……はずだ。
世間一般の人々の怠け具合の平均値があるとしたとしたら、私の怠け具合もそれくらいだ。
しかし、そのことに気づいたのはここ数年のことだ。
それまでは自分は驚くべき怠け者なんだと思っていた。
怠け者ランキングがあれば、上位にランクインするんだと信じていた。

……なんでこんなところで豚丼の写真が出て来るのか?
その理由は後で書く。
で、話を戻す。
私が怠け者だという話だ。
例えば脚本の締切りがある。
書く時間は1週間。
* * *
最初の日は「やらないと」と思いながらも、あまり真剣味なく過ごす。
レザークラフトなどに凝っている時期だと、ちょっとした小物を作ったもする。
次の日は「書かないとなあ」と思いながら、パソコンの前に座るが、結局は書かずに終わってしまう。
Wordを立ち上げて最初の方を書いたりするが、気がつけばネットで動物の動画をみたりして終わる。
3日目は少し書く。
5分の1くらい書いて「なんだなんだ、このペースなら余裕だよ」と思ったりする。
資料が必要だしと自分に言い聞かせて本屋に行く。そこでは大体、文房具などを買う。
4日目に本格的に続きを書き出し、このままではうまく話が通らないことに気づく。
これは……頭から直さないといけない。
「あああああ、こんなことならもっと早くに書き出せばよかった」と、猛烈に後悔する。
そして頭から書き直す。意外と進む。
5日目には昨日、意外と進んだことで、なぜか考え方がポジティブになる。
「まあ、後2日はあるしな」と根拠のない余裕が生まれる。そのせいかあまり進まない。
6日目は現実に直面する。とても怖くなる。必死で書き出すが、進まない。
この日からは眠らずに書く。自分を呪う。
最終日。半泣きで書く。寝不足で頭が朦朧とする。
仮眠を取っては書き、時には部屋で叫んだりする。
ストレスのせいか、消しゴムを割ったりする。
締切り時間まで2時間くらいになった時、先方に電話する。
あと、半日下さいと頼む。「◯時には絶対に終わりますので!」と、固い約束をする。
そして……約束の時間から2時間くらい遅れた状態で提出する。
なぜか提出し終わった時、「この1週間、猛烈に頑張った」と勘違いする。
* * *
上に書いたのはあくまでもフィクションだ。
ここを誰が読むか分からないし、それをちゃんと断っておかないと。
「お前はこんな風だったのか」と怒られるのも嫌だしね。
ただ……まあ、こんな展開になることは……よくある……気がする。
私が書きたいことは「私だけがこうなんだ」と、悩んでいたことだ。
他の脚本家は、1週間もらったら、フルに時間を使って書いているんだと真剣に思っていたし、「ああ、私はどうしてこんな怠け者に育ってしまったんだろう」と、自らを罵り、自分はこの仕事に向いてないのだと考えたりしていた。
しかしだ。
今は……他の人も似たり寄ったりではないのかと思っている。
もちろん、他の人も怠けているからといって、自分が怠けていい理由にはならない。
1週間あるならば、1週間頑張るべきだと思う。
けれど……。
本当に気づかなかったのだ。
刷り込みだ。
小さい頃から「努力しない子」だと言われていた。
それが暗示となって「私という人間は異常に怠け者なのだ」と思い込んでいた。
いや、実は、こう書いている今だって本当はそうなのかも知れないという気がしてしまう。
人は誰でもこうした思い込みが刷り込まれている。
思い込みでレンズは歪む。
その歪んだレンズで自分や世界を眺めている。
結果、他人からみればどうでもいいことで悩んだりする。
自分だけがダメなんだと劣等感に苛まれる。
もちろん客観などというものは確かめようもない。
ただ、自分の持つレンズの歪み方を推測することは必要だ。
作品などを書いている時、「こう書けばドラマが成立するな」「こっちの流れが自然だろう」などの判断が、あまりに他人とずれていたのでは共感は得られないからだ。
本当のことを言えば、めちゃくちゃレンズが歪んでいる人の表現こそ面白いんだけどね。
残念ながら、私のレンズはそこそこしか歪んでいない気がする。
それが嬉しくもあり、ちょっと寂しい。
……本当はこんなこと書くつもりなかった。
食べ物について書くつもりだった。
使おうと思って、豚丼の写真を用意していたのに。