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MONO代表・土田英生のブログです

2016年12月19日

もう一度眠ってみよう

 前回の更新から10日も経っていないのに、まるで一ヶ月くらい前に感じてしまう。
 いろいろなことがあったからだ。
 いや、ずっと寝不足の状態が続いているので、実際に起きている時間が長いだけかも知れない。
 逆浦島太郎状態だ。
 的確な例えじゃないな。
 えっと、つまり結構時間が経ったなあと思っていたら全然だったという……ま、いいや。

 劇作家協会の新人戯曲賞の審査会に出て、南出君が受賞して、パーティーと忘年会があって、ドラマの原作本を読んで、ドラマの打合せがあって、プロットを書いて、金替君が出ている東京マハロを観て、終わってなかった宮崎県立芸術劇場のプロデュース公演「板子乗降臨」の初稿を書き続けて、小説に追加するページを書いて、MONOに関する文章を書いて、ドラマの打合せがまたしてもあって、「板子乗降臨」の初稿が終わらずに泣いて、劇作家協会の対談に出て、5年ぶりに会う友達と会って、「板子乗降臨」の初稿を書き続けて……。

 とにかく色々と大変だったということが書きたかっただけだ。

 間には色々な人とも会っていたし、腹の立つこともあったし、台本が進まずに悩んで気分転換に算数の問題をやったら全然できずに余計に嫌な気分にもなったし、徹底的にヒゲを剃ってみようとしてみたら肌が荒れて困ったりもしていた。

 観たいと思っていた舞台も行けなかった。

 小説の出版に向けての仕上げと、宮崎の「板子乗降臨」の初稿を終わららせることと、ドラマの脚本を書くことと、MONO「ハテノウタ」を書くことが目下の課題なのだ。

 小説はやっと終わりに近づいた。
 年末にもう一度校正があるので、それが終わればやっと解放される。
 
 「板子乗降臨」は昨日の昼に初稿を終えた。
 出来に落ち込んだけど、これから直せばいい。
 
 後はドラマとMONO。
 ドラマは年内に4本はあげないといけないし……って、2週間しかないんだよね。


 けど……2日間……徹夜した。
 正確には前日は1時間半、昨日は1時間ほど眠ったけど、さすがにキツかった。
 頭は痛いし、歩くと足がふらついた。

 昨日は私がクローズでやっているワークショップの日だった。
 開始は13時。
 けれど徹夜で台本を書き終えたのがその直前。
 なので皆に謝り、1時間ほど遅刻して参加。

 しんどくても稽古場はいいね。
 頭は働かなかったけど、それでも段々と覚醒していくのが分かる。

 今日は発表をしてもらった。
 こんな状況の中、いつやれたのか自分でも不思議なのだが、短編2本のテキストをつくって渡してあったのだ。

 ちゃんとタイトルだってある
 「運命」と「どっちが好きなの?」
 コント的な台本だ。
 
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 ……面白かった。
 もっと面白くなりそうだったけど、的確なことが言えない。
 少し落ち込んだ。
 なので、次回、もう一度やってもらうことにする。

 途中で上がって「板子乗降臨」の劇場担当者である工藤さんと演出の永山さんが、出演する熊川さんとお茶を飲んでいるというので顔を出した。まだ台本も読んでいない永山さんに前もって言い訳だけしてみた。

 まあ、そんなこんなでやっと今日は眠れるというのに。

 ……どうなってるんだ?
 
 出さなければいけない細々した書き物を終え、ベッドに入ったのだが……2時間で目が覚めてしまった。
 リズムがおかしい。
 それにどうも体が緊張してしまっている。
 その証拠にグロテスクな夢を見て飛び起きた。
 あまりに怖かったのでもう一度眠るのが怖くなった。

 で、これを更新しているのだ。

 あいつはなんだ?
 変な唸り声をあげながら私を追いかけ回しやがって。
 怖いではないか。
 もう!
 しっかり眠って、今日は朝からドラマをガンガン書くつもりだったのに。
 
 年末に二つほどやるイベントの告知して、もう一度眠ろう。

 27日は音響家の佐藤こうじ君がやっているワークショップに出演する。
 演出家として音をどう考えているかを話す。
 
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 Twitterアカウントを載せておく。→


 29日はトークイベント。
「土田英生 松村武 千葉雅子 トークナイトショー・劇団26年目の軌跡」

 猫のホテルの千葉さんが企画してくれた。
 同世代の劇団をやってきたこと、続ける意味、そしてこれからのことを喋る。

 サラヴァ東京→で29日の19時半から。
 出演は千葉さん、カムカムミニキーナの松村さん、私、ゲストがはえぎわのノゾエさん。

 予約はこちらから!
 →

 皆さん、ぜひお越しください。

 ようし、もう一度眠る。
 お願いだから、あの変な怪物みたいなの、出てこないでくれ。
posted by 土田英生 at 05:39| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月11日

お土産

 大阪に行っていたのは、出演の仕事があったからだ。
 こんな忙しい時に何をやっているのだという人もいたが、私は表に出ることが大好きなのだ。
 だから無理やりスケジュールを入れてもらった。

 けど、いろいろと忘れていた訳ではない。
 前日もホテルで遅くまで戯曲を読んでいた。

 これは戯曲賞の審査の為だ。
 結局、朝方まで読んでいた。
 全部で16本もあったのだ。審査を引き受けた二つの戯曲賞が同じ時期に重なってしまった為だ。

 一通りは全て読んでいた。
 けれど、それだけではダメなのだ。

 私は戯曲賞に落ち続けてきた。
 待つ身だった私は「ええ? ちゃんと読んでるのかよ」と、不満を持ったりしていた。
 だから自分が審査する側になった時はちゃんと読もうと思っていた。
 まあ、みなさん、私の書いたものもちゃんと読んでくれていたんだろうけどね。
 その上で落ちてたわけだし、不満を持つのも筋違いだったんだと思うけど。

 けど、候補に残って待っている方は分かんないものなのだ。
 その本がどう評価されるのかは。
 賞なんていらないや、ヘンと思っていてもやっぱり気になるしね。

 ……初めて岸田戯曲賞の最終候補になった時だ。
 作品は「きゅうりの花」だったと思う。
 住んでいた出町柳のアパートで私は夕方から部屋にいた。
 結果が出たら家に電話がかかってくることになっていたのだ。
 その頃、私は野良猫たちの面倒を見ていた。
 一番私に懐いている猫は「吉田さん」という名前だった。他にも「神田さん」「北山さん」など、たくさんの猫が私の部屋に遊びにきていた。

 吉田さんは私の膝に乗っていた。
 電話を待つ私は落ち着かず、ずっと吉田さんを撫でていた。
 気持ちがいいのか、吉田さんはずっとゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 結局、電話がかかってきたのは4時間くらい経ってからだった。

『残念ですが、今年は……』

 という落選の電話だった。
 しかしだ。
 ふと、吉田さんを見て私は驚いた。

 もう、どこの高級な猫かというくらい、毛並みがいい。
 誰が見ても野良猫だとは思わなかっただろう。
 そりゃそうだ。
 緊張して手に汗をかき、その手で4時間も撫でていたのだ。
 艶のある毛並み。
 戯曲賞には落ちたけど、トップブリーダーとして表彰して欲しかったくらいだ。

 いやいや、なんの想い出話だよ。

 寝不足の状態で出演の仕事をし、東京に戻った。

 先月から知り合いを集めて合間にワークショップをしているのだが、昨日の夜もやっているはずだった。
 事前にテキストを渡してあり、メンバーは台詞を入れる日にしてあった。
 私は行けないと伝えていたのだが、下北沢に戻ってきたらまだやってる時間だったので顔を出した。
 参加したものの頭が回らない。
 
 終わってからご飯を食べようと思い皆を誘った。
 時間がないのはわかっているが、本当に毎日余裕がなく、少しだけでも発散したかった。
 もちろんお酒などを飲むつもりはない。
 
 ……皆に断られた。

 「いいよ、いいよ、俺も遊んでいる訳にはいかないし」と、明るい声で言ったつもりだったのだが……よほど、私が惨めに思えたんだろうね。駅に向かう帰り道で、一人が付き合ってくれると言い出し、私も1時間ならいいですよと別の人が言い出し……。

 ただ、お金は持っていなかったようだ。
 一人は1000円、一人は700円、もう一人が500円らしい。
 駄菓子屋にでも行けば、かなり贅沢できそうだけどね。

 結局、私を含めて4人で居酒屋に入った。

 もちろん、飲まない。
 ご飯を食べるだけなのだ。
 だいたい、この日は知り合いが忘年会を開いていて、私も当初はそこに参加しようとしていたのだが、大阪での仕事もあったし、余裕がなくなったので断っていたのだ。

 でもねえ。
 全く飲まないというのもねえ。

 ……ビールを少しだけ飲んだ。
 もっと飲みたくなったが、周りが止めてくれた。
 
 今日は15時の便で札幌へ向かうことになっていたので、13時頃に事務所を出た。
 リュックはパンパンだ。
 着替えなどの他に、北海道戯曲賞の候補作、劇作家新人戯曲賞の候補作、それから隙間を見つけてやるはずだった仕事の資料。
 だから重たい。
 まるで今から登山でもするかのような状態だ。
 けれど、仕方ないのだ。
 明日の朝、札幌で審査会に出て、東京に戻って夕方からは劇作家協会新人戯曲賞の公開審査に出るというおかしな状況になっていたのだ。
 審査会のダブルヘッダーは私も初めての経験だ。

 明日の飛行機だけが心配だった。
 東京に戻ってこれなかったらどうなるんだろう?

 そんなことを考えながら羽田に向かった。

 ……そんな私の認識が甘かった。
 羽田では札幌に向けて飛ぶはずの飛行機が雪の為に見合わせ中だった。
 問題は今日だったのか……。
 
 けれど、チェックインもでき、保安検査場も通って搭乗口まで行き、乗り込むのを待つだけの状態にはなった。

 欠航が決まったのは15時。
 慌てて札幌に電話をする。
 一緒に審査をする長田育江さんは昼過ぎに飛び立ったらしいが、札幌上空で引き返して羽田に戻っているらしい。けれど、彼女も便を変更してもう一度向かう予定だという。
 なので、私もカウンターに戻って他の便を探した。

 20時出発の飛行機が取れた。
 これでなんとか札幌には向える。
 けれど羽田で5時間も時間ができてしまった。

 仕方ない。
 カフェで仕事だ。
 羽田にいるのも何だかなあと思い、浜松町に移動してみた。

 で、17時頃。
 明日の審査会は中止になった。
 他の審査員も辿り着けないので、別日にやる方向になったらしい。

 ……払い戻しの手続きをして下北沢に戻ることになった。

 けれど、ただ戻るのは悔しい。
 今日という1日を棒に振った気がする。

 全く必要のない文房具を買った。
 短い定規とか、小さい糊とか。
 何に使うんだろう?
 
 けれど、そんなことはいい。
 私は羽田に遊びに来たのだ。
 だからお土産なのだ。
 どうせなら飛行機のおもちゃとか買えばよかった。

 しかし、これで明日、高円寺には遅刻する不安はなくなった。
 カフェでは切羽詰まった仕事をする気分になれなかった。
 宮崎に書いている『板子乗降臨』はラストが残っているが、そんな大事な部分をここで済ます訳にはいかない。

 なのでメモ用紙にMONO『ハテノウタ』のアイデアを書いたりしてみた。
 一つ思いついたが……あれは使えないだろうなあ。

 そうだ。
 『ハテノウタ』の仮チラシというのか、第一弾というのか、それが先日事務所に届いた。
 いつも描いてもらっている川崎君のイラストも載っているが、まだ着色はされていない。
 本チラシというのか、第二弾というか……それには完成したイラストが印刷される予定だ。

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posted by 土田英生 at 00:38| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月09日

綱渡り5

 綱渡り5というタイトルをつけてみた。
 けれど1もなければ4もない。
 当然のことながら、間の2も3もない。
 これまでに何度も同じタイトルで更新した気がするので、多分、5くらいだろうなという勝手な推測だ。
 だからいきなり「綱渡り5」だ。

 そういえば……。
 昔、知り合いの部屋に行った時に、村上春樹「ノルウェイの森」下巻がテーブルの上に置かれてた。    
 私はそれをぼうっと眺めていた。すると私の視線に気づいたその友人が「あ、それ難しいんですよ」と眉間にシワを寄せて言った。

 「でも下巻まで読んでるじゃないの?」と返した私に、彼は予想外の答えをくれた。

 「いや、上巻が本屋になかったので、下巻から読んでるんです」
 
 ……そりゃ、難しいだろうなあと思ったが私は何も言わなかった。
 
 ✳︎  ✳︎  ✳︎

 さっき大阪のホテルに着いた。明日は朝から仕事があり終わり次第東京に戻る。
 明後日は札幌。
 明々後日は東京。
 とにかくやることが多くて混乱している。

 ラスト直前まで書き終わっていた「板子乗降臨(いたこのりこうりん)。
 宮崎で上演してもらう舞台の台本だ。あと少しなのだがどうしても最後の方が満足できない。11月中には必ず出します、と約束していたのに……。けれど、小説の校正原稿が上がってきていて、それにも手を入れなければいけない。その修正締切も11月中だったのだ。
 
 板挟みになった挙句、宮崎をちょっと待ってもらうことにして、小説に取り掛かった。
 想像以上に時間がかった。今日の朝になってやっと終わったので、午後に編集者の人と会い、打合せをして原稿を渡してきた。
 
 で……本来はすぐに宮崎の台本に戻るべきだが、11日には戯曲賞の審査会がある。
 しかも……同じ日に2つ。
 朝に札幌で北海道戯曲賞の審査をして、夕方からは高円寺で劇作家協会新人戯曲賞の公開審査。
 なので様々な事柄の合間にずっと候補作を読んでいる。いやあ、全部で16本。これはキツイ。
 さらに今、大阪にいるのは上に書いた諸々とは全く別の仕事だ。

 そしてMONO「ハテノウタ」のプロットを立ててもいる。なんとか見つけた隙間には個人的なワークショップもしているし、レザークラフトもちょっとだけやったし、ヤフオクにも参加したり、ペンの持ち方を正しいものにする為にペン習字の本を買ってきて訓練もしているし、ついでに書き順も直しているし、電車内で見かけた日能研の問題がわからない時には、問題を記憶して帰り、じっくり紙を広げてやってみたりもしている。

 ああ、忙しい。
 まあ、睡眠時間はなくなるよね、そりゃ。

 こんな状態なのに年内に……テレビドラマの脚本も上げると宣言した

 こんなこと書いてないで眠ろう。
 明日も早い。

 続きは綱渡り6で書こう。
posted by 土田英生 at 00:51| 大阪 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

ハテノウタ

 用事があったので、朝、ぶらぶら雨の嵐山を抜け、京福電車の嵐山駅に向かった。
 嵐電と呼ばれている路面電車だ。
 
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 四条大宮行きに乗る。
 熊本の震災に関する支援を訴える仕様になっていた。
 嵐山を発車すると、懐かしい景色が広がる。

 大学を中退し、東京へ行った。
 1年で挫折して戻って来た。
 そしてMONOをつくった。
 その時から長く住んでいたのがこの沿線なのだ。
 住んでいた「有栖川」のあたりは景色がすっかり変わっていた。
 けれど、やはり面影はところどころにあって、色んなことを想い出す。

 「帷子の辻」で北野線に乗り換える。
 隣に「撮影所前」という新しい駅ができていたりして驚いたが、次の駅である「常盤」は大学の1、2年の時に住んでいた街だ。
 モダンのトンカツ定食とか、王将とか、ファミリアとか……様々なワードが意味なく頭を駆け巡る。
 夜中に線路を歩いて帰ったこととか。
 スタンドバイミーじゃあるまいし、なんで線路を歩いたんだろうね。
 お金がなかったんだと思うけど。
 終点の「北野白梅町」に着く。
 改札を出てみると、ここは全然変わってない。
 串八の本店を見てなんだかホッとする。
 
 西大路通りを歩いて大学の方へ。
 Harbor cafeという24時間営業の店はまだある。
 昔はHoliday Houseという名前だった。
 犬飼君が劇団を抜けるという話し合いをしたのもここだったよね。
 
 少し早く着いたので北野天満宮を歩いた。
 
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 ……今日の用事は嬉しく思えば思うほど辛くなるという……不思議な状況だった。
 感傷的になってしまった。
 自分のこれからを考えざるを得ない日になった。

 書き出したわりに、なんの内容もなく終わってしまった。

 「懐かしさ」ということをつながりに作品のことを書こう。
 今からコツコツと宣伝をしておかないとね。

 MONOの次回公演は『ハテノウタ』だ。
 大人が出演する青春群像劇。
 高校時代の甘酸っぱさと、終末の切なさを同時に描く。

 そんなジャンルがあるのかどうかわからないけど、一言で表すなら「同窓会モノ」だ。
 しかしただの同窓会モノではない。
 バラバラな年齢の役者たちだが、全員が基本的に同い年という設定になっている。
 かといって、無理やり高校生の役をやるというようなことはしない。
 ある事情によって見かけは違ってしまっているけど、同じ年齢なのだ。

 それを同窓会の二次会的な場所を舞台に描く。
 歌もうたう……つもりだ。
 「ハテノウタ」は漢字にすれば「涯の歌」だ。

 ネタバレしているんじゃないかと思うかもしれないが、承知の上だ。
 制作とも相談した。
 こうした情報はチラシにも掲載する予定だ。
 で、この設定の中で、どれだけ普遍的な物語を編めるのか、そこに力点を置いて創ろうと思っている。

 出演はMONOの男性5人。
 ゲストには「のぞき穴、哀愁」以来2回目の出演になる松永渚さん、4回連続の出演になる高橋明日香さん、「ぶた草の庭」から3回連続になる松原由希子さんというMONOにも馴染み深い若い女優3人。

 そして……浦嶋りんこさんが出てくれる。
 
 彼女と知り合ったのは随分と前だ。
 「トリツカレ男」という作品の演出をした時、彼女は出演していた。音楽劇だったので、クラムボンの原田郁子さんや尾藤イサオさんと共に歌ってもらったりした。
 その時、ストレートプレイもやりたいという話を聞いたので、その後、一度一緒にやっている。
 けれど、できればMONOに出てもらいたいなあと思っていた。

 で、今回、歌もあるということで彼女にお願いした。

 懐かしさ、愉快さ、切なさ、間抜けさ……全てを取り込んだ作品にするつもりだ。
 皆様、チェックしておいてくださいね。

 と、宣伝していたら……少しだけ気分が上向いた気がする。
posted by 土田英生 at 02:41| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

耳を塞ぐ

 自分と考えの違う人と話すのには労力がいる。

 話した結果、どちらかの考えが改められることももちろんある。
 お互い誤解していたねと、結果、同じ考えだったと分かって喜ぶこともある。
 また、最後まで違っていても、お互いの言い分を理解し合い、少しずつ譲って、『この辺りだったら双方が合意できるね』と、妥協点を見つけられることもある。

 けれど、いずれにしても……冷静に話し、お互いが理解し合おうという態度が前提になければどうにもならない。

 相手をやっつけるだけでは相互理解には到達しない。
 また、人は自分が正しいと思ってしまう生き物であり、攻撃されるとそれを守ることに執着してしまうのだということも分かって自分をコントロールしないと、自分に都合の悪い言葉は耳に入らない。

 そのコントロールする能力こそが理性であり知性だ。
 
 人間は動物のようには自然に生きられない。
 だからこそ、皆で、色々な『常識』を作り上げ、それを社会化することで共存しようとしてきた。
 そうした理性なんてどうでもいいと開き直った人には何を言っても通らない。
 どんなに正しい『事実』を告げようが、耳を塞いでいるので聞こえないし、別のことで粗探しをして反撃してくるだけだ。
 これは、どんな思想を持っていようが、こうなってしまったら『他者』と理解し合うことなどできない。
 そこにあるのは罵り合いだ。
 敵か味方か。
 問題はそれだけだ。
 もう内容は関係ない。
 
 日本全体がそうなってしまった。
 いや、世界がそうなっている。

 皆、自分の考えを補強して気持ち良くさせてくれる意見だけを取り入れ、自分と相容れない考えの人たちを罵る。もう事実なんかはどうでもいい。解釈次第でどうにでもなるからだ。

 そして、話はどんどん簡単になり、極端になっていく。
 原理主義というか、いや、ただ単純化して争っているだけだね。
 
 どう考えても明るい未来が待っているとは思えない。
 せいぜい出来ることは、冷静になろうと呼びかけ続けることくらいだ。

 大事なことは、ここはこうだけど、あそこは違うよね、と、しっかりと物事を見つめることなんだけどね。
 だって、100パーセント正しいなんてことはないのに。

 最近、日本人は素晴らしいなどというエピソードをやたら見せられるけど、実際には嫌なやつだっていっぱいるし。そんなに素晴らしいなら、国内で事件や揉め事なんて起きないはずなのにね。
 そうすると、今度は、そういう都合の悪い奴は外国人に違いないとか言い出すし。

 私はロンドンに留学していた時、いい人にたくさん出会った。
 けど、嫌な奴もいた。
 韓国で仕事をしていた時、いい人にたくさん出会ったし、いい思いもした。
 けど嫌な目にも遭った。
 中国でもそうだったし、アメリカでもそうだったし、高校の頃の姉妹校交換なんとかで行ったオーストラリアでもそうだったし、そんなこといったら、育った愛知県でもそうだったし、大学で京都に来てからもそうだっし、東京でもそうだし。
 時々嫌な目に遭うけど、幸せな体験の方が勝っているというか、どこでだってほとんどの人はいい人だった。
 文化や習慣に差はあっても、本質的な差異はない。
 
 自分と属性の近い人に味方したくなる気持ちはわかる。
 家族であるとか、出身地が一緒とかね。
 自分のアイデンティティーをそこに求めているから、きっと自分の一部なんだよね。
 
 けど、そんなこといっていたら世界は閉じるばかりだ。
 
 脚本を書いていて、そういうことばかり考えている。
 別に考えを披瀝しようとして作品を創っている訳じゃないし、エンターティメントとして楽しんでもらおうというのが最も大事なんだけど、どうしたって表現は社会に対するリアクションになるし。

 考えの違う人達に、どうしたら耳を塞がずにいてもらえるのか……。
posted by 土田英生 at 04:31| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

刺激

 今日は劇作家協会関西支部のイベント『劇作バトル!』。
 会場は大阪だ。
 朝、下北沢から移動。

 それにしても先月あたりからかなりウロウロしているな。
 東京→大阪→東京→群馬→東京→坂出→東京→広島→東京→京都→奈良→宮崎→東京→姫路→東京→大阪→京都……今はここだ。

 あまりに不規則なせいか、なんだか食欲などがおかしい。
 この前、姫路から東京に移動した時もそうだった。
 一睡もせずに6時代の新幹線に乗り、妙にお腹が空いていた私は但馬牛の牛めし弁当を買った。そして食べたら思いの外美味しかった。
 ちょうと食べ終わった時だ。
 前に座っていた女性が、立ち上がって伸びをした。
 そして振り向いた。
 どういう訳だか長い間目が合った。
 と、私は無意識に「ああ、美味しかった」と彼女に向かって言ってしまった。
 そういえば、今日も朝から焼肉弁当を食べた。
 
 このイベントは去年が最初で、前回はイキウメの前川知大君の『語る室』だった。
 今年はヨーロッパ企画の上田誠君。
 取り上げさせてもらった戯曲は『月とスイートスポット』だ。
 これは上演も私は観ている。

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 最初に前半30分くらいのリーディング。
 横山拓也君が演出して、関西で活躍している役者さんたちが読んだ。
 それから……私と上田君でトークだ。
 彼のことはわかっているつもりになっていたが、話せば話すほど、自分との違いが明確になっていく。
 しかし、そういう書き方もあるのかと勉強になった。
 
 こういう企画は何より私にとって刺激になる。
 他人の書いたものを何回も読むし、そして話して理解も深まり、私の視野は広がる。
 お得だ。
 随分と前のことになるが、『劇作解体新書』というイベントをやらせてもらった時もそうだった。
 あの時も大変なメンバーだったしね。敬称略するが、小林賢太郎、長塚圭史、倉持裕、ケラリーノ・サンドロヴィッチ。
 
 まあ、そうした刺激を自作に生かさないとね。
 情報公開されたので一応宣伝。
 
 MONO公演『ハテノウタ』……これについては改めて。
 
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posted by 土田英生 at 03:32| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月17日

出会った二人の女性

 姫路のホテルにいる。
 明日は早い。
 なのでベッドに入った……けれど、眠れない。
 分かってはいる。
 こういう時はじっとしていればいい。
 けれど、私は……落ち着きがない。
 それでも30分以上は頑張った。

 結局、起きだしてコンビニに行ってしまった。
 ウイスキーを買ってきた。
 ちょっとだけ飲んで眠ろうという作戦だ。アーモンドとチョコレートはある。
 
 ……どうでもいいことを書いて眠ろう。
 よし、今日、私と出会った二人の女性についてだ。


 姫路までの新幹線は比較的空いていた。
 私はA席だった。
 つまり3列席の一番窓側だ。
 BもCも空席で誰もいない。
 だからのんびりだ。
 品川駅で買ったシュウマイ弁当が崎陽軒のではなかったことに驚き、しかし食べてみたら予想より美味しくて喜び、食べたら眠たくなったので30分くらい眠り、起きてから車内販売でコーヒーを買い、ノートを広げた。
 
 MONOの新作の人物相関図を書いた。
 時々、新幹線が揺れるので、関係があったらだめな二人が線でつながってしまったりしたが、それでも結構はかどった。こうなったら姫路に着くまでにこれは完成させようと思った。
 相関図が決まると、途端に話は進むのだ。

 名古屋に着いても隣には誰も乗ってこない。
 考えるのに疲れて、喫煙コーナーに行こうと思った……その時だ。
 車掌さんが「ここになります」と女性を案内してきた。
 スーツケースに、鞄が一つ、それにパンパンに膨らんだエコバックと、さらにお土産っぽい紙袋を持っている。彼女はC席だ。
 私は「上にあげるの手伝いましょうか?」
 と、声をかけた。
 
「いや、ここに置くのでいいです」

 と、爽やかな笑顔でBに荷物を置き、さらにその前にスーツケースを置いた。
 私は完全にふさがれてしまった。
 まるで要塞ではないか。
 これでは私はトイレにも行けない。
 なので「あ、上あげますよ」
 もう一度言ってみた。
 彼女はまたしても爽やかに笑って、

「いいですよ。あ、通る時はおっしゃってください」

 なぜか笑顔がとても自然だ。

「いや、あの喫煙コーナーにも行ったりしますので」

 私はささやかな抵抗を試みた。
 と……。

「ああ、大丈夫です。私も行きますから」

 そう言って彼女は座っている。
 人間は不条理に弱い。
 私は意味がわからなかったが、とっさに「そうですか」と言って引き下がってしまった。
 どういうことだろう?
 喫煙コーナーに私が行きたい時、彼女も行くということなのか?
 私は諦めてじっとしていた。
 彼女はお弁当を食べ、そして……しっかり眠った。
 ああ。もう私はカゴの中の鳥だ。
 
 相関図を書くのは止まってしまった。
 アイデアが煮詰まった時、そのためのタバコなのだ。
 私は昔、禁煙に成功した。
 その状態で台本を1本書いた。内容が浅い気がした。
 まあ、それは言い訳だと思うが、タバコを吸いながら塾考する時間がなかったせいだと思った。
 
 新幹線は京都に着いた。
 まだ彼女は眠っている。
 
 ……諦めて私も眠った。

 目がさめると彼女はいなかった。
 荷物だけがあった。
 どうやら喫煙コーナーに行っているらしい。
 私は今なら出られると思ったが、どうも動く気がしなかった。
 かといって、もう書く気も起こらない。
 ……それにしても彼女は全く戻ってこない。
 戻ってきたのは新神戸をすぎてからだ。
 30分くらい経っている。
 そして戻ってくると、私を見てなぜか微笑んだ。
 さらに鞄をゴソゴソして、「食べてください」と、私にチョコレートを差し出した。
 とても自然な笑顔だった。
 ……。

 姫路に着いてホテルにチェックインする時、応対してくれたのはベテランの風情を醸し出している女性だった。
 しかし……声が小さいのだ。
 雰囲気だけは手馴れているのに何を言っているのか全く聞き取れない。

「……でございます……ふにゅふにゅ……」

 けれど、予想はできるので私は名前を記入したりした。

「……1階の……して……から……9時まで……す」

 聞こえないが、朝食について教えてくれているのだろう。
 私はうなずいていた。
 と……。

「あ、もうし訳……ん……ほん…………すか?」

 何かを私に聞いた。
「はい?」私は聞き返した。

「ほん……ちゅう……は……すか?」

「え?」と、も一度聞き返した。

「あの……本日……ちゅう……は……すか?」

 ……本当に聞こえないのだ。
 仕方ないので「あの、なんでしょうか?」と聞き返した。
 すると、今度は驚くような声で

「本日、駐車場のご利用はございますかっ?」

 と非常に大きな声で質問された。

「ありません!」と、つられて私は大きな声で答えてしまった。

 さっき……眠れずにベッドから出て、コンビニに行こうと思った。
 真っ暗なフロントには、あの彼女が一人でいた。
 大きなホテルなのでロビーも広い。
 暗い中、そこだけが明るい。

「コンビニ行ってくるだけなんですけど、カギ預けた方がいいですか?」

 と、私は通る時に聞いてみた。

「……す……は」

 聞き取れなかった。
 なので、そのまま通り過ぎようとしたら。

「あ、お預けに!」

 と、急に彼女の大きな声がロビーに響いた。
 私はなぜか動悸を激しくしながらカギを預けた。
 で、だ。
 コンビニに行っていた時間は5分だ。
 戻ってきて、私はフロントにいた彼女に会釈した。
 それは当然、カギをもらうためだ。
 彼女は笑って私を見た。
 私はうなずいた。
 ……カギが出てこない。

「いや、あの……」

 と、私が言うと、

「いかが……たか?」

 聞き取りにくいが、「いかがいたしましたか?」と聞いている。
 
「いやあ、カギを……」

 もちろんちゃんと言わなかった私も悪いが、流れからして当然覚えていてくれていると思ったのだ。
 さっきもいたのは私だけ。
 今も私だけだ。

「お……ごうを?」

 お部屋番号と言っているらしい。
 私が番号を告げると、なぜか困ったような顔になって、変な間があった。
 やがて気がついたようにカギを持ってきて、そして、なぜか、もう一度元に戻り、何かをじっと見てから、

「……ださまですか?」

 私はもう読心術が身につき初めていた。

「土田です!」

 私の声が暗いロビーに響き渡った。

 では眠る。
posted by 土田英生 at 02:07| 兵庫 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

目的

 昨日、舞台を観ていて……どう表現したらいいのか、「ああ、わかる」という気がした。
 作者の現在の心情のようなものが、作品の至る所にこぼれ出ている気がして、その想いに勝手に共感した。もちろん作品はそんなことは描いていない。けれど、本当に私の自分勝手な解釈で「わかるなあ」という気がしたのだ。
 
 昨日観た劇団は人気があって、劇作家としてだって、誰もが羨むポジションを獲得している。だから周囲は「順風満帆じゃないの」という感じで眺めているんだと思う。けれど本人はきっと……。

 いや、私の勘違いかもしれないね。

 表現するにあたって、社会的な認知が拡大していくことは大きな支えだ。
 やっていたことが認められたという気分になれるし自信にもつながる。
 けれど、そのグラフは自分が思い描いているように右肩上がりには進まない。というより、あるところまで認められると、周囲はまた新しい才能を探して去って行く。「うわ、あなたが◯◯さんですか?」と、最初の頃に皆が集まってきた感じは全くなくなる。自分では進歩して行っているつもりだし、前よりも面白い作品を創っているのに、最初の頃のようには誰も騒いでくれない。少なくとも本人はそう感じる。

 隣の芝生はいつも青いし。
 
 京都でチヤホヤしてくれなくなったなあと寂しく思っていた頃、気が付いたら周囲の興味はヨーロッパ企画に行っていた。
 どんな劇団なんだろうと、「サマータイムマシーンブルース」をDVDで観た。
 実際に面白かった。こんな風に会話を創る劇団があるんだとショックを受けたのは確かだ。
 まあ、自信喪失もしたね。

 だけどねえ、自分で面白いと思うことをやり続けるしか道はないしね。

 まあ、そんなこんなで今でもやっている。
 上田君とも仲良くしている。そして……結構、話は合う。
 この前、偶然、飲み屋で会い、朝まで二人で話したりもした。

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 そんな上田君と、彼の劇作方法について話すイベントがある。
 劇作家協会関西支部の企画で『劇作バトル』というものだ。
 自然な感じで告知につなげられたな。
 詳しくは劇作家協会関西支部facebookページを見てください
 →

 そういえば……。

 京都でヨーロッパ企画が話題になり始めた頃、ネットで叩かれているという話を聞いた。
 その時、私は彼らと知り合いではなかったけれど、人から教えられて好奇心からそのページを読んだことがある。そこには妬みから出てくる様々な言葉が並べられていて、ひどいなあと思った。
 けれど、「いい加減なこと書くのやめろよ」と書いている人も中にはいた。
 私は「おお、お前、頑張れ」と思ってその人の文章を読んだ。
 しかしだ。
 なんと……その人の文章の最後に……「どうせこれって、MONOの人たちがヨーロッパ企画の人気に嫉妬して悪口を広めてるんでしょ」と、いうようなことが書かれていた。
 おいおい、と思った。
 さっきまで応援してあげてたのに。
 なんだか裏切られた気分だ。

 と……。
 さらにそれに対する弁護をしている人が出てきた。
「土田さんはそんな人じゃないと思いますよ」と、書いてくれていた。
 もう私はそのコメントをした人が大好きになった。
 愛を伝えたいとすら思った。
 けれど、続きのコメントをみてまたしても驚いた。
 「お、本人登場」と書かれていた。
 おいおいおいおいおい、と、さっきよりも「おい」の回数を増やしながら思った。
 私が愛したその人は「違いますよ」と否定するのだが、「必死さが怪しい」などと、どんどん私だということになっていってしまっている。
 『本人はここに登場だ!』と、思わず書き込みそうになった。
 
 完全に話がそれた。

 大事なことは、常に自分の興味を失わず、謙虚に創るしかないということだよね。

 今日、ちょっと試したいことがあったので、知り合いの役者に集まってもらってワークショップをした。
 こういう作業はとても大事だね。
 役者と言葉の距離を試したいと思って、わざわざ一晩かけてかなり長い台詞を書き、それをやってもらった。
 結構な分量の一人台詞だ。これまでに私が書いたこともない内容だった。読むと10分以上あった。

 ……全然、自分の予想通りにはならなかった。
 そのことで逆に考えが変わったりした。
 そうか、そういうことなのか。
 役者の皆には申し訳ないと思ったけど、これこそワークショップだしね。
 ワークショップ=工房なんだから、作品に直接繋がらなくても、色々と試してみればいいのだ。なにより、私は発見があったし、そのことで次に試してみたいこともはっきりした。
 参加者の皆に言いたい。
 あの台本だけは捨ててくださいね。
 
 こうして、試行錯誤を重ね、それが次の作品につながっていけばいい。
 目的がなくなることが一番怖い。
 目標など何もないけど、やりたいことはまだまだある。
 ああ、幸せだ。
 今日の昼間はMONOの次回公演『ハテノウタ』のチラシの打合せだった。
 これも楽しみだ。
 作品については情報が公開されてから書こう。
 
 風邪も治らず、頭痛も続いているけど、それくらいがちょうどいい気がした。
 ワークショップの場でも必要以上にはしゃがないで済んだし。
 けれど、また朝になってしまったよ。
 今日は姫路に移動。
 準備して眠ろう。
posted by 土田英生 at 05:19| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月14日

物語の力

 風邪が治らず、身体が怠い。
 そのせいか台本も捗らない。

 夜になっても気分が乗らないのでDVDでテリーギリアムの『バロン』を観た。
 もう、何度目だろうね。50回以上は観てるはずだ。創作に行き詰ると私はこれを観る。
 ということは50回以上行き詰まっているということだ。
 ほぼ、全編、バカバカしいシーンの連続だけど、創作や想像力が現実を突破するという夢を見せてもらえるのだ。国などの権力がどういう風に民衆を縛るのか? 恐怖心を煽って支配する様などもとても分かりやすく描いている。
 そして、物語の力も。
 
 元のタイトルは『The Adventures of Baron Munchausen』。
 つまり『ミュンヒハウゼン男爵の冒険』だ。
 日本では『ほら吹き男爵の冒険』という名前で知られている話やエピソードを使いながら、それをテリーギリアムが一つの話にしている。
 私はこの『ほら吹き男爵の冒険』が昔から好きだった。
 話は全然違うけど、これをヒントに『床下のほら吹き男』という芝居にしたこともある。
 
 演劇もそうだけど表現は現実を抜きには語れない。
 今の社会に対するリアクションだし、現実を映す鏡でもある。
 だけどねえ。
 それだけでは面白くないんだよね、なんか。
 あまりにリアリティーのない作品も嫌いだけど、ただ人の暗部をあぶり出すだけの作品にも飽き飽きしている。

 やはり夢を見たいしね。
 信じられる夢を描く。そのためには現実を下敷きにしながら、そこから物語をきちんと紡ぐ必要がある。
 
 観終わって、書こうという気になった。
 これこそ、物語の力だね。
 
 
 
posted by 土田英生 at 05:13| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

とりあえず眠る

 昨日、久しぶりに出掛ける用事がなかった。
 出さなければいけないものはあったし、書かないといけないものもたまっている。
 なのでじっくりそれらを書くつもりだった。
 けれど、どうもペースが掴めない。
 今月も移動が多いので、生活のパターンが定まらない。
 京都に寄って、奈良に行き、そこから宮崎に向かった。
 宮崎では取材や対談などを行った。来年に上演する予定の台本を書いているのだ。
 まだ……半分くらいしか書けていない。
 宮崎では……美味しかったけどね、いろいろ。
 これは「お通」の雑炊。

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 宮崎から東京に戻り……その翌日が昨日。
 しかも風邪をひいてしまい、しっかりと眠ってしまった。
 少しはましになった気がするけど、まだ本調子ではない。
 身体もだるい。
 そして身体がだるいと、やっぱり心も傾く。
 
 疲れが出ているんだろうねえ……。
 けれど、やらないといけないことは多いし、今月はまだこれからも兵庫に行き、東京に戻り、大阪に行き、京都に寄ってから東京に戻る。
 
 その間に宮崎の台本を書き上げないといけないし、戯曲もたくさん読まないといけないし、MONOも書かないといけないし。……いや、まだあった。

 今日、編集の人と打ち合わせをした。小説の校正が戻ってきたのだ。
 話している内に少し書き足そうという話になった。

 書いていた内容と現実があまりに近くなってきてしまっているので、それに対しての修正をしようという話になったのだ。

 ああ……。
 世界は閉じよう閉じようとしている。
 開きすぎると人は不安になる。
 個人でいることはとても苦しい。
 だから、確実なアイデンティティーを求めて、狭い所に身を置こうとする。
 出自とか、民族とか、宗教とか、ナショナリティーとか、思想とか。
 そして他者を攻撃することで、自らの正当性を守ろうとする。
 
 身近な人が閉じていく様を見るのは辛い。
 なんだかこっちまで負けそうになる。
 私の中にもそうした気持ちは存在するからだ。
 閉じることは、とても分かりやすくて楽だ。だけど、そこに身を任せてしまったら、世の中は闇だ。
 憎悪や悪意の中で暮らしたくはない。

 それぞれに理由もあるんだと思うけど、イギリスのEU 離脱やトランプが当選したのだって、「閉じる」動きに他ならない。
 そして閉じ始めた流れを止めることはとても難しい。
 開くことは面倒だし、苦しいことだからね。
 だからこそ、自分の中にあるそうしたものに抗ってきたつもりだ。
 書いてきた台本だって『燕のいる駅』も『その鉄塔に男たちはいるという』も『橋を渡ったら泣け』も『少しはみ出て殴られた』も結局はそんな話だ。

 けれど、現実は想像以上の速さで逆に向かっていく。
 とても憂鬱だ。虚無感に襲われる。
 けれど、諦めてしまったら終わりなのだ。
 
 まだまだ、同じように考えている人たちはたくさんいるしね。
 劇団も長くやっている。
 そうだ。
 千葉雅子さんから同級生劇団でトークをやろうと誘ってもらった。
 「猫のホテル」「カムカムミニキーナ」「MONO」はほぼ同じだけ続いている。
 だから千葉さんと松村さんと私で東京でトークショー(?)をすることになった。
 きっとこれまでのこと、今、そしてこれからのこと。
 渋谷のサラヴァ東京で12月29日。年末も年末ですけど、皆さん、来てください!
 →
 
 寒くなったせいか、それとも世の中のせいか、もしくは私個人の問題なのか……とにかく無性に人恋しい。
 けれど、そんなことを言っている場合ではないんだよね。
 小説の直しも今月中だ。

 終わるのかね、全て?
 と、疑問文にしている場合ではない。
 終わらせるのだから。

 そんな中、ワークショップも企画してしまった。
 知り合いの役者さん数人を集めて、試してみたいことがあったのだ。
 
 それはいいんだよね。
 どんなに忙しくても、自分のやりたいことはやらないと、軸がなくなってしまうし。

 早く眠って風邪を治そう。
 ……って、もう朝だな、どうやら。
posted by 土田英生 at 06:04| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月06日

種類は変われど。

 奈良にいる。
 けれどホテルから出ていないので、全く奈良を味わっていない。
 ずっと台本を書いていた。
 人のコンプレクックスや悩みに関する台詞を書きながら苦しくなった。なのでやめることにした。
 明日も早いので、そろそろ眠らないといけない。
 
 昨日、偶然のことだったけど、ある女優さんと呑むことになった。
 20代で随分と活躍をしている。きっと、これからもっと世間にも認知されて行くだろう。
 外から見ていると順調そのものだ。
 けれど、彼女は自分のコンプレックスとか悩みを話していた。私はそれを聞きながら、懸命に励ました。
 
 どうでもいいけど、あの店、美味しかったな……。

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 いや、それはいいや。

 けれど、いつまでたってもそんなに楽にはならないんだよね。
 自分との付き合い方は上手になるけど、本質的なところはきっと変わらないんだと思う。
 確かに、私も20代の頃はコンプレックスの塊だった。
 まずは生活。
 勢いで演劇を始めたものの全く生活ができない。
 居酒屋、お蕎麦屋さん、会社の事務、いろんなバイトをしたけどすぐに休んでしまう。そしてやめてしまう。
 だから常にお金がなかった。
 昼過ぎに起き、食べるものもなく、「ああ、俺は社会のクズだ」とよく思った。
 同級生が結婚をして式に招待されても、ちゃんとした服がないわ、ご祝儀も皆のように出せないわ。本当、みんなに申し訳なかったし、恥ずかしかった。
 とにかく生活は悲惨だったのだ。
 母親がこっそり送ってくれたダンボールを開けると、そこに入っているのはマヨネーズやジャム。
 つけるものがない。パンもなければ野菜もないのだ。
 さすがに母親もそこまでだとは思っていなかったのだろう。
 マヨネーズをそのままチューブから吸ったりした。宇宙食かと思った。
 ジャムもそのまま食べたね。
 鈴虫だった。
 家賃も9ヶ月溜めたことがある。
 一ヶ月、肉体労働をして払った時には、「祝」と書かれたビールを大家さんがくれた。
 なんの祝いだったんだろう?
 
 親にもよくお金を借りた。
 ちょうど、その頃、日本劇作家協会ができ、入会しようと誘われた。
 年会費は1万2千円。
 それを母親に無心した。
 と、母親は自分のカードで振り込んでしまい、

『英生、どうしよう? お母さんの名前で振り込んじゃったがね』

 と、電話があった。
 そうなのだ。うちの母親は私よりも先に劇作家協会に入会してしまったのだ。
 後日、事務局にその訂正の電話をしたのだが、とても恥ずかしかったのを覚えている。

 けれど劇団だけは真面目にやっていた気がする。
 一緒にやっていた水沼君も私と似たり寄ったりだった。
 だからいつも一緒にいた。一緒にいてもお互いにお金がない。
 ただ、歩き、そしてよく喋った。
 いつか食えるようになるかなあと、夢のような話ばかりしていた気がする。

 アルバイトをやめたのは29歳の時だった。
 何のきっかけでというのは覚えていない。
 ただ、その頃、急に環境が変わったのは確かだった。

 そのちょっと前、劇団の公演では突然お客さんが増えた。
 忘れられないのは『約三十の嘘』という舞台の時だ。
 初日からお客さんがたくさんきた。その頃は日時指定でもなかったので、偶然、お客さんが初日に偏ったのだと思った。けれど、二日目も三日目もお客さんは入った。
 そしてそれからしばらくして、『─初恋』という芝居を創った時だ。
 関係者と言われる人が、次々に楽屋にやってきた。
 そして台本を書いてくれと言われたのだった。

 まず、マキノノゾミさんから連絡をもらった。そして今はなくなったが、劇団M.O.P.に戯曲を書いてくれと頼まれたのだ。『遠州の葬儀屋』という作品を書いた。
 それが私が人に頼まれて書いた最初の台本だ。
 だから今でも私はマキノさんに会うたびに、心の中で深く頭を下げている。

 ほぼ、同時期にG2プロデュースに『いつわりとクロワッサン』、そしてパルコプロデュースに『BOYS TIME』、劇団青年座に『悔しい女』、文学座に『崩れた石垣、のぼる鮭たち』と立て続けに台本を書かせてもらった。草𦿶剛さんの朗読劇も作演出させてもらったし、本も出した。続けて初めての連ドラ脚本『天才! 柳沢教授の生活』をやらせてもらった。
 全て二、三年の間のことだ。
 よく全部やったなあと思う。
 そして、MONOも『きゅうりの花』という作品で利賀のフェスティバルに呼んでもらい、東京公演も毎回するようになった。

 生活は安定したが、この頃の私は別のコンプレックスで苦しかった。
 自分に才能があるとはどうしても思えなかった。
 私の周りには面白い人がたくさんいたのだ。
 仲のよかった松田正隆さんと鈴江俊郎さんは岸田戯曲賞を同時受賞した。続いて深津君も受賞した。私はどの賞の最終候補にも残らなかった。マキノさんは全国で活躍していたし、一緒にコントをやっていた故林広志君の書くものは本当に面白いし……。
 だからテレビで頑張ろうとドラマも一生懸命書いたが、なかなか視聴率も振るわない。
 いくら仕事をしても、どこかで私は『ズル』をしているような気分だった。
 本当は才能ないのに、みんなは気づかずに仕事をくれている……いつか化けの皮が剥がれてしまう。

 そういう時、ずっと支えになっていたのが劇団の存在だった。
 彼らは全然変わらなかった。
 
 ある時、稽古中に私は泣き出したことがある。
 皆は稽古をやめて、こっちを見ている。
 私は言った。

『なんでこんな才能のない俺と一緒にやってるの?』

 その日は、またしても戯曲賞の最終候補に残らなかったと分かった日だったのだ。
 メンバーは何も言わなかった。
 ただ、稽古しようよ、と言った。

 そうしたコンプレックスからいつ頃解放されたのか?
 多分、ロンドンに留学したのがきっかけだったと思う。
 
 で、現在。
 悩みがないかといえば……悩みだらけだ。
 種類は変われど、常に自分の心は晴れない。
 けれど、これはきっとずっと続くんだよね。
 そして、今抱えている問題は……書けないね、やっぱり。
 終わったことだと笑い話にできるんだけどね。
 
 寝よう。
posted by 土田英生 at 00:29| 奈良 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月05日

MONOの新作

 しばらく更新していなかったけど「解夏」が終わった。
 10人で9組の朗読劇はなにかと大変だったけど、その分、多くの人と知り合うことができたし良かった。
 
 終わっていきなり現実がやってきた。
 宮崎で来年にやる舞台の脚本を早く完成させないといけない。途中で止まったままだ。早くラストまで書き上げなければ。

 来年のMONOの新作も書き始めなければいけない。けれど11月も割とバタバタと忙しいのだ。
 一応、構想は固まった。情報公開はまだだけど、タイトルも決まった。

 『ハテノウタ』
 
 元々は映画と舞台のコラボで何かしようと大谷健太郎監督と話していた企画だった。それが進まない中、私の中で構想が膨らんでしまった。電車に乗っていたり、普段ぼうっとしていても台詞などが浮かんできてしまう。見かけはバラバラなのに同級生という設定だ。
 大人がやる青春群像劇。渋くて切ない。絶対に面白くなる。

 私は思いついたら、すぐに書きたくなってしまう。
 夏にやった大分のワークショップ。
 最終日に発表会があった。
 参加者の年齢がバラバラだったので、この設定を使って15分くらいのものを創ってみることにした。
 もちろんそれはワークショップに合わせたものにはなっていたが、色々と発見があった。
 さらに書きたくなった。
 なので、広島のアステールの演劇学校の試演会でも同じ設定でやってみることにした。
 『はてにひとはな』というタイトルをつけた。
 これは受講生の上岡さんや、手伝ってくれていた深海君も書いてくれて、それを私が40分にまとめたので独立した作品なのだが、またしても発見があった。

 で、この設定を元にMONOの新作を書いている。
 しかも見せ方をいつもと少し変える。
 これも去年から考えていたアイデアだ。次回公演は音楽劇にすると言ってきたのがそれだ。

 私はストレートプレイが書きたいので、音楽を自然に取り入れられるような仕組みにしようと思った。
 同窓会でカラオケを歌い、その歌が物語とリンクして行く。
 なので音楽は重要だ。その為に絶対必要だと願っていた人もキャスティングできた。

 準備は進んでいる。

 歌詞の内容は台本とリンクしているので、私がベースを考えて、それを整えてもらおうと思っている。
 問題は曲だ。
 これが一番、今、頭を悩ませているところだ。

 曲を作ってもらう人を当たったりしているのだが、なかなかぴったりな人に出会えないね。お金の問題もあるしねえ。
 何人かにそれぞれに合った曲を作ってもらおうと思っているのだけど、誰かいないかねえ。
 
 欲しいのは作品のテーマとなるバラードと、皆で盛り上がれて懐かしい感じがする曲、そして演歌調の曲だ。
 これ、募集しようかな。
 相談してみよう。
posted by 土田英生 at 15:13| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月30日

小さなことを済ます

 もう完全に状況を見失ってしまっているね。
 返信していないメールとか、出せていない原稿もたくさんあると思う。
 ああ……。
 そうなのだ、こうした小さなことをまずは済ませないといけないのだ。

 今は朗読劇「解夏」の本番中。
 私は基本的に自分の演出した作品は本番も観るが、ステージ数が多くなれば、ところどころ観なかったりする。ただ……今回はなかなかそうはいかない。
 9組あるので初日の連続なのだ。
 昨日でやっと全員が本番を迎えたので、今日は他の仕事をさせてもらっている。
 
 そんな中、人には会っている。
 今年はたくさん知り合いが亡くなった。
 会いたい人とは、なるべく会っておきたい。後悔したくない。
 もちろん、自分にとって大事な人じゃなければ、別に会う必要はない。
 
 一昨日も本番が終わって劇場を出た時、知り合いのプロデューサーから電話があった。
 下北沢にいるという。
 私は迷うことなく行きますと答えた。
 この人には本当にお世話になっているのだ。そしてなにより、私を理解してくれている。
 大事な人だ。
 最近のテレビのことなどをただダラダラ喋っただけだが、とても元気が出た。今年はドラマを一本も書かなかったんですと話すと、まあ、無理にやらなくてもいいじゃないですか。けど、これからも面白いことを一緒にやりましょうね、と力強く言ってくれた。
 
 昔は短気だったが、いつからか私はかなり温和になった……と、自分では思っている。
 稽古場でもはしゃいだりはするけど、怒鳴ったりはしない。
 
 けれど、仕事で揉めることは……結構ある。
 ドラマの仕事などでも揉めて途中で降りたり、降ろされたことも何度もある。
 脅しのような言葉をかけられたこともあるし、はっきりと裏切られたこともあるしね。
 だけど、こっちだって理不尽なことは呑めない。
 それで仕事がなくなったとしても仕方がない。
 なにより、私には劇団だってあるし、自分の表現をできる場がある。
 まあ、劇団は仕事にはならないんだけどねえ。

 けれど、だからこそ信用してくれる人もいる。
 一昨日会ったプロデューサーはそんな一人だ。
 頭の中に、そういう人は何人か浮かぶ。だから私はまだまだ頑張れる。

 それにしても、昨日は……会いすぎた。
 まず、「解夏」は3公演あった。
 けれど、小屋入りする前、福岡の劇団「万能グローブガラパゴスダイナモス」の作家、川口君と制作の橋本さんと会った。わざわざ劇場まで来てくれたのだ。
 そして本番が始まるまで昔ながらの喫茶店でコーヒーを飲みながら、小さな声で喋った。

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 そして公演。
 一番最初は荒木宏文君と山本紗也加さんペア。
 この2人はこの回で最後なのだ。さようならなのだ。
 終演後、お疲れさまでしたと挨拶したり、演出助手の若林君も交えて記念写真を撮ったりしていた。

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 ……けれど、すでに内田朝陽君と彩吹真央さんが劇場に入っている。
 5分後には段取りの確認をしなければいけない。
 このペアはこの回が初めての本番なのだ。
 私は混乱する。
 お疲れさまなのか、よろしくお願いしますなのか、もう分からない。
 そして最後が鍵本輝君と朴璐美さんコンビ。
 
 劇場を出ると……疲れのせいか目眩がひどかった。
 私は下北沢に急いだ。
 まだまだやることはあるのだ。
 香西さんという映画監督と会うのだ。つい最近撮ったばかりの「しまこと小豆島」という短編映画に、私は声の出演をすることになっていた。けれど時間が合わず、まだ声を収録してもらっていなかったのだ。
 なので……二人きりで声を撮ってもらった。
 もう短い間にクラインクインとアップを済ませた。
 ここでもよろしくお願いしますとお疲れさまの間が短かった。

 この人は猛烈に忙しい人だ。
 昨日も下北沢の駅に機材などを抱えて現れたが、もう夜逃げしてきたような状態なのだ。
 しかも撮り終わると……彼女はもう一つの打ち合わせに向かっていった。
 私も……最後にもう一人会った。

 で、香西さんと話が合ったのは忙しい時こそ、小さなことをきちんと済ますということだねという話だった。
 短い原稿でも、メールの返信でも、ちょっとしたことが積み重なってしまうとどんどん沈んでいく。
 もちろん台本を書くという仕事が一番時間がかかるが、小さなことを全て済ましてしまい、書くだけになれば随分と心持ちが違うのだ。

 さてと、劇場へ向かおう。

 返信を待つ間にこれを書いていたのだが……ああ、だったら小さなことを済ませればよかった……。
 
posted by 土田英生 at 14:26| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月20日

知り合うこと、出会うこと

 今、稽古をしている『解夏』は10人が出演する。→
 正確に書けば出演するのは毎回2人。相手が入れ替わったりして、全部で9組。
 これを同じテキストと演出で朗読劇にしている。
 もう私の頭はパニック状態だ。あの組はこうだった、この組はああだったと、覚えておかなければいけないからだ。
 
 しかも初めて仕事を一緒にする人がほとんどなのだ。
 朴璐美さんは演劇集団円に私が書き下ろした『胸の谷間に蟻』に出演してくれていて、個人的にも親しくさせてもらっているし、内田朝陽君はホリプロで私の『少しはみ出て殴られた』を上演してくれていた時に出演していたので会ってはいる。
 けれど、それ以外は全員が初めましてだったのだ。

 全員の稽古が一通り済んで少しだけホッとしている。
 全員人柄がよかったからだ。
 稽古の合間も話が弾むし、「創る芝居は地味なくせに、ダメ出しだけが騒がしい」という私の演出も素直に受け入れてくれる。

 いつもそうだけど、初めてやる時は怖いのだ。
 どんな人だろうかと不安になる。
 皆、普通に仕事をしているわけだから、そんな変わった人はいないと思っているのに、それでも怖い。
 今回は出会えたなあと思える役者さんがたくさんいて嬉しい。
 ま、それは先にならないとわからないんだけどね。

 知り合うことと、出会うことは微妙に違う。
 この前、広島で試演会をした『はてにひとはな』を観ていて、そんなこと考えていた。
 ラストで13人の女性が並んで座るシーンがある。

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 このシーンを観ながら、私は一人一人の顔を眺めた。
 半年間、広島に通いながらワークショップをしたメンバーなので、もちろん、それぞれに愛着は湧いている。
 
 けれど、観ながら私はなんだか切なくなった。
 まあ、そういうシーンだったということもあるけど。

 ……これまでこうして何百人と知り合ってきた事実を思い出したのだ。
 稽古場で、ワークショップの現場で、他の仕事場で……知り合い、仲良くなり、その時は一緒に笑いあったりしている。連絡先を交換し、ご飯を食べに行ったりする。別れの寂しさも手伝って、「またこのメンバーでやろうね」などと盛り上がる。そこに嘘などない。
 しかし、終わってしばらくするとだんだん疎遠になり、やがてお互いの生活の中から消えて思い出になっていってしまうのだ。

 これまでに通り過ぎて行った役者さんたちを思って、妙に切ない気持ちになった。

 今月だけでも多くの人と知り合った。
 群馬の伊勢崎でワークショップをやった時にも面白い役者さんがたくさんいた。
 中には私が昔出した同人誌や、MONOのVHSのビデオなどを持ってきて見せてくれた人もいた。
 坂出の戯曲講座でも参加者はもちろん、スタッフも含めて仲良くなった。
 そして、もちろん広島でも。
 打ち上げでもらった皆からの寄せ書きを読みながら、一人一人のことを思う。

 改めて、長く一緒に活動している人たちのことを考えた。
 最初は皆ともこうして知り合ったはずだ。
 そんな中から、お互いの視界から消えずに残り続ける人たちが出てくる。
 MONOのメンバーもそうだけど、これはどういうことなんだろうね。

 秋だからこんなことを書いているのか?
 いや、今、考えている新作が「別れ」を題材にしたものだからかも知れないね。

 明日も「解夏」の稽古。
 今はほんの少し先のことだけ考えて頑張ろう。
 
posted by 土田英生 at 23:51| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

はてにひとはな

 13日から広島にいる。
 アステールの演劇学校、俳優コース最後の講座が連続してあるのだ。
 最終日の今日は試演会。おかげさまでお客さんも満席らしい。

 戯曲の審査を終えてから移動しようと思っていたのだが、時間がなくて広島まで台本を持ってきていた。
 年末に劇作家協会新人戯曲賞の最終審査をさせてもらうのだが、今年は2次審査も引き受けさせてもらったからだ。例年だと忙しさを理由に2次審査は断らせてもらっていたのだが、そんな時に支えてくださった小松幹生さんが……今年はいないのだ。亡くなってしまったのだ。私はとてもお世話になった人だ。
 なのでやることにさせてもらったのだ。2次で読んだのは11本。戯曲を読むのは本当に疲れる。
 広島にきて2日目になんとか審査表を提出した。
 
 なんだか妙に忙しい秋になってしまった。

 連続ドラマをやれたらいいなあと思っていたのだが、今年は機会がなかった。なかったのでワークショップなどをどんどんすることにした。結果、目まぐるしいことになってしまったようだ。
 今月だけで広島に2回、群馬の伊勢崎、香川の坂出。

 さすらいのワークショッパーだ。
 それぞれ出会った人たちの顔が浮かぶ。
 いい人たちだったね、皆。

 おかげでLINEにはわからないニックネームが増えた。
 なるべく、本名と、どこで出会ったのかを書いておくようにしているのだが……間に合ってないね。
 ちゃんと書いておかないと、半年後とかに、いきなり誰だかわからない人からメッセージがきたりするのだ。
 どうでもいいけど、あれは焦る。
 「お元気ですか? もーちゃんです!」などというメッセージを前にかなり深く考え込むことになるのだ。
 もーちゃん……誰だよ……?
 
 峠は超えたと思うが、とにかくキツかった。
 宮崎の作品もまだ書いている中、来年のMONOの新作も書き始めた。
 宮崎の方はプロットは出来上がっているのだが、MONOはまだ構想段階だ。タイトルも決まりかけているが、まだ悩んでいる。
 
 ああ、全部、きちんと終えられるのだろうか?
 よく「忙しい」と騒いでいる人を見かけるが、あれは勝手にそうしてるんだね。
 私はまさにそれだ。
 きっと暇になると不安だからだろうね。

 そして、朗読劇「解夏」の本番も迫っている。
 まだ終わってないけれど、この「解夏」の稽古は難しかった。
 同じテキストで9組が朗読劇をする。
 相手役が変わらない人もいれば、組み合わせが変わって3人とやる人もいる。
 つまり演出プランは変えられない。
 人によって変更するわけにはいかず、多少のゆとりを持たせながらも同じ演出をするのだ。
 同じようにやっているのに、役者によって全然違うものに見える。台本も何度も修正した。
 そうだ。
 この脚本も書くのが難しかったねえ。
 18日からは再び怒涛の1日10時間稽古が続く……。

 とにかく目の前のことをきちんとやらないとね。
 一つでも手を抜くと、全部がダメになる気がする。
 私は結構だらしないけれど、その恐怖心だけは常にある。
 
 今日も試演会もなんとか間に合った気がする。
 『はてにひとはな』という40分弱の作品になった。
 13人全員が女性。年齢もまちまちだが皆が女子高生の格好をする。そういう設定なのだ。

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 今日はゲネ、本番、打ち上げ。
 明日の朝には東京に戻って、打ち合わせ、そして夜は高円寺で斎藤憐さんを偲ぶ会。
 次の日からは、そうだ……10時間稽古の再開だ。

 ずっと微熱があったのだが、どうも風邪だったみたいだ。
 市販の薬をのんでいたらずいぶんしになった。
 熱も、多分、今はない。
 
 写真は昨日の朝。
 
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 この店については詳しく書こう。
 とにかく……これだけのパンを食べることになったのだが、この経験も2度目だ。
posted by 土田英生 at 09:18| 広島 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月04日

心技体のバランス

 全く休みのない日々が始まった。

 これまでもバタバタしていた。29日の夜だけは空いていたが、30日は大阪へ日帰りで行きヒアリングとミーティング、翌日からは泊まりで群馬に行き2日間のワークショップ、今日は「解夏」の稽古初日で、朝の10時半から夜の9時まで稽古。しかも終わってからは……個人的なことで深刻な話し合いもあった。
 明日も朝から稽古だから、眠ろうとベッドに入ったのだが……ダメだ。
 眠たいはずなのに眠れない。

 稽古は体もキツイけど、頭が疲れる。
 「解夏」は二人でやるリーディングドラマだが、違う組み合わせで9組もあるので、演出である私はずっと頭を使っていなければいけない。この稽古が4日続き、翌日からは香川で3日間の戯曲講座、戻ってきて1日だけ稽古オフの日があるので、昼と夜にそれぞれ芝居を見て、翌日はまた「解夏」の稽古、さらにその翌日からは4日間広島に滞在して稽古と本番。次の日から31日まではずっと「解夏」の稽古と本番だ。しかも戯曲賞の審査をしているので戯曲も読まなければいけない。

 ……ああ、踏ん張らないと。

 心技体という言葉がある。
 精神、技術、身体。
 今の私は……全部がバラバラな感じだ。
 心、体はもちろん、私がこれまで頼ってきた技の部分まで危うい。
 自業自得だけどね。

 この前、唯一空いていた夜、少し友達と喋った。
 私の中に伝えたいことがあったので、私はそれを勢い込んで話した。
 すると……今度は違う角度から、私に対しての指摘があった。

 私が話そうと思っていたことと……角度の違う切り込み方だった。

 自分が崩れて行くのを感じた。そんな話になるのだとしたら、さっき話したことを取り消したかった。いや、違う形にして、まとめて話したかった。けれど、もう遅いのだ。
 
 ここは反論せずに聞かないとダメだと思った。
 こんな機会はなかなかないからだ。
 もともと、私の方から伝えたいことがあったので、一瞬は「いや、でもね」という気持ちが芽生えたが、そこで言い合いをしたところで、どちらにもメリットはない。
 もったいないと思った。
 私が伝えたいことは、また、別の形でゆっくりと伝えればいい。
 そう、もっと、柔かい形で。
 ちゃんと相手に届く方法で。
 それが、私にはそもそも欠けていたのだ。
 
 私に関しての指摘はとてもよくわかった。
 ただ、時間が経つと、話の本筋以外の、尖った言葉の破片ばかりが心に残る。

 あ、具体的な内容を書きたいわけではない。
 それは話した私たちの問題だからだ。ざっくりいえば、私にとっての、人との距離の取り方というか、自分の見せ方というか、つまりコミュニケーションの方法に関することだった。つまり技の部分だ。少なくとも、その友達にそれがどう映っているのかを聞くことができた。
 で、考えた。
 そうか、少しだけ変えてみよう。
 そう思った。
 
 群馬でのワークショップは楽しかった。
 ほとんど眠っていない状態で向かったのだが、積極的な受講生の前に立つと私は自然にテンションが上がる。
 みなもよく笑ってくれ、説明する内容が伝わって行くのも感じる。
 群馬での公演などはしたことがないので、完全アウェー覚悟で臨んだのだが、私の戯曲を読んだりしてくている人もたくさんいたし、地元の劇団がよく上演もしてくれているらしい。中には私すら持っていない、これまでの私の戯曲集や小説、DVDなどを山のように持ってきて、サインしてくださいなどと言ってきてくれる人もいた。夜の懇親会はほとんど全員が出席して、いろんな話をした。
 本来なら私はゴキゲンMAXの環境だ。

 しかし、何度も私は考えた。
 その調子に乗っいる自分に疑いを持った。
 これこそ、今までの技ではないか。
 まったく同じじゃないか。
 
 懇親会が終わってホテルに戻り、私はさらに考え込んだ。
 
 翌日、再び私は喋り、大きな声を出し、意味なく身体を動かした。
 一緒だ。
 まったく変わらない。
 ワークショップはいい感じで終了した……と、思う。

 群馬からの帰り、またしても私は考えてみた。
 
 そして今日。「解夏」の稽古。
 若い俳優と女優が4人。
 私は落ち着いた感じで稽古をスタートした。

 ……気がついた時にははしゃいでいた。
 結局、朝から晩までフルテンションだった。
 やっぱりそこは変わらないらしい。
 
 まあ、これは仕方ないんだけどね。

 もう、ずっとそうなのだ。人といる時は「悩みのない人」だとか「楽しそう」だと言われ、一人になった時は異様に暗くなるというのを繰り返してきた。死ぬまでこうなんだろうか?

 とにかく10 月は乗り切る。
 そして、心技体のバランスを取り戻さないといけない。
 そうだ、バランスだね。

 ……そういえば、平均台とか 苦手だったしね、昔から。
posted by 土田英生 at 03:29| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

BAR土田

 相変わらず下北沢に色々な人がやってくる。

 いや、ほとんどの人は「今、なにしてますか?」という感じで連絡が来るので、多分、下北沢近辺にいて、時間が空き、「そういえばあいついるな」と考えて連絡をくれているんだと思う。
 その証拠に、ほとんどが稽古帰りの人か、下北で芝居を観た帰りの人か、打ち合わせ終わりの人だ。
 なんだろう。
 私は帰りに立ち寄るタイプなんだろうか?

 だとしたら、私はBARだ。これからはBAR土田と名乗ろう。蝶ネクタイにベストをきて、シャカシャカとシェーカーを振って出迎えることにする。

 ああ、来年のキャスティングが中々思い通りにいかない。
 けど、諦めずに頑張ろう。やっぱりやりたい人とやりたいし。

 いろんな人と会って喋りながら、人との関わりの不思議や、分岐点について思いをはせたりする。
 俯瞰してしまったりするね。
 会いにきてくれる人は、もちろん現在仲のいい人たちだ。知り合って間もない人もいるし、昔から続いている人もいるし、それはまちまちだ。

 けれど、こうして喋っていても、数年後には全く話さなくなったりする人もいるんだろうなあと思うと、少しだけ切ない気持ちになる。

 これまでだってそうだったからだ。
 
 一人の人間が出会う人の数なんてたかが知れている。
 ましてや、ずっと関係が続く人なんて本当に限られている。
 最近、つくづくそう思う。
 若い時はこれから無尽蔵に人に出会うと思い込んでいた。
 だから、簡単に関係を途絶えさせてしまった人たちもたくさんいた。
 あの時は、またこういう人に出会えると思っていたけれど、今になって考えると、やっぱりその人でしかなかったりするんだよね。

 まあ、それでも出会いに関しては私は恵まれているとは思う。
 MONOだってそうだ。彼らとこんなに長く一緒にいるとは想像もしていなかった。何度も分岐点はあったと思うけど、お互いにどこかで「こんな人はいない」と思えたから、こうして続いてるんだしね。お互いの努力もあるんだろうけど。

 けど、それは後になってしかわからないことなんだよね。
 現在、BAR土田に来店する人達との関係だって、十年後に振り返ったら全然違うんだろうし。

 昨日、広島で来月やる試演会の台本を書かなければいけなかった。
 けれど、いろいろな事務作業などをやっていたら夜になってしまった。
 さて書こうと思うのだが、眠気に襲われた。
 と、夜、かなり遅くなって……友達からLINEがきた。下北沢にいるという。やはり何かの帰りだ。

 しかしだ。私は朝までに書かなければいけない。遊んでいる時間はないのだ。
 けれど、このままだと眠ってしまう。だから会うついでに見張ってもらうことにした。

 ……おかげでパソコンに向かうことができ、そして書き終わった。

 情けないことなのだが、私はとても過保護に育った。
 小学校の時などは、親が後ろに立っていてくれないと宿題すらやらなかった。ただの漢字の書き取りなのに、父親は「そうだ。そこはハネて。そうそう」などと言いながら最後までいてくれていた記憶がある。
 だからなのか、今でも人が見ていると仕事ができたりする。MONOの最初の頃もそうだった。書けない時は水沼君などに部屋にきてもらったりしていた。
 
 話がそれた。
 
 まあ、忙しくなるから、しばらくはBAR土田は休業だ。
 
 
 
 
posted by 土田英生 at 07:41| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

パターンを変える

 なぜだか分からないけど、今月に入って異様に「ちょっと会いませんか」という連絡が多い。
 常連の人からも、本当に意外な人からも来る。
 最後に会っておこうとでもいうような勢いだ。
 間も無く私の身に何があるんじゃないかと不安になるではないか。

 気がついたらここ1週間は毎日誰かと会うという事態になっていた。
 知り合いとご飯を食べたり、ただただダラダラ喋ったり、意外な人と水タバコの店に行ったり、今頃になって公演の反省会をしたり、若い俳優の相談に乗ったり、劇作家や演出家と芝居の話をしたり、カメラマンの友達に写真の撮り方を教えてもらったり、一緒にゲームをしたり……これではまるで大学生だ。
 
 会おうと約束して果たせていない人もまだたくさんいるのだが、どうしたらいいのか。書くことや、準備しなければいけないこともあるしね。まあ、ちゃんと進めてはいるんだけどね。
 10月にある『解夏』のリーディング公演も脚本はほぼ出来上がったし、書き下ろし小説も最終の校正をしてもらっている段階まで来た。
 残っているのは……広島でやる演劇学校の台本、戯曲賞の候補作を読むこと、MONOの次回公演を書くこと、宮崎のプロデュース公演の台本を完成させることぐらいだ。いや、おかしいな。結構あるな。
 
 今日も午後からは人と会う約束だ。
 とにかく今は誘われたら会っている。

 私には時々こういう時期がある。
 そしてそういう時、何かが変わる。
 自分で自分のパターンを決めてしまっている人は結構多い。
 しかし、うまく回らないのはそのパターンのせいだったりする。
 性格は一生変わらないと考えているけど、環境によって考え方は変えられる。
 育った過程や性格で出来上がった自分の行動パターンはそれなりに意味がある。自分にとって、それが快適に生きる方法だからだ。けれど、そのパターンの中にいるだけでは同じことの繰り返しにしかならない。新しい展開を望むならパターンを崩さなければいけない。
 私はそういう時に他人を使わせてもらってきた。
 人から言われたことをそのままやってみたり、流れに身を任せてみたり。
 すると環境が変化し、自分のパターンが崩れる。
 と、意外なところに道が見えたりするのだ。
 変わるね、また。
 どんなことになるのか、楽しみだね。
 
posted by 土田英生 at 08:18| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

守るものと捨てるもの

 何を守ればいいのか、何を捨てればいいのかを考える。
 もちろん物事は1か0ではなくて、その間もあるわけで簡単に線を引けるものでもない。
 けれど、やっぱり物事には優先順位があって、一番やりたいことや欲しいものを手に入れると、二番目のものは捨てなければいけなかったりする。

 私はかなり俗な欲も持ち合わせているので、できればやりたいことをやりながら、それでも社会的にも認められたいとずっと願ってきた。
 けれど、やっぱり全部は無理なんだよね。
 都合いいところだけを欲しいということには無理がある。

 前に、とあるワークショップで「劇作家で食べるのはどうしたらいいですか?」と聞かれ、「面白いものを書くしかないんじゃないですかね」と答えたら、「いや、食べられないなら劇作家を目指すのをやめようと思って」と答えた人がいた。
 だけどねえ。
 そんなことは誰も保証できないし。
 そもそも金持ちになりたかったら、劇作家なんて目指さない方がいいよね。売れたとしたってたかが知れてるんだし。
 まあ、自分のやりたいことをやりながら、それでもなんとか生活したいというのならなんとなく分かるけど。
 
 20代の頃、とにかくバイトをやめたいと願っていた。けど、具体的な勝算や方法もなく、ただ、劇団で公演を繰り返し、そして赤字を作っていた。ある時、お客さんが増えだした。東京から声もかかり公演をした。公演の成功だけを願って芝居を作っていた。
 そしたら脚本の依頼がきたり、テレビドラマを書いてくれと言われたりして、気が付いたら生活ができていた。まあ、今だってそれがいつまで続くかわからないけどね。
 
 何かをやるには、何かを諦めなければいけない。
 守るものは一番大事なところだけにしないといけない。
 それは人によって違ったっていいしね。

 まあ、初心に帰って頑張ろうと思う次第だね。
 
posted by 土田英生 at 03:34| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

下北沢で回収

 この先私はどうにかなるんじゃないかと心配になるくらい色々な人から連絡があった。
 すっかりご無沙汰だった人や、知り合って間もない人、珍しい人から仲のいい人まで、この3日間、不思議なほど皆からの誘いが重なったのだ。中には「嘘だろ」と思うような人までいた。
 書かないといけないものもあるので、1日に一人だけにして会ったりした。
 皆、下北沢まで来てくれた。
 いや、問題はそのたびに私は店に何かを置いてくるということだった。
 昨日、万年筆がないことに気がついた。
 そしてよく考えてみるとライターもない。
 さらにはお気に入りのイヤホンもケースごと見当たらなかった。
 なので、この3日間で行った店を巡ってみた。
 全部、回収できた。

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 今年は色々と決断を迫られる。
 宮崎に滞在している期間に考えることができた。
 だから今はすっきりしている。
 進んでみて後で考えればのだ。

 なくしたものがあったとしても、きっと回収できるしね。
 
posted by 土田英生 at 07:12| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする