3日までMONOを書き、4日に東京に移動してドラマ脚本の改訂に取りかかった。
5日も一日中パソコンの前に座り、結局は徹夜で書き直した。
6日朝の10時過ぎに脱稿。
終わった時、いけるかいけないかが手応えとして分かるのだが、今回はどうにも分からない。
書けたような気もするし、全然ダメだった気もするし。
午後からその原稿を元にした打合せがあった。
自分で行けたと思っている時、プロデューサー達もほぼ機嫌がいい。
大体、意見は一致するもんだ。
そういう意味では今回のプロデューサー達はとても信頼できる。
だから書けた時は、会議室に入るとすぐに、冗談を言い合い、笑いながらそのまま打合せに入れる。
しかし自分でダメだと思っている時は……やはり向こうも渋い顔をしている。
そういう時は私だって申し訳ないという態度で臨む。
ただ、今回は自分でも分からないのだ。
書けたのか書けてないのか。
しかも仮眠をとったら寝過ごしてしまい、三十分遅刻してしまった。取り敢えず、それだけはきちんと謝らなければと思いながら会議室に入り、すぐに周りの表情をうかがった。
……瞬時に理解してしまった。
書き直しはダメだったのだ。
テレビドラマなどをやり出してからも随分と経つ。知らない間に、そういうことを察知する能力が備わってしまっている。
意見を聞いているうちに、ダメだった点が分かり始め、やがて意気消沈した。
そうだ。
全然ダメなのだ。
しかも、いつもなら話していれば解決策が出て来るのに、どこが問題かすら明確にならない。
迷路に入り込んでしまった。
話がシンプルに通っていないのだ。
落ち込んだ状態で局を出た。
調子が悪いせいか、コンビニで買ったツナマヨのおにぎりも、包装紙がキレイに取れない。
強く引っ張り過ぎて、半分に割れてしまったりする。
ご飯がボロボロ落ちるのを見たていたら哀しくなって来た。
ダメだ。
私はダメなのだ。
下北沢で待ち合わせて、まだ20代である女友達からの相談を一時間半だけ聞いた。
みんな、それぞれの場所で、様々なことに悩んでいる。
頑張ろうと思い直した。
事務所に戻る。
京都に戻る為に荷物を段ボールに詰め、宅配便で送る。
そして……夜。
本当は眠りたい。
しかし、ドラマを直さないといけない。
いやいや、その前にMONO『ぶた草の庭』の台本だ。
次の日が稽古初日なのだ。
結局、再び徹夜だ。
まぶたの痙攣が止まらない。
ある程度は台本もあるし、このまま諦めて眠ろうかと思った。
と……今回のMONOに出演する役者さんから、違う用件だったけどLINEが来た。
いや、書かなければ。
翌日の午前中……なんとか全員が登場する場面まで書き終わった。
新幹線の中で眠り、名古屋の手前で起き、再び台本を直す。
京都芸術センターに急ぎ、台本のデータを渡す。
間に合った……と、いうことにする。
顔合わせをして、本読み。
それにしても……。
やっぱり劇団の稽古はいいね。
25年続けていても、変わらず真剣に取り組める。
こんな環境があることに感謝だ。
集団で作品を創作する時、やたら厳しくなって抑えつけてしまうのも、解放しすぎてだらけてしまうのも、そのどちらもダメだと思う。個々が自然体で存在しながら、それでいて集団のモチベーションを維持することはとても難しいのだ。
そのバランスを保つには、メンバー全員の協力が必要だ。
稽古初日、説明した私の言葉はグダグダだった。
伝えたいことはあるのだが、自分でもどうすればいいのか見えていないのだ。
ただ、今のままではダメだという思いだけが先行してしまい、私が言っていることは相当分かりにくかったと思う。それでも休憩中に意見をくれたりして、逆に私が何をしたいのか気づかせてくれた。
出てもらっている他の役者さん達も同じだ。
思いを共有してくれる人だと判断して声をかけさせてもらっている。
妙なプライドや、力の見せ合いをする現場がとても嫌いだ。
真面目にああだこうだと言い合い、笑いながら真摯に作品を創りたい。
今日は稽古三日目。
もたい陽子さんも東京から合流し、やっと全員揃った。

絶対に面白い作品にしてやる。
だから1mmだって手を抜かない。
まぶたの痙攣や腰の痛みくらいなんでもないね。
『ぶた草の庭』の特設サイトがリニューアルされています。
トップページで動いている文字をクリックすると、様々な情報が見られます。
ちなみに私は最初それが分からず、字が動くデザインだと思い込んでいました。
→特設サイトへ
……さてと、ドラマの書き直しをしよう。
そして、明日も稽古を頑張る。