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MONO代表・土田英生のブログです

2016年03月25日

残りは3日間、4ステージ! 終わったらと思うと……。

 大阪公演は一週間く、全部で6ステージしかないのだ。
 そしてそのうちの2ステージは終わった。

 細かいトラブルはある。疲れのせいか、何人かの役者さんが体調を崩したりしている。もちろん舞台上ではそんな素振りは見せていないけれど。
 色々とハラハラすることが多い。
 けれど……それも含めて面白いなあと思うんだよね。
 説明するのは難しいけれど、演劇の魅力はそういう所にもある気がする。

 MONOの作品はジャンル分けすればドラマだ。物語をダイアログによって見せて行く。
 役者は、役を演じ、その舞台上の虚構世界を現実のように見せる。
 そして、アドリブも一切ない。
 台本を読んでもらえたら分かると思うが、一語一句、正確だ。
 もちろん、稽古では役者側からの声も反映して、どんどん変えて行くけれど、本番になったらそれを固める。観客の皆が笑ってくれたりする部分も、間やトーンに至るまで、“一応”は計算して作られている。

 そう考えると毎日同じことをやるのがいいはずだ。
 で、それを基準に考えれば、とても危ういことをしている。役者の体調だってそうだし、誰かがミスすることもあるば、機材などのトラブルもあったりする。計算した大事な「間」で、観客の一人がくしゃみでもすれば、それだけで反応はなくなってしまうし。
 OKカットを求めてテイクを繰り返す映像とは違い、舞台は常に一か八かだ。
 
 しかし、このことが舞台ならではの魅力を生む。
 そこで繰り広げられていることは虚構のドラマであるのに、そのドラマを演じているのは“現在の身体”を持った役者なのだ。風邪をひいていたり、足を捻挫していたり、神経痛に悩む役者だったりする。
 その危うさを、実は観客も感じている。
 共犯関係を持ちながら、その場の空気を体験して行く。
 ただ、ストーリーを見ているだけではなく、そこにいる役者の存在を感じている。
 これが演劇の面白さだよね。

 さっき、MONOの作品はドラマだと書いたが、私はいつも「そこで交されている会話」や「そこに人がいるという状態」にドラマを感じて欲しいと思って創っている。
 ストーリーを追うだけなら、演劇じゃない方がいいと思う。
 「これがああなって、こうなって、更にこう展開して」という、いわゆる「お話」には私はあまり興味がない。
 
 今回の「裸に勾玉」の後半に……登場人物たちが、ただ、ただ、お互いに◯◯◯◯合うシーンがある。
 ◯の部分はネタバレになってしまうので書けないが、例えばこのシーンでは全くストーリーは進まない。
 けれど、今回の作品の中でとても大事な、核となる場面だったりするのだ。
 このシーンを成立させる為に、その場で、目の前で、役者が進行形でやっていることはとても大事なんだと思う。

 役者の体調が万全じゃないことも含めて、舞台を成立させないといけない。

 私も出演しているのだが、はっきりいって不眠状態が続いていて、身体が怠いままだし、ある薬が切れていることで離脱症状があり、めまいが止まらない。それをなんとかしようとスパイスの効いたカレーを食べたら、辛過ぎて喉をやられたようで、その日は声が出なかった。はっきりいって素人だ。反省している。
 
 劇場の横の川沿いがとても気持ちいい。
 今日は劇場入り前にブラブラ歩いた。

IMG_1732.jpg


 色々と考えことをした。
 公演が終ったらと思うと……結構、怖い。
 
 ま、それも含めての演劇だしね。
 明日も、明後日も、そして明々後日もまだ本番ができるのだ。
 とにかく残りの舞台を、一期一会で頑張る。
 
 皆さん、劇場で共に作品をつくりましょう。お待ちしています。
 →特設サイト
posted by 土田英生 at 02:54| 大阪 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする