乗って錦鯉の産地であるとある場所にいたのだ。そこでなにもしない冬を過ごした。そして帰り道、突然、あの子のことを想い出して涙が溢れて来たけれど「橋を渡ったら泣け」という皆が言うので必死で我慢した。三条大橋を渡れば昔の都。今では京都11区の中だ。
 私はそれから古美術に傾倒した。京都には古いものがたくさん残っているが、「相対的浮世絵」だけは見つけられなかった。ヨーロッパの古城に流れているという話を聞いて、そこの入口で聞いてみたが、衛兵たち、西高東低の鼻を嘆くばかりで教えてくれなかった。お金もなくまるで地獄でございますという趣の旅行だったが、それでも旅行中はなるべく派手な服を着ることで楽しく過ごせた。旅行から帰って来てからはやることもなく、家の下に潜り込んでこれまでのことを顧みた。実はこれまで書いたことは全部嘘なので、まるで床下のほら吹き男だなあと気づき、自分のことが嫌になった。暗闇の中でじっとしていたが眠れない。トナカイを数えたら眠れないということが分かった。やっぱり数えるのは羊だね。


 ……何だったんだ?
 私は何をしているんだろう?
 うまくも行かなかった。
posted by 土田英生 at 01:26| 京都 ☀| MONO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする