表紙に戻る
MONO代表・土田英生のブログです

2016年03月08日

休演日

 明日(今日?)は休演日。
 早く寝て、そして早く起きて、やらなければいけない事を済まそう……と、決めていたのにまだ眠れない。
 
 『裸に勾玉』は三回の公演が終わった。
 明後日から再び本番で東京では13日まで。

 三回やったことで随分と芝居の流れが把握できてきた。
 もう少しだけ手を加え、基本的にそれで行こうと思っている。
 いや、結局、毎日マイナーチェンジはするんだけどね。

 前回、シュートばかり打つ役者は嫌いだと書いた。
 では役者の個性をどう考えているのかというようなことを聞かれた。
 どうも考えていない。
 だって、個性なんて出すもんじゃないし。
 出るもんでしょう。
 いつからか「キャラ」という概念が固定化し、「キャラがかぶってるね」などというし、この前喋っていたある子は「私、キャラ変しないとダメですよね」と言っていた。
 
 個性なんてもんは、その人の存在自体にあると思う。
 だって大きな身体の人もいれば小さな人もいるし、鼻が高い人も低い人も……まあ、外見だけとったってバラならだ。声の質も、動きだって違う。同じことをやってもらっても、個性なんかあるのだ。
 もちろん、練習でよくなる面は磨けばいい。
 しかし持って生まれたものを否定する必要はない。

 肝心なのは「客観性と自覚」だよね。

 背の高い人がいたとする。
 それを隠そうとしても無駄だ。
 そして「大きくない」と自分に言い聞かせることも無理だ。
 だから、まずは、大きいと認める。
 人もそう思っていることを自覚する。
 スタートはそこからだ。

 で、大事なことはそれをどう捉えるかだ。
 なんでも物事は見方で変わる。
 背の高いことをそれをコンプレックスに思う人もいれば、自分の利点だと考える人もいる。
 背が低い人だって、それで悩むこともできれば、小さくて可愛いと考えることもできる。

 私は役者を演出する時、そのことをいつも考える。
 その人、本来の持っている物を、なるべくそのまま出したい。
 そして、それを魅力的に見せたい。その為にはその人がコンプレックスに思っていることでも、私の目に素敵だと映れば、どんどん出す。
 大体、自分の魅力なんて、自分では分からないしね。
 そのまま晒せばいい。
 それが一番、素敵に映るはずなんだし。
posted by 土田英生 at 04:08| 京都 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする