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MONO代表・土田英生のブログです

2014年08月07日

性格は運命とかなんとか。

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 どうして海の写真なのかは分からない。
 きっと、文章に海は出てこない。
 写真と本文は関係ありません、だ。

 ここのところ猛烈に書いた。
 気分が暗いとか言ってられない状況になって、無理矢理スイッチを入れた。
 しかし、まだまだ道のりは遠い。
 一昨日が締切りだったが終わらなかった。
 いや、本当の締切りは7月末だったのだ。5日間延ばしてもらったのだ。
 なのに……終わらなかった。
 編集の方に連絡をして、一度会うことになった。
 これまで書いた原稿を送り、アドバイスをもらう為、一日おいて今日話し合いをした。
 話すことでとてもクリアになった。
 指摘をもらって気づくことも多かったし、自分で話していて全く違うことに気づいたりもする。
 やっぱり人と話すことは大事だね。頭が整理できるようだ。
 
 だから昨日は他のものを書いた。
 色々と考えなければいけない。来年の舞台の内容やキャストも決めないといけない。
 細かい原稿もある。俳優講座もある。11日からはさらに新しい脚本の仕事も始まる。
 身体は全然大丈夫だと思うが、気持ちが持つかどうかが心配だ。

 部屋にこもって書き続けながら、それでも毎日、夕方になると誰かしらと会って話した。

 人からの相談。
 私は人の相談などに乗りながら、そのことで自分を支える傾向がある。
 相手が自分よりも若いことが多いので、ついつい、こうしろああしろと言ってしまうが、きっとみんな、話すことで整理しているのだ。
 なるべく黙って聞かないとダメだ、といつも一人になって反省する。
 
 性格はなかなか変わらない。

 しかし、考え方や行動は変えられる。
 マザーテレサも「性格は運命になる」とかなんとか言っているし、芥川龍之介もそんなことを書いている。
 ちゃんと知らないので、本来の意味と違うかも知れないけど、「性格が運命につながる」というのは本当にそうだと思う。昔、大大先輩劇作家であり、亡くなった井上ひさしさんも「性格は運命なんです」と、どこかで書いていたのを読んだことがある。
 
 私なりに言葉を変えると「考え方が人生を決める」のだと思う。
 考え方、つまり物事に対する受け止め方や出し方で、展開は変わって行く。
 うまくいかない人、うまくいく人、それは才能や運の違いではなく、考え方の違いなのだ。

 人間は育つ過程である考え方のパターンができる。
 それが好き嫌いや、自分の基準になって行く。
 そして、それを自分だと思い込んでしまう。

 例えば押しつけの強い親に無理矢理ピーマンを食べさせられた子供は、ピーマンが嫌いになったりする。
 思春期を過ぎると「私はピーマンが嫌いなのだ」と自覚をし、人にも「私はピーマン嫌いなんです」と話したりする。どんどん思い込みは完璧なものになる。もう実際のピーマンの味など関係ない。誰がどう勧めようが、嫌いなものは嫌いだとしか思えない。
 これは極端な例だが、親との問題を意識化して解決すると、急にピーマンの味に気づいたりする。美味しいと思ったりする。味覚が変わったわけではないのだ。変わったのは受け取り方だ。

 ピーマンが嫌いなだけで人生が変わるとは思えないけれど、これが対人関係であったり、社会との切り結び方だったりすると、生き方そのものが変わる。

 俳優講座の応募用紙などを読んでいると、どうしてこんな文章を書いてくるのだろうという人がいる。
 それは文章力の問題ではないのだ。
 本人はよかれと思って書いているはずなのに、どう読んでも通せない。
 それはきっとピーマンのせいだ。
 いや、正確にいえば、ピーマンが嫌いだと思い込むのと同じように、こうすればいいはずだという像がズレてしまっているのだ。
 だからオーディションに通る人は他の選考にも通るし、通らない人は、落ち続けたりする。
 これは運でもなんでもない。ちろん、完璧な実力があれば別だが、社会や他者との距離の計り方なんだと思う。
 
 だけど難しいんだよねえ。
 相談に乗っても、こっちは「ピーマンって美味しいよ」としか言えなかったりする。
 「いや、まずいです」で終わってしまう。
 私自身もそうだ。
 他人のことだとズレが分かるのに、自分のズレは認められない。
 私だってかなりズレていると思うけどね。 
 じゃなかったら、こんなに浮いたり沈んだりしないはずだし。
 
 うん……人から言われたことを素直に聞こう。
 やっぱり、今日、アドバイスをもらってよかった。
posted by 土田英生 at 23:33| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする