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MONO代表・土田英生のブログです

2016年11月06日

種類は変われど。

 奈良にいる。
 けれどホテルから出ていないので、全く奈良を味わっていない。
 ずっと台本を書いていた。
 人のコンプレクックスや悩みに関する台詞を書きながら苦しくなった。なのでやめることにした。
 明日も早いので、そろそろ眠らないといけない。
 
 昨日、偶然のことだったけど、ある女優さんと呑むことになった。
 20代で随分と活躍をしている。きっと、これからもっと世間にも認知されて行くだろう。
 外から見ていると順調そのものだ。
 けれど、彼女は自分のコンプレックスとか悩みを話していた。私はそれを聞きながら、懸命に励ました。
 
 どうでもいいけど、あの店、美味しかったな……。

IMG_9532 (1).jpg


 いや、それはいいや。

 けれど、いつまでたってもそんなに楽にはならないんだよね。
 自分との付き合い方は上手になるけど、本質的なところはきっと変わらないんだと思う。
 確かに、私も20代の頃はコンプレックスの塊だった。
 まずは生活。
 勢いで演劇を始めたものの全く生活ができない。
 居酒屋、お蕎麦屋さん、会社の事務、いろんなバイトをしたけどすぐに休んでしまう。そしてやめてしまう。
 だから常にお金がなかった。
 昼過ぎに起き、食べるものもなく、「ああ、俺は社会のクズだ」とよく思った。
 同級生が結婚をして式に招待されても、ちゃんとした服がないわ、ご祝儀も皆のように出せないわ。本当、みんなに申し訳なかったし、恥ずかしかった。
 とにかく生活は悲惨だったのだ。
 母親がこっそり送ってくれたダンボールを開けると、そこに入っているのはマヨネーズやジャム。
 つけるものがない。パンもなければ野菜もないのだ。
 さすがに母親もそこまでだとは思っていなかったのだろう。
 マヨネーズをそのままチューブから吸ったりした。宇宙食かと思った。
 ジャムもそのまま食べたね。
 鈴虫だった。
 家賃も9ヶ月溜めたことがある。
 一ヶ月、肉体労働をして払った時には、「祝」と書かれたビールを大家さんがくれた。
 なんの祝いだったんだろう?
 
 親にもよくお金を借りた。
 ちょうど、その頃、日本劇作家協会ができ、入会しようと誘われた。
 年会費は1万2千円。
 それを母親に無心した。
 と、母親は自分のカードで振り込んでしまい、

『英生、どうしよう? お母さんの名前で振り込んじゃったがね』

 と、電話があった。
 そうなのだ。うちの母親は私よりも先に劇作家協会に入会してしまったのだ。
 後日、事務局にその訂正の電話をしたのだが、とても恥ずかしかったのを覚えている。

 けれど劇団だけは真面目にやっていた気がする。
 一緒にやっていた水沼君も私と似たり寄ったりだった。
 だからいつも一緒にいた。一緒にいてもお互いにお金がない。
 ただ、歩き、そしてよく喋った。
 いつか食えるようになるかなあと、夢のような話ばかりしていた気がする。

 アルバイトをやめたのは29歳の時だった。
 何のきっかけでというのは覚えていない。
 ただ、その頃、急に環境が変わったのは確かだった。

 そのちょっと前、劇団の公演では突然お客さんが増えた。
 忘れられないのは『約三十の嘘』という舞台の時だ。
 初日からお客さんがたくさんきた。その頃は日時指定でもなかったので、偶然、お客さんが初日に偏ったのだと思った。けれど、二日目も三日目もお客さんは入った。
 そしてそれからしばらくして、『─初恋』という芝居を創った時だ。
 関係者と言われる人が、次々に楽屋にやってきた。
 そして台本を書いてくれと言われたのだった。

 まず、マキノノゾミさんから連絡をもらった。そして今はなくなったが、劇団M.O.P.に戯曲を書いてくれと頼まれたのだ。『遠州の葬儀屋』という作品を書いた。
 それが私が人に頼まれて書いた最初の台本だ。
 だから今でも私はマキノさんに会うたびに、心の中で深く頭を下げている。

 ほぼ、同時期にG2プロデュースに『いつわりとクロワッサン』、そしてパルコプロデュースに『BOYS TIME』、劇団青年座に『悔しい女』、文学座に『崩れた石垣、のぼる鮭たち』と立て続けに台本を書かせてもらった。草𦿶剛さんの朗読劇も作演出させてもらったし、本も出した。続けて初めての連ドラ脚本『天才! 柳沢教授の生活』をやらせてもらった。
 全て二、三年の間のことだ。
 よく全部やったなあと思う。
 そして、MONOも『きゅうりの花』という作品で利賀のフェスティバルに呼んでもらい、東京公演も毎回するようになった。

 生活は安定したが、この頃の私は別のコンプレックスで苦しかった。
 自分に才能があるとはどうしても思えなかった。
 私の周りには面白い人がたくさんいたのだ。
 仲のよかった松田正隆さんと鈴江俊郎さんは岸田戯曲賞を同時受賞した。続いて深津君も受賞した。私はどの賞の最終候補にも残らなかった。マキノさんは全国で活躍していたし、一緒にコントをやっていた故林広志君の書くものは本当に面白いし……。
 だからテレビで頑張ろうとドラマも一生懸命書いたが、なかなか視聴率も振るわない。
 いくら仕事をしても、どこかで私は『ズル』をしているような気分だった。
 本当は才能ないのに、みんなは気づかずに仕事をくれている……いつか化けの皮が剥がれてしまう。

 そういう時、ずっと支えになっていたのが劇団の存在だった。
 彼らは全然変わらなかった。
 
 ある時、稽古中に私は泣き出したことがある。
 皆は稽古をやめて、こっちを見ている。
 私は言った。

『なんでこんな才能のない俺と一緒にやってるの?』

 その日は、またしても戯曲賞の最終候補に残らなかったと分かった日だったのだ。
 メンバーは何も言わなかった。
 ただ、稽古しようよ、と言った。

 そうしたコンプレックスからいつ頃解放されたのか?
 多分、ロンドンに留学したのがきっかけだったと思う。
 
 で、現在。
 悩みがないかといえば……悩みだらけだ。
 種類は変われど、常に自分の心は晴れない。
 けれど、これはきっとずっと続くんだよね。
 そして、今抱えている問題は……書けないね、やっぱり。
 終わったことだと笑い話にできるんだけどね。
 
 寝よう。
posted by 土田英生 at 00:29| 奈良 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月05日

MONOの新作

 しばらく更新していなかったけど「解夏」が終わった。
 10人で9組の朗読劇はなにかと大変だったけど、その分、多くの人と知り合うことができたし良かった。
 
 終わっていきなり現実がやってきた。
 宮崎で来年にやる舞台の脚本を早く完成させないといけない。途中で止まったままだ。早くラストまで書き上げなければ。

 来年のMONOの新作も書き始めなければいけない。けれど11月も割とバタバタと忙しいのだ。
 一応、構想は固まった。情報公開はまだだけど、タイトルも決まった。

 『ハテノウタ』
 
 元々は映画と舞台のコラボで何かしようと大谷健太郎監督と話していた企画だった。それが進まない中、私の中で構想が膨らんでしまった。電車に乗っていたり、普段ぼうっとしていても台詞などが浮かんできてしまう。見かけはバラバラなのに同級生という設定だ。
 大人がやる青春群像劇。渋くて切ない。絶対に面白くなる。

 私は思いついたら、すぐに書きたくなってしまう。
 夏にやった大分のワークショップ。
 最終日に発表会があった。
 参加者の年齢がバラバラだったので、この設定を使って15分くらいのものを創ってみることにした。
 もちろんそれはワークショップに合わせたものにはなっていたが、色々と発見があった。
 さらに書きたくなった。
 なので、広島のアステールの演劇学校の試演会でも同じ設定でやってみることにした。
 『はてにひとはな』というタイトルをつけた。
 これは受講生の上岡さんや、手伝ってくれていた深海君も書いてくれて、それを私が40分にまとめたので独立した作品なのだが、またしても発見があった。

 で、この設定を元にMONOの新作を書いている。
 しかも見せ方をいつもと少し変える。
 これも去年から考えていたアイデアだ。次回公演は音楽劇にすると言ってきたのがそれだ。

 私はストレートプレイが書きたいので、音楽を自然に取り入れられるような仕組みにしようと思った。
 同窓会でカラオケを歌い、その歌が物語とリンクして行く。
 なので音楽は重要だ。その為に絶対必要だと願っていた人もキャスティングできた。

 準備は進んでいる。

 歌詞の内容は台本とリンクしているので、私がベースを考えて、それを整えてもらおうと思っている。
 問題は曲だ。
 これが一番、今、頭を悩ませているところだ。

 曲を作ってもらう人を当たったりしているのだが、なかなかぴったりな人に出会えないね。お金の問題もあるしねえ。
 何人かにそれぞれに合った曲を作ってもらおうと思っているのだけど、誰かいないかねえ。
 
 欲しいのは作品のテーマとなるバラードと、皆で盛り上がれて懐かしい感じがする曲、そして演歌調の曲だ。
 これ、募集しようかな。
 相談してみよう。
posted by 土田英生 at 15:13| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月30日

小さなことを済ます

 もう完全に状況を見失ってしまっているね。
 返信していないメールとか、出せていない原稿もたくさんあると思う。
 ああ……。
 そうなのだ、こうした小さなことをまずは済ませないといけないのだ。

 今は朗読劇「解夏」の本番中。
 私は基本的に自分の演出した作品は本番も観るが、ステージ数が多くなれば、ところどころ観なかったりする。ただ……今回はなかなかそうはいかない。
 9組あるので初日の連続なのだ。
 昨日でやっと全員が本番を迎えたので、今日は他の仕事をさせてもらっている。
 
 そんな中、人には会っている。
 今年はたくさん知り合いが亡くなった。
 会いたい人とは、なるべく会っておきたい。後悔したくない。
 もちろん、自分にとって大事な人じゃなければ、別に会う必要はない。
 
 一昨日も本番が終わって劇場を出た時、知り合いのプロデューサーから電話があった。
 下北沢にいるという。
 私は迷うことなく行きますと答えた。
 この人には本当にお世話になっているのだ。そしてなにより、私を理解してくれている。
 大事な人だ。
 最近のテレビのことなどをただダラダラ喋っただけだが、とても元気が出た。今年はドラマを一本も書かなかったんですと話すと、まあ、無理にやらなくてもいいじゃないですか。けど、これからも面白いことを一緒にやりましょうね、と力強く言ってくれた。
 
 昔は短気だったが、いつからか私はかなり温和になった……と、自分では思っている。
 稽古場でもはしゃいだりはするけど、怒鳴ったりはしない。
 
 けれど、仕事で揉めることは……結構ある。
 ドラマの仕事などでも揉めて途中で降りたり、降ろされたことも何度もある。
 脅しのような言葉をかけられたこともあるし、はっきりと裏切られたこともあるしね。
 だけど、こっちだって理不尽なことは呑めない。
 それで仕事がなくなったとしても仕方がない。
 なにより、私には劇団だってあるし、自分の表現をできる場がある。
 まあ、劇団は仕事にはならないんだけどねえ。

 けれど、だからこそ信用してくれる人もいる。
 一昨日会ったプロデューサーはそんな一人だ。
 頭の中に、そういう人は何人か浮かぶ。だから私はまだまだ頑張れる。

 それにしても、昨日は……会いすぎた。
 まず、「解夏」は3公演あった。
 けれど、小屋入りする前、福岡の劇団「万能グローブガラパゴスダイナモス」の作家、川口君と制作の橋本さんと会った。わざわざ劇場まで来てくれたのだ。
 そして本番が始まるまで昔ながらの喫茶店でコーヒーを飲みながら、小さな声で喋った。

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 そして公演。
 一番最初は荒木宏文君と山本紗也加さんペア。
 この2人はこの回で最後なのだ。さようならなのだ。
 終演後、お疲れさまでしたと挨拶したり、演出助手の若林君も交えて記念写真を撮ったりしていた。

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 ……けれど、すでに内田朝陽君と彩吹真央さんが劇場に入っている。
 5分後には段取りの確認をしなければいけない。
 このペアはこの回が初めての本番なのだ。
 私は混乱する。
 お疲れさまなのか、よろしくお願いしますなのか、もう分からない。
 そして最後が鍵本輝君と朴璐美さんコンビ。
 
 劇場を出ると……疲れのせいか目眩がひどかった。
 私は下北沢に急いだ。
 まだまだやることはあるのだ。
 香西さんという映画監督と会うのだ。つい最近撮ったばかりの「しまこと小豆島」という短編映画に、私は声の出演をすることになっていた。けれど時間が合わず、まだ声を収録してもらっていなかったのだ。
 なので……二人きりで声を撮ってもらった。
 もう短い間にクラインクインとアップを済ませた。
 ここでもよろしくお願いしますとお疲れさまの間が短かった。

 この人は猛烈に忙しい人だ。
 昨日も下北沢の駅に機材などを抱えて現れたが、もう夜逃げしてきたような状態なのだ。
 しかも撮り終わると……彼女はもう一つの打ち合わせに向かっていった。
 私も……最後にもう一人会った。

 で、香西さんと話が合ったのは忙しい時こそ、小さなことをきちんと済ますということだねという話だった。
 短い原稿でも、メールの返信でも、ちょっとしたことが積み重なってしまうとどんどん沈んでいく。
 もちろん台本を書くという仕事が一番時間がかかるが、小さなことを全て済ましてしまい、書くだけになれば随分と心持ちが違うのだ。

 さてと、劇場へ向かおう。

 返信を待つ間にこれを書いていたのだが……ああ、だったら小さなことを済ませればよかった……。
 
posted by 土田英生 at 14:26| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月20日

知り合うこと、出会うこと

 今、稽古をしている『解夏』は10人が出演する。→
 正確に書けば出演するのは毎回2人。相手が入れ替わったりして、全部で9組。
 これを同じテキストと演出で朗読劇にしている。
 もう私の頭はパニック状態だ。あの組はこうだった、この組はああだったと、覚えておかなければいけないからだ。
 
 しかも初めて仕事を一緒にする人がほとんどなのだ。
 朴璐美さんは演劇集団円に私が書き下ろした『胸の谷間に蟻』に出演してくれていて、個人的にも親しくさせてもらっているし、内田朝陽君はホリプロで私の『少しはみ出て殴られた』を上演してくれていた時に出演していたので会ってはいる。
 けれど、それ以外は全員が初めましてだったのだ。

 全員の稽古が一通り済んで少しだけホッとしている。
 全員人柄がよかったからだ。
 稽古の合間も話が弾むし、「創る芝居は地味なくせに、ダメ出しだけが騒がしい」という私の演出も素直に受け入れてくれる。

 いつもそうだけど、初めてやる時は怖いのだ。
 どんな人だろうかと不安になる。
 皆、普通に仕事をしているわけだから、そんな変わった人はいないと思っているのに、それでも怖い。
 今回は出会えたなあと思える役者さんがたくさんいて嬉しい。
 ま、それは先にならないとわからないんだけどね。

 知り合うことと、出会うことは微妙に違う。
 この前、広島で試演会をした『はてにひとはな』を観ていて、そんなこと考えていた。
 ラストで13人の女性が並んで座るシーンがある。

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 このシーンを観ながら、私は一人一人の顔を眺めた。
 半年間、広島に通いながらワークショップをしたメンバーなので、もちろん、それぞれに愛着は湧いている。
 
 けれど、観ながら私はなんだか切なくなった。
 まあ、そういうシーンだったということもあるけど。

 ……これまでこうして何百人と知り合ってきた事実を思い出したのだ。
 稽古場で、ワークショップの現場で、他の仕事場で……知り合い、仲良くなり、その時は一緒に笑いあったりしている。連絡先を交換し、ご飯を食べに行ったりする。別れの寂しさも手伝って、「またこのメンバーでやろうね」などと盛り上がる。そこに嘘などない。
 しかし、終わってしばらくするとだんだん疎遠になり、やがてお互いの生活の中から消えて思い出になっていってしまうのだ。

 これまでに通り過ぎて行った役者さんたちを思って、妙に切ない気持ちになった。

 今月だけでも多くの人と知り合った。
 群馬の伊勢崎でワークショップをやった時にも面白い役者さんがたくさんいた。
 中には私が昔出した同人誌や、MONOのVHSのビデオなどを持ってきて見せてくれた人もいた。
 坂出の戯曲講座でも参加者はもちろん、スタッフも含めて仲良くなった。
 そして、もちろん広島でも。
 打ち上げでもらった皆からの寄せ書きを読みながら、一人一人のことを思う。

 改めて、長く一緒に活動している人たちのことを考えた。
 最初は皆ともこうして知り合ったはずだ。
 そんな中から、お互いの視界から消えずに残り続ける人たちが出てくる。
 MONOのメンバーもそうだけど、これはどういうことなんだろうね。

 秋だからこんなことを書いているのか?
 いや、今、考えている新作が「別れ」を題材にしたものだからかも知れないね。

 明日も「解夏」の稽古。
 今はほんの少し先のことだけ考えて頑張ろう。
 
posted by 土田英生 at 23:51| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

はてにひとはな

 13日から広島にいる。
 アステールの演劇学校、俳優コース最後の講座が連続してあるのだ。
 最終日の今日は試演会。おかげさまでお客さんも満席らしい。

 戯曲の審査を終えてから移動しようと思っていたのだが、時間がなくて広島まで台本を持ってきていた。
 年末に劇作家協会新人戯曲賞の最終審査をさせてもらうのだが、今年は2次審査も引き受けさせてもらったからだ。例年だと忙しさを理由に2次審査は断らせてもらっていたのだが、そんな時に支えてくださった小松幹生さんが……今年はいないのだ。亡くなってしまったのだ。私はとてもお世話になった人だ。
 なのでやることにさせてもらったのだ。2次で読んだのは11本。戯曲を読むのは本当に疲れる。
 広島にきて2日目になんとか審査表を提出した。
 
 なんだか妙に忙しい秋になってしまった。

 連続ドラマをやれたらいいなあと思っていたのだが、今年は機会がなかった。なかったのでワークショップなどをどんどんすることにした。結果、目まぐるしいことになってしまったようだ。
 今月だけで広島に2回、群馬の伊勢崎、香川の坂出。

 さすらいのワークショッパーだ。
 それぞれ出会った人たちの顔が浮かぶ。
 いい人たちだったね、皆。

 おかげでLINEにはわからないニックネームが増えた。
 なるべく、本名と、どこで出会ったのかを書いておくようにしているのだが……間に合ってないね。
 ちゃんと書いておかないと、半年後とかに、いきなり誰だかわからない人からメッセージがきたりするのだ。
 どうでもいいけど、あれは焦る。
 「お元気ですか? もーちゃんです!」などというメッセージを前にかなり深く考え込むことになるのだ。
 もーちゃん……誰だよ……?
 
 峠は超えたと思うが、とにかくキツかった。
 宮崎の作品もまだ書いている中、来年のMONOの新作も書き始めた。
 宮崎の方はプロットは出来上がっているのだが、MONOはまだ構想段階だ。タイトルも決まりかけているが、まだ悩んでいる。
 
 ああ、全部、きちんと終えられるのだろうか?
 よく「忙しい」と騒いでいる人を見かけるが、あれは勝手にそうしてるんだね。
 私はまさにそれだ。
 きっと暇になると不安だからだろうね。

 そして、朗読劇「解夏」の本番も迫っている。
 まだ終わってないけれど、この「解夏」の稽古は難しかった。
 同じテキストで9組が朗読劇をする。
 相手役が変わらない人もいれば、組み合わせが変わって3人とやる人もいる。
 つまり演出プランは変えられない。
 人によって変更するわけにはいかず、多少のゆとりを持たせながらも同じ演出をするのだ。
 同じようにやっているのに、役者によって全然違うものに見える。台本も何度も修正した。
 そうだ。
 この脚本も書くのが難しかったねえ。
 18日からは再び怒涛の1日10時間稽古が続く……。

 とにかく目の前のことをきちんとやらないとね。
 一つでも手を抜くと、全部がダメになる気がする。
 私は結構だらしないけれど、その恐怖心だけは常にある。
 
 今日も試演会もなんとか間に合った気がする。
 『はてにひとはな』という40分弱の作品になった。
 13人全員が女性。年齢もまちまちだが皆が女子高生の格好をする。そういう設定なのだ。

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 今日はゲネ、本番、打ち上げ。
 明日の朝には東京に戻って、打ち合わせ、そして夜は高円寺で斎藤憐さんを偲ぶ会。
 次の日からは、そうだ……10時間稽古の再開だ。

 ずっと微熱があったのだが、どうも風邪だったみたいだ。
 市販の薬をのんでいたらずいぶんしになった。
 熱も、多分、今はない。
 
 写真は昨日の朝。
 
IMG_9418.jpg
 

 この店については詳しく書こう。
 とにかく……これだけのパンを食べることになったのだが、この経験も2度目だ。
posted by 土田英生 at 09:18| 広島 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月04日

心技体のバランス

 全く休みのない日々が始まった。

 これまでもバタバタしていた。29日の夜だけは空いていたが、30日は大阪へ日帰りで行きヒアリングとミーティング、翌日からは泊まりで群馬に行き2日間のワークショップ、今日は「解夏」の稽古初日で、朝の10時半から夜の9時まで稽古。しかも終わってからは……個人的なことで深刻な話し合いもあった。
 明日も朝から稽古だから、眠ろうとベッドに入ったのだが……ダメだ。
 眠たいはずなのに眠れない。

 稽古は体もキツイけど、頭が疲れる。
 「解夏」は二人でやるリーディングドラマだが、違う組み合わせで9組もあるので、演出である私はずっと頭を使っていなければいけない。この稽古が4日続き、翌日からは香川で3日間の戯曲講座、戻ってきて1日だけ稽古オフの日があるので、昼と夜にそれぞれ芝居を見て、翌日はまた「解夏」の稽古、さらにその翌日からは4日間広島に滞在して稽古と本番。次の日から31日まではずっと「解夏」の稽古と本番だ。しかも戯曲賞の審査をしているので戯曲も読まなければいけない。

 ……ああ、踏ん張らないと。

 心技体という言葉がある。
 精神、技術、身体。
 今の私は……全部がバラバラな感じだ。
 心、体はもちろん、私がこれまで頼ってきた技の部分まで危うい。
 自業自得だけどね。

 この前、唯一空いていた夜、少し友達と喋った。
 私の中に伝えたいことがあったので、私はそれを勢い込んで話した。
 すると……今度は違う角度から、私に対しての指摘があった。

 私が話そうと思っていたことと……角度の違う切り込み方だった。

 自分が崩れて行くのを感じた。そんな話になるのだとしたら、さっき話したことを取り消したかった。いや、違う形にして、まとめて話したかった。けれど、もう遅いのだ。
 
 ここは反論せずに聞かないとダメだと思った。
 こんな機会はなかなかないからだ。
 もともと、私の方から伝えたいことがあったので、一瞬は「いや、でもね」という気持ちが芽生えたが、そこで言い合いをしたところで、どちらにもメリットはない。
 もったいないと思った。
 私が伝えたいことは、また、別の形でゆっくりと伝えればいい。
 そう、もっと、柔かい形で。
 ちゃんと相手に届く方法で。
 それが、私にはそもそも欠けていたのだ。
 
 私に関しての指摘はとてもよくわかった。
 ただ、時間が経つと、話の本筋以外の、尖った言葉の破片ばかりが心に残る。

 あ、具体的な内容を書きたいわけではない。
 それは話した私たちの問題だからだ。ざっくりいえば、私にとっての、人との距離の取り方というか、自分の見せ方というか、つまりコミュニケーションの方法に関することだった。つまり技の部分だ。少なくとも、その友達にそれがどう映っているのかを聞くことができた。
 で、考えた。
 そうか、少しだけ変えてみよう。
 そう思った。
 
 群馬でのワークショップは楽しかった。
 ほとんど眠っていない状態で向かったのだが、積極的な受講生の前に立つと私は自然にテンションが上がる。
 みなもよく笑ってくれ、説明する内容が伝わって行くのも感じる。
 群馬での公演などはしたことがないので、完全アウェー覚悟で臨んだのだが、私の戯曲を読んだりしてくている人もたくさんいたし、地元の劇団がよく上演もしてくれているらしい。中には私すら持っていない、これまでの私の戯曲集や小説、DVDなどを山のように持ってきて、サインしてくださいなどと言ってきてくれる人もいた。夜の懇親会はほとんど全員が出席して、いろんな話をした。
 本来なら私はゴキゲンMAXの環境だ。

 しかし、何度も私は考えた。
 その調子に乗っいる自分に疑いを持った。
 これこそ、今までの技ではないか。
 まったく同じじゃないか。
 
 懇親会が終わってホテルに戻り、私はさらに考え込んだ。
 
 翌日、再び私は喋り、大きな声を出し、意味なく身体を動かした。
 一緒だ。
 まったく変わらない。
 ワークショップはいい感じで終了した……と、思う。

 群馬からの帰り、またしても私は考えてみた。
 
 そして今日。「解夏」の稽古。
 若い俳優と女優が4人。
 私は落ち着いた感じで稽古をスタートした。

 ……気がついた時にははしゃいでいた。
 結局、朝から晩までフルテンションだった。
 やっぱりそこは変わらないらしい。
 
 まあ、これは仕方ないんだけどね。

 もう、ずっとそうなのだ。人といる時は「悩みのない人」だとか「楽しそう」だと言われ、一人になった時は異様に暗くなるというのを繰り返してきた。死ぬまでこうなんだろうか?

 とにかく10 月は乗り切る。
 そして、心技体のバランスを取り戻さないといけない。
 そうだ、バランスだね。

 ……そういえば、平均台とか 苦手だったしね、昔から。
posted by 土田英生 at 03:29| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

BAR土田

 相変わらず下北沢に色々な人がやってくる。

 いや、ほとんどの人は「今、なにしてますか?」という感じで連絡が来るので、多分、下北沢近辺にいて、時間が空き、「そういえばあいついるな」と考えて連絡をくれているんだと思う。
 その証拠に、ほとんどが稽古帰りの人か、下北で芝居を観た帰りの人か、打ち合わせ終わりの人だ。
 なんだろう。
 私は帰りに立ち寄るタイプなんだろうか?

 だとしたら、私はBARだ。これからはBAR土田と名乗ろう。蝶ネクタイにベストをきて、シャカシャカとシェーカーを振って出迎えることにする。

 ああ、来年のキャスティングが中々思い通りにいかない。
 けど、諦めずに頑張ろう。やっぱりやりたい人とやりたいし。

 いろんな人と会って喋りながら、人との関わりの不思議や、分岐点について思いをはせたりする。
 俯瞰してしまったりするね。
 会いにきてくれる人は、もちろん現在仲のいい人たちだ。知り合って間もない人もいるし、昔から続いている人もいるし、それはまちまちだ。

 けれど、こうして喋っていても、数年後には全く話さなくなったりする人もいるんだろうなあと思うと、少しだけ切ない気持ちになる。

 これまでだってそうだったからだ。
 
 一人の人間が出会う人の数なんてたかが知れている。
 ましてや、ずっと関係が続く人なんて本当に限られている。
 最近、つくづくそう思う。
 若い時はこれから無尽蔵に人に出会うと思い込んでいた。
 だから、簡単に関係を途絶えさせてしまった人たちもたくさんいた。
 あの時は、またこういう人に出会えると思っていたけれど、今になって考えると、やっぱりその人でしかなかったりするんだよね。

 まあ、それでも出会いに関しては私は恵まれているとは思う。
 MONOだってそうだ。彼らとこんなに長く一緒にいるとは想像もしていなかった。何度も分岐点はあったと思うけど、お互いにどこかで「こんな人はいない」と思えたから、こうして続いてるんだしね。お互いの努力もあるんだろうけど。

 けど、それは後になってしかわからないことなんだよね。
 現在、BAR土田に来店する人達との関係だって、十年後に振り返ったら全然違うんだろうし。

 昨日、広島で来月やる試演会の台本を書かなければいけなかった。
 けれど、いろいろな事務作業などをやっていたら夜になってしまった。
 さて書こうと思うのだが、眠気に襲われた。
 と、夜、かなり遅くなって……友達からLINEがきた。下北沢にいるという。やはり何かの帰りだ。

 しかしだ。私は朝までに書かなければいけない。遊んでいる時間はないのだ。
 けれど、このままだと眠ってしまう。だから会うついでに見張ってもらうことにした。

 ……おかげでパソコンに向かうことができ、そして書き終わった。

 情けないことなのだが、私はとても過保護に育った。
 小学校の時などは、親が後ろに立っていてくれないと宿題すらやらなかった。ただの漢字の書き取りなのに、父親は「そうだ。そこはハネて。そうそう」などと言いながら最後までいてくれていた記憶がある。
 だからなのか、今でも人が見ていると仕事ができたりする。MONOの最初の頃もそうだった。書けない時は水沼君などに部屋にきてもらったりしていた。
 
 話がそれた。
 
 まあ、忙しくなるから、しばらくはBAR土田は休業だ。
 
 
 
 
posted by 土田英生 at 07:41| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

パターンを変える

 なぜだか分からないけど、今月に入って異様に「ちょっと会いませんか」という連絡が多い。
 常連の人からも、本当に意外な人からも来る。
 最後に会っておこうとでもいうような勢いだ。
 間も無く私の身に何があるんじゃないかと不安になるではないか。

 気がついたらここ1週間は毎日誰かと会うという事態になっていた。
 知り合いとご飯を食べたり、ただただダラダラ喋ったり、意外な人と水タバコの店に行ったり、今頃になって公演の反省会をしたり、若い俳優の相談に乗ったり、劇作家や演出家と芝居の話をしたり、カメラマンの友達に写真の撮り方を教えてもらったり、一緒にゲームをしたり……これではまるで大学生だ。
 
 会おうと約束して果たせていない人もまだたくさんいるのだが、どうしたらいいのか。書くことや、準備しなければいけないこともあるしね。まあ、ちゃんと進めてはいるんだけどね。
 10月にある『解夏』のリーディング公演も脚本はほぼ出来上がったし、書き下ろし小説も最終の校正をしてもらっている段階まで来た。
 残っているのは……広島でやる演劇学校の台本、戯曲賞の候補作を読むこと、MONOの次回公演を書くこと、宮崎のプロデュース公演の台本を完成させることぐらいだ。いや、おかしいな。結構あるな。
 
 今日も午後からは人と会う約束だ。
 とにかく今は誘われたら会っている。

 私には時々こういう時期がある。
 そしてそういう時、何かが変わる。
 自分で自分のパターンを決めてしまっている人は結構多い。
 しかし、うまく回らないのはそのパターンのせいだったりする。
 性格は一生変わらないと考えているけど、環境によって考え方は変えられる。
 育った過程や性格で出来上がった自分の行動パターンはそれなりに意味がある。自分にとって、それが快適に生きる方法だからだ。けれど、そのパターンの中にいるだけでは同じことの繰り返しにしかならない。新しい展開を望むならパターンを崩さなければいけない。
 私はそういう時に他人を使わせてもらってきた。
 人から言われたことをそのままやってみたり、流れに身を任せてみたり。
 すると環境が変化し、自分のパターンが崩れる。
 と、意外なところに道が見えたりするのだ。
 変わるね、また。
 どんなことになるのか、楽しみだね。
 
posted by 土田英生 at 08:18| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

守るものと捨てるもの

 何を守ればいいのか、何を捨てればいいのかを考える。
 もちろん物事は1か0ではなくて、その間もあるわけで簡単に線を引けるものでもない。
 けれど、やっぱり物事には優先順位があって、一番やりたいことや欲しいものを手に入れると、二番目のものは捨てなければいけなかったりする。

 私はかなり俗な欲も持ち合わせているので、できればやりたいことをやりながら、それでも社会的にも認められたいとずっと願ってきた。
 けれど、やっぱり全部は無理なんだよね。
 都合いいところだけを欲しいということには無理がある。

 前に、とあるワークショップで「劇作家で食べるのはどうしたらいいですか?」と聞かれ、「面白いものを書くしかないんじゃないですかね」と答えたら、「いや、食べられないなら劇作家を目指すのをやめようと思って」と答えた人がいた。
 だけどねえ。
 そんなことは誰も保証できないし。
 そもそも金持ちになりたかったら、劇作家なんて目指さない方がいいよね。売れたとしたってたかが知れてるんだし。
 まあ、自分のやりたいことをやりながら、それでもなんとか生活したいというのならなんとなく分かるけど。
 
 20代の頃、とにかくバイトをやめたいと願っていた。けど、具体的な勝算や方法もなく、ただ、劇団で公演を繰り返し、そして赤字を作っていた。ある時、お客さんが増えだした。東京から声もかかり公演をした。公演の成功だけを願って芝居を作っていた。
 そしたら脚本の依頼がきたり、テレビドラマを書いてくれと言われたりして、気が付いたら生活ができていた。まあ、今だってそれがいつまで続くかわからないけどね。
 
 何かをやるには、何かを諦めなければいけない。
 守るものは一番大事なところだけにしないといけない。
 それは人によって違ったっていいしね。

 まあ、初心に帰って頑張ろうと思う次第だね。
 
posted by 土田英生 at 03:34| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

下北沢で回収

 この先私はどうにかなるんじゃないかと心配になるくらい色々な人から連絡があった。
 すっかりご無沙汰だった人や、知り合って間もない人、珍しい人から仲のいい人まで、この3日間、不思議なほど皆からの誘いが重なったのだ。中には「嘘だろ」と思うような人までいた。
 書かないといけないものもあるので、1日に一人だけにして会ったりした。
 皆、下北沢まで来てくれた。
 いや、問題はそのたびに私は店に何かを置いてくるということだった。
 昨日、万年筆がないことに気がついた。
 そしてよく考えてみるとライターもない。
 さらにはお気に入りのイヤホンもケースごと見当たらなかった。
 なので、この3日間で行った店を巡ってみた。
 全部、回収できた。

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 今年は色々と決断を迫られる。
 宮崎に滞在している期間に考えることができた。
 だから今はすっきりしている。
 進んでみて後で考えればのだ。

 なくしたものがあったとしても、きっと回収できるしね。
 
posted by 土田英生 at 07:12| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月03日

深津君の台本を読んで

 今日はコンブリ団の公演『カラカラ』をウィングフィールドで観て、それから「深津篤史の戯曲を読む」というイベントに参加した。
 『海が私を嫌っている』を私もリーディングしたのだ。
 これは当時も読んでいるし、芝居も観ている。
 まあ、すっかり内容は忘れていたけど。

 今日、上演された『カラカラ』も一番最初の上演を観ている。
 全然、分からなかった記憶だけがある。しかし、今日は、彼が何を書いているのか掴めた気がした。掴めるというか、なんだか入ってくる感じがしたのだ。
 で、リーディングでは実際に私も手書き台本を読んだ。
 深津君の書いた台詞を声に出して読むなんてこと初めてだったし、さらにはお客さんがいるし、そして役が関西弁だったので愛知県出身の私はとても困ったけれど、それでも興味深い体験だった。
 最近はお決まりの冗談として喋っているけど、生前の深津君とはそんなに仲がよくなかった。
 むしろ喧嘩すらした。演劇観も違うので、お互いに「フン」という感じだった。
 けれど、読んでいると……なんか分かるんだよねえ。
 彼はもうこの世にいないのだけど、読んでいると生々しく存在を感じたんだよね。
 
 なんか、そのことで、私も安心した。
 自分がいなくなった後でも、誰かが私の書いたものを上演してくれたら、こうして生き返れるんだなあという気がしたのだ。そう考えると、台本を書く仕事も悪くないね。
posted by 土田英生 at 02:42| 京都 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月30日

宮崎、今後。

 宮崎から戻ってきて3日経った。
 やっと現実に戻った気がする。
 それにしても宮崎の最後の5日間は本当に最高の環境だったね。
 青島のビーチから徒歩3分。

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 ホテルには露天の広い天然温泉もある。
 朝食を食べて、少し泳いだりして、それから温泉に入り、昼寝してから執筆。
 ……なんだ、このご身分は。
 これが永遠に続くなら、私は迷いなく宮崎に引越したいと思った。
 書いている芝居にサーフィンが出てくる。
 なので……体験もさせてもらった。
 ひっくり返りながら、それでも何回かはボードの上に立てて……まずいね、ハマりそうな気がする。けれど、かなりキツイのだ。あんなに体力を消耗するとは思ってもみなかった。やっていたのは2時間半くらいなのだが、途中で休憩した時、息が完全に上がってしまっていた。
 さらには休憩中も私は喋りまくったので、休憩にならなかった。

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 サーフィンが取材なのかどうか……ここで頑張らないとただ遊んでいると思われてしまう。
 だからその日はめちゃくちゃ頑張って書こうと思っていた。けれど……ホテルに戻って温泉に入り、そしたらとても気持ち良く昼寝してしまった。
 
 けれど、それでバチが当たったのかもしれない。
 夜、スーパーまで買い物に行こうと夜道を歩いていたら、思い切り転んだ。
 iPhoneの画面はバリバリに割れ、膝からは血が流れた。
 ホテルに戻っても血は止まらない。ホテルのフロントに行って、手当てをしてもらった。

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 まだ、結構、痛い……。
 iPhoneも直さなければいけない。
 
 最終日の朝、チェックアウトしてからは飛行機の時間まで、最後の取材に連れて行ってもらった。
 飛行機が羽田に着くと、いきなり色々な知り合いから連絡がきていた。
 なんでみんな、分かるんだろう?
 その夜は三人と会うことになった。
 皆から「焼けてますね」と言われた。
 そりゃ、そうだ。
 歪の「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」で、私は「エロかりんとう」と呼ばれる役をやったが、本当にかりんとうになってしまった。しかも黒糖かりんとうという感じだ。
 
 翌日は壁ノ花団「水入らずの星」を見た。
 MONOもメンバー5人のうち、3人がかかわっている公演だ。
 水沼くんが演出、金替くんは出演、そして奥村くんは舞台美術。

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 夜にはそのままMONOのミーティングをする予定だったので、バラシを少し手伝だった。

 で、8時から10時まで話し合い。
 MONOの今後についてだ。まあ、わりとシビアな話。
 プラン9の公演に大阪で出演していた尾方くんは来られなかったけど、現状の話をして、私が考えている案を話し、それについて皆から様々な意見をもらった。
 私も宮崎にいる間に、自分のことを含めて色々と考えた。
 大きな転換点にいるのは確かだ。
 
 MONOは結成26年。
 メンバーもほぼ変わっていない。
 それにしては人間関係などもうまく行っている方だと思うし、大きな問題もない。
 けれど、これまで安定しすぎていたのかもしれないね。
 主宰者と一部のメンバーだけが上にいて、下がそれを支えるという構造の集団にしたくなくて、これまで気をつけていたつもりだ。おかげで派閥やイジメもなく、かなりフラットに活動してきてこれたと思う。
 メンバー5人も仲がいい。信用している。
 人気劇団ではないが、それなりに評価もしてもらってきたのだと思うし、今でも楽しみにしてくれるお客さんはいる。私自身もまだまだ書きたいことはたくさんある。もっと面白い舞台を創れると思っている。
 
 ただ、このままでいいのか?
 個人的にはここ5年くらいずっと考えていた気がする。
 だから若いメンバーとkittというユニットをやったり、俳優講座をやってみたり、歪にも関わった。
 
 私の出した案には色々と懸念も出た。
 正直いって、細かいプランや勝算があるわけではないのだ。
 けれど、まずは一歩踏み出し、そこからまた様々な問題や利点を発見し、形を変えていけばいい。
 これまでだって、その時々で流れるようにやってきた。
 けれど、危ないと思えば立ち止まり、軌道修正を繰り返して今があるのだ。

 だから、これからだってそうしてやっていくしかない。
 
 もっと具体的にはしないとダメだと思うけど、新しいものを生み出す気概をなくさず頑張ろう。
 昨日、久しぶりに「バロン」を観た。
 毎回、同じ台詞、同じシーンで泣いてしまう。
 想像力が、ものを生み出す力が現実を変える。

 そんな夢物語だが、作品を創ることで、社会や人にコミットできるという希望はなくしたくないしね。

 そのためにも真っ直ぐやっていこう。サーフィンも楽しかったけど、やっぱり私は舞台を創るのが一番楽しいいしね。
posted by 土田英生 at 14:48| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月23日

ビャンビャンとキーボードを叩く

 今日はホテルを移動した。
 海の目の前。
 天然温泉もある。
 近くにいい感じのカフェもある。
 極楽だ。

 ただ、問題はホテルの移動だった。
 私は落ち着いて仕事をするために、ホテルだろうが、マンスリーマンションだろうが、部屋を自分仕様にカスタマイズしてしまう癖がある。だから困るのだ。全てを元に戻し、広げていた荷物を全て詰めて移動する。

 だいたい、昨日までいたホテルでも最終日に部屋を途中で変えてもらったのだ。
 その時も時間がかかった。
 そしてまたしても居心地を追求する。
 けれど、おかけで昨日は三時間くらい集中できて、結構な量を書いた。
 スラスラと筆が進んだのだ。

 これ困るね。
 昨日はパソコンで仕事してたしね。
 スラスラと筆が進むというけど、パソコンの場合はどうしたらいいんだろう。
 「スラスラとキーボードが進んだ」では変だし、「パチパチと進んだ」でもダメだし。

 「パチパチとキーボードを打った」では、はかどっている雰囲気が出ないし。
 「パッチンパッチンとキーボードを打った」はどうだろう?
 いやいや、これだとふざけてる感じだ。

 「ビャンビャンとキーボードを叩いた」。
 これ結構感じ出てるね。
 ビャンビャンに勢いも感じるし、叩いたというのがいい。
 そうしよう。
 これを使おう。
 
 部屋を移って、快適にカスタマイズしたせいでビャンビャンとキーボードを叩くことができた。

 ……やっぱりこれもダメだな。難しい。

 夜はは東京から来てくれてた知り合いがいたので合流。
 久しぶりにかなりのお酒を飲んでしまった。
 夕方に友達が嫌な目に遭ったニュースを聞いて憤りを感じていた上に、知り合いとの話が楽しかったので、どうやら調子に乗ってたくさん飲んでしまったようだ。
 そしていつものように喋りすぎた。
 帰り道、まっすぐに歩けなかったこと、そして深い自己嫌悪に陥っていたことだけは覚えている。
 
 で、朝起きて再び広げた部屋を元に戻し、そして移動した。
 もう最後までこの部屋だ。
 だから思う存分、カスタマイズだ。

 こんな環境にいさせてもらってるんだから、しっかりと書こう。
 ジャジャンジャジャンとキーボードを打とう。
 ……いい表現がない。
 
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posted by 土田英生 at 02:14| 宮崎 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

行き当たりばったり

 昨日、ゆっくり自分について考えるとか書いていたくせに、私の行動はどうも行き当たりばったりだ。
 まあ、これは子供の頃からそうだから仕方ない。

 朝ごはんを食べてすぐ、私はノートなど一式を小脇に抱えて颯爽とホテルを出た。
 他の仕事もしないといけないのでパソコンも持った。
 迷うことなく歩いた。
 初日から何度も使わせてもらっているカフェで書こうと前もって決めていたからだ。
 あそこならフリーのwifiもあるし電源もある。

 
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 橘通り。
 何度も往復している道だ。
 ここをまっすぐ歩けばいいのだ。
 けれど、ちょっとだけ脇道に入りたくなった。この道を通ることに飽きてしまった。
 で、入って歩いていたら、ごくごく普通の喫茶店があった。
 考えもせずに店に入ってしまった。
 行き当たりばったりだ。

 しかし、ここはよかった。
 テーブルは広い。
 コーヒーは安い。
 そして喫煙もできる。
 さらには他に誰もお客さんがいなかった。

 ノートを広げて書き出した。
 なぜか次々のアイデアが浮かぶ。そして話がつながってくる。
 書いているとこういう時がある。
 ふと思いついたことが、前にあったアイデアとリンクして行くのだ。

 背景をもう一度詰めて、人物の相関図を書き、そして箱書きをする。
 まあ、台本の元になる流れのようなものだ。
 1時間もすると箱書きが終わった。
 私はとても満足した。
 休憩を挟みながらさらに書いた。
 落ち着いたので、今度はパソコンを出した。
 もってきていた他の原稿を直そうと思ったのだ。
 電源がない。wifiもない。
 そうか、それを忘れていた。

 私は店を出た。
 そういえば目指していたのはこの店ではなかったのだ。
 まあ、進んだからいいものの、計画とは違う。
 あそこへ行こう。

 歩いているとトイレに行きたくなった。
 店でいけばいい。
 ああ、暑い。
 すぐに汗が滲む。
 髪の毛が気になる。

 ……どういうことだろう?
 気がついたら私は美容院に入ってしまった。

「いらっしゃいませ。ご予約は?」
「いや、えっと……してません」

 行き当たりばったりだ。
 1時間後、髪の毛を切りシャップーしてもらってすっきりした私がいた。

 今度こそ店を目指そう。

 気がつくと私はダイソーにいた。
 一直線でカフェを目指すつもりだったので、カバンも持たず、パソコンや書類を脇に抱えていて歩きにくかったのだ。そこでブリーフケースを買う。
 書類などをそこに詰め込み、今度こそカフェに向かった。
 お腹が空いてきたが、そこでサンドウィッチでも食べればいいのだ。

 ……宮崎牛を使ったハラミ丼はとても美味しかった。
 なぜだろう?
 カフェまであと少しの距離だったのに。
 焼き肉屋さんに入ってしまったのだ。
 
 そしてカフェに向かった。
 混雑していたので諦めた。

 結局、そのままホテルに戻り、部屋でパソコンを打った。

 行き当たりばったりだが、台本は進み、髪を切り、ハラミ丼も食べ、他の仕事も進んだ。
 だから……まあいい。
 これまでもずっとそうだった。
 思いつきで大学を中退し、思いつきで東京に行き、思いつきで京都に戻って劇団をつくり……しかし、正直な気持ちで動いていればちゃんとつながってくるのだ。

 けれど、計画も必要だ。
 明日は、あのカフェに一直線に向かって台本の続きを書こう。
 
posted by 土田英生 at 02:45| 宮崎 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月20日

宮崎で考える

 今日からホテルが変わった。
 朝、チェックアウトしてから次のチェックインまで時間があいたので、再び車を出してもらって取材をさせてもらう。作品の骨子は固まったし、残ったピースをはめ込むような作業だ。
 もう取材は大丈夫かもしれない。
 あ、あとは……ちょっとだけサーフィンのことを調べたい。
 それはまた改めて取材させてもらうことにする。

 新しいホテルにチェックインして、夜は自ら志願してワークショップをさせてもらう。
 急に決めたにもかかわらず16人が参加してくれた。
 敢えて自分の基本を確認するように間と呼吸だけをやった。
 
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 それにしても宮崎にきてから山の緑と海の青ばかり見ている気がする。
 京都からも東京からも距離があるので考えるのにとてもいい。
 ちょっとした孤独も素敵だ。
 何人かの友達が宮崎に遊びに来るという連絡をくれたりしたので、後半はそうでもないかもしれないけど。
 
 作品を書きながらとにかく考えている。
 MONOのこと、自分の仕事のこと、極めて個人的なこと。
 これからまだまだ生きていかないといけないのだ。
 
 つい最近、あることを決め、それが前に進んだ。
 無意識に目を向け、認めたくない自分も受け入れたところで出てきた結論なので、そこを信じてやってみるしかない。大切にすることを絞って、それを大事にしよう。まあ、それはこれまでと変わらないことだけど。
 
 けど、本当に冷静に考えないとね。
 世の中も気持ち悪くなってきたし。
 オリンピックも観ているけど『日本が勝った、メダルを取った』ということばかりが耳に入ってくる。相手のいいプレーもちゃんと評価してほしいよ。相手が失敗すると「よし!」と叫んだりして。
 
 明日はまたこもって書く。
 ただ、宮崎にはカフェが少ないことがわかった今、どこで書くのかという問題だけが残っているけど。
 
posted by 土田英生 at 02:08| 宮崎 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

カフェGO

 宮崎に来て3日が過ぎた。
 ここを題材にした作品を書くために滞在させてもらっているのだ。
 着いた日は簡単に打ち合わせし、翌日は取材に回らせてもらった。

 前もって簡単な構想は立てていたのだが、ある事情でそのまま進められないことになり、新しく物語を考え直さなければいけない状況だったのだ。
 それがわかったのは広島にいる時で、宮崎に来る前日だった。

 だから最初は取材も手探りだった。
 地元に詳しいアナウンサーの方などにも協力してもらい、様々な場所に連れていってもらった。

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 いやあ、予想以上の収穫があった。
 いろいろ見ているうちに、あるストーリーがぼんやりと浮かんできた。
 それが形になり、取材の後半になればなるほど、知りたいことが具体的になった。
 そして、どんどん裏付けされて行く。

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 これは直接的には関係ないのだが、私が書きたいことが象徴されている写真だ。
 観光地にあった兜だが、よく見ると洗面器にハンガーがつけられている。
 たまらないね、これ。

 取材に満足し、夜は一人で焼肉を食べた。
 そしてホテルに戻ってきて温泉に浸かる。
 極楽だ。

 昨日はそれを元に話をまとめて行く。
 同じカフェに通うこと三回。やっぱり構想を立てる時は手書きじゃないとまとまらない。
 そして仕事しやすい店を探すことはとても大事なのだ。
 京都にも下北沢にも仕事をする時に使う店がある。
 まあ、そこはそんなに書きやすい場所ではなかったけれど、ホテルから近かったのと、他にコレという店が見つからなかったのだ。

 ホテルに温泉がついているので食べて温泉につかり、出かけてコーヒーを飲みながら書き、そして戻ってきて温泉に入りちょっと昼寝して……また出かけてご飯を食べて書き……いいご身分だ。話も随分と形になった。
 夜はこっちの皆と飲んだ。
 極楽、againだ。
 
 しかし、今日は……ダメだった。
 起きてすぐに温泉につかり、食事をして……ここまではよかった。きっと今日も極楽な1日が始まると期待した。自分を追い込むためにホテルの近くではないところで書こうと思った。
 宮崎駅まで歩き電車に乗った。
 隣の「宮崎神宮」で降りる。
 そこでカフェを探した。
 ……ない。
 歩き回った。
 人に聞いてみた。
 優しい女性が「そこを真っ直ぐ行ったところにありますよ」と教えてくれたので、行ってみると定食屋さんだった。ここでは仕事はできない。
 カフェを求めて歩き回る。
 私が探しているのはポケモンではないのだ。カフェだ。
 カフェGOだ。
 途中、神社の森に迷い込む。

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 なにをしてるんだろう?

 結局、最終的には1時間半歩いただけだった。
 ばててしまい、入った場所はとんかつ屋さんだった。
 冷汁とトンカツを食べる。

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 とても美味しかった。
 けれど、仕事は進んでいない。
 トンカツGOになってしまった。
 
 そこからさらに仕事しやすいカフェを求めて歩き出した。
 再び、1時間歩いた。

  ……店を見つけられず、ホテルに戻った。
 ホテルを出てから3時間も経っている。

 少し休んでから……またしても昨日と同じ店に行った。
 青い鳥はやっぱり近くにいるのだ。
posted by 土田英生 at 03:02| 宮崎 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

一割増しと黒い糸くず

 今週は移動が多くて疲れた。
 東京、京都、東京、広島、宮崎。
 このまま月末まで宮崎に滞在するのでやっと落ち着ける。

 広島ではアステール演劇学校の俳優コース。
 ワークショップを2日間。
 2日目にテキストを読んでいると、同じ施設の大ホールで公演をしていた佐々木蔵之介君が顔を出してくれた。公演についているスタッフの佐々木くん……名前同じでややこしいな……に同じ場所で私がワークショップをしていることを伝えていたからだ。
 参加していたメンバーから黄色い声が上がった。
「知り合いなんですか?」
 蔵之介くんが顔を出してくれたおかげで、どうやら私の株が上がった。
 彼が去った後には事実の一割増しで仲良さを強調しておいた。

 そういえば去年もそうだった。
 ホールで小林賢太郎君が公演をしていることを知ったので、私は連絡した。
 その日の夜に彼と会って、次の日は彼がワークシップを見学しに来た。
 一時間くらいいたと思うが、あの時も、賢太郎君のおかげで株が上がった。
 やはり一割増しで仲いいアピールをしておいた。

 そうだ。
 私は周りに株をあげてもらう情けない男のようだ。
 しかも一割増しで喋ってしまう男だ。
 時には三割までは増量オッケーにしている。

 昔、ヨーロッパ企画が評判になり出した頃だ。
 私はフジテレビでドラマの打ち合わせをしていた。
 休憩中にプロデューサーが私に聞いた。

「土田さんも京都だし、ヨーロッパ企画の上田君とかとは親しいんですか?」

 実はその時にはまだ私は上田君と一度しか会ったことがなかった。
 しかも、なにかのパーティー会場で立ち話をしただけだった。
 けれど、私の口からは自分でも驚く一言が出た。

「え? まこっちゃんとですか?」

 上田君の名前は誠という。
 もちろん彼を「まこっちゃん」だなんて呼んだことはなかった。
 しかし、プロデューサーは「へえ、そんなに仲いいんですねえ」と言っていた。
 私は黙っていた。
 何も嘘はついていない。上田君のことをまこっちゃんと呼んだだけなのだ……。
 けれど焦った。
 早く仲良くなって、彼をまこっちゃんと呼ばなければいけない。
 
 現在、彼とは仲良くはなったけれど「上田君」と呼んでいる。

 昨日も広島に泊まり、今日は朝から宮崎に移動。
 福岡から飛行機だったが、久しぶりにプロペラ機に乗った。

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 ここで来年やる芝居の脚本を書く。
 
 着替えなどがたくさん必要なので、久しぶりにスーツケースを転がしてきた。
 けれど……ホテルについてTシャツなどを出してみると、黒い糸くずがやたらついている。
 私はうわーと声をあげて部屋の中を走り回った。

 いや、これは三割増しだ。
 走り回ってはいない。
 うわーとも実際に叫んだかどうかも不明だ。
 けど、驚いたのは確かだ。
 
 なんだ、なんなんだ、この糸くずの山は?

 冷静になって考えたら、理由はすぐに分かった。
 先日終わった「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」は舞台裏という設定で、幕をみんなに縫ってもらった。
 で、その幕の持ち運びにスーツケースを貸していたのだ。

 明日からは宮崎で取材しながらの執筆活動。
 がんばろ。
posted by 土田英生 at 01:21| 宮崎 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

小松幹生さん

 小松幹生さんが亡くなった。

 小松さんは劇作家でありながら、編集者として出版にも関わっていた。劇作家協会の新人戯曲賞で最終候補作をまとめた戯曲集の編集なども一手に引き受けてくださっていた。
 で、Twitterにも書いたけれど、私は個人的にもとてもお世話になった。
 小学館が出していた戯曲雑誌「せりふの時代」に私の戯曲「橋を渡ったら泣け」が掲載されてしばらくした頃だ。
 MONOの稽古のために私は京都芸術センターにいた。
 と、いきなり小松さんから電話があった。

「あれ読んだよ。土田君は戯曲集とかさ、もう何冊か出してるの?」と突然小松さんは質問してきて、私が一冊も出していないと答えるとすぐに「じゃ、出そうよ」と言ってくれた。そして本になったのが「算段兄弟/ー初恋」だ。松田正隆さんの「雲母坂」と一緒に出してもらった。
 
 劇作家協会などで会うとよく話した。
 いや、寡黙な小松さんはいつも私の話を聞いてくれていた。
 そしていつも言った。

「君はよく喋るなあ。書くより、喋る方が向いてるんじゃないの」

 小松さんが癌だとわかってしばらくした時だったと思う。
 いきなり明け方に長いメールをもらったことがある。
 若い時の思い出話が書かれていた。
 どうしていきなりこんな内容のメールをくれたのかは不明だが、「ちょっと書きたくなって」と最後に書かれていた。
 
 6月の終わり。
 小松さんのお見舞いに行った。駅から雨の中を歩いていった。
 ナースセンターでそのことを告げると「ああ、眠ってらっしゃるから、話せないかも知れませんよ」と言われた。で、その看護士さんが声をかけた。
「小松さん、お見舞いの方が来られましたけど、分りますか?」
 やせ細った小松さんは目を開き私を見た。
 そして驚くほど大きな声を出した。
「土田君だよ。分かるよ。当たり前だろう」
 そして小松さんはいきなり色々なことを話し出した。
 そこには過去と現在が入り混じりっていて、内容は正確にはわからなかったが、小松さんの想いだけが伝わってきた。そして私が答えていると小松さんは目を閉じて眠っていく。
 眠ってしまった小松さんを私は見ていた。
 大学の時、友人から借りた「雨のワンマンカー」という戯曲のことを思い出した。
 小松さんの作品だった。
 私が帰ろうとすると小松さんは起きて、再び話し出す。
 それを何度も繰り返した。

 その日の夜、下北沢の事務所で歪「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」の台本を直していた。
 台詞を書きながら、今日見てきた小松さんの顔が何度も脳裏に浮かんだ。
 まだ死など意識していない若い女優たちに当てて書く台詞と病床にある小松さん。
 そのギャップを考えて不条理な気分になった。
 
 覚悟はしていた。
 けれど、実際に訃報に接するとやっぱり沈む。
 
 ありがとうございました。
posted by 土田英生 at 09:31| 広島 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

公演終了と大村わたる

 歪「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」が終わった。
 たった3日間の本番だったけど、準備を合わせれば結構な期間になる。
 このユニットは去年もカフェ公演のような形でやっているのだが、今回はもう少しだけ本格的というか……小さいながらも劇場での公演だった。

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 去年は優しい後見人的な感じで終われたのだが、大変になった分、今回は自分のエゴも出てしまった。
 稽古や公演準備の過程で、歪のメンバーである3人に対してもかなり言いたいことを言った。
 いや、言ってしまった。
 もちろん……私は落ち込んだし、反省した。

 けれど、そのことは彼女たちにとってはよかったと思えた。
 本番を見ながら「とてもたくましくなったなあ」と感じたし、演技もはっきりと変わった。
 あれはなんだろ?
 私は体育会的な現場が大嫌いだ。
 精神的に追い込むとか、そんなことで変わるなんてのは勘違いだ。
 けれど、他人から見えてることを指摘する、されることは必要なんだよね。
 
 演劇はどうしたって人間が出てしまう。
 演技にもそうだし、作品を書く立場であれば文字にも現れる。
 だから自分の中にある根本的なところと闘わないと、変れない部分は確実にある。

 ただの結果としての話だけど、まあ、今年の公演はそういう意味でも意義があったね。
 本当、上手になったし。

 もちろん、これからが勝負だ。
 経験から得た発見を、きちんと各々が内面化して、解決していかなければいけない。
 そうすれば半年、いや、一年後にもっと大きく変化するのではないかと期待している。
 
 
 彼女たちはよくなったけど、私は自分の中で勝手にダメージを受けてしまったようで、それが今になってじわじわ効いている。
 人に吐く言葉は自分に返ってくるのだ。
 大人にはこれがキツイね。
 3人はまだまだ変われる年齢だけど、私は……大変なんだよねえ。
 
 いいや。
 成長できる大人になればいいんだしね。
 なんなら背も伸ばそう。牛乳をいっぱい飲もう。
 
 ちょっとくだらないことを書く。

 終わって片付けをし、打ち上げをした次の日。
 午後になってから私は起きた。
 夜に人と会う約束をしていたので、それまでのんびりしようと思っていた。

 と、大村わたるから連絡があった。

 彼も歪のメンバーと同じで、私の「俳優育成講座」に参加していた。
 その後、土田英生セレクションにも出てもらった。
 以来、時々、お茶を飲んだりする仲だ。
 最近は活躍している。

 とてもナイスガイなのだが、どことなくズレている男だ。
 イケメンなのだがそうは見えなかったり、真剣に喋っている言葉が嘘くさかったり、変なことを気にしたり、あるいは気にしなければいけないことを気にしなかったり……まあ、簡単にいえば変わっている男なのだ。
 
 で、彼は歪を観にきてくれ、その時にまたお茶を飲もうと言われていたのた。
 私がゴロゴロしていると彼からメッセージがきた。
 お茶飲みましょうと書いてある。
 そこでスケジュールをやりとりしたら、合う日がないことがわかった。
 今日だったら19時までなら空いていると伝えると、30分後に彼は下北沢にやってきた。
 
 大村わたるは人懐っこい男だ。

 例えば、会って喋っていたとして、帰ろうということになって歩いていると、なぜかついてくる。
 よく訓練された盲導犬のようについてくる。
 しかも距離が近い。

 私も実は人と別れるのが苦手なので、私と大村わたるが会うと、「じゃあ、またね」と言ってから30分は意味なく一緒に歩くことになる。
 しかも私も距離が近いので、私とわたるは寄り添って歩く。
 はたから見たらきっとおかしな光景だ。

 そして……。

 彼と会うと必ずされる会話がある。

「お腹空いてる?」
「少し、ええ、そうですかねえ」
「何が食べたい?」
「そうですねえ……パスタとか」

 これはもう「大村わたる会話」のテキストに載せてもいいくらい決まったやりとりだ。
 今後も出てくるのでこの会話をAとしておこう。
 そうすればそのくだりが出てくる時はAと書けば済む。

 そういえば土田英生セレクションの稽古中も何度もAの会話が交わされた。
 で、実際にパスタを食べたことも何度かある。
 
 しかし、問題はパスタを食べる場所が見つからない時だ。
 土田英生セレクションの稽古帰り、吉祥寺を私とワタルくんは歩いていた。
 きっと、この時も距離が近かったと思う。
 
 Aの会話をした。
 しかし、見つからなかった。
 ところで私はタイ料理が大好きだ。
 で、その時はふと美味しそうなタイ料理の店を見つけた。

「タイ料理は?」
「あ、結構、好きです」
「じゃあ、いい?」
「はいはい」

 で、結果は……どうも彼は辛いのがダメだったらしく、水ばかり頼んでいた。
 私はお金を払いながら、なんだか申し訳ない気持ちになった。

「いや、好きなんです、本当、でも、辛かっただけで……」

 と、彼も何度も言っていた。
 
 で、この前だ。
 下北沢で会っですぐ、Aの会話をした。
 しかし、やはりパスタの店が思いつかなかった。
 よく私が行くタイ料理はどうかと聞いてみた。
 その店は辛くないのだ。

「辛くなかったらいいんだよね?」
「そうなんですよ」

 で、彼は辛くないものを頼んだ。
 ……しかしだ。
 私がすっかり食べ終わっているのに、彼は全く箸が進んでいない。
 相談もあると言っていたので、私は早く店を出て、お茶でも飲もうと思っていた。
 
「早く食べなよ。コーヒー飲もうよ」

 と、彼は言った。

「……土田さん、これ、食べます?」
「え? ダメだったの?」
「はい」

 そうなのだ。どうもお口に合わなかったようだ。
 辛くないのに……。
 もう、これからは絶対にワタルくんとはパスタしか食べないと決めた。

 そして別れる時、私が渋谷まで行くと伝えると、やはり彼も渋谷まで一緒に電車に乗った。
 ……おかしな男だ。
posted by 土田英生 at 05:48| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

『夢叶えるとか恥ずかし過ぎる』本番間近

 8月になってしまった。
 歪[ibitsu]の公演、『夢叶えるとか恥ずかし過ぎる』の本番が近づいてきた。
 だからはっきりいって宣伝だ。

 5日(金)から7日(日)までのたった3日間の公演。
 会場も小さいので5日は前売がなくなってしまった。
 けれど、6日、7日はまだまだ大丈夫だ。
 なので、皆さん、そちらへどうぞ。
 チケットの予約はここからできます。
 
 コリッチ・チケット予約→
 
 予約してもらえれば、当日に会場へきて、その場でお金を払って観てもらうだけですので。
 上演時間も75分くらいなので、夜に観ても帰りが遅くなることはないと思います!
 梅ヶ丘は小田急で新宿から15分。
 駅から会場の梅ヶ丘BOXまでは徒歩1分です。

 今日は通し稽古をした。
 で、驚いた。
 ……短いな。それでも見応えはあるけど。

 まあ、私があまり長い芝居が好きではないというのもある。
 だいたい、昔、MONOで55分というのがあって、その時はアンケートに「さすがにもう少し長くやってください」と書かれた。最近、だんだんと上演時間が延びてきて、前回のMONO公演、『裸に勾玉』やその前の『ぶた草の庭』などは1時間50分くらいあった。
 
 私は人の言い合いとかが大好きだ。
 別れ話とか、先輩の自慢話をうんざり聞いている後輩の姿などは最も嬉しい。
 だから普段もカフェなどで隣の会話に聞き耳を立てて情報を収集している。
 だいたい、私がコーヒーをトレイに乗せてウロウロしているのは、揉めている人などがいないか探しているからだ。
 そしてイヤホンをして音楽をかけずに聞いている。
 隣の人たちは安心して喋る。
 けれどあまりの話の衝撃に「え!」と声を出して隣を見てしまい、とても気まずい時間を過ごしたこともある。
 
 今回の『夢叶えるとか恥ずかし過ぎる』は売れいないまま20代後半になってしまったアイドル志望の女性たちが、控え室というか、そういう場所で喋っているだけの話だ。
 そこで展開されるのは嫉妬やお互いに対する不満、そして抱える悩みなどについてだ。
 アイドルという設定ながら、それは私はこれまで聞いてきた様々な会話が反映されているし、また、そこに今回の役者たちに実際に聞き取った内容も盛り込んでいる。
 テーマはない。
 描いているのは「他人との関わり方」や「現実と想いのギャップ」などだ。

 生きるというのはとても難しい。
 ましてや、幸せに生きることはさらに難しい。
 一人でいることは無理だけど、他人と関わることも簡単ではない
 そして、他人と共に幸せな状態でいることは……本当に難しいのだ。

 そんな人の有様を描いているのだと思う。
 きっとそうだ。

 いや、ほんと、そうした人の不器用さを覗き見るつもりで観に来てもらえたらと思ってます。
 どこか思い当たったりしてもらえると思うんですけどね。特に女性は。
 女性三人の芝居が中心になり、そこにMONOの尾方くんと私が絡む形で話は進みます。
 
 待っておりますので!

 歪サイト→

 残りの稽古を頑張ろ。

IMG_3397.jpg



 
posted by 土田英生 at 04:33| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする