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MONO代表・土田英生のブログです

2014年03月30日

人が恋しく、人に疲れる。

 一時期、ぴあ関西版で「自分好き」という連載をさせてもらっていた。
 本にまとめられて「自家中毒」というエッセイとして出版してもらった。
 Amazonのリンクでも貼っておこう。
 一冊くらい売れるかも知れないしね。→
 
 「自分好き」の連載終了後、「他人好き」という連載もさせてもらっていた。
 しかし、こっちはあまり盛り上がらなかった気がする。
 自分のことならいくらでも書けるのに、他人のことだとあまり筆が進まなかったのだ。
 嫌な人間だ。

 私は戯曲や脚本を書くときも、基本的に自分のことから出発する。
 自分が辛く思っていることや、見えている社会を描く。
 ただ、作品になる過程でその思いの核は普遍化され、最後にはどこが最初の呟きだったのかは分からなくなる。
 戯曲講座などで「限りなく個的な幻想を、限りなく普遍化することが作品創りの土台です」などと、話したりするが、それはそういう意味だ。
 日記では作品にならないし。
 
 『土田頁』はそういう意味で、自分のことだけを書いているのでとても楽だ。
 まあ、誰から頼まれて書いているわけでもないし。

 で、結局は自分のことを書く。
 
 今日も友人から注意をされて、反省モードなのだ。
 どうも私は知らない間に人を傷つけてしまう。
 いつになったら、こんなことが終わるのか?
 小さい時から、同じことで悩み続けている気がする。
 ああ……。

 小学校の時。
 教室にじっと座っていることができない子供だった。
 奇声を発して立ち上がったり、鉛筆を投げたりした。
 集中力が持たず、テストなども提出できなかった。
 他人の気持ちが分からず、友達にひどいことをしたりした。

 三年生になったばかりの頃だったと思う。
 ひきつけを起こすということで、大学病院で検査をした。
 脳波に異常が見つかり、発達障害が疑われたが、勉強は普通にできたのだ。
 それでも毎年のように脳波の検査を受けていた。
 ……検査室からの景色は今でも鮮明に覚えている。
 名古屋大学付属病院。頭にコードをたくさんつけられ、色んなパターンの光を当てられる。
 窓からは中央線が見えた。
 皆が学校に行っている時、私だけこんな検査をされていてることが不思議だった。

 検査の結果は、いつも変わらなかった。
 乳幼児にしか出ない波が、出てしまうらしい。
「学校の勉強にはついていけていますか?」と、何度も聞かれた。
 
 少し話がそれるが、2年前、私の出身地である愛知県大府市で、両親が皆の前で私の話をしたらしい。
 落ち着きのない子がどうやって大人になったかを話したそうだ。それが記事になっているというので読んだ。
 親が誤解している部分もあるが、逆に私の知らない話もたくさん載っていて興味深かった。

      * * * * * 

母:下の娘とは8歳離れています。8年間ひとりっ子だったからでしょうか。大変な甘えん坊でしたね。
 保育園へ行くときは、泣いて抵抗しました。何とかして連れて行っても、水飲み場のところでしくしく泣いているんです。こちらも切なくなりました。
父:妻が家を空けるときは、私が保育園に連れていかなければなりませんが、手に負えず、休ませていました。二年保育の1年目は、夏休みも休ませましたね。


      * * * * * 

 ……そこまでとは思わなかった。

 しかし、そう言われれば分かるところもある。
 私は今でも人と別れることが辛くて仕方ない。
 現状が変化する瞬間が嫌なのだ。
 この頃だって、保育園に行ってしまえば、それなりに楽しくやっていたんだと思う。
 ただ、親と別れる瞬間に耐えられなかったのだ。
 それは今でもそうだ。
 嫌な人と会っている時は別だが、親しい人と会っていたりする時、別れる瞬間は猛烈に辛い。
 あっさりと「またね」などと手を振ってみるが、大げさではなく、実は心が張り裂けそうになっているのだ。

      * * * * * 
 
母:そういえば、小学校1年生の時の先生からは、のちになってこんなことを聞きました。「天女の羽衣の話をしたら、食い入るように聞いていて、『ぼくは、お母さんに羽衣を作ってもらう。空を飛べるように。』って言っていたんです。お話が好きだったんですね」って。

      * * * * * 

 全く覚えていない。
 空を飛べるようにって……本当にそう考えたとしたら馬鹿ではないのか。
 違うとしたら、なにを詩人を気取ってるのか?
 
 そこに載っていた写真。

6small.jpg
 
 で、話を戻すと……まあ、とにかく落ち着きはなかった。
 それは確かだ。
 脳波の結果と私の落ち着きのなさに関係があるのかどうかは分からない。
 ただ、周りの友達が我慢できることが、私にはできない。そういうことはとても多かった。
 今でも打合せなどをしていると、集中力が30分くらいしか持たない。
 頭の中で、じっとしてなければと言い聞かせて、必死でやっている。
 とにかく頭でコントロールして、自分を社会に適応させようとしている気がする。

 ここしばらく、色んな人と喋った。
 舞台を観て、トークゲストなどに出してもらう。そして、その後、のみに行ったりする。
 その場は楽しく、私ははしゃいで喋る。
 きっと、そうした時に、様々な失敗をしているんだと思う。
 だから1人になるとため息が出る。

 人に疲れる。
 とても疲れる。

 今日も昼間は芝居を観た。
 で、戻って来て締切りに向けて仕事をした。
 仕事が一段落ついて、人恋しくて仕方なくなった。
 誰かを誘って、ビールでものみたい。コーヒーでもいい。

 人が恋しい。
 とても恋しい。

 ……しかしダメだ。
 今日は反省しないといけないのだ。
 友達にも怒られたところではないか。

 散歩して、深呼吸して、そして考える。
 
 というか、
 本当は、自分のことなんかいいから、「仕事をしろよ」と思う。
posted by 土田英生 at 00:34| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする