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MONO代表・土田英生のブログです

2017年12月11日

犬たちに会いたい

 昨日の朝は脚本の締切だった。
 仕事の詳細は公表できないけど、9月の終わり頃から書いている。
 だいたい、各話の初稿を一週間で書き、打合せをしたら三日くらいもらって修正、さらに打合せをしてまた三日くらいで直す。つまり1話が完成するのに二週間くらいの計算だ。

 計算で行くとすでに5話分は出来上がっているはずだったのだが、随分と遅れてしまった。

 今回は初稿の締切だった。
 これが一番大変なのだ。ラストまで書けたものを修正するのは、案外楽なのだが、最初の稿はどうしても時間がかかるし、進まない時は全く進まない。

 予定では遅くとも朝の9時には提出。一度眠ったあと、夜に打合せ。翌朝に京都に帰るはずだった。
 そうなんだよね。京都には戻らないといけない。
 ロンドンに留学していた時、英語の個人レッスンをしてくれていたSheilaが京都に来ているので会いたいのと、この前、京都にいた時のゴミを出したいのだ。
 可燃ゴミは火曜日と金曜日。
 だから月曜の夜にはどうしても戻りたい。

 けれど……間に合わなかった。
 半分も書けなかった。
 謝った。もう京都に帰るのは諦めていた。

 それでも一応、夜に打合せをすることになり……。
 いやあ、本当に皆、優しい。
 書けなかったけれど誰からも怒られることもなく、しかも京都にも戻れるように予定を組んでくれた。
 私が「ゴミを、ゴミを出したいんです」と繰り返し訴えたからかもしれない。

 打合せのあと、恒例の焼肉に行き、そこで結構飲んだ。
 いい気分で帰ってきて眠った。

 なのに……。

 夢を見て飛び起きてしまった。
 なんであんな夢を見たのだろう?

 これまで実家で飼って来た犬たちが一堂に登場している夢だった。
 芝生に座っている私を、犬たちが囲んでいる夢だ。
 どの犬も私に尻尾を振っている。

 「え? あれ? そっか、お前たち、生きてたんだっけ?」
 そう言いながら私は犬たちを撫でていた。

 しかしだ。
 撫でているうちに「いや、違う」と思った。
 「死んでるんだよね」と気づくと犬たちは消えていく。
 私は必死で名前を呼んだ。
 ……そのまま目が覚めた。

 で、眠れなくなってしまった。

 書いたことがあるかもしれないが、うちの実家にはやたら犬がいたのだ。

 父親が保健所に連れて行かれるトラックを見かけて引き取ってきてしまったり、私や妹も野良犬を見かけると連れて帰ってきていた。しかも近所で飼われている犬も、なぜか昼間はうちに遊びに来ていたので、うちの庭はもう犬だらけだった。
 
 全部合わせたら、犬ぞりが引けるくらいいたね。
 トラ、クマ、ゴロ、チロ、エス、もんた、タロ、ペル、メリー、ナッツ、ログ……もっといたはずだ。

 それぞれに思い出がある。
 どの犬も可愛かったが、すでに亡くなっている。

 最初にショックを受けたのはゴロの死だった。
 ゴロは野性味溢れる犬で、隙を見ては逃げ出すやつだった。三日くらい戻ってこないことはしょっちゅうだったし、ゴロの捜索をすることが頻繁にあった。
 逃げた先でいろんな犬と喧嘩したり人を噛んだりするのだ。
 ゴロのしでかしたことで、うちは何度も怒鳴り込まれた。
 
 そんな犬なので、人に尻尾を振って懐いてくるなんてことはなかった。
 父親のいうことはなんとか聞いていたし、ご飯をくれる母親にも多少は愛想を振りまいたが、小さかった私のことは全くもって無視だった。
 近づくと唸られ、撫でたりすると噛まれたりもした。
 私はこいつをライバルだと思って、いろんないたずらをした。
 けれどいつも負けた。
 私が持っていたお菓子は必ず奪われた。

 けど、もともと体力のある犬だったせいか16年も生きた。

 私が小学6年の時、ゴロが倒れた。
 老衰で足が立たなくなり、寝たきりになった。やがて食べる力も失った。
 普通の犬ならそこで亡くなっていたと思うが、心臓が強いのか死ねないのだ。

 夏休みだったので、私はゴロを看病した。
 卵と牛乳を混ぜたものを飲ませ、毛が抜けてただれた体に薬を塗った。
 ゴロは私に向かって「クーン」と甘えた。潤んだような目をじっと私を見ている。
 悲しくて仕方なかった。
 あんなに強かったはずのゴロがこんなことになっている。

 ある朝、ラジオ体操から帰ってくるとゴロが亡くなっていた。
 家を出る時には撫でたらこっちを見ていたのに。
 私は自分がラジオ体操に行ったことを猛烈に後悔した。
 
 エスもそうだった。
 人懐っこい犬で、途中で人にもらわれて行った。
 けれどある台風の夜だった。
 玄関で音がする。
 私は起きて開けると、そこになぜかエスがいた。
 しばらく撫でて、帰らそうとしたが、頑なに帰らない。
 父親を起こして、エスを寝かせた。

 朝、エスは亡くなっていた。
 会いに来たんだと思うと、たまらない気持ちになった。
 一晩中、横にいてやればよかったと後悔した。

 ……こんなこと書き出したら、犬の数だけ書かなければいけなくなる。
 やめておこう。
 
 夢の中で、最後まで私の横にいたのはナッツだった。

 ナッツは私が大学入学後、京都に行ったあとに実家で飼った犬なので、実際は一緒に過ごしていない。
 けれど、どういう訳だか、私にも異様に懐いた。
 私はナッツに会いたいが為に帰ったりしていたし、帰ると必ずナッツと遊んだ。
 人の様子に敏感な犬で、言葉もよく理解したし、私が落ち込んでいる時などは決して尻尾も振ってこなかった。ただ、近くに寄って来て、いつまでも私の手を舐めてくれていた。
  
 実家に帰る時は駅まで車で親に迎えにきてもらっていたのだが、車が家に着くとすでに飛び跳ね、一目散に駆け寄ってきた。どうして帰ってくることがわかるんだろうといつも家族で言っていた。

 ああ……。

 ナッツの最期も悲しかった。

 ある時、妹から電話があった。

 「ナッツがいなくなった」
 
 私は仕事をほったらかして実家に帰った。一週間以上はいたと思う。
 情報を聞いては探し回った。

 ……ナッツは白内障で目が見えなくなっていた。さらに終わりの方は耳まで聞こえなくなっていた。
 にも関わらず、近づくと尻尾を振って寄って来たし、相変わらず手を舐めてくれる犬だった。
 
 交差点で車に囲まれ、右往左往しているナッツを見たという人もいた。
 目も耳もダメだったので、どうしていいのかわらかなかったんだと思う。
 それを想像すると、今でもいたたまれない気持ちになる。
 
 私が京都に戻って一週間後、用水路に落ちて亡くなっていたという電話をもらった。
 冬だったので心臓麻痺だったと思う。苦しまずに死んだと思いたい。
 綺麗な体のままだったらしい。
 連れて帰って弔ってあげられたのが唯一の慰めだ。

 ……夢の中のナッツは元気だった。
 ああ、会いたいね。
 夢の中では久しぶりに撫でてやれたし、それだけでも嬉しかったけどね。

 ダメだ。
 犬のことを考えると距離感を失ってしまう。

 眠ろう。
 そして起きたら準備して京都に戻る。
 ゴミも出さないといけないしね。

 ゴロと私。

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 そしてナッツ。

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posted by 土田英生 at 04:28| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

ガンガン行く

 朝方になってここを更新するのが日課になってきてしまった。
 と、言っても三日目だけど。
 同情をひくような、当てつけがましい愚痴が多いので、もうやめよう。

 ……私は自虐が多いと言われる。
 まあ、その方がリスクが少ないんだよね、責められなくて済むから。
 取材をしてもらっている時でも、だいたい後ろ向きな発言をしてしまうし。
 「そんなことないですよ」と、言ってもらうのを期待してるんだと思う。
 嫌なヤツだ。
 
 3年前になるけど、ソウルのLGシアターで「少しはみ出て殴られた」を上演してもらった。
 韓国で人気のある俳優たちが集まり、かなり大きなプロダクションでの上演だった。
 私は初日に合わせて劇場へ行った。
 終わってから皆で飲んでいた時だ。
 スタッフたちと話していて「いやあ、よくもまあ、私なんかの、こんな作品をやってくれて」というようなことを冗談めかして喋っていたら、
 「どうしてそんなことを言うんですか? 私たちは面白いと思ってこの戯曲に取り組んでいるんです。自信作だと言ってくださいよ」と怒った人がいた。

 私は必死で弁解したが、確かにそういうことをすぐに言うね、私は。

 当たり前だけど、自分で創るものは面白いと信じている。
 そう思わないと書けないし。
 ただ、好みは人それぞれだろうしなあ、と考えてしまうんだよね。
 
 一時は自信の塊だった。
 学生劇団の時は台本を書いたこともなく、その気もなかった。書き出したのは劇団を結成してからだ。
 けれど、書き始めてすぐ、私はやれるのではないかと錯覚した。
 ま、勘違いした自信だったと思うけど、それでも自分はやっていけると思った。

 その頃はとにかく攻撃的な性格で、他の人が創る芝居にも文句ばっかり言っていた気がする。
 稽古場でも思い通りに進まないとすぐにイライラした。
 ダメ出しで興奮し、怒鳴りながらメガネをどこかに投げ、最後に「メガネはどこだ!?」と大声で叫ぶ理不尽さだった。
 扇町ミュージアムスクエアで本番前にわめき散らし、劇場の外に出て泣き、劇場関係者の話題をさらったのもいい思い出だ。

 ……よくもまあ、メンバーはやめずに付いてきてくれてるなあと思うね。

 やがて……京都の演劇が注目を浴び始め、私の周りは戯曲賞ラッシュ。
 しかし私は落ち続けた。
 そこで初めて凹み、完全に自信を喪失した。
 自分の態度とか才能について冷静に考え込んだ。
 けれど、なぜだか、その頃から仕事が増え始め、それこそ芸能界の仕事やテレビドラマなども書くようになった。自分ではダメだと思い始めていたのに仕事は増える。
 その矛盾に悩んだ。
 状況の変化に疲れて……鬱になった。
 そしてロンドンに留学。
 今でも本当にロンドンには感謝している。あの一年で落ち着いたし、人間としても随分と成長した。
 
 戻ってきてからはかなり温和な性格になった。
 稽古場でもかなり優しい演出家だと思う。

 だけど……その頃からだよね。同情をひくような自虐を連発するようになったのは。
 なんだろ?
 自分の攻撃性を和らげる方法だったんだろうか?
 ま、何かしらの理由があってのことだと思うし、これからも劇的には変わらないと思うけど、そういう自分にも飽きてきた。
 
 自信持って書こう。
 そして自虐を減らそう。

 9日には締切がある。ここを乗り切らないとスケジュールが狂ってしまう。愚痴をこぼしている暇などないのだ。本当は京都に戻ろうと思ってたけど、そんな暇はないのでとにかく書き上げるまでは下北沢で頑張る。

 遠くをしっかりと見つめ、こらからガンガン面白いものを創ってやる。
 今度取材を受ける機会があったら、自虐なしで喋る。

 もしかしたら、次の稽古場ではメガネを投げるかもしれない。
 
 まあ、それはないね。
 人には優しくしよう。

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 このクマには意味はない。
 ただ、いつからか、この事務所にいるな、こいつ。
posted by 土田英生 at 04:48| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

解脱

 今日も1日、瞑想状態で過ごしてしまった。
 夜に人と会ったので、ご飯を食べることができたけれど、それまで何も口にせずにじっとしていた。昨日も全く同じパターンだった。このままでは生き仏になってしまう。

 私は悩み出すとしつこい。他のことが全く手につかなくなる。
 よくもまあ、自分のことについて、これだけ考えられるなと笑えてくる。
 だからこんな仕事してるんだけどね。
 自分が好きじゃないとこの仕事はできないね。
 台本を書いている時も、ずっと自分のことは考えてるし。
 そういう意味では私にとって適職だ。
 
 昔、ぴあ関西版で「自分好き」というタイトルでエッセイを連載をさせてもらっていたこともある。スイスイと書けた。自分のことを書いていればいいんだし。連載が終わった後には単行本になり、「自家中毒」というタイトルで出版してもらった。 けれど、その次に始まった「他人好き」という連載は苦労した。……自分ほどは他人が好きじゃなかったんだね、きっと。
 
 話がそれた。

 苦しんで考えているとフッと抜ける瞬間がやってくる。
 それを何回か繰り返すと少しずつ浮上してくる。昨日、今日とずっと考え続けていたおかげで、何度かそういう瞬間があり……執着していた考えが剥がれ落ちて行くのが分かった。
 
 解脱した。
 もう大丈夫だ。
 
 私は基本的に褒められて育った。
 そのことは親に本当に感謝している。
 ベースに自分への信頼を植えつけてもらったからだ。

 自分を信頼できないと悩むこともできないんだよね。
 悩むことができないと解決できないまま、無意識の中にいつまでも問題が残ってしまう。
 それが見えない形で自分を後ろに引っ張り、さらに自分を信頼できなくさせていくのだ。
 
 昨日、ブログは誰かに読まれるから難しいと書いたけど、今日は開き直って読まれる前提で書いている。

 劇作家だろうが、役者だろうが、つまり表現者にはコンプレックスがつきものだけど、最終的な自分への信頼がないとキツイんだよね。ベースに信頼がないと自由になれないのだ。固定概念も自分に対する信頼がないところから生まれてくる。

 まあ、けど、自分を信頼するというのは、とても難しい。

 どうしたって成長過程で刷り込まれてしまう。

 親から暴力を振るわれていたり、育児放棄されていたり、逆に過保護に育てられたりすると「自分を否定する子」になりやすいと、心療内科の先生から聞いたことがある。
 
 昔、よく読んでいた吉野弘さんの詩。
 詩集は全部持っていて、今でも時々パラパラとめくるのだけど、中に「奈々子に」という作品がある。

 一部を引用する。

 
「唐突だが奈々子
 お父さんは お前に
 多くを期待しないだろう。
 ひとが
 ほかからの期待に応えようとして
 どんなに
 自分を駄目にしてしまうか
 お父さんは はっきり
 知ってしまったから。

 お父さんが
 お前にあげたいものは
 健康と
 自分を愛する心だ。

 ひとが
 ひとでなくなるのは
 自分を愛することをやめるときだ。

 自分を愛することをやめるとき
 ひとは
 他人を愛することをやめ
 世界を見失ってしまう。

 自分があるとき
 他人があり
 世界がある

 お父さんにも
 お母さんにも
 酸っぱい苦労がふえた

 苦労は
 今は
 お前にあげられない。

 お前にあげたいものは。
 香りのよい健康と
 かちとるにむづかしく
 はぐくむにむづかしい
 自分を愛する心だ。」

 

 
 私は元気になってきた……はずだ。
 少なくとも自信は戻ってきた。

 流れにくかった浴室の配管も業者さんに掃除してもらったし、有料の大型ゴミも出した。
 iPhoneも新しいのに変えたのでカメラも使えるようになったし、近所にできた「餃子酒場」という店が意外に美味しいことも分かった。

 いいことずくめだ。
 締切も迫ってきているので仕事もしよう。
 生き仏になっている場合ではないのだ。

 いや、仏になろう。
 違うな。
 煩悩だらけで間違った人間だけど、仏のように人や仕事を愛そう。
posted by 土田英生 at 04:38| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

ブログで書くこと

 仕事柄もあるんだろうけど、とにかく文章を書くと気持ちが整理できる。
 それもあって、この「土田頁」は長く続いているんだと思う。
 私はしょっちゅう混乱する性格だし。
 とにかくここを更新すると落ち着く。
 情報発信などではなく、完全に自己救済の道具になってる。
 
 けど、ブログには「人に読まれる 」という前提がある。
 例えば腹が立つことがあって、それをそのまま書くと当事者が読んだら困るだろうなと想像してしまう。だから詳細をぼかしたりして書いたりするんだけど、そりゃ……分かっちゃうよね。
 なので、本当にプライベートなことなどは誰も読まないところに書いたりしている。

 でも、やっぱりブログに書いた方が整理できるんだよね。
 どうしてだろ?
 そもそもブログを書くとはどういうことだ?

 こうなったら今更ながら言葉の意味から辿ってみる。
 皆が知っていることだけど、web-logという言葉が詰まってblogになった。
 webはクモの巣という意味。
 インターネットが張り巡らされるいうイメージからwebと呼ばれるようになった。
 アドレスにあるwwwはworld wide webの略だしね。つまり世界に張り巡らされたクモの巣だ。
 で、logは航海日誌。
 最初はlogbookと呼ばれていたようだ。
 昔、船のスピードなどを計るのに、『chip log』という、木の切れ端を使った道具を用いていたので、航海記録をつけたものをlogbookと呼ぶようになったらしい。これは今調べた。

 だからblogは『世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に書く日記』だ。
 
 壮大に始まった割に「結局、最後は日記かよ」という感じだ。
 「誰にでも読まれる可能性のある日記」であることに変わりない。
 言葉を辿ったところで、新しい発見は何もなかった。

 問題はどうして読まれる可能性のある所に書きたいのかということだ。
 一つは……そうした可能性を考慮することで、客観的な視線を持てるということだ。
 感情だけで走れないので、自分の気持ちを整理するのに役立っているのかも知れない。
 そしてもう一つは、やはり読んでもらいたいからだね。
 けど、私のブログを読んだところで役に立つことは何もないしね。
 換気扇の油汚れを劇的に落とす方法とか書いてないし。
 世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に、中途半端な劇作家が、いつものような愚痴を書いているだけだ。

 仕方ない。
 今日も愚痴を書こう。

 人は一人では生きていけない。
 他人を必要をする。
 けれど、こっちが求めるものと相手が求めるものが違うと不幸になる。
 自分のことを正確に分かってもらおうとすればするほど悲劇は起きる。相手を追い詰めたくはないのに、結果的にそうなってしまう。それに……どんなに言葉を尽くしても、正確には伝わらないしね。
 
 昔、そのことを「悔しい女」という芝居に書いた。初演は青年座で高畑淳子さんに向けて書かせてもらったが、主人公の優子はまさしく私の姿だった。
 ラストになんとかして優子の変化を書きたいと思った。
 けれど、最後まで優子は変わらずに幕が降りた。
 方法が見つからなかったのだ。
 
 今日は1日中、人が変わるということを考えていた。
 他人を変えようとすることは傲慢なんだよね。だったら自分が変わるしかない。

 世界中に張り巡らされたクモの巣ようなインターネット上に書けるのはこれくらいだな。
posted by 土田英生 at 02:25| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

MONO『隣の芝生も。』

 本当は東京に行くつもりだったのだが、打合せが一日延びたので昨日の夕方から身体が空いた。
 朝から近所を散策。
 紅葉も終わりなので大悲閣に行った。
 家から歩いて15分くらいなのだが、坂がすごい。結構息切れする。

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 けど、紅葉も楽しめた。

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 この前、北海道で戯曲講座をやった時、担当の人から『Twitterの写真が妙にきれいですね』と言われた。
 写真が上手という意味ではない。
 けれど言いたいことは分かった。

 私のiPhoneはカメラが壊れている。
 なので写真を撮ってアップすることができないのだ。
 で、代わりに一眼レフをカバンに入れていて、それでしょっちゅう写真を撮っている。それをiPhoneに飛ばし、それをアップしているから、背景がボケていたりするのだ。
 ちなみに大悲閣に登る時、その手前の屋台で厚切りベーコンを食べたが、それもこんな風になる。

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 昼頃に家に戻ってお風呂にゆっくりと浸かった。
 そして午後からはMONOの次回公演『隣の芝生も。』の構想を練った。
 
 よく「最新作が最高傑作です」という言葉を聞く。
 気持ちはわかる。
 常に成長していたいし、今、考えていることが最も面白いことであるべきだからだ。
 けれど、と思う。
 やっぱりうまく行く時もあれば、そうじゃない時もある。
 あれは……なんだろうね。
 
 モチベーションの高さだという気がしている。
 もちろんいつだって一生懸命書いているつもりだけど、むしろ書き出す前にどれだけ高められるかが重要な気がする。
 
 今回の登場人物は10人。
 MONOでは多い方だ。

 MONOメンバーに加え、この前終わったばかりのMONO特別企画『怠惰なマネキン』に出ていた5人が出演することになっている。
 これは……去年から、いや、私個人としてはもっと前から密かに考えていたことだ。
 プロデュース公演ではなく、劇団ならではの公演。
 だから共通認識を持って作品を創りたい。
 5人とは12月からクローズドのワークショップを繰り返した。
 その流れで特別企画をやった。最初はあと二人に声をかけていたのだが、それぞれ事情があって離れちゃったんだよね……。
 
 5人とは12月にもちょっとだけワークショップをすることになった。
 公演を終え、また、MONOの本公演に向けて色々と補強する為だ。

 MONOがある意味で変わらず、それでいて新鮮に前に進む環境を作りたい。
 もっともっと面白くしたい。
 長くやっているだけの劇団にはしたくない。
 それこそ、最新作が最高傑作になるように、だね。
 
 『隣の芝生も。』は二つの話が別々に展開するけれどオムニバスではなく一本の話。
 ヒントになっているのはウッディアレンの『重罪と軽罪』。
 目指しているのは徹底的なウェルメイド作品だ。

 東京、名古屋、大阪を始め、何箇所かツアーする予定なので……みなさん、よろしくお願いします。

 消しゴムの写真を載せて終わろう。
 前に……誕生日にもらったヤツだ。

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posted by 土田英生 at 00:18| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

開くこと閉じること

 3日前は下北沢で眠った。
 一昨日は嵐山で眠った。
 昨日は下北沢で眠った。
 そして今は嵐山にいる。ここで眠る。
 本当は今日も下北沢に残ってもいいと思っていたのだけど、明後日は大阪から北海道へ移動だし、戻ってこれてよかった。

 一昨日、大阪でケラさんと「劇作バトル」をいうのをやらせてもらい、その時、久しぶりに関西で演劇をやっている皆と飲んだ。リーディングに出ていた人は京都の人が多かった。初めましての人もいたけれど、やっぱり私として落ち着く。

 けれど「私は京都の演劇人だ」と思ったりもしない。
 だいたい「演劇人」という言葉も嫌いだ。
 誰なんだ、演劇人って? そんなやついるのか?
 それにだ。京都に関して言えば、私は京都で生まれ育ってない。
 愛知県で生まれ、大学入学まではそこで育った。
 かといって「愛知県だ」とも思わない。

 開くことと、閉じることを考える。

 私は自分の悪口を言われれば傷つくし、腹が立つ。
 親の悪口を言われても多分腹が立つ。
 MONOの悪口を言われても腹が立つと思うし、メンバーのことを悪く言われてもきっと嫌な気持ちになる。
 もちろん、言い方の問題もあるね。
 極めて客観的に指摘されるならば、自分のことを言われても腹が立たないかもしれない。

 けれど、今、書いているのはそんなことではない。
 どこまでを自分だと思うかという話だ。

 ロンドンに留学していた時、イギリス人の友達とパブにいた。
 「日本人ってこういうとこあるよな」という話をしていた友達に、私は一瞬、「けど、イギリス人だって……」と反論しかけてやめたことがある。
 だいたい、日本人だって千差万別だ。
 大嫌いな日本人もいるし、大好きな人もいる。
 それはイギリス人だって、アメリカ人だって、中国人だって、男性だって、女性だって、つまり、そういうカテゴリー自体が人の良し悪しの判断材料にはならないということだ。
 もちろん国や地域によって文化や習慣に違いはあるだろうし、傾向としての差異は存在するだろう。
 だから雑談として「日本人はさ……」という発言は別に気にするほどのことではないのだとも思う。
 
 しかし私はこの時に驚いたのは自分自身の反応だった。
 「日本人はさ」と言われて「けど、イギリス人だって」という反応をしかけたことだった。
 明らかに私は自分=日本人だと規定していて、その発言を自分への攻撃だと受け取ったのだと思う。
 日本のパスポートを所持してロンドンに滞在していたし、多分、何かあったら日本大使館に駆け込んだりしたんだと思うし、国籍は日本にあるので私が日本人であることは間違いない。
 けど、日本人が私ではないのだ。

 人は個人としての自信がなくなると、自分が属するグループなどと自分を同一視し始める。
 「演劇人」「MONO」「男性」「日本人」「京都に住んでいる人」「愛知県出身」「O型」……これらはもちろんどれも私に当てはまることなのかも知れないけれど、こうしたカテゴリーを集めたところで私にはならないし、ましてや私は男性代表でも、O型代表でもない。あ、MONO代表にはなってるな。ああ、この文章の中では邪魔な事実だ。おいておこう。
 
 とにかく自分をカテゴリーに当てはめて閉じてしまうことはとても怖い。
 閉じてしまうと、当てはまらない人を敵対視して攻撃してしまう。
 ◯◯人はダメだというような言葉が出てくる。
 それが今の社会だね。

 開きたいね。
 そして開くためには自分という個を強くするしかないんだと思う。

 けどね。
 完全に開いたらバラバラになっちゃうしね。
 それでもできる限り開く。
 そして、個として人に対し、個として人を愛することができればいいなあと願う。

 そう言いながら、今日も京都に戻ってきて、京都タワー見るとちょっとほっとする自分もいるんだけどね。

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posted by 土田英生 at 02:51| 京都 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

調子に乗る。

 「怠惰なマネキン」が終了した。
 個人的にも色々と反省はある。
 これまで関わった公演の中で、規模は最も小さい部類だったけど、私にとっては密かに大きな区切りだったのだ。この一ヶ月くらいの間、ちょっとばかり色々あって随分と感情を消費していたからだ。
 けれど、千秋楽の公演を観ながら、自分の中で決めていたラインをクリアできたと判断したので、最終的には気分良く終わることができた。

 ただ、打ち上げの最後、なんだか微妙な空気になってしまい……翌日は気分の揺り戻しがきて落ち込んだ。自分のことは見えないけれど他人のことはよく見えるしね。まあ、この辺りのことはここで詳しく書くようなことではないな。

 昨日は事務所の片付けをしてからケラさんの台本『社長吸血記』と格闘した。
 今日行われた「劇作バトル」の準備だ。
 いやいや、難敵だった。
 話も理解できるし、つながりも分かる。おこがましく言わせてもらえば、どのようにして発想されたのかは掴める。もちろん、私にそれができるわけではないけど、同じ劇作家として、その作業の工程が感覚的には理解できるという感じだった。
 けれど、それをトークにするには『言葉』にしなければならないのだ。

 朝方までなんども読み返して、昼すぎに新幹線に乗った。
 久しぶりの関西。
 天満橋は一年ぶりだ。前回の「劇作バトル」以来だ。

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 会場に着くとリーディングをする関西の役者さんたちが練習をしていた。
 よく知っている顔もある。
 そして、よっこん、いや、横山拓也くんが待っていてくれた。彼はこの企画を3年連続で担当してくれている。頼りになるんだよね、この人。

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 脱線もしたけれど、私はとても楽しくトークをすることができた。
 ケラさんもとても協力的に話してくれたと。
 終わってから皆で打ち上げ。
 ケラさんが皆から写真を頼まれ……順番に撮られていて、まるで握手会のような様相だった。
 大丈夫なのかなと心配しながら私も撮ってもらった。

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 あ、『お風呂が入りました』という無機質な電子音が下から聞こえている。
 そろそろやめて、久しぶりにゆっくりと入ろう。

 明日の昼には家を出て、東京に戻る。
 ドラマの打合せなのだ。

 風呂から出て元気があれば、寝る前に次回のMONOの構想を練ろう。
 『社長吸血記』を読んだおかげで、ちょっとアイデアを思いついてしまったんだよね。
 
 あ、そうだ。
 今日のタイトルである『調子に乗る』。
 ケラさんが「土田くんのブログ、本にしたらいいのに」と、言ってくれたので調子に乗って更新しているからだ。
posted by 土田英生 at 01:43| 京都 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月21日

「怠惰なマネキン」最終日。

 「怠惰なマネキン」。
 5日間8ステージ。
 今日が最終日で、昼と夜の2回。
 これまで関わった中で最も小さな会場での公演だ。
 40人マックスなので、おかげさまで全ての回が前売完売になった。
 
 昨日は……演劇をはじめてから、“私にとって”初めてのハプニングがあった。
 詳細は省くけど、本番を中断するしかなくなったのだ。中断を挟んで最後まで上演はできたけど……うんんん……。改めてそのことについては書きたいというか、考えなければいけないなあと思っている。
 あの場面ではあの選択しかないと理解しつつ、それでも自分の判断が間違ってなかったのか、モヤモヤしたものが残っている。「Show must go on」が基本理念だったしね。
 
 最後まで協力的だったお客さんに対しては感謝しかない。
 理不尽なことばかりが目につく社会の中で、とても真っ当な人たちを目の前にして、私自身が多くのものをもらった気がする。
 
 とにかく、残り二回、うまく行きますように。

 10月からとにかく忙しい毎日が続いている。
 「怠惰なマネキン」はその合間に稽古をしながら書き進める感じだった。前回の更新でも書いたことだけど、台本のフィクション度合いが極めて少なく、私のフィルターを通した役者本人の姿を、こうなればいいのにという思いを込めて書いた気がする。
 だから内容も、やや若いというか、私自身にとってはすでに通り過ぎたことだったりする。
 
 ……そんなことないな。
 わかったような顔をしてても、人間、年齢ではそんなに変わらないし。
 若いメンバーに書いたという言い訳の中、自分の中に残るどうしようもない幼さを書いただけかも知れない。
 
 現に今だって、いろいろと考えて眠れず……だからこれを書いてるのだ。
 考えるねえ。
 なんで私はこんなに考えるんだろう?
 しかもコーヒーを飲んで、アーモンドを食べながら。

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 そもそも、私はどうしてこんなにアーモンドを食べるんだろう?
 本番中なのでお客さんが差し入れてくれたりして、アーモンドの供給が潤沢だということもある。
 けれど、普段でも私はずっとアーモンドを食べている。
 リスより食べていると思う。
 どうしてアーモンドをこんなに食べるのかを、アーモンドを食べながら考えている。
 「ベラベラ喋るのをやめる」という決意をベラベラ喋ってしまったことがあるが、それと同じような矛盾を感じるな。

 年内は細々とした仕事をしながら、ドラマの脚本を書き進める。
 同時に準備しないといけないのが、次回のMONOの本公演だ。

 タイトルも決まっている。

 『隣の芝生も。』

 3月に名古屋公演で幕を開け、東京や大阪、その他の場所でも公演を予定している。名古屋は愛知県立芸術劇場、東京が座・高円寺、大阪はABCホール。

 私のこれまでの作品はすべて『一杯飾り』だった。
 「杯」は場面のことで、「飾り」は舞台美術。
 だから一つの場所だけで進行するのが『一杯飾り』だ。
 今回はそれを変える試みをしようと思っている。
 二つの話が同時に進行し、それがやがて一つの物語に収斂していくようなものにしようとしている。だからセットも二つ必要なのだ。『二杯飾り』だ。

 『隣の芝生も。』というタイトルから、隣り合わせに存在する人たちの話だろうと推測すると思うが……それはその通りだ。裏切らなくて申し訳ない気持ちだ。

 MONO特別企画「怠惰なマネキン」に出演している5人も全員出演する。

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撮影/吉田朱里


 だいたい、この写真はMONOのサイトなどに載っている写真と同じような雰囲気で撮ったやつだし。

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 ……踏ん張って遠くを見ないと。
 そこに少しでも明るい景色が見えるなら、まだまだ歩けるしね。

 アーモンドもなくなった。
 少しだけ眠ろう。
posted by 土田英生 at 07:34| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月17日

「怠惰なマネキン」初日

 ドラマの脚本を書きながら、MONO特別企画「怠惰なマネキン」稽古という毎日。
 それも終わる。
 今日は「怠惰なマネキン」の初日だ。
 
 けれど、普段と雰囲気が違う。
 今回は劇場ではなく、ギャラリーでの公演だからかもしれない。創ったものを観せるという感覚になっていない。体験型イベントをやる時のような気持ちに近い。
 ……とか書きながらそんなイベントをやったこともないのにね。
 だから正確にはわからないけれど、まあ、やっぱり近いな、それに。
 
 会場が決まった時「これは普通にやってもダメだ」と判断した。
 40人の観客が座ったらもうほとんど演技するスペースはない。
 だからその「部屋」にお客さんも一緒にいるという形にしようと思った。
 それには工夫が必要だ。
 創ったものにしか興味がわかないので、お客さんと直接やりとりしたりするのが嫌いだ。
 うんんんん。
 
 マネキンが出てくる芝居なので、観客の皆を『部屋に置かれたマネキン』に見立てようと思った。

 
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 ……あまり説明するのも野暮なので、この写真で察していただければいい。
 
 だから芝居もストーリー展開ではなく、人がその場で話していること自体を芝居にしようと思った。
 皆がマネキンになってその様を横で眺めているという感じだ。
 手を伸ばせば触れられる距離で、役者たちは会話する。
 
 だから登場人物の像も本人に近づけた。
 今回のMONO特別企画をやっていることと地続きに「怠惰なマネキン」の世界があり、そして私というフィルターを通した本人たちがそれぞれの役になっている。
 
 演技はドラえもんの道具「もしもボックス」のようなものだと考えている。
 役に成り切るとかではなく、その身体、仕草、そのままで、条件が少しだけ変わったところに身を置いてもらう。と、本人でありながら日常の本人とは差異が生まれてくる。その差異こそが演技だ。

 けど、考えたら私はスタートからそうだった。
 もともと、書くことに興味もなく、役者がやりたいだけで劇団を作った。
 だから書く技術もなければ興味もあまりなかった。
 一緒に始めた水沼君を見ていて、(私が思った)彼なら言いそうな言葉を書いたのが、私の劇作のスタートだと思う。それは私から見た水沼像だった。それが少しずつ形を変え、「彼がこんな場所でこんなことをしたら面白い」という形に変化していき、フィクションの度合いがそれに連れて強くなっただけだ。奥村君にも尾方君にも、そして金替君にも同じことをした。
 今はあまりそんなことを意識してはいないんだけどね。
 でも、それゆえ、私がMONOで芝居を作る時、私が書く台詞の多くは、彼らへのメッセージだったり、私の思いを伝えるものだったりしてしまうんだと思う。ラブレターみたいなものなのだ。

 今回はまさにそういう作業だった。
 「怠惰なマネキン」に出ているメンバーは「俳優育成講座」で三年前に出会った人たちがベースだ。書きながらそれぞれのことを考えた時間だった。
 
 そろそろ出かけないと。
 狭い会場なので完売してしまっている回も多いんですが、21日の昼などはまだ入れますので。
 ぜひ、役者のフィクションとノンフィクションの狭間を体験してください。
 
 サイトです!

 昨日の稽古帰り。
 渡辺啓太がいないけど。

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posted by 土田英生 at 08:23| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

心理学マニア

 いつだったのかは忘れたが、フロイトやユングを読んでから心理学が好きになった。
 自分にとって必要だった。
 けれど、そこからは心理学を幅広く学ぶことには興味は向かわず、私の興味はもっぱら行動心理学や催眠心理学に集中した。

 そうした知識は、まさしく演劇の現場で役に立っている。
 MONO特別企画「怠惰なマネキン」の台本を書く時も、演出をする時も、久しぶりにそのことをかなり考えた。これがどういう結果になるのか、まだ見えないけどね。
 
 みなさん、お待ちしています。
 MONO特別企画サイト→
 出演者のインタビューや私のコメントなども載っています。

 明日も稽古。
 ああ、秋。

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posted by 土田英生 at 05:02| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

上がった分は下がる

 こんなものを書いている場合じゃない。
 締切を抱えているので、とにかく脚本を書かなければいけない。
 そんなことは重々承知している。

 けれど、このままではダメなのだ。
 明日の朝まで集中して書くことを考えると、とにかく自分の状態を整えることが優先だ。
 お酒を飲みたいけど、そんなことをしたら仕事ができない。
 なのでこれを書いているのだ。
 これはお酒の代わりだ。晩酌ではなく晩ブログだ。
 
 昨日、稽古を夕方からだと思い込んでいた。実際は13時からだったのだが、15時まで別の用事を入れてしまっていた。それを早く切り上げさせてもらい、1時間遅れで稽古場に向かった。両方に迷惑をかけた。
 
 そんなこともあり、移動中、ずっと考え事をしていた。
 気分が滅入った。
 稽古場に着いた時はちょっとだけ感情が乱れていた。
 けれど、稽古を開始すると気分が上向いた。テンションも上がってくるので急上昇して行く。
 
 これが私の問題だ。

 終わると……その反動がやってくる。上がった分だけ下がってしまう。
 だから稽古で元気を出せば出すほど、終わってから勢いよく落ちる。
 
 17時に稽古は終わったが、このままではまずいと思った。絶対に急降下すると自分で分かったからだ。なのでソフトランディングを試みた。急降下じゃなくて、優しく着陸しようという作戦だ。

 そこで皆に声をかけ、何人かとご飯を食べた。
 しかし……。
 「じゃあね」と言って皆と別れた途端にダメになった。

 身体の内側に広がる厭世的な気分。周囲の景色がモノクロになっていくような感覚。
 見事に急降下していく。

 ハイボールがいけなかったのだろうか? 一杯だけにしておこうと思ったけど、結局、4杯飲んだし。いやいや、それくらいでは酔わないはずなんだけどね。

 仕事ができる状態ではない。
 思わず知り合いの店に立ち寄り、さらに2杯だけ飲み、事務所に戻ってシャワーを浴び、そのまま二時間ほど眠ってみた。
 ……電話で起きた。
 仲のいい女友達からだった。
 最初は気をつけて話していた。考えていたのだ。元気を出したらダメだ。その分落ちるんだから。ゆっくりゆっくり……ソフトにソフトにだ……。

 気がついた時には元気に喋っていた。
 部屋を歩き回りながら電話している自分がいた。
 
 案の定、電話を切った後……ダメだった。
 パソコンには向かっていたが、全く集中できなかった。
 
 今日は稽古もない。
 だから朝から書いていたのだが気分は相変わらずだ。
 書いてはため息をつき、しばらく休んで、まずいと思ってパソコンに向かう。
 少し乗ってきたと思って書いていると、自分の台詞に傷ついたりする。
 そしてため息をつき、しばらく休んで、慌てて机に戻る。
 その繰り返しだ。
 なんだこの一人芝居フェスティバルは?
 しかも……そんなことしているから……。
 おいおい、気がつけば、もう夜になっているではないか?
  
 こういう時、誰かに話を聞いてもらったりして楽になるのが定石なんだと思うけど、私の場合はそれに効果がない。喋っているうちに、不必要に元気になってしまうからだ。
 問題はこの「不必要に」という部分だ。
 結局、一人になった時にはその分「不必要に」落ち込んだりするので逆効果だったりする。
 
 そういう意味ではお酒と似ている。酔っている間だけ楽になる。
 人前で喋っている時だけ楽になる。
 
 昔、病院でカウンセリングを受けた時だ。
 その時の気分はどん底だった。
 ま、どん底だから行ったんだけどね。

 診察室に入って、最初は普通に悩みなどを話していた。
 少しだけ面白くしてみたら横にいた看護師さんが少し笑った。
 すると私は調子に乗ってきてしまった。今、私がいかに悩んでいるのかを、とても愉快に話してしまった。
 最後には先生も微笑んでいた。
 どんどん気分がよくなった。話し終わった時にはイベントをやった後のような爽快感があった。
 「すっきりしました!」と、言いながら手を振って元気に病院を出た。
 
 けれど……。
 あの時も余計に落ち込んだことを覚えている。
 あれ、カウンセリングになってなかったんだよね。ただ、喋っただけだ。

 私はプライドが高い。
 正直な心情を吐き出してしまうと、自分の内側から逆襲される。
 だから正直には話せない。

 これでも随分と改善されたんだよねえ。
 昔はもっと我が強かったし。
 思い込んだら、それが世界の全てだった。

 そのせいで色々な物を失った。
 後悔と反省を繰り返し、少しずつだけど、他人の考えも受け入れられるようになった。
 そして、そのことが前よりは見えるようになった。
 失う前に考えるようになったからだ。
 これは進歩だ。うん、随分と進歩している。

 やっぱりこんなものを書いている場合ではない。
 仕事に戻ろう。
posted by 土田英生 at 21:51| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

自己嫌悪

 ブログやSNSの難しいところは、何かを書いた時、周囲の人に「もしかして俺のことか」と思われてしまう可能性があるところだ。腹が立ったことなどは、時間が経ってからなるべく分からないようにして書くことにしているが、これはなかなか難しい。

 特に文章などにすると、どうしてもニュアンスが削ぎ落とされて、はっきりとした意味が生まれてしまう。
 誤解も生む。

 話し言葉も同じだだけどね。
 一旦、発してしまったらもう戻せないのだ。
 相手を傷つけてしまえば、後でどんな言い訳をしようが完全に無しにすることはできない。
 時には景色を変えてしまう。
 
 そうなんだよね……。
 言葉にすることで、大事していたものを壊してしまう瞬間がある。
 後悔しても、いくら言葉をつぎ足しても……元には戻らない。

 すべての景色が変わってしまうことは、私だって耐えられない。
 猛烈な自己嫌悪。
 今の私は本来の状態ではないよね。その自覚はありながら、じっとしている訳にもいかない。歩みを少し進めるのに精一杯で、先が見えない方向に足を踏み出している。
 
 どこに向かいたいのか、それは私にも分からない。
 5メートル先しか見えない。
 だとしたら5メートルだけ進み、違ったら歩みを止めよう。
 
 私は無宗教だし、占いなども信じない。
 けど、時々、神が欲しいと思う。
 思し召しに従ってみたい。
 けど、そんなことはできないし。
 自分のプライドや欲望と闘いながら、判断をし続けることはとても苦しい。
 けど、それがまあ、生きていくこということだしね。

 そんな自分を抱えながら、今も台本を書いている。
 書くことで救われることもあれば、余計に苦しくなることもある。
 自分に都合いいものにならないよう、最大限の歯止めをかけながら、それでも出てくる台詞を書く。
 そこに何かしらが宿ると信じたい。

 ……今日はなんのこっちゃという内容になった。
posted by 土田英生 at 03:02| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月29日

なぜか連続で。

 しばらく全くここを更新していなかったのに、ここのところ三日連続で書いている。
 公演が近づいてきたので、宣伝をしなければという思いもあるし、自分の気持ちを整理したいのもある。
 
 高校三年間、私は日記をつけていた。

 小学生の頃からお調子者で、中学でもよく喋って、高校一年の時もクラスで一番騒がしいタイプだった。けれど……二年生の頭に突然、仲よかった数人から無視をされ始め、まあ、結構しんどい高校生活を送った。今は理由がわかる。何かにつけ「前へ前へ」と出る性格だったので、鬱陶しかったんだろうね。
 最後まで仲良かった子たちもいたけど、私のクラスは男子のみの19人で三年間一緒。しかも寮生活だったので、生活の中でそのメンバーの占める比重はとても大きく、それだけに辛いものがあった。

 その頃から私は日記をつけ始めた。
 現状の不満や、友達への苛立ち、やがて自分の悪いところを反省するようになり、そんな中で恋の悩みや、読んだ本の感想なども書くようになった。三年間でノート10冊くらいにはなっていたと思う。京都の家のどこかに残っているはずだ。
 ちなみに最初のノートを書き出した頃は、ちょうど悩んでいた時だったので、表紙になぜか「心」と書いてしまった。寮生活なので誰かに見られる可能性もあると思い、その後「心」という漢字に線を付け足して分からないようにした。結果、なぜか串にさししたおでんのようなイラストになった記憶がある。
 しかもじっと見ると「心」と書かれた部分だけ分かるという間抜けぶりだった。
 
 高校の時は日記を書くことで救われた。
 
 まあ、人が読むことを前提にしたブログとは種類が違うけど、それでも文字を書くと整理はできるね。

 現在、私は自分で勝手に自らを追い込んでいる気がする。
 これではダメだと頭では分かっているけれど抜け出せない。
 いろんなことが重なって……現状のままいることが苦しくなってしまっている。

 この前、MONO特別企画「怠惰なマネキン」で観劇三昧さんでイベントをやらせてもらった。iakuの横山拓也くんとの対談で「どんな俳優(特に若手)と仕事がしたいか」というタイトルだった。マネキン出演者も頑張ってくれたおかげで、雨にもかかわらず人も来てくれた。

 そこで「若手の定義は?」という質問が出た。
 「年齢ではなく、変われる素地を持っているかどうかが大事だ」というような答えをしたと思う。
 私はまだ変わりたい。
 だから自分の定義で言えば若手だね。
 
 この前、「私はまだ変われるだろうか?」と、書いたのはそういうことだ。

 大体、三十歳くらいまでには人は自分の価値観が固まってしまう。
 そして一度固まった価値観や性格で、人生が決まっていくといっても過言ではない。
 井上ひさしさんが、何かの対談で「性格は運命です」と言っていたけれど、私も全く同意だ。だから上手くいく人はスイスイ進むし、何をやってもつまづく人も出てくる。
 
 けれど。
 いつも書いているけれど、考え方と行動だけは変えられると信じているんだよね。ある時はスイスイ進んできたけれど、つまづくことも多かった。つまずいた時には、考え方を見つめ直し、それで突破してきた。

 だから今、私は再び考えている。
 その確認の為に書いているのかもね。

 「怠惰なマネキン」は二十代から三十代のメンバーの話ですが、こうした私の迷いが色濃く出てくる作品になっている。なんだか、青い感じだ。
 けれど、私もまだ若手なんだし、大丈夫だよね。
 
 みなさん、見に来てくださいませ。

 MONO特別企画サイト→⚫️
 
 
 
 
posted by 土田英生 at 07:26| 東京 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月27日

たまには楽しいことを。

楽しいことを書こう。
というより、どうでもいいことを取り留めなく記そう。

昨日は朝まで脚本を書いていた。
締切りが朝の6時になっていた。本当は前日の夕方に終わらせたかったけど、まあ、無理だろうなとは分かっていた。
結局、書き終わったのは朝の5時だった。
それから他のことを済ませて、9時過ぎに横になった。完全なる昼夜逆転だ。
しかし、考えごとをしていて中々寝付けず、眠ったと思ったのに昼過ぎに目が覚めてしまった。
ブログを更新してみた。
で、夕方からは打合せ。
打合せは3時間ちょっとで終わった。
今、一緒にやっているプロデューサーは私と同じくらいよく喋る。
そしてテンションも似ている。
考え方も似ているんだよね。今日も雑談中、お互いの美学について話し合ったりしたけど、うなずく部分が多かった。
彼もあれだけONの時が明るいとすると……一人の時はかなり暗いはずだ。

だからいつも話し合いはトントン拍子に気持ちよく進む。
今日も提出した脚本の打合せは1時間くらいで終え、次の話を考える。
ああだこうだと2時間話したところでストーリーなどが見えてきた。なので、そこで打ち切って後は私が書いてみるという話になった。こんなに短いのってあんまりないんだよね。しかも合間にかなり関係ない話もしてるのに。

けれど、まだまだ道のりは遠いね。詳細は書けないけれど、とにかく今終えた分の5倍くらいはまだ書かなければいけないのだ。世界観は掴めてきたように思う。だから後はその中でどういう風に遊べるかだ。

予想より早かったので、帰りに渋谷で降りてブラブラした。
本当はお酒が飲みたくて仕方なかったんだけどね。誰かを誘って少しだけ飲もうかとも考えた。けれど、そうすると夜に書けなくなってしまう……。
迷った。かなり迷った。
いや、実際に誘ったけど、その人は都合が悪かった。じゃあ……と、別の人を探しかけたけれど……我慢してみた。

我慢しただけで、すごく頑張った気分になった。
ご褒美が欲しくなった。
なのでコーヒーメーカーを買った。
前に使っていたのが、数日前に突然壊れたのだ。
私は常にコーヒーが横にないと落ち着かない。
書き物をする時はノート、ペン、パソコン、コーヒー、タバコ、素焼きアーモンド、カカオ86パーセントが現在の必需品だ。

揃えてから事務所に戻り「怠惰なマネキン」を書いた。
そうなのだ。これもまだ終わりまでいっていないのだ。

今、大体、1時間弱くらいある。
狭いスペースでの上演なので1時間20分くらいにしようと思っているのだが……。
それにしては1時間であんまり話は進んでないね。稽古を見てると長くは感じないんだけどね。
この辺りではっきりした展開を見せないとダメだな。

今回はわざと全くプロットを立てずに書いている。
役者の演技を見て、稽古をしている間に先の展開を思いつく。それを書いて稽古して……その繰り返して進めている。もちろんモチーフは決まっているんだけど。

ただ、今日はそんなに進まなかった。
一旦眠って、稽古までまた続きを書こう。

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楽しいことは書けなかったね。
ま、いいや。
posted by 土田英生 at 06:02| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

フェイドアウト

 段々に消えていくのがフェイドアウト。
 突然、切れてしまうのがカットアウト。
 音響や照明の打合せで「ここはフェイドアウトにして」などと、私もしょっちゅう使っている。

 これまで年齢を気にしたことがなかった。
 35歳の時、楽屋で水沼くんに「俺は大人か子供かどっち?」と聞いて、とても淡々と「大人」と答えられたことも覚えている。
 当たり前だ。大人だ。彼が正しい。
 
 正直に言うと自分の中では今もあまり思いは変わっていない。
 だから「将来何になろうか」と、高校生のように想像することもある。
 この前は学校の先生になりたいとぼんやり思ったりした。
 ストレスが溜まると前髪を引っ張る癖があるが、それも大人になったらやめようと心に決めたりした。

 けれど、冷静に考えてみると違う。
 私は学校の先生にはなれない。絶対に無理だとは言えないけど、まあ、ならない。
 前髪を引っ張る癖も直らないだろう。

 この先に対する、前向きな変化ばかりを期待して生きてきた私としては、その事実に気付いて愕然とする。
 女性でも男性でも、年齢を重ねてから年下の人と一緒になったりする人がいるが、なんだか気持ちは理解できるね。もちろん好みの問題もあるんだろうけど、それ以前に、まだ自分は大丈夫だと確認したい欲求も隠されているのかも知れない。

 この前、ワークショップで知り合った高校一年の子と喋っていた時だ。
 その子が「私と友達になれますか」と聞いてきた。
 私は「なれるんじゃないの? ◯◯ちゃんも俺もそう思えるなら」と、答えた。
 
 その話をしている時は清々しい風が吹いた気がした。
 
 けれど……やっぱり先のことを考えると暗澹たる気持ちになる。
 自分のことだけじゃなく、取り巻く環境を思う。
 10年前には想像できなかったような速度で、とんでもない方向に進んでしまっている。
 政治がこうなっているのは、政治家だけの問題じゃない。
 むしろ私たちの社会全体を覆う空気こそが厄介だ。
 人々は政策などの良し悪しで政治を見ていることをやめてしまい、ただの代理戦争になってしまった。
 こうなると、もう自分に都合の悪い意見は耳に入らない。
 自分と考えの近い人だけで集まり盛り上がる。そして立場の違う相手を攻撃する。

 自民党がいいとか悪いとか、そんな次元の問題じゃないのにね……。

 私はもともと演劇しながら楽しく暮らし、まあ、選挙にはいくけど、あとはブツブツ文句だけ言いながら「のほほん」としていたいのだ。それを保証してもらいたいから税金を払って、選挙で政治家を選び、後はうまく頼むよという感じだったのだ。
 民進党政権の時だって、愚痴を言っていたし、どこが政権を担当していても嫌なものは嫌だ。

 私が怖いのは、実際に進められている政策なのだ。

 演劇をやっている身としては、新共謀罪が決まった時にも怒りと不安を感じたけれど、これで緊急事態条項なんかできた日には……。
 ああああ。
 いやだ。

 個人的なこと、社会のこと、様々なことが絡み合って、楽しくしていたい私の邪魔をする。
 フェイドアウトしたい気分になるよね。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 言葉の無力を思い知る。
 まさに、今は、言葉の力がどんどん失われて行っている。
 
 これは仕事としても困るんだよね。
 台詞をベラベラ喋らせて話を組み立てる私としては、どうしたらいいんだという感じだ。
 演出をしててもよく喋るし。
 個人的な付き合いでも、他人とコミュニケーションを行うツールとして、完全に言葉に頼っているしね。
 困るのはなるべく正確に伝えようとすればするほど回りくどくなることだ。
 哲学書とか分厚くなるのは仕方ないんだよね。『時間には逆らえない』という一文を書こうと思っても、『そもそも私の考える時間の概念は……』とか、いちいち説明していくわけだから。
 
 けれど、いくら正確に話したところで、伝わらなかったら意味はない。
 そのことを改めて知った。

 だから考え、自分を見つめ直す。

 けれど、性格は一生変わらないと諦めている。
 人前ではしゃぐことも、調子に乗ってしまうことも、意味なく身体を動かしてしまうこともきっと変わらない。変えられるとしたら考え方だけだ。

 しかし、変えようとする私を、自分のこれまでの好みが邪魔してくる。

 いつからか、正月には必ず福袋を買うようになった。
 すると自分では絶対に着ない服が入っている。
 それを無理やり着るということをここ数年実践している。
 鏡を見て「え? ありえない」と思ったりするのだが……意外にも人から似合うと言われたりすることが多々ある。それを繰り返すことによって、自分の好みも変化していく。

 私はまだ変われるんだろうか?
 フェイドアウトしてしまう代わりに、クロスフェードしたいね。
 新しいものが出てくるように。

 朝まで脚本を書いていて、16時から打合せ。
 それまで寝ようと思ったのだが、考えていて眠れなかった。
 時間が余ったので、本当は公演の宣伝をしようとこれを書き始めたのに。
 思いの外、長くなってしまった。

 そろそろ準備をして出かけなくてはいけない。

 ドラマの仕事に追われながら稽古は毎日している。

 MONO特別企画『怠惰なマネキン』
 →サイト

 チケットの少なくなっている日もありますのでよろしくお願いします!
 
 さっき、出演者の一人から「昨日の稽古は興奮しました」という前向きなLINEをもらった。
 だったら、まあ、全力でやるしかないしな。

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posted by 土田英生 at 14:25| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

子守ブログ失敗

 広島に滞在して、アステールプラザの演劇学校の稽古中。
 明後日が試演会。
 今回やるのは『ヒヤクモノガタリ』。
 参加者それぞれに自分のエピソードを書いてもらい、それを百物語のように順番に語って行く。
 基本的に私は会話主体の物しかやったことないので、戸惑いも満載だ。

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 これは担当の金沢さんが撮ってくれてた写真だけど、なんだか、自分の姿にも戸惑いが見えるね。
 いや、無駄話をしているだけかも知れない。
 今年は大学生とかも多い。
 高校一年もいるしね。
 楽しい。
 けれど、喋っていて、例えにちょっと困ったりする。
 無理して『けものフレンズ』で例えようとして諦めたりしている。
 慣れないことはしない方がいい。
 今日は結局、例えが『生活笑百科』になってしまった。
 
 明日は一日中稽古。
 明後日の15時から試演会だ。

 ……書いていいのかどうかわからないけど、この俳優コースを担当するのは今年で最後にさせてもらおうと思っている。

 最初は4年前。
 演出コースの講師に呼んでもらった。その時は私の書いたテキストを三人の演出家がそれぞれ上演。私はオブザーバーのような形だった。それをやっていて、もっと直接何かを伝えたいという衝動にかられた。で、翌年から今年までの3年間は俳優コースを担当させてもらった。毎年、それぞれに楽しい。演出コースの一本に出演し、さらには翌年の俳優コースに参加していたのが、MONO特別企画「怠惰なマネキン」に出演する立川茜さんだったりする。

 これだけやっていると顔見知りも増えるし、友達もできる。
 当然のことながら広島にも思い入れが生まれる。

 自己確認の為だと思うけど、私は『誰かの力になっている』と錯覚することでモチベーションが上がる。
 作品を創りたいという欲求はもちろんあると信じているけれど、その根本を突き詰めて行くと怪しい部分があるんだよね。
 どうも……そこには人がいる。
 人からの求めに応じて、自分の何かが左右されるのだ。

 だから関係が近くなると思いは濃くなり苦しくなる。
 もっと関わりたいという気になるんだけど、同時に、責任は取れるのかという疑問も湧く。

 だから離れた方がいいんじゃないかと考えたりするんだよね。このまま続けたら、そのうち広島に引越したくなるかも知れないし。

 同じ人が同じ場所で、あまりに長い期間アレコレするのも弊害があるしねえ。

 こんなこと書きながら来年も関わってたりするかも知れないので、このあたりで控えよう。

 つい三日前までは香川の坂出にいた。こっちは三日間で短い作品を創った。
 坂出も三年連続だった。
 やはり思い入れが生まれてしまった。
 なんなんだろ、これは?
 浮気性なんだよね、結局。
 その場所、目の前にいる人、そこしか見えなくなってしまう。

 坂出と広島の間。
 1日半だけ京都の自宅に戻った。
 けれど、締切があったのでずっとパソコンに向かっていた。いや、知り合いの女優さんが京都にいたのでちょっと散歩してお茶したけど。
 だけど、あれで随分と救われたし。必要な時間だったよね。
 
 と、言いながら……締切には間に合わず広島にまで原稿を持ってきてしまった。
 
 移動が多いと本当に面倒だ。
 ゴミ出しに苦労するし、今回は選挙だ。
 不在者投票の為の書類を送ったりしないといけなかったし……ああ、面倒だ。
 こんな忙しい時に、意義の曖昧な選挙。
 いい加減にしてくれと思う。
 ……そりゃ、投票はするんだけどね。

 本当、このまま進んだらどうなっちゃうんだろ?
 右とか左とか、保守とか革新とか……簡単に立場を決めて、脊髄反射で言い合うだけじゃなく……本当、自分たちの未来がどうなっちゃうのか、冷静に想像してみないと。

 ああ、こんなこと書いてないで眠らないと。
 さっきまで脚本を終わらせようと躍起になっていたが……無理だった。
 しかも眠ろうと思って横になっても目は冴えたままだし。
 
 書いてたら眠たくなるかもと思ってこれを更新してみたけどダメだね。
 子守唄のようにはいかない。子守ブログは失敗だ。
 
 疲れているせいかのか、それとも、いろんな場所で、様々な人への思い入れが生まれたせいか……。

 これまで当たり前に思っていた考えや人間関係、他人や物への感情が、自分の内側で違う顔を見せる。これはこれで戸惑うんだよねえ。急に冷静になってしまったりして。
 
 どうも私にはこういうところがある。
 突然、気付いてしまう。「あ、そういうことか」と思った瞬間に景色がすっかり変わるのだ。
 これまでだって、いきなり大学を中退してみたり、突然留学を思い立ったり、人と別れたり、これまでの生活を変えてみたり。

 眠ったらもとに戻るかも知れないんだけどね。
posted by 土田英生 at 03:41| 広島 🌁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

アンパンマン気分

 今は香川の坂出にいる。
 前回の更新の時は京都にいたらしい。
 書くのも久しぶりだしね。

 あれから広島へ行き、広島からは東京に向かった。
 東京から香川にやってきた。このあとは京都に行き、広島に行き、そして再び東京だ。
 
 詳細は書けないがドラマ脚本に取り組んでいる。
 環境はよく、とても気持ちよくやらせてもらっている。
 だから、きちんと書かないと申し訳ない。
 気力だけは充分なのだが、いかんせん時間が不足している。

 ここにも何度も書いたけど、基本的に同時に色々なことができないので、かなり混乱してる。
 
 MONO特別企画「怠惰なマネキン」の稽古も始まった。まだ台本は3分の1。
 昔、MONOで上演した「なにもしない冬」と同じモチーフで書いているが、それは自分の中での話で、実際はまったく別の作品だ。新宿眼科画廊のスペースOという、とても小さなスペースでの上演になるので、それに合わせたものにしている。舞台と客席も分けず、そのスペースで行われる人々の会話や行動を、一緒に体験してもらおうと思っている。→「怠惰なマネキン」サイト

 それに合わせて観劇三昧でイベントも行わせてもらうので、ぜひ、みなさん来てください。
  公演直前のiakuの横山君と「こんな俳優(特に若手)と仕事がしたい」というタイトルで喋ります!
 
 『月一観劇三昧/下北沢 土田英生と横山拓也の「こんな俳優(特に若手)と仕事がしたい』
 
 まあ、この告知の為にこれを更新しているんだね、きっと。
 これ、もう10日もないし。
 「きゅうりの花」のトークイベントをした時、告知が遅く、あまりにアットホームすぎる環境になった。一緒に喋ってもらった諏訪君にも申し訳なく思った。今回も急に横山君にお願いした。だから……なんとかみなさんに来てもらわないとと願っている。
 ああ、心配だ。
 観劇三昧さんでは小説に関するトークイベントもさせてもらったことがある。
 あの時はそこそこお客さんは集まってくれたけれど、それでも台風が来ていて予定人数より少なかった記憶がある。いや……私に皆を集める力がないだけだけね。

 ああ、本当に頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 今日は坂出でワークショップ初日。
 明後日、発表があるので作品の形にしないといけない。明日は演技の講座のあと、別枠で戯曲の講座も入っている。15日には広島でアステールプラザの演劇学校の試演会もある。
 東京に戻ってMONO特別企画もある。
 ドラマの脚本もある。
 本当は小説も書き終わっている予定だった。
 来年のMONOの公演の台本もある。

 ……その上だ。

 とにかく日々のニュースや社会の動きに、恐怖心を感じながら過ごしている。
 衆議院解散からの一連の動きは……不条理劇を見ているようだった。
 目の前で起きていることが信じられなかった。
 解散理由を本当のところ誰も信じていないにもかかわらず、それをあたかも前提として選挙に突入していくこの流れについていけない。土台がないところに家が建って行くのを眺めるような感覚だ。さらに不条理劇は続いた。民進党のゴタゴタもそうだしね。次々と柱が倒れていく。

 台本を書く時だって、まずは設定が大事で、その設定にリアリティーを与えられなければ、そこから話を組み立てられない。だから私はいつも最初のシーンを何度も書き直すのだ。土台があるから、ずらしたりすることで笑いやドラマが生まれたりする。

 けれど、もう、何を基準にしていいのかわからないね。

 本当、ここ数年、発する言葉の価値低下は凄まじく、それが一気に加速している感じだ。
 みんなどんな気持ちでセリフを書き、どんな顔で稽古場でダメ出ししてるんだろう?
 まあ、私もやってはいるんだけど。
 頭の中に雑音が響くよね。
 
 イエローモンキーの『JAM』は、価値観を保てなくなった状態の人が、信用できる存在である『君』に会いたくて、明日を待ってるというような歌だ。……と思う。

 あんな気分だ。

 一生懸命、そういう身近な人の顔を思い浮かべ、手を伸ばしてみる。
 まあ、それだって思い通りに行かないけどね。
 こっちが求めているようには、他人は与えてくれないし。
 まあ、孤独としっかり向き合い、自分を補強して踏ん張り続けるしかないんだとは思うんだけど。けど、手綱くらいは欲しくなっちゃうんだよね、どうしても。
 
 観劇三昧でのイベントを告知しようと思って書き出したのに。
 これじゃ、ダメだ。
 
 私は人の前に出ると、自動的に元気100倍アンパンマンみたいになるので……ま、一生懸命喋るんだけどね。
 
 けどさあ、アンパンマンも大変だよねえ。
 だって、自分の顔すら新しいものに変わっちゃうんだから。
 きっと不安だと思う。この頰すら、この目すら、自分のものだと思えないんだから。
 アイデンティティーとかどうやって保ってるんだろ?
 だから「愛と勇気だけが友達」なんだよね。そう思ってないと、きっと存在できないんだと思う。
 
 ああ、そういう意味でもアンパンマン気分だ。
 
 わからないまま終わる、そんなのは嫌だ!
posted by 土田英生 at 05:36| 香川 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月13日

僕の京都日記

 京都にいる間は執筆時間に当てようと決めていた。
 だからほとんど人とも会っていない。
 なのに、なのに。
 思ったようには進んでいない。
 すでに10日も経っているのに。

 毎日、掃除して洗濯してご飯を食べて……空いた時間はパソコンの前に座っているのだが、時間だけがすぎて行く。
 
 静かすぎるのも問題だ。
 刺激がない。

 「きゅうりの花」のキャスト達は終わってすぐにそれぞれ別の現場で忙しくしている。
 金替くんは壁ノ花団、諏訪君はヨーロッパ企画、千葉さんは「関数ドミノ」、神田くんは「OZMAFIA」、内田さんは「僕の東京日記」、啓君は自身で監督した映画「この凹にハマる音をちょうだい」の上映。
 
 啓くんの映画だけ観られたけど、神田くんは終わってしまった。
 「関数ドミノ」とヨーロッパ企画はこれからなので観られる。壁ノ花団は通し稽古をみせてもらうつもりだけど……やっぱり本番を観たい。
 
 そうだ。
 内田さんのも行けないんだよねえ。
 「僕の東京日記」は内田淳子さんだけでなく、大分のワークショップで一緒だった平嶋さんも出ているし。
 それに、永井愛さんの作品の中でも、これは私のお気に入りの戯曲なのだ。
 だからなんとかして観たかったんだけど。

 あ、そういえば愛さんの手帳カバー作らないと。
 前に作ったやつはサイズが合わず、すぐに作り直しますと言ってから、随分と時間が経ってしまっている。

 埋め合わせに公演の宣伝でもしてみよう。
 ブログのタイトルも似せてみた。
 15日からキラリふじみです。きっと面白いので皆さん行ってください。

 サイトはコチラ→

 昨日は久しぶりに人に会った。
 随分、会ってなかった人と、これまたご無沙汰のお気に入り焼肉屋さんに行った。
 昔、偶然入ってからファンになった店だ。
 それ以来、焼き肉は京都ではここしか行ってないくらいだ。
 「熟撰近江牛 SEJONG」という店だったのだが……行ってみたらない。
 焼肉屋さんではあるけど「牛力庵」と書いてある。
 うわ、なくなってしまった。
 と、焦ったけど……どう見ても店の感じはそのままだ。
 おそるおそる店に入った。
 ……顔を見たことのある店員さんもいたし、店長さんが出てきて「お久しぶりです」というので安心した。店名が変わっただけだったようだ。

 いやあ、本当、美味しいんだよねえ。
 昨日も……満足だった。

 今からは打合せだ。
 出かける準備をしないと。
posted by 土田英生 at 14:20| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月08日

Twitterの隙間

私もTwitterをやっている。

このブログも連携していて、更新されるとTwitterに流れる。ブログにはコメント欄などを設けていないので、文章に対する感想もTwitterのリプライでもらったりする。

3日に広島から京都に移動してきて、その日の夜、ブログを書いた。
それから2日間、更新していない。

Twitterでは時々何かを書いていた。

その断片をつなぎ合わせてみよう。

4日の12時56分。
私はこんなTweetをしている。

“別の家のインターホンだったのか……。慌てて一階まで降りてドアホンのボタンを押し「はーい」と返事してたのに。どうりで誰も映っていないはずだ。相手のいない切ない返事が道に響いていたんだろうね。”


東京から広島に移動する前日、京都に送る荷物を出した。
時間指定は4日の14時から16時。
しかしTweetは12時56分。
まだ、来るはずなどないのだ。

私は荷物が届く日はいつも緊張している。
仕事部屋も寝室も2階。だから返事が遅くなって不在だと思われたらどうしようと心配になるのだ。だいたい、下北沢にいる時ですら、寝ていて不在伝票を入れられたりすることがあるのだ。再配達してもらうのは申し訳ないし、今、運送屋さんでは再配達が大問題なのだ。こっちも指定した以上、きちんと受け取らなければいけないのだ。

この日も、寝不足のまま待っていた。
眠たい……。
けれど万が一眠ってしまったら荷物を受け取り損なってしまう。
だから必死で踏ん張っていた。
で、ドアホンが鳴る音が聞こえたのだ。
確かに異様に小さな音だった。
けれど、私には迷いはなかった。すごい勢いで階段を降りた。降りている間も「はーい! 今、行きます!」と叫びながらだった。

そしてキッチンにあるドアホンのボタンを押し「はい!」と元気よく返事した。
……しかし誰もいない。
「はーい……」
もう一度言ってみた。
ドアホンのモニターにはただの道が映っている。
家の前ののどかな風景。
人影もない。
……どうやら別の家だったようだ。
それで上のようなTweetをしたのだ。

荷物が届いたのは結局16時前だった。
急いで荷物を出す。
そこにはカメラのレンズや三脚などが入っていた。

なぜ、こんなに焦っていたのか?
実はこの日、壁ノ花団の稽古場写真を撮ってくれと頼まれていたからだ。だからどうしてもレンズと三脚を受け取らなければいけなかったのだ。

17時から制作の垣脇さんとミーティング。
来年の仕事のことなどを話し、そのまま京都芸術センターへ。
稽古を見させてもらい……素人ながら頑張って写真を撮った。

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出演者の一人、匿名劇壇の松原由希子さん。
MONOにも「ぶた草の庭」「裸に勾玉」「ハテノウタ」と連続して出てもらった女優さんだ。

稽古終了後、キャストの皆と「清水家」へ。

痩せたいという水沼くんに、諏訪師匠から伝授された「低糖質ダイエット」を教えた。
もちろん私はビールも我慢し、大好きな小芋も食べなかった。家でもビールを我慢しているという話になった時、「糖質ゼロのビールとか飲んだらいいじゃないですか」と金替君がアドバイスをくれた。その手があったなと今更ながら気づいた。

稽古を見せてもらった箇所は断片だけだったけど、それでも面白かった。
その帰り、電車に乗ってTweetしたのがこれだ。
4日、23時13分だ。

“壁ノ花団「ウィークエンダー」の稽古見学。微妙なニュアンスで攻める言葉選びに笑ったね。役者さんもみんないい。”

風呂から出ると、そのままベッドに直行してぐっすり眠ってしまった。
なんせ寝不足だったのだ。
しかも……翌日、5日の昼頃まで寝てしまった。荷物の届く予定もないし、ゴミ出しの日でもないので安心して眠ることができた。

あ、そうだ。
ちなみに「ゴミの日」の前日も私は緊張する。
周りの皆は朝の8時から9時くらいに一斉に出す。だからその時間に私も出さなければという重圧に苦しんでいるのだ。7時とかなら問題ないと思うのだけど、前に一度、持って出てみたらまだ誰も出していなかったので持ち帰ったこともある。あの時は待っている間に眠ってしまい、起きた時には出せなかった。

京都の“近所の目”はなかなか手強い。

実は……今日もゴミの日なのだ。
だから頑張って起きているのだ。
これを書いている理由はまさにそれだ。

とにかく5日は昼過ぎに起きて、そこから机に向かった。
ドラマの構想を大まかに立てて行くのだが、なかなか捗らない。
すぐに机を離れ、ベッドに転がってしまう。
それでもなんとか少しだけ考えた。

だけど、本来はそれを終えたら、MONO特別企画「怠惰なマネキン」の箱書きまで済まそうと思っていたのだ。

全然ダメだ……。
これでは「怠惰な私」だ。

夜、ご飯を食べてからは……ますますやる気が出なくなった。
一件電話があるかも知れなかったので、仕事に取り掛かるかどうか迷った。乗って来た時は一気にやりたいと思ったのだ。なんとなく待ちながら時間は過ぎてしまった。

そういえばメールの返信もしなければ……。
メールの返信だけ3通済ました。

そして5日、22時30分に次のようなTweetをしている。

“メールの返信を3件しただけなのに、今日の仕事をすべて済ました気分になってしまっている。”

この日は電話がないとわかったので、夜中になってから机に向かった。
ドラマは少し進んだが、「怠惰なマネキン」の方は手付かずのままだった。

翌日、朝、トイレに入ったらトイレットペーパー残りわずかだった。
買いに行かなければ。

嵐山は買い物するには不便だ。しかも、今は車もない。
行動はバスが電車になる。
面倒くさい。
買い物は……明日にしよう。

午前中、掃除などを済ませ、昼から「怠惰なマネキン」に取り掛かった。
……思いつかない。
ダメだ。ああ、もう、自分の能力のなさに嫌気が指す。
午後になっても全然ダメだった。

私はやっぱり出かけることにした。
トイレットペーパーも買いたいし、糖質の少ない食材も買わないといけないし、アーモンドも必要だし、金替君の勧めに従って糖質ゼロのビール的なものも欲しい。

どうせなら外で仕事しよう。

考えた挙句、私は昔住んでいたマンションの近くまで行くことにした。
スーパーもある。そして何より、一時期、頻繁に通ったカフェがある。

あそこで一度、驚異的にものが書けた記憶があるのだ。

あの時、MONO「なるべく派手な服を着る」を書きながら、同時並行でドラマ「斉藤さん」も書いていた。
それだけでも限界だと思っていたのに、当時のフジテレビのプロデューサーから電話があり、「ロスタイムライフ」というドラマを1話分書いてくれと頼まれた。
事情を聞いて引き受けることにしたのだが……初稿を3日後に欲しいという。
資料などをデータで送ってもらい、私はそのカフェに行った。
そこで40分くらいで構想がかたまり、私は翌日には脚本を書き終えた。そして、それはなかなか満足の行くものだった。

あそこに行けば書ける気がする。

バスに乗って「南広町」まで行った。
買い物を済ませ、私はそのカフェに入った。内装はきれいになっているが雰囲気は変わらない。
いつも頼んでいたカフェオレを注文する。

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16時2分のTweetはその時のものだ。

“7年前まで住んでいたマンションの近く。いつもノートを広げに通っていたカフェに来た。ここなら思いつくはず。”

そこから30分。
ノートはどんどん文字で埋まる。
そして……。
「怠惰なマネキン」の箱書きが終わった。

16時37分に写真付きでTweetしている。

“アイデアはまとまった。やっぱりこのカフェに来て正解だった。”
 

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もうこうなったらすぐにパソコンに向いたい。
私は構想はノートでしかできない。
まとまれば台本はパソコンで打つが、なぜか外では書けないのだ。
早く帰りたい。けれどバスなので時間を調べなければいけない。
市バスがどこを走っているかをアプリをひらいて見てみる。
それが16時45分。

“家に戻って台本書こう。カフェはバス停の目の前なので、これ見ててバス来たら出る。便利な世の中だ。

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家に帰って台本を書いた。
買ってきたトイレットペーパーを収納しようと戸棚を開けたら、そこには大量のトイレットペーパーの予備があって軽いショックは受けたけれど、それでも台本は進んだ。

その日の夜、ベッドに入って嫌な夢を見た。
今日の朝、起きて……そこからは気分がダウン気味だった。

一日中、机に向かって書いてはいたけど、他のことを考えてしまう。
これから先のこと、そして人間関係のこと、などなど。
気がつけば夜になっていた。

今日の21時52分。

“考え過ぎて気持ちが滅入って来た。これじゃ逆に書けないよね。こういう時、下北沢だと少しぶらっと出来るんだけど。嵐山は今日も真っ暗だ。”
 


何かしよう。
気分転換にはクラフトだ。
私は何かを作るのが好きなのだ。木工も好きだしレザークラフトも好きだ。
けれど、革は時間がかかるし、夜なので木工を一からやる訳にもいかない。
前にコーヒーのメジャースプーン掛けを作ったのだが、色がちゃんと塗れてなかったので、それをすることにした。すぐに終わった。かかった時間は20分。

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全く気分転換にならなかった。
時間が短すぎたようだ。

私は模様替えを始めてしまった。
タンスを移動し、食器棚を移動し……。
これは大変だった。途中で本当に嫌になった。

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けど、やめるわけにはいかない。
なんとか終えたが、気に入らない。
またの機会にやり直そう。

“気晴らしをしようと、こんな時間に模様替えをした。あっちを動かせば、こっちが出っ張り……1時間かけて前より変になった。もう戻す元気はない。”

このTweetは0時4分だしね。
これが現在のところ最も最近のTweetだ。

疲れてしまったので、お風呂に入った。出てきてから糖質ゼロのビール。

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ああ、もっと買ってくればよかった。
昨日、2缶。今日は3缶。
6缶入りだったので残りは一つになってしまった。

で、ビールを飲んでから台本の続き。
ひと段落して時計を見ると6時前だ。
そろそろ寝よう……が……今日がゴミの日だという事実に気づいてしまった。

起きていなければ。

で、これを書いている。
書くこともないのでTwitterの隙間を埋めてみた。

書き終わったけど……まだ……ゴミ出すには早いしねえ。

仕方ない。
もうちょっと仕事するか……。

あ、その前にTweetしてみよう。
posted by 土田英生 at 06:48| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

徒然なるままに。

 ゆっくりお風呂にも浸かったし、一回ベッドに入ったんだけどね。
 涼しい風と虫の声があまりに秋の気配を押しつけてくる。
 秋は誰だってちょっと切なくなる。

 色々と考えていたら眠れなくなってしまった。

 ポークウンインナーをかじりながら、水割りを飲むことにした。

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 何を書くあてもない。

 だったら仕事をしろよという声も聞こえるが、それはとても小さな声だ。
 仕事部屋に置いてあるチェーホフの肖像画も「今日はもういいよ」と言ってくれている気がする。
 
 だから徒然なるままにこれを書こうと思った。

 広島に行っていた。
 アステールの演劇学校だ。10月に試演会があるので、今回はその台本作りがメインだった。
 今年の参加者は14人。女性11人、男性3人。高校生から大人までいる。
 この俳優コースを担当させてもらうのも3年目なので、今年で区切りをつけさせてもらおうと考えている。広島の街に対する愛着もどんどん湧いてきているけど、あまり長い間、同じ人がやり続けるのはよくない気がするからだ。ま、離れることを考えると寂しいんだけどね。

 出会いもある。
 一昨年の参加者の中に立川茜さんがいた。

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 現在、彼女は東京で働いているが、秋から本格的に演劇の道に進む。
 MONO特別企画「怠惰なマネキン」にも出演することになっている。

 広島の飲み会で一緒になった時、「東京にでも出て演劇続けたらいいのに」と私が無責任に言ったらしい。
 もちろん私の言葉にそんなに力があるわけでもないし、道を決めて行くのは本人なので、彼女の人生を背負う気はない。けれど、まあ、言葉を発した責任は感じる。
 
 声をかけたこと、かけることについて。
 時々、考える。

 大学を中退して東京に出て、その後、京都に戻って劇団を作ろうと思った時、私は水沼君、犬飼君、西山君に声をかけた。その4人でスタートしたのが現在のMONOの前身になっている。

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 これは「さよなら、ニッポン」の宣伝写真とした撮ったものだね。
 犬飼君(左)はMONOを抜けて俳優を続けているし、西山君(右)は完全に演劇から離れた。
 真ん中にいる……私と水沼君は今も一緒にやっている。
 
 あの時、声をかけなかったら今頃何をしてるんだろう?
 ま、そんなこと分かんないしね。

 で、そのまま関係が続くことにつても考える。
 長くやりゃいいってもんでもないけど、時々「うわあ」と、思ったりする。

「ハテノウタ」の楽屋でふと気がつくと水沼君が顔を洗っていた。
 他には誰もいなかった。
 洗面台に屈み込む後ろ姿を眺めながら、「長い間、この後ろ姿を見てるなあ」とぼんやり思ったりした。

 そして、それはやっぱり少し嬉しかった。

 なんでこんなこと書いてるんだろ?
 虫の声と水割りのせいだ。
 三杯目だし。

 その後、奥村君が参加し、尾方君が加わり……最後に、所属劇団が解散してフリーになっていた金替君に声をかけた。あれ20年前だよね。その人たちと今もやっている。
 そう考えると長いな。

 とにかく私はこれまで全員、自分で声をかけて来ている。
 一緒にやりたいと思った人を先のことなど何一つ考えずに誘ってきた。
 皆はどう考えているのか知らないけど、私には一片の後悔もない。
 
 立川さんに声をかけたのだって一緒なんだよね。

 いや、違いはあるな。

 現在のMONOのメンバーに声をかけた時、彼らは同世代だったし、私も始めたばかりだったので未来には明るい景色しか見えなかったしねえ。けれど、今、私も結構長くやってきて、昔とは違った景色が見えてしまっている。まだまだ勉強もして、もっと面白いものを創りたいとは思っているけれど、色んなことが思い描いた通りに進まないことも知ってしまっている。

 けれど声をかけるのは、私自身がまだまだ坂を登りたいと感じてるからだよね。
 一緒になにかやろうよってことだし。

 次のMONO特別企画に出るメンバーも結局、私が全員に声をかけている。
 3年前の俳優講座がきっかけだ。その中で一番古いのは高橋明日香さん。彼女とは出会って6年になる。
 決して器用な役者さんだとは思わないけど、声をかけた時の直感を私は全く疑っていない。
 こうして一緒に活動を続けていることが何よりの答えだ。

 私が声をかけた5人が出演するMONO特別企画「怠惰なマネキン」。
 絶対に面白くしてやる。
 
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 情報はコチラ
 
 ……人との出会いだけは、外れてない感じがするんだよねえ。

 この前、アトリエ劇研が閉館した。
 私は東京にいたのでクロージングイベントにも参加できなかったけど、Twitterに流れてきた写真を見た。
 吉本有輝子さんが仕込んだ照明が劇研の空間を照らしていた。
 それを眺めながら一時期の京都に思いを馳せた。
 劇作家もたくさんいた。
 マキノノゾミさん、松田正隆さん、鈴江俊郎さん、そして亡くなった深津篤史君……他にもたくさんいたな。一緒に劇作家協会の京都支部を作ったり、特に松田さんと鈴江さんとは同人誌「LEAF」を創ったり。編集作業をやった帰り、朝まで話して、鴨川の河原に座って一緒に朝日を見たりしたね……って、なんだ、この青春群像は。なんだかとても恥ずかしくなった。四杯目になってるからだ。

 話はそれるけど、前にヨーロッパ企画の上田君と話した時、彼はLEAFを全部持っていると言っていた。そうなんだよね。彼も京都だし。
 
 とにかく人との出会いや、そこからの関係は大事だという話だ。
 
 今、ドラマの脚本に取り掛かっているが、これだってそうだ。
 今回の話を持って来てくれたのは、出会って以来、ずっと信頼関係を維持してきた人たちだ。
 プロデューサーのYさんは、先日の打合せの時、局のロビーで私を出迎えてくれた。
 今回初めての本打ちだった。
 目が会うと、彼は立ち上がって走ってきた。
 そして私にハグをしながら言った。

「また一緒にできますよ! 嬉しいです!」

 「俺、あの時泣きそうでしたもん」と後で彼が言って来た時、私は茶化した答えをしたが、もちろん私も泣きそうだった。
 
 ……徒然なるままに書きすぎた。
 どこに着地していいのか全く分からない。
 
 明日は壁ノ花団「ウィークエンダー」の稽古に顔を出すことになっている。
 水沼君が作・演出だし金替君も出てるし。
 あ、あと、MONOの常連である松原由希子さんも出てる。
 出会って関係の続いている人たちがやっている。

 壁ノ花団の情報はコチラ
 
 水割りもなくなった。
 そろそろ眠ってみよう。
posted by 土田英生 at 04:23| 京都 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする