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MONO代表・土田英生のブログです

2007年12月24日

急に思い出したこと。

 イギリスの友人達からクリスマスカードやプレゼントが届く。
 久しぶりにちょっとロンドンが懐かしくなって留学していた頃の写真を見ていた。地下鉄の写真も何枚かあって、「ああ、これはディストリクトライン(District Line)の車内だなあ」となどと見ていて突然思い出した。
 それは今年の9月にロンドンへ行った時のことだ。

 乗っていたのはそのディストリクトライン。HammersmithからEarls Courtへ向けて電車は走っていた。昼間で車内は比較的空いていた。

 私の斜め前方には「へへへ俺様は腕っ節には自信もあるし、喧嘩っ早いぜ」という雰囲気を醸し出している中年男性がいた。腕にはかなり派手なタトゥー、強面でタブロイド紙を睨みつけるようにして読みながら座っている。
 乗客は明らかに彼を意識していた。
 だから彼の周りには人が座っていなかった。

 私の真正面には純朴そうな観光客の若い男性がいた。
 中年男性とは対照的に「僕は争いが最も嫌いです」という感じのか細い男性だ。ガイドブックを広げて一生懸命何かを見ている。スペイン語らしき文字が見える。
 
 と……彼は果敢にもその「怖い男性」に近づいた。そしてスペイン語なまりの英語で話しかけた。
「この電車はアールズコートに行きますか?」
 ……強面男性は鬱陶しそうに新聞から顔を上げ、彼に一瞥をくれた。
 そして小さくうなずき、また新聞のゴシップ記事に戻った。
「アールズコート行きます?」
 うなずいてもらったのにもかかわらず、スペイン人は質問を繰り返した。
「……行くって」
 面倒くさそうに強面男性は答える。そして目を逸らした。

 と……スペイン人の彼は「そこから◯◯行きのバスって出てますか?」と更なる質問をした。
 強面の男性はしばらく黙って彼を見ていた。
 他の乗客も成り行きを見守っている。
「出てる」と一言怖い人は言う。
「何番のバスですか?」
 スペイン人の彼は屈託なく聞く。
「知らないよ」
 強面男性は怒鳴るように言った。

 しばらく間があった。
 
 しかし……スペイン人の彼はその中年男性の横に座ってじっと横顔を見ていた。
 おいおい、もう戻れよ、と私も思った。
 しかし彼は見つめつづけた。
 すると……強面男性はいきなりスペイン人を見て、
「とにかくだな! アールズコートで降りたら! 改札を出て! 道を渡れ! そこにバス停がある!!!」
 と、車内に響き渡るような声で強面男性が怒鳴った。

「改札って一つですか?」
 スペイン人はきょとんと聞いた。
 男性は何も言わず、驚いたようにスペイン人を見た。
「改札は一つですか?」
「二つだ……」
 強面男性は怖いくらい静かなトーンで答える。
 すると、あろうことかスペイン人が笑った。
「ククク、じゃあ、駄目じゃないですか? ちゃんとどっちの改札か教えてくれないと」
  
 強面男性が新聞をくしゃくしゃにしながら怒鳴った。
「エキジビジョンと反対の改札だ! そっちがメインだからすぐに分かる!」
 アールズコートには大きな展示場があるのだ。確かに降りれば矢印が出ているのですぐに分かる。

 さすがにこれで話は終ったはずだ。しかし……終らなかったのだ。
「何かに書いてもらえます?」
 と、スペイン人はペンを出した。
 
 強面男性は信じられないといった表情でスペイン人を睨み、読んでいた新聞を破った。
 そしてそのスペイン人からペンを奪い取ると新聞の切れ端に何やら書きなぐった。
「ここだ! ここがバス停だ!!」
 ここまで来るとスペイン人が男性をからかってるとしか思えなかった。
 なぜなら彼は続けて以下のようなことを言ったからだ。
「え? この紙、どっちを上にして見たらいいんです? 方角が分からない……」
 強面男性の顔はもう真っ赤だった。

 見ている私の心臓の鼓動も凄かった。これは駄目だ。もうあのスペイン人は殴られると思ったからだ。そうなれば正面にいる私だって黙って座っている訳にもいかない。ああ、いやだ。巻き込まれる……

 ……そう思った瞬間だった。
 強面男性とスペイン人は睨み合いながら同時に吹き出した。
 どうやら面白くなってしまったらしい。
 そして大きな声で笑い出した。
 車内にいた人達も笑い出した。
 私も笑った。
 車内が笑いに包まれた。

earlscourt.jpg と、電車がアールズコートに着いた。
 強面男性は笑顔で「着いたぞ。降りて左へ歩けよ、バカ」と言った。スペイン人は笑いながら「ありがとう」と言った。その時、二人は軽く握手をしていたように思うが、そこは記憶が曖昧だ。そしてとにかくそのスペイン人は降りて行った。

 入れ墨男性は車内の私達に大きな声で言った。
「騒がせて悪かったね」
 そして新聞を読もうとしたが、それはくしゃくしゃになって破れていた。
 彼は小さな声で「ファック」と呟いた。
 
 ……しかしいまだにあのスペイン人は謎だ。

posted by 土田英生 at 04:02| 京都 ☁| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする