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MONO代表・土田英生のブログです

2006年12月13日

お尻が痒いのでございます

 4日にNYに発った。
  向こうでは連日ワークショップなどに参加して昨日の夕方に帰って来た。滞在中に体調を崩したせいもあって家に帰るとベッドに入って眠ってしまった。で、やっと起き出した。

 メールなどもたまっている。仕事も山積みだ。だから今から取りかかる。
 オーディションワークショップも楽しかったし、演出家、プロヂューサーと共に台本チェックなども進んだ。演出家であるロニットとは信頼関係も築けたと思う。それを書くのはまたの機会に譲ろう。

 しかしただ一つ、お尻が痒い理由となったエピソードだけは記しておかねばならない。
 
 到着して二日目。ワークショップの初日を終えてその後のディスカッションも終了。
 ホテルに帰ってベッドに入った。
 そして……早朝だ。

 腹痛で目が覚めた。

 五分毎にトイレ。上からも下からも……もう出る物は全て出るという感じだった。
 吐き続けるのは本当に苦しかった。

 朝。その日の予定をキャンセルしてもらって日系の病院に連れて行ってもらった。
 日系なので受付も看護婦さんも日本語。スムーズに説明も進む。

 しかし……診察室で待っていてくれと言われ……一人で座っているとそこにやって来たのはアメリカ人の女医さんだった。

 言葉も全て英語だ。
 しかも彼女はとても喋り好きで表現が大きい。
 まずは私の血圧を測って大騒ぎをする。血圧が高過ぎるらしい。
『オオ、ミスターチュティダ(土田)! It's...』
 と、彼女は絶句してしまった。
 彼女は深刻な顔で何度も機械を見る。私も不安になった。そして計り直す。
 ……下がっていた。何かを間違えたらしい。
『……オオオ、ミスターチュティダ……yes……』
 さっきよりも明らかにトーンが低い。大丈夫なようだ。
 
 私をベッドに寝かせて質問を繰り返し、私が答えると何やら考え込んで部屋の中を歩き回る。合間には「ミスターチュティダ」が挿入される。
 しかも身体に関係のない質問も多い。
「で、どうなんですか?」と私は思わず遮って聞いてみた。

 すると、血便などが出ていたら問題だと彼女は私に説明する。
 血便はありませんと私は答える。
 彼女は「Are you sure?」と聞いて来る。どうも信用してないらしい。
「 I'm sure」と私は大きな声で答えた。
 しかし彼女は「Are you really sure?」……どうして信じてくれないのか。

 私達は無言でしばらく見つめ合った。

「OK. I'll check it」と、彼女はなにやら決意したように呟き、私にパンツを脱いでお尻を出せという。
 私は仕方なく言われたままお尻を出してベッドに横になる。
 と……
「ミスターチュティダ……I have to do this, I have to do this!!」
 と、大きな声で言いながら彼女は私のお尻に親指を突っ込んだ。
 どうせなら黙ってやってくれればいいのに。叫ばれると余計に不安になる。
 そして中でごそごそ動かしてから指を抜いた。はっきり言って痛かった。指を入れる時にブチッと音がしたようだ。

 そして彼女は私にティッシュを渡して背中を向けた。
 私がズボンをあげる間、彼女は薬品で検査をしていたが、
「オオオオオ、ミスターチュティダ!!!」
 
 ……薬品が反応している。血ついているらしい。これは問題だと彼女は言う。
 しかし私は思った。それは血が混じっているのでなく、さっきあなたが指を入れた時に切れたのだと。
 「ミスターチュティダ、私はあなたをもう少し診たい。だから来週も来てくれ」と彼女は深刻な表情で言った。
 私は来週は日本へ帰るので来れないと冷静に答えた。
「オッケー。ミスターチュティダ……」彼女は呟いた。

 とにかく体調は戻った。しかしお尻だけが痒い。
 なぜなら彼女が指を入れた時に切れた所がかさぶたになっているからだ。
posted by 土田英生 at 05:04| 京都 ☁| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

月に二桁

 9月にこの頁を書くのは10日目。とうとう二桁だ。
 かなり意識しないと無理だという事が分かった。しかしだ。考えたらロンドンでは最初の半年くらい毎日欠かさず書いていた。あれは何だ? 生活が新鮮で書く事が山のようにあったこともあるが、やっぱり孤独だったんだろうなと思う。留学したのは三年前、36歳だった。その年になっていきなり環境が全部英語になったらやっぱり慌てる。そして孤独になる。その証拠に生活に慣れ友人が増えるに従って段々日記の更新も鈍って行った。

 日本人はパーティーが苦手だと言われる。知らない人と流しながらちょっとづつ会話をすることに慣れていないのだ。それは私も同じだった。いくらおしゃべりでもだ。パーティーなどに出るとどうしていいか分からず混乱することは日本でもあった。ただ、ロンドンで体験したパーティーに比べれば何でもない。少人数のパーティーはなんとでもなった。親密に人とも喋れたし、そこで多くの友人も得た。
 だけど……あれはロンドンに行って半年くらい過ぎた頃のことだ。200人くらい出席しているパーティーで誰とも喋れず2時間じっとしていたことがある。私が知っている人間はそのパーティーに連れて行ってくれたNさんのみ。そしてそのNさんには会場に多くの友人がいた。昔話で盛り上がる彼女に、「ああ、私は一人でも大丈夫です。私はこういう場所は気後れしませんから、ワハハ」と見栄を張った。
 しかし……ダメだった。もちろん隣の人には微笑みかけ、話すきっかけを探した。手当たり次第に喋りかけた。努力はしたのだ。しかし英語についていけず、いつの間にか皆は笑顔で去ってしまう。最後は諦めて一人で延々ワインばかりを飲んでいた。ああ、壁の花とはこういう存在なのだと思い知った。私以外の199人(私にはそう思えた)は一様に楽し気な笑い声を発している。時々、Nさんは人混みの中から私を振り返る。気を使ってくれているのだ。申し訳ない。私は慌てて隣の人に話しかけて楽しくやっている振りをした。しかし実際は意味なくワインを飲むばかりだ。あまりに飲み過ぎて、パーティーが終わった時には足がふらふらだった。楽しくもないのに見かけはやたらパーティーを満喫した男になってしまったのを覚えている。
 ……留学から帰って来て以降、日本でのパーティーなどで全く緊張しなくなった。少なくとも私は日本語はぺらぺら喋れる。あの時の孤独と比べれば何でもないのだ。
 
posted by 土田英生 at 01:02| 京都 ☀| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

エジンバラのこと

 ミサイル発射のニュースにはやはり驚いた。
 それにしても憂鬱になるニュースが続く。実際の不安よりも常に自分が試されているような圧迫を感じてしまう。何かが起こる度、イヤなニュースを知る度に必死で自分の考えや立ち位置を確認する。しかし簡単には割り切れない。一つの立場に立ってしまうことは恐い。かといってそのままにしておくことも不安だ。無根拠の中にいる恐怖。
 そんな時、私は決まって英語の勉強を始める。勉強といってもペーパーバックのような英語の小説などを読んだりするだけだ。これは完全に逃避だ。しかし分からない単語を辞書で調べたりしていると束の間だが心が休まるのだ。
 今日はエジンバラで買って来た「スコットランドの歴史」という本を読んでいた。イギリスの歴史というと、どうしたってイングランドを中心に書かれているものが多い。しかしこの本を読んでいると見方が全く異なっていて面白い。イングランドは明らかに侵略者として描かれている。
 ワールドカップのイングランド初戦の日、エジンバラにいた。パブにはイングランドのユニフォームを着た人々も集まり盛り上がってはいたが、他の人は一様にしらけていた。リーディングに関わっていたイングランド生まれの人達もひっそりと応援していた。まるで別の国にいるようだった。この本を読んでいるとそれもむべなるかなという気がする。
posted by 土田英生 at 02:23| 京都 ☁| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月16日

帰国

 帰って来た。
 様々なトラブルはあったものの、楽しかった。
 エジンバラでは問題はほとんどなかった。リーディングも成功だったし、スコットランドの劇作家や俳優の皆ともしっかり交流出来た。パネルディスカッションでいきなり英語で喋らねばならない状況に追い込まれて前代未聞に焦ったものの、それも今や楽しい想い出だ。だからエジンバラでのことはまたゆっくりと書くことにする。とにかくまだ落ち着いていない。荷物の片付けや留守中にたまっていた様々な連絡などをしなければならないからだ。

 問題のほとんどはロンドンだった。これもちゃんと書いている時間はない。しかしやはりというか、基本的な所で様々に問題を起こしてくれた。代表的なことを三つ書く。

1◎まず空港からの地下鉄、ピカデリーラインが広範囲に動いていない。バスやヒースローエクスプレスという市内へ直で行ける電車はあるものの、あれじゃ困るに決まってる。可哀想にオロオロしている観光客を多数見かけた。しかしこんなことは留学中にもしょっちゅうあったので、そんなに焦る事もなくバスに乗り換え別の地下鉄の駅に行き、事なきを得た。

2◎ロンドンでのホテルはとても快適だったが、夜中にいきなりトイレが壊れた。イギリスのトイレは流れないことは良くあるが、そんな生易しいものではなく、流そうとしたらレバーが取れてしまった。そしてレセプションに直してくれと言いに行くと、「強く流しすぎたんじゃないの」と笑っている。おいおい、そんな繊細なトイレではいけないんだよ。とにかく直してくれと頼むと、なんと彼はナイフとフォークを二本携えて部屋へやって来た。それでふた等をこじ開けて直していた。工具くらいは常備しておいてくれ。

3◎そして帰り。シティ空港からアムステルダムに行き、そこでトランジットして関空というルートだったのだが、シティ空港のチェックインカウンターのコンピュータが故障してシャットダウンしてしまった。もう長蛇の列。で、割り込んで来たドイツ人ビジネスマンと口論になった。英語の力量の差で何だか私の方は劣勢に立たされてしまった。理不尽だ。ちゃんと並んでいるのに。しかしだ。途中から周りの人々が私の味方についてくれて助かった。すぐ後にいた若い女性などは凄い勢いで加勢してくれた。ビジネスマン達はタジタジだ。そして退散。彼女はその後も私を慰めてくれた。しかし私が甘えたように愚痴を言い出すと愛想笑いだけになってしまった。大人だ。
 一難は去ったものの問題は終らなかった。順番が来たが機械は直っていない。仕方なく受付職員が手書きのアムステルダムまでのチケットをくれて「席は適当に」とかなり適当なアドバイスをくれた。混乱したが私も適当に聞く事にした。が、見ると関空までのチケットがない。アムステルダムで取れと言う。預けた荷物を関空で受け取るという確認だけは何回もして、ゲートに向かう。
 しかしだ。乗ろうと思ってラウンジで待っていると、隣にいた人がちゃんとしたチケットを持っている。聞くと「普通にもらえたよ」と涼しい顔をして言いやがる。慌てて案内カウンターへ行くと睫毛の異様に長いブロンド美人の空港職員が「機械は直りました」とシレっという。だったら教えてくれよと思いながら、そこで関空までのチケットを発券してもらう。

 で、まあ、とにかく帰って来た。
 
 
posted by 土田英生 at 06:58| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月10日

エジンバラ

というわけで、エジンバラにいる。時間が空いたので劇場のカフェで、一緒に来ている中山さんのパソコンをかりてこれを書いている。
 来てからずっと天気に恵まれて仕事と観光の両面で満喫している。
 二年前にも同じ企画で参加したが、そのときよりもじっくり街も歩けていい気分だ。
昨日からは「その鉄塔に男たちはいるという」のリハーサルに参加している。みな、気さくでいいメンバーだ。演出家も含めてみな男ばかりなのでがやがやと楽しい。雰囲気がどことなくMONOに似ている気がする。特に奥村が演じた吉村。それを演じる役者さんなどはまるでスコットランド版の奥村だ。思わず「舞台美術もやるの?」と聞きたい衝動に駆られたくらいだ。
 今日は本番。これまでも各地でやってもらっている戯曲だが、スコットランド訛りでかなり新鮮なものになっている。楽しみだ。
Edinburgh Castle.jpg
posted by 土田英生 at 01:15| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

最初に踏み入れた場所

 6日からエジンバラに5泊し、帰る前にロンドンに立ち寄るのだが、ロンドンに関しては今回の企画と関係ないのでホテルを手配した。知り合いの旅行会社に頼んだ。
 その時気づいたことだが、地図を見ながら「どこがいいですか?」と聞かれた時に、「この辺りで」と、自然と西側を指したことだ。「え? 街の中心じゃなくていいんですか?」と聞き返されて私は考える。
「出来れば中心がいいんですけど……中心がダメならこの辺りで」とまたしてもかなり西を指す。不思議そうな相手の表情を見て、「いや、センターは高いから……」と言い訳をしたが、どうも理由は別の所にある。

 人間は非常に臆病で知らない土地に行くとやはり不安なのだと思う。そして最初に足を踏み入れた場所が最もなじみの場所になる。
 私が愛知県から最初に京都へ来た時、右京区の常磐という場所に住んだ。京都の中ではやや北西。その後は何度も引っ越しを繰り返して来たが、圧倒的に右京区が多い。そして今もそうだ。右京区はやはり自分の場所だという気分になる。二十年も京都に住んでいるのでまるで知らない場所というのは少ない。にも関わらず右京区はやっぱり違う。

 昔は北から東京へやって来た人が到着する駅は上野だったので、そういう人達は寂しくなると上野へ集まるという話を読んだことがある。東北新幹線の開通で事情は変わったと思うが、とにかく人は最初に足を踏み入れた場所に安心を感じてしまうのだ。

 で、ロンドンだ。
 最初にリーディングの企画でロンドンへ行った時、ホランドパークのホテルだった。劇場があったシェパーズブッシュからは一駅で、徒歩圏内。大体、「ロンドン市街図」などでは左ぎりぎりに何とか載っている場所だ。ノッティンヒルの近く。その後、1年間、留学をした時に住んでいたのがそのシェパーズブッシュ。地図だと切れてしまっていることが多い。人に「どこに住んでたの?」と聞かれると地図の罫線の外を指して「この線のちょっと外」と言うしかない口惜しい場所だ。
 しかし、どうやら完全にその辺りが自分の安心出来る場所になってしまったようだ。私にとってのロンドンはその辺りが基点になってしまった。その後も二回程ロンドンへ遊びに行ったが、ホテルはそれぞれベイズウォーターとアールズコート。ベイズウォーターはノッティンヒルの近くだし、アールズコートも何かとウロウロしていた場所だった。留学した時には部屋が決まるまで滞在していた所でもある。とにかく街のセンターとは言えない。しかし可哀想なことに私に案内されたりする友人はやたらと西側をウロウロさせられる羽目になる。
 しかし、今回は思い直した。1日だけは岩崎正裕さんと一緒なのだ。しかも彼がロンドンに滞在出来るのは1日だけなのだ。西側を無意味にウロウロさせる訳にはいかない。私の想い出巡りに付合わせる訳にはいかないのだ。
「すみません。やはりセンターのホテルを探して下さい」
 と、きっぱりと言った。
 ホテルはオクスフォードサーカスの近くになった。これなら大丈夫だ。しかもやっぱり便利だしね。ホテルの位置を地図で見ながら、そりゃこの方がいいやと自分でも思う。
posted by 土田英生 at 14:00| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

BrendanとBrandon

 彼の名前はBrendanだ。
 ロンドンでフラットの階下に住んでいたイングランド人だ。最初はブランドンだと思った。私が「ビバリーヒルズ青春白書」などであまりにブランドンという名前に馴染んでいたからだ。だから私はずっと彼をブランドンと呼んでいた。私が日本へ帰国する頃になってやっと「俺、ブレンダン」なんだよね」と言われたんだと思う。だからロンドンで私が書いていたロンドン日記などでは彼はブランドンとして登場している。

 とにかく彼にはよく世話になった。英語で困っている私を何かとブレンダンと彼の彼女であるヴィッキーは助けてくれた。ちなみにヴィッキーもベッキーと私に呼ばれていた。
 住んでいたフラットは玄関が共通していて、中で各階に分かれていた。
Flat.jpg
【真ん中の白い建物。一階に玄関とブレンダン達の部屋。二階のカーテンがかかっているフロアに私。一番上の屋根裏のようなスペースに麻薬の売人「ヴィクター」が住んでいた】

 ブレンダンから最初に言われた言葉は「お前はエドワードか?」だった。
 入居した日。ドアベルが鳴ったので階下に降りて行くと郵便配達の人がいてブレンダンに何やら尋ねていた。ここにエドワードはいるかと聞いていたのだと思う。そこに私が降りて来たので上の質問に至った訳だ。私は残念ながらエドワードではなかったが、それから付き合いは始まりすっかり仲良くなった。

 で、そのブレンダンは今はもう日本に来ているはずだ。仕事で函館にいるのだ。そして明日、京都へ来る。彼が私のマンションへ来るのは二回目だ。
「仕事が終わったら京都に立ち寄ってしばらくお前のとこにいるよ」
 彼は電話で言った。函館と京都、立ち寄るにはちょっと遠い。更に彼は言っていた。
「『ミゾニゴミ』が食べたいよ」
 前に名古屋に連れて行った時に食べた「味噌煮込み」のことを言っているのだ。
Brendan.jpg
 その前に、今日は日帰りで東京へ行って来なければ行けない。ブレンダンには芋ようかんでも買って来よう。今日は写真が二枚もあって派手な感じだ。
posted by 土田英生 at 08:01| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

言葉というもの

 今日は久しぶりにワークショップをして来た。戯曲の書き方について。頼んでくれたのはJonahというアメリカ出身の先生だ。で、終わってから一緒にご飯を食べた。
「最近、全く英語を使ってないんですよね」というと彼は一生懸命英語で喋ってくれたのだが……これが私にはショックだった。言っていることは分かるのに全く言葉が出て来ないのだ。簡単なことも喋れない。もちろん私の英語力は元々ダメダメだ。しかしそれでもロンドンに留学している時はそれなりに人とも喋っていたし、もう少しましだった記憶がある。この前、二月にロンドンへ行った時も留学中と変わらず友達と喋っていたと思う。しかし今日は全然駄目だった。喋ってる途中で時制が滅茶苦茶になる。彼のことを彼女と言ったりする。とにかくもの凄いストレスを感じた。ああ、勉強してないからだ……と、落ち込んだがそこではたと気づいた。
 どうやら私はスマートに喋ろうとしていたようだ。言葉は手段だ。伝わればいいという開き直りでとにかく喋ることが大事なのだ。そんなことは分かっていたはずなのに。どうも格好をつけようとしていたのだと反省した。
 そうだ。ロンドンでもたくさん失敗をしていた。

 イギリスでは時々「fancy」という動詞を使う。好きというような意味だ。I fancy you.などと言えば「あなたに気があるのよねえ」などという感じになる。Fancy a drink? などと聞けば「飲む?」ってな感じだ。イギリスの友人に向こうの若者言葉を教えてもらったことがある。その時に彼が教えてくれたのが I fancy a nibble.という表現だった。nibbleは「かじる」というような意味だ。直訳すれば「かじりたい」→口さみしい時などに「ちょっと何かつまむものが欲しい」というような意味になるらしい。
 で、問題はあるパーティーで起こった。皆で談笑していた。私は酔って調子に乗っていた。
そこで以下のような会話が交わされた。
「日本ではアメリカ英語を習うんでしょ?」と、誰かが聞く。
「そうだけど、俺は完璧なイギリス英語だよ」私は冗談まじりに答える。
「じゃあ、何か言ってみて」別の人が言う。
 そこで私は大きな声で自信満々に言った。

 I fancy a nipple.

 なぜかシーンとなった。最初はどうして皆が黙ったのか分からなかった。と、前にいた女性が振り返って私に言った。

 Do you fancy nibbling my nipple?

 そこで私は理解した。nippleは……乳首という意味だ。日本人の私にとってはnippleとnibbleは似ているのだ。結果的に、私は大きな声で「私は乳首が好きだ」と宣言してしまったようだ。だから皆は黙って私を見たのだし、女性は冗談で「あなたは私の乳首をかじりたいの?」と聞いたのだ。顔が久しぶりに赤くなるのを感じた。
 更に混乱した私は真顔でどもりながら答えてしまった。

 Yes, I do

 場は更に静かになった。冗談を言った女性も鼻で笑って背中を向けた。

 こういう失敗は山のようにした。だから格好をつけず喋るしかないのだ。
 しかしやはり英語を勉強し直すことも必要だ。6月には「その鉄塔に男たちはいるという」のリーディングでエジンバラへ行くし、秋にはNYにも行くことになっている。NYでは同じ演目の上演に向けた準備をしている。こんな英語ではきっと役に立たない。
posted by 土田英生 at 01:03| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

ロンドン日記2

 一週間のロンドンから帰って来た。
 すっかりリフレッシュした私は現在やる気満々だ。やはり休みは必要だと痛感した。不思議だ。旅の疲れと時差ぼけで身体がくたくたのはずなのに妙に元気なのだ。ただ、帰国した日の夜にいきなり脚本を「至急」に書き直さなければならないことが発覚し、そのまま仕事に戻ってしまった。今日の朝まで書いていた。それでも元気だ。ちなみに昨日の昼間は合間に歯医者にも行かねばならず、時間がないはずだったのになぜか帰りは歩いて帰って来てしまった。時折スキップしたり小走りになったりもした。歩いていて自然に笑みがこぼれたりもする。何がそんなに楽しいのか?
 そして今晩も実は明日迄に上げなければならないものを抱えている。だからロンドン日記2などというタイトルをつけている場合ではない。そんな暇があったらさっさと「そっち」をやれという感じだ。しかも「そっち」は意外と難航している。なのに……しつこいようだが元気だ。気持ちも妙に落ち着いている。大丈夫さ、何とかなるよって感じだ。

 ロンドンで何をしていたのか? 何もしていない。ただ、街を歩き、友達に会い、毎晩ご飯を食べたり、お茶をしたり、パブで飲んでいただけだ。着いた日はさすがに残して来た仕事のことが気になったし、更に英語を使うことにストレスを感じていたが、二日目にはすっかり馴染んでしまった。一週間で十人に会った。それにしても皆、突然の訪問なのに時間を作ってくれて本当に嬉しかった。去年の夏にも同じように突然行って来たけれど、あの時も今回も……ありがたい。何ていい人々なんだろう。細かく色んなことを書きたいが前述したように今は時間がない。まあ、また書けばいい。なんせ私は非常に元気だからだ。
posted by 土田英生 at 03:07| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月13日

嬉しい偶然 

 自分の知り合いが無事だったからといってそれだけで喜ぶ事は出来ない。ただ、ロンドンのテロ事件に関して私の知り合いはみな大丈夫だったようだ。だから今日は少しロンドンの話を書く。留学中の日記を読んでいないと何のこっちゃという内容だ。
 ロンドンから帰って来ても、知り合った皆とはメールでずっとやりとりをしていたし、何人かは日本へもやって来た。芝居も観に来てくれた。ブランドン、サトショウ、ジョニー、神田さん、私の英語の個人レッスンをしていたシーラ……目の中に入れても痛くないフェンは日本にやって来たけれど連絡ミスで会えなかった。そりゃ、いきなり前日に「明日から日本です。会えるのが楽しみです」というメールをもらってもなんとも出来ない。
 そして実は先月、短い期間だが私がロンドンに行って来た。別に何の目的もなく一人で息抜きに行って来た。……私はなぜか毎年夏になると気が滅入る傾向にある。今年は春先から何だかんだと忙しく、毎月末には何かしら台本の締め切りが来ている状態だったので思い切って一週間だけぶらぶらしに行ったのだ。
 飛行機がヒースロー空港に到着してもっと懐かしい気持ちになるかと思っていたけれど、それ程のこともなかった。ロンドンから帰ってまだ九ヶ月。留学の続きのような感じしかしない。携帯電話など向こうで使っていたものはどれもこれも使えたし、地下鉄のカードに至ってはびっくりするくらい残高があった。最初恐る恐る機械に当ててみたら改札が異様に張り切って開いたくらいだ。
 滞在四日間で延べ十二人に会った。並のパック旅行よりも忙しかった。ホテルをとっていたが、毎晩深夜に酔って帰ってくるので「一体毎日何をしてるんですか?」とフロントから聞かれたりするくらいアクティブな毎日だった。仲よかった人達はほとんど会えた。ちなみにフェンは今回は上海に帰っていて会えなかった。本当にタイミングの悪い、それでも目の中に入れても痛くないやつだ。しかし私の方は他の皆と遊び、いつも行っていた店でカレーも食べたし、中華も食べたし、連日パブにも行った。芝居も観たしおまけにカラオケにまで行った。満員ですと言われたけど並んで待ったりした。そしてなぜか襟裳岬を歌った。
 そして当然だが、私が一年間住んでいたアパートにも行った。現在も私のロンドンでの恩人ブランドンとヴィッキーが住んでいる。
 ブランドンが日本に来たのは私が帰国してすぐだった。東京で遊んで、私の実家である名古屋では妹の結婚式にまで列席していた。更には京都に来て私のマンションに泊まり込み寺廻りをした。サムライ好きの彼の為に映画村にも連れていったが、ブランドンは出るなり一言「ここの何が面白いんだ? 全くクソ無駄な時間を過ごしたぜ」という言葉をはき捨てて案内した私を少し落胆させたりもした。
 さて、住んでいた街、シェパーズブッシュに着くとさすがに懐かしかった。すっかり「ただいま」という感じだ。すっかりリラックスだ。今回の旅行中、不思議なことに去年よりも英語が格段に楽になっている感じがしていた。皆もお世辞で「英語、うまくなってるんじゃないの」と褒めてくれたりする。だからブランドンにも早速褒めてもらおうと必死でアピールをするが中々褒めてくれない。不満に思って「俺、前より英語いいだろ?」とはっきり聞いてみた。すると彼は「んん……それは旅行だからだよ。住んでる時は電気代のあれこれとか、ややこしいことがあるけど、今は買い物とか食事の英語ばかりだからだ。簡単なんだよ」とまたしても私をやや落胆させてくれた。
 さて、嬉しい偶然についてだ。ロンドンでの日記で何度も書いたことだが、アパートの近くには小さな食料品店があった。ネパール出身の女性がいて、彼女はタバコをくれたり、日本語を覚えてみたりととても優しく接してくれていた。しかし私の帰国一週間前に店は大手のチェーンに買収されて閉店。最後に会った時に彼女は泣いていた。
 今回、ブランドンに会いに行く為にアパートへ向かう途中、すっかりきれいになったその店に入ってみた。ビールを抱えてレジに並んだ。……客が並ぶその前には……少し痩せた彼女が立っている。そう。彼女はこの店にいたのだ。雇ってもらえたんだと嬉しく思う。まだ私には気付いていない。私の番が来てビールを出す。彼女は小さな声で「ハイヤ」と言ってこっちを見た。
 もう本当に嬉しかった。彼女はレジを打つのをやめて「いつ帰って来たの?」と顔を手で覆う。そして勝手にレジから出て来てしまったので、他の客はむっとして隣の列に並び直していた。しばらく喋った後、おもむろに彼女は紙を取り出して何やら書き始めた。それは住所とメールアドレスだった。しかし前にもアドレスはもらっていたはずだ。しかしいくらメールしても返事がなかった。それを彼女に伝えると「ああ、あれは間違っていた」と衝撃的な言葉を発した。泣きながら書いてくれたアドレスは間違っていたらしい。
 そして今回、帰って来てから彼女にメールを送った。やはり返事は来ない。不安なことはアドレスを書きながら彼女は「私、大体パソコンは良く分からない」と呟いていたことだ。
 
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