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MONO代表・土田英生のブログです

2016年06月25日

猛然と書くはずだった

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 松江にいる。
 ホテルの窓から宍道湖が見渡せる。
 
 これまで何度も延ばしてもらってきた原稿がまだまだ終わらない。
 一昨日、書きかけの状態で打合せをさせてもらったのだが、アドバイスもらったことですっきりした。
 もう、行ける。

「次の締め切りには出します! もう今から猛然と書きます」

 と、宣言をして編集者の人と別れ、さらに自分に勢いをつけようとお寿司を食べて事務所に戻った。
 私はやる時にはやるのだ。
 食べ過ぎたのか眠気に襲われ……気がついたら眠ってしまっていた。
 
 起きてシャワーを浴びたが、ちょっとむしゃくしゃすることもあって落ち着かない。
 まずは横山拓也くん、「よっこん」に電話をした。
 よっこんと話す時の私は結構な毒舌だ。
 彼は黙って聞いてくれる。
 すっきりしたところでパソコンに向かったら、久しぶりの女友達から下北沢にいると連絡をもらった。
「暇ですか」と尋ねている。

 いや、無理だ。
 無理なんです。
 私は仕事をするんです。猛然と書くんです。

 ……一杯だけビールを飲もうという話になった。
 よく行く店にした。
 と、ヨーロッパ企画の上田君や本多君が、隣のテーブルで話していた。
 
 気がついた時には一緒になって喋っていた。
 上田君とすっかり話込んでしまった。
 店も閉店時間になっている。
 一杯だけだったはずのビールは5杯以上になり、ウイスキーに変わっていた。

 皆とさよならをした。
 女友達は下北沢の街に消えて行った。

 よし、今から猛然と書こう。
 と思ったのに……事務所で上田君と二人で話し込んでしまった。

 ヨーロッパ企画はとても人気のある劇団だ。
 そしてMONOと同じく京都を拠点にしている。
 
 いやあ、楽しかった。
 そして窓の外は明るくなっていた。
 5時過ぎている。
 さすがにお開きにした。

 それから一応、そっとパソコンを開いてみたが……無理だった。

  少しだけ眠った。

 朝、9時から知り合いの映画監督と会った。
 実現するかどうかわからないが、一緒にやろうと話しているので、あれこれ好き勝手なアイデアを話した。彼女と別れ品川でマネージャーと打ち合わせをして、そのまま羽田から松江に移動。
 
 松江では戯曲の書き方講座をするのだ。
 ただ、昨日は打ち合わせだけだったので、そのままホテルにチェックインした。
 さてと、今度こそ、猛然と原稿の続きを書こう。

 ホテルには温泉がある。
 まずはリフレッシュだ。
 宍道湖が見える大浴場は気持ち良かった。
 身体がふやけた。 
 部屋に戻って……戻って……気持ちよく眠った。
 さすがに寝不足だったのだ。

 起きた時、電話があった。
 今からちょっとお店に行くんですけど、土田さんはどうしますか。
 猛然と書くつもりだったのに、猛然とお店に行ってしまった。
 何を飲みますかと聞かれたので、いや、今日は……。
 日本酒をいただいた。

 けれど。
 部屋に戻ってからベッドの上で腹筋したり、シャワーを浴びたりして酔いをさまし、それから3時間ほど書いた。あまり……進まなかったけど……まあ、でも、やらないよりは……ねえ。

 今日は今から夕方まで、1日かけて戯曲講座をする。
 自分も書けてないくせに、と少し後ろめたく思うが、それとこれは別だしね。
posted by 土田英生 at 08:40| 島根 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

吐き出す

 締切りも遅れている中、こんなことを書いている場合ではないんだけど……仮眠を取ろうとベッドに入ってもやるせなさがぐるぐる駆け巡って落ち着かない。

 こんな気持ちでは仕事もできないので吐き出そうと思った。
 まだ自分が何を書きたいのかも分かってないけど。

 情報を知るのが嫌になる。
 ニュースはもちろん、SNSなどの情報だってメールすらそうだ。
 とんでもないことが起き、知り合いがどんどん亡くなって行き、お世話になった人が入院し、友達が自らの陣地を守り合おうと張り合って喧嘩している。
 
 平和主義、国民主権、基本的人権をなくさないと自主憲法にはならないと発言している動画を見てしまった。
 さらにそこに入っている拍手を見て、もう終わりだと思った。
 これ、政治がどうこういう以前の問題だしね。
 不条理コントのセリフだし。
 
 いや、ここで少し耐えて、踏ん張って別の角度からの言葉を探そう。

 私たちが今必要としているのは、人をつなぐ言葉なのだ。
 「つなぐ」というのは「絆」と呼ばれるようなものではない。自分と違う考えの人と、自分とをつなぐための言葉だ。

 今の社会の不寛容さが私は本当に怖い。
 それぞれが自分の立ち位置に固執し、相手を攻撃することだけに躍起になる。
 そこには柔軟な理解や、議論などはない。
 「まあ、お前の言ってることもわかるけどねえ。でもさあ……」と話していればいいものを、ありとあらゆる材料を動員して相手をやり込めようとする。
 そんなことしてて、相手の気持ちが動くはずない。
 
 人の考えというのは100パーセントということはあまりない。
 今、ここにあることが議論になっているとする。
 そして、Aは「やるべきだ」と思い、Bは「思いとどまるべきだ」と思っているとしよう。
 そして二人が話し合っている。

 こういう時、極端にいえば、Aの中では「やるべきだ」という思いが51パーセントで、「とどまるべきだ」という考えが49パーセントだったりする。そして結果的には「やるべきだ」という立場に立っている。
 もし、Bが逆に51パーセント「とどまるべき」だと思い、49パーセント「やるべきだ」と思っているとすれば、この二人はほぼ同じようなことを考えているはずだ。
 これ、冷静に、楽しく喋っていたら「どっちがいいのかねえ」と2人で笑い合っててもおかしくない。

 けれど、結果的に立場は逆の2人は話し出すとどんどん敵対して行く。
 これが人間の悲しいところだ。
 人は常に他者より優位に立ちたいと思ってしまう。
 自分を否定されることは、存在を脅かされることなのだだと反射的に感じてしまう。

 Aが「◯◯だからやるべきだと思うんだよ」というと、Bは反射的に「でもさ……」と言葉を発する。
 この時からすでにAの理由を覆す根拠を探し出す。
 それはAも同じで、Bに反論されれば、すぐに自分の中で有利な根拠を探し出す。
 そして……最終的に決裂していく。
 お互いの中にあった51対49は崩れ、もう本当の考えなどどうでもいい。
 
 さらに怖いのはこれがグループ同士になるとどんどん対立は激化する。
 それぞれの個人的なコンプレックスを吸い上げ、集団は勝手に興奮していく。

 こうここには議論はない。
 存在するのは敵か味方かの二択だ。
 
 どっちが正しいのか決めかねて静観していた人たちは、ギスギスとした空気がいやで「自分は知ったことでないよ」と背を向ける。この人たちの割合が多いんだよね。
 
 大げさにいえば今の社会はこうしたことが各所で起こっているのだと思う。

 MONOで上演した舞台に「少しはみ出て殴られた」という作品がある。
 ある日、刑務所の中に国境線が引かれる。すると、途端に敵と味方に分かれ、それまでワイワイやっていた犯罪者たちが少しずつ対立を始め、抗争になっていくという話だった。

 ま、そういうことだ。
 人はチームに分かれた途端、相手チームより勝とうとする。
 辛い辛い辛い。
 だけど、投げ出したら終わりだしね。
 
 人をつなぐ言葉を探さないと。

 ま、こういうことばかり言ってるからAからもBからも攻撃されたりするんだけどね。
 
 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 昨日、歪(いびつ)の稽古があった。
 「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」という作品。
 売れないアイドルの三人が揉めるだけの話だ。
 
 もともとは三人のメンバーに個別に取材して書いた「ソラミミホンネレソラシド」という作品がベースになっている。
 高橋明日香、阿久澤菜々、石丸奈菜美という同世代の3人の女優。
 彼女たちは多分、一般的にいって仲がいい。
 けれど当然のように考えも違うし、お互いに対してそれなりに思うところはあるはずだ。
 3人いればそれは小さな社会だ。

 去年よりも色々と意見の違いを言い合うようになっている。
 そして妥協点を見つけることも上手になってきた。
 稽古の合間、3人で喋っているのを私はぼんやり聞いていた。
 意見の違いがあった後、コーヒーをこぼして笑い声が起きる。

 ……いいことだ。

 人が相手を攻撃するのは、自分への自信のなさが原因だったりする。
 まずは自分のコンプレックスを引き受け、それでも大丈夫なんだと覚悟を決めることが大事だ。
 
 「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」は、そんな作品だ。
 
 最後は公演の宣伝になっている。

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 吐き出そうと何も考えずに書き出したので、当然のように結論はない。
 しかも……仕事する時間がなくなってきた。
 
posted by 土田英生 at 13:06| 東京 🌁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

大分県とか爽やかな女性とか。

 頭を使うことが多くて苦しい。
 そんな中、大分へ行ってきた。
 演劇大学というイベントで、創作ワークショップなどをする為だ。
 
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 もちろん大分ではそれに集中はするつもりだったけど、少しくらいは暇な時間があるのではと考え、書けていなかったいくつかの原稿を「大分に滞在している済ませます」と、伝えて出かけた。
 
 ……結果から言えばまったく他の仕事などはする時間がなかった。
 ワークショップをしたり、創作をしたり、トークをしたり、同じく参加していたアヤマドリの広田淳一君やA級Missinglinkの土橋君のワークショップを見学したり。
 
 私が創作を担当したチームの参加者は多種多様な人たちだったが、稽古で変化していく様がとても印象深く、このことは細かく書きたいくらいだが、今は時間がないしね。
 出会いもたくさんあって楽しかったのだが、問題は他の仕事がすっかり残ってしまっていることだった。

 最終日。
 打ち上げを途中で抜けて、ホテルに戻って朝まで書いた。
 翌日の午後、羽田についた時には疲れすぎて気分も沈んでしまった。
 夕方からはリーディングの稽古があるのだ。
 こんな状態でできるのか心配になった。

 羽田から品川を経由して渋谷についた。
 荷物を置きに下北沢の事務所に戻ろうと思ったからだ。
 井の頭線のホームを先頭車両に向かって歩いていた。

 と、後ろから走る足音が聞こえてきた。

「すいません、すいません!」

 振り返ると若い女性が走ってくる。
 私めがけてまっすぐ走ってくるのだ。
 私は立ち止まって待った。

 と、私の前で止まった彼女は息を切らせてすぐに喋れない状態だった。

「え? 私ですか?」

 と、聞くと声を出さずに何度も頷く。
 そして手に持っている空箱のような物を差し出して、

「これ、落としましたよね?」と聞いてきた。

 ……それは見覚えのないものだった。
 どうやら充電器が入っていたような透明な箱で、中には変換プラグが一つだけ入っていた。
 多分、誰かが買って必要な物を取り出し、いらない変換プラグだけを箱の中に入れていたのだろう。捨てるつもりだったのかも知れない。
 
「あ、いや……僕のじゃないと思うんですけど」

 そういうと彼女は悔しそうな表情をして、

「そうなんですか……いや、落とした瞬間は見てなくて、あれ、と思って拾ってキョロキョロしたんですけど……そしたらホームをスタスタと歩いている人が見えたんで、てっきり……」

 どう表現したらいいのか分からないが、とにかくそれは爽やかだった。
 走ったせいで額には汗をかいている。そして押し付けがましさを微塵も感じさせない親切心が滲み出ていた。

「なんか、申し訳ないですね。でも、ありがとうございます」

 私がそういうと、

「いや、勘違いしちゃっただけなんで。お礼を言ってもらうのおかしくないですか?」
 
 と、彼女は笑った。そして、

「でも、これ、どうしよう?」

 私は自然に「駅員さんに渡しましょうよ」と、言って歩き出した。
 彼女も一緒に歩き出す。
 そして二人で駅員さんにそれを渡した時、不思議そうに私たちを見ていた。
 こんなゴミのようなものを、なんで二人で渡しに来たのだろうという疑問がはっきりと顔に出ていた。
 
「付き合ってくれてありがとうございました」
「いや、こっちこそ」

 と、なんだかおかしな会話をして私たちは別々の車両に乗った。
 私の疲れは消えていた。
 あまりの彼女の爽やかさに感動すら覚えた。

 そしてリーディングの稽古に参加した。
 下北沢に戻って来た時、親しい制作者であるMさんにばったり会った。
 横には知らない女性が一緒にいたので私は挨拶をした。
 Mさんが「劇作家の土田さんです」と、紹介してくれた。
 すると……

「あ、はいはい。私、ブログ読んでます。ほら、革の……ねえ?」

 私がレザークラフトにハマっていることを書いたのを読んでくれていたのだろう。
 事務所に戻ってまた仕事。
 ただ、さすがに……知らない間にイスに座ったまま眠ってしまっていた。

 そして朝、イスの足にしがみつき、カーペットで眠っている自分に気がついた。
 
 今日は眠ろう。
 本当は気分を切り替える為にこれを書いていたのだが、もう今日はこのまま書いてもきっと無駄だ。
 また、イスにしがみつくことになるだけだ。
posted by 土田英生 at 01:51| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

ガンガンイヤー+歪[ibitsu]

 わりと……忙しい。
 いや、かなり忙しい。
 しかしこれまでとは違うのだ。
 勝手に忙しいのだ。

 これまで、忙しい時というのは依頼してもらった仕事の締切りに追われている状態だった。
 例えば連ドラの脚本を書きながら舞台をやる。こういう時は確かに時間がなくて苦しい。何度も泣いた記憶がある。しかし、これははっきりいって私の経済活動としても重要だ。完全に約束した仕事だからだ。

 で、今の忙しさはどこが違うのかというと、直接は経済につながっていない。
 将来的に花が開くこともあるかも知れないが、ただ土を耕している感じなのだ。
 だから……現在の私はまさに貧乏暇なしだ。

 とにかく5月から6月の前半にかけてがパニックだった。
 テレビドラマの企画が2本。
 どちらも着地するかどうか分からないが、先方とやり取りしながらプロットをつくった。
 そのうちの一つは随分と前から進めているものなので、そろそろ決まって欲しい。
 かなりプロットや構想もできているしね。面白いドラマになると思うんだけどなあ。

 そして……遅れに遅れている小説の原稿。
 これは3分の2くらいはできている。
 だから10日間欲しい。それだけに集中して書く時間が10日間あれば絶対に完成させられる。

 なのに色々なことに忙殺されていて、それで段々とズレてきてしまっているのだ……。

 編集の人にも迷惑をかけ、申し訳ないことにこれまでに7回くらい締切りをずらしてもらっている。なんだ、7回って。
 ……実はその締切りが……昨日だった。
 けれど他のものを書いていた。
 なので……なので。
 ああ、メールをして謝らないといけない。
 とうとう8回目のお願いをしなければいけないのだ。

 気が重い。

 着物姿で腕組みした人に向かって「娘さんを私に下さい」と言う前のような、そんな大時代的なハードルの高さだ。

 実際、編集の方はとても温和で素敵な人だが、いきなり怒り出すんじゃないだろうかと心配になる。
「もうお前になど、娘はやらん!」とちゃぶ台をひっくり返されるかもしれない。
 どうしよう。
「待って下さい、お父さん!」
 そう言って、すがりつけばいいのか?
「お前にお父さんなどと呼ばれる筋合いはない!」
 まあ、それはそうだ。
 編集者は女性だし、お父さんではないしね。
  
 ああ、本来ならメールをしてからここを更新すべきだった。
 このブログを先に読んでしまったらどうしよう?
 こんなことを書いている場合ではなかった。
 今からすぐにメールしてみよう。

 そんな状態なのに……。

 今年は自分でやりたいことをガンガン企画するイヤーなので、実は別のドラマのプロットも書きかけている。
 やめとけよと思うけど、もう既にペラで三枚くらいは書いてしまった。
 前に、とあるプロデューサーと飲んだとき、こんなことがやりたいと話しているのを聞いて、だったらこうすればと勝手にやる気になって書きかけたものだ。とても気の合う人で、彼とはまた仕事をしたいので、早々に書いて渡そうと思っている。

 さらに……途中で止まっている映画の話。
 これもいつ動き出すか分からない。
 なのに、ある人と組んで別の映画もやろうと相談している。
 これはちょっと前からやってみたかった形なのだ。
 普段ならやらなかったことなのだが、「ガンガンイヤー」である今年はなんでもやるのだ。
 
 こんなにやっているのに、どれもすぐに実を結ぶものではない。
 けど、大事なことだしね。
 確実に決まっていることを進めることももちろん大切だ。
 来年の舞台のキャスティングとか……。
 MONOもそうだが、プロデュース公演もあるし。これも早く決めないといけない。

 いつ考えるんだろ?
 催促のメールはいただいているから、すぐだよね、すぐ。
 
 さらには来週はリーディングドラマの演出をするのだが、それも脚本を書くことにしてしまった。
 打合せの時……思わず「書きますよ」と口走ってしまったのだ。今日、必死でそれを書いた。全部は終わってないが、展開は見えた。

 私は今いくつくらい何をやろうとしてるんだろ?
 その内、自分が誰か分からなくなりそうな気もする。

 こんな状況の中。
 4月のことだったと思う。
 仲のいい若い女優さん3人が揃って事務所に訪ねて来た。
 この3人は「土田英生俳優育成講座」に参加していて、去年、舞台を創っている。
 歪というユニット名で「ソラミミホンネレソラシド」という芝居を私が書いて演出した。

 メンバーの1人は高橋明日香で、2011年のMONO特別企画に出てもらってから、なにかと一緒に活動をしている、私にとっては目に入れても痛くない存在だ……いやいや、この表現考えた人ってなんだろ? 言うに事欠いて目に入れなくなっていいのにねえ。それは私はイヤだ。目には入れないけど、まあ、近しい女優さんだ。
 とにかく、その高橋明日香が阿久澤菜々、石丸奈菜美に声をかけてつくったのが「歪」というユニットなのだ。そういう縁があったので、去年、彼女たちにインタビューをしてそれを元に書き下ろし、演出をした。
 私にとっては初めての劇場以外での公演だった。

 その彼女たちが話し合い、あの作品をもう一度やりたいと言って来た。
 同じ作品をやるのは、役者として成長したいからで、さらには劇場で公演をするという。
  
 うん、まあねえ。
 それはさすがにねえ。
 わりと忙しいんだよね、私も。

 ……やることになった。

 全く同じものはやりたくないので、改訂することにした。それは私が言い出したことだ。
 どうせやるなら、あれをこうして、ここをああしたいんだよ、などと話していたら……何だか新作っぽくなって来た。大体、設定自体を変えてしまったしね。売れないアイドル達の生々しい話にしようと思った。もちろん3人がメインだが、登場人物を増やしたくなった。どんどんと構想が膨らんだ。なんかね、これ、面白い作品になると思っちゃったんだよねえ。
 
 こうなったら、すごいものを創ってやろう。
 出演者は……あと2人必要だ。
 ハイになった私は自分で出ることにした。
 けれど、もう一人いるんだよ。
 今から探して、しかも信用のできる役者なんて……。
 MONOの尾方君にLINEをした。
 「出て」「うん」
 ヤツは本当にナイスガイだ。
 
 ということで、ガンガンイヤーな私は色々な企画を進行させつつ、夏に芝居を創ることにした。

 もう情報公開されてるね。
 これ、普遍的な作品になると思うので、皆さん、ぜひ、来て下さい。

歪[ibitsu]vol.2
「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」
作・演出 土田英生
出演 阿久澤菜々 高橋明日香 石丸奈菜美 / 尾方宣久(MONO) 土田英生
8月5日〜7日
梅ヶ丘BOX

 
 歪サイト公演情報→
 
 ……明日から大分に行くんだった。
 ちょっと眠らなきゃ。
 
 
 
 
 
posted by 土田英生 at 01:41| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月07日

リアルな夢

 ここにも何度か書いているが、私は眠っている時、寝ぼけて行動する癖が残っている。
 微かには覚えているのだが、知らない間に大胆な行動に出たりする。
 朝起きた時、あんトーストを食べた痕跡あったりするのはしばしばだ。
 あれは夢だったのかなと思うと実際に食べていたり、また食べてしまったと思うと夢だったりする。

 いきなり起きて「はーい」と返事をしてドアを開けたりもする。
 誰かがブザーを鳴らしたと確信して飛び起きる。
 しかも前々から起きていた風を装って、わりと元気にドアを開ける事が多い。
 ほとんどの場合、誰もいない。

 小さい頃、と言っても、小学校の半ばまで私はいわゆる夜尿症だった。
 経験がある人は多いと思うが、失敗する時は必ずといっていい程、夢を見ていた。
 トイレに行きたいなあと思っていると、気がつくとちゃんとトイレにいるのだ。
 なんだ、トイレにちゃんと来たんだと思って用を足すと……段々と股間が温かくなって行く。

 気がついた時には失敗しているのだ。

 しかもこの夢が巧妙なのだ。
 どう考えても実際にトイレにいる感じがするのだ。

 まあ、さすがに小学校の高学年ではそれは治った。
 ただ……夢と現実の区別が曖昧なことは結構あった。
 それで人と喧嘩したこともある。
 実際に喋ったとどう考えても思えてしまうのだが、それが夢だったりするのだ。
 
 昨日のことだ。
 昼間、ちょっと別のことをしていて、締切りの原稿に取りかかるのが遅れた。
 夜になってやり出したが、なかなか進まない。
 締切りは朝までだった。
 朝の6時くらいまで頑張っただろうか……けれど、あまり捗っていなかった。
 9時には提出しないといけない。
 残りは3時間。
 書いていたのはドラマのプロットだ。
 プロットと言ってもペラで数枚というよりは、二〇枚くらいの割と細かいストーリーを書かなければいけないものだった。

 眠くて頭が働かなくなったので、仮眠をとることにした。
 15分だけ眠ろうと思った。
 起きたら一気に残りを書こう。
 アラームをセットし横になった。
 と、すぐにアラームが鳴った。
 私は止めて、仕事をすることにした。

 ……ここからだ。

 仕事は捗った。アレをああして、ここをこうして……プロットはどんどんでき上がって行く。
 主人公の設定をこう変えて……。
 おおおお、いい調子だ。

 と、ふと目が覚めた。
 あれ? 
 なんだ?
 気がつくと私はベッドに寝たままだ。

 まずい。夢だったのか?
 そのわりには細かく内容ができていた気がする。
 しかし、実際にはどんなものだったのか思い出せない。

 起きなければ。
 そして実際にやらなければ。

 今度は分かり易いように、プロットを動画で作ってみた。
 これならプロデューサーは分かり易いだろう。
 台本にするより動画で撮った方がいいに決まってる。

 いやいやいや。
 これは完全に夢だ。

 時計を見た。
 締切りの時間だった。
 私はマネージャーにメールをした。
 ちょっと遅れるということを説明した。
 
 さて……。

 そこから同じことの繰り返しだった。
 マネージャーにメールをしたことで安心したのか、プロットを考えては夢だと気づき、また眠って夢で考えるという繰り返しだった。

 正午。
 ハッとして目が覚めた。
 完全に目が覚めた。

 そして……青ざめた。

 眠ってしまっていたのだ。
 けれど、私は思った。
 いや、でも……ほとんどでき上がっているので……問題は……ないはずだ……と思ってパソコンを起ち上げた。画面にはまだまだ全然途中段階のプロットがあった。
 まだ寝ぼけていたらしい。
 ほとんどでき上がっていると思ったのも夢だったようだ。

 マネージャーに電話して事情を話した。
 そしてそこからは実際に書き出した。
 けれど、何度も夢ではないのかと疑った。
 さすがに今度は違ったようだ。

 夢の中とは違って難航した。
 でき上がったのは夜の9時。
 またしても12時間遅れだ。

 そこから休憩し、また手を入れた。
 送信したのは2時半。
 ああ……。

 それにしても今日の昼間の夢はあまりにリアルだった。
 今でもちょっと信じられない。
 
 困ったもんだ。
posted by 土田英生 at 03:56| 東京 🌁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月28日

時差と掃除

 本当は昨日の夕方に提出するつもりだった。
 それがさっきになってしまった。

 昨夜は舞台を観る予定が入っていて、本当は出かける前に終わらせるつもりだった。
 後、少しというところで時間が来てしまい、慌てて劇場に向かった。
 開演時間ギリギリに飛び込んだ……つもりが……30分間違えていて早く着いてしまった。
 ああ、30分あれば原稿が出せたかも知れない。
 仕方ない。

 昨日観た舞台は初演も観ていて、ストーリーは知っていた。
 なので役者の演技に集中して観ていた。
 皆、とても上手だった。アンサンブルも取れてたし。中でも私にとっては初めてだった女優さんにすっかり心奪われてしまった。なんだろ? 距離の取り方とか、出す出さないの微妙なサジ加減とか……。

 けれど、そんなことを考えている余裕はなかった。

 急いで下北沢に戻った。
 早く続きを書いて送らなければ。

 けれどお腹が空いていた。
 で、帰る途中でラーメンを食べた。

 私はすっかり大人のくせに、食べたらすぐに眠たくなる。
 それも尋常じゃないのだ。
 時には食べている最中にも目が充血して来たりする。
 きっと、ずっと好きに暮らしてきたせいだ。
 身体に我慢がない。

 事務所に戻ってパソコンの前に座ったが……眠い。
 後、少しのはずなのに進まない。

 自分に苛立った。
 時間があって眠ろうとしても眠れないくせに、締切り前や、人と約束があったりする時だけ眠れるのだ。
 精神的なもんだとは分かっているが、本当にコントロールが利かない。
 
 で……少しだけ眠った。
 
 起きたら12時半だった。
 
 問題はここからだ。

 12時半という時間は常識的に考えて、そろそろ人が眠る時間だ。
 こうなったら2時に提出しようが、4時に提出しようが、いや、なんなら7時に提出しようが変わらないだろうと考えてしまう。

 これが駄目だ。
 勝手な時差があるのだ。
 いつそんなことを覚えたのか分からないが、例えば水曜日が締切りです、と言われると水曜日の夜までを想定してしまう。で、相手は普通、会社に勤めている人が多いので、7時とか8時を過ぎると「あれ? これは明日の朝までに出せばいいのではないか」と、極めて自己都合で考える傾向にある。
 だから私の場合、水曜日が締切りと言われると、それは=木曜日の朝までだと解釈しがちなのだ。
 まあ、それで何度か怒られてるんだけどね。
 
 で、今日も、まあ、そんなことを考えてしまったわけだ。
 すると、不思議なことに途端に書くペースが落ちる。
 急げば30分、いや、かかったとしても1時間半もあれば終わるはずのものなのに進まない。

 書いていたはずが、気がついたらテーブルの汚れを必死で掃除していたり、綿棒でパソコンのキーの間のホコリを取っていたり、爪を切ったり、コーヒーメーカーを掃除したり……そうなのだ。やたらなにかをクリーンにする作業に没頭してしまう。
 
 気がついた時には3時半になっていた。
 きれいになったコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。
 さて、取りかかろう。
 コーヒーを注ごうとカップを見ると、コーヒーのシミというか、洗っても落ちない感じの汚れを発見した。
 早速、漂白する。
 ついでに他のカップもきれいにする。

 4時過ぎたのでさすがにまずいなと思ったが、4時だということは……まあ、6時までに書けばいいだろうと思った。少しずつは進んでいたので、後、1時間は絶対にかからない。
 ということは……5時から書けばいいのだ。

 昨日、劇場でMONOの制作の垣脇に会った。
 その時『裸に勾玉』の仮編集されたDVDを受け取った。
 チェックをしなければいけないのだ。
 まあ、もちろん、それは今日やることではない。

 ……最初のシーンだけ観てみようと思った。

 そして……メモを片手に観始めた。
 これだって、普段、何もない時にチェックしてくれと言われたら面倒なくせに。
 他にやらなければいけないことがあると、こうして観てしまう。
 
 時計を見たら5時を過ぎていた。

 さすがにやばいと思い、そこからは必死でパソコンに向かった。
 で、6時40分頃、原稿を送信。

 予定よりも12時間遅れだ。
 ……ああ、この時差をなんとかしなければ。
 時差12時間って地球の反対側だよ。
 ブラジル辺りだよね。
 ブラジルに住んで、日本の仕事すればきちんと締切りを守れるのかも知れない。
 それだと打合せとか面倒だしね。

 だけど……この時間のせいで色々とキレイになるんだけどね。
 締切りがなくなったら、きっと掃除もしなくなるしね。
 だって掃除が好きな訳ではないし。

 うんんんんん。

 時差と掃除にこんな因果関係が……いやいや、ないよね。
posted by 土田英生 at 07:34| 東京 🌁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月21日

面倒なことが好き

 面倒な物が好きだ。

 ノートで仕事する時は万年筆を使っている。
 マニアではないが20本くらいは持っている。
 新しく万年筆を買う時は必ずコンバータも買う。
 これはインクカートリッジを挿すところにつける。するとインクを瓶から吸い上げて補充できるものだ。
 
 現在、使っている万年筆は4本。それぞれ違う色のインクが入っている。
 で、インクが切れてくると、インクを吸い上げ、そしてペン先をキレイにしなければいけない。
 しかもインクを変えたい時などは、中を洗浄して乾かしてからでないと駄目だ。
 
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 ライターもZIPPOを使っている。
 マニアではないが15個くらいは持っている。
 オイルが切れたら補充しないといけないし、フリントという石がすり減れば新しいものを入れなければいけない。

 使っているカバンも革ばっかりだ。
 全くマニアではないが、現在使っている革のカバンは3つ。
 革は時々クリームを塗らないと乾いて駄目になってしまう。
 
 面倒くさい。けれど、インクやオイルを補充したり、革にクリームを塗っているとき、どうやら私はいい気分だ。
 
 そういえば、役者さんを演出している時もそうだ。
 器用にできてしまう人よりも、なかなか上手くならない面倒な役者さんが好きだったりする。
 そういう役者が伸びて行くとき、なにより幸せを感じる。

 私が演劇をやったり、台本を書いているのは自己救済だとよく考える。
 人は誰でも自分の存在を確認したい。
 面倒で手間がかかるということは、自分がいなければいけない気分にさせてくれる。
 
 だから面倒なことが好きなんだと思う。
posted by 土田英生 at 07:25| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月20日

同じ店に三回入る

 今日は劇作家協会の戯曲セミナーの講評をまとめてさせてもらった。
 昨年の受講生が最後に書き上げた作品で、書いた生徒が読んで欲しい人に添削希望を出すのだ。
 今年は三本。
 どれも私を指名してくれた人の作品なので、私なりに一生懸命読ませていただいた。
 昨日の夜は何を喋るか考えながら、もう一回ずつ全部読んだ。
 で、今日、それぞれの作者と会ったのだ。

 下北沢にある店で15時半から22時半まで。
 間に30分ずつ休憩を入れて6時間喋り続けた。
 最後の人のときは、喉がかれて声が上手く出なかった。
 
 ……それにしても後悔した。
 どうせなら違う店にしてもらえればよかった。
 店の人は、私を何者だと思っただろうか?
 一人終わる毎に、一々店を出た。
 なのにだ。
 30分するとまたしても登場してくるのだ。
 さらにはずっと同じ店員さんが注文を取ってくれたので、その人は毎回私に「いらっしゃいませ」と言い、そして『ありがとうございました』と言った。

 私は……どんだけその店が好きなんだよ。

 帰ったと思ったのに、30分すると現れる男なのだ。
 これではまるで『その店中毒』ではないか。
 30分店から離れただけで禁断症状が出て、ガマンができずにまたやってくる。
 しかも毎回アイスコーヒーを頼む。
 だから正確に表現すれば『その店のアイスコーヒー中毒男』だ。

 で、相手を変えて2時間喋りっぱなしなのだ。
 なにかの勧誘だと思われたかも知れないね。
 
 更にだ。
 私は恥ずかしさを微妙にアップさせることをしてしまった。

 最後の人と会った時、つまり三回目に店に入りテーブルに座った時だ。
 注文を聞きにきた店員さんは私に微笑んだ。
 私にはその微笑みの意味が分からなかったが「また来ちゃいました」という感じで応えてみた。

 しかしだ。
 その時に気づいたのだ。
 自分の服が替わっていることに。
 
 二人目が終った時、とても疲れていた。
 次の人まで25分あったので、一旦、事務所に戻った。
 片道5分。
 事務所に滞在していた時間は10分ちょっと。
 そんな短い間なのに、くつろぎたくて部屋着に着替えた。
 全く休む時間もなく、慌てて事務所を出たのだが、その時、なぜか前と違う服を着てしまったのだ。

 ……どうして着替えちゃったんだろ?
 
 しばらくあの店に行くのはやめよう。
 
posted by 土田英生 at 04:20| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月19日

自分のことは棚に上げて書く

 自分のことを棚に上げて書く。 

 今日はKAKUTAを観て来た。あ、その感想を書こうというのではない。なんだか「そうだそうだ」と勝手に感じたことがあったので、それを書くきっかけとして使わせてもらっている。きちんとショーアップされた演劇作品だったけど、名目はリーディング公演で、しかも今日の話は寓話だったので、普段の作品とは趣が違った。

 私がいいなあと思ったのは、誤摩化さずに稽古されていることが伝わったからだ。
 ここでこんなことしといたらいいや、というような演出はどこにも見当たらず、桑原さんが一つ一つ判断した痕跡が見て取れる。そのことにとても安心を覚えた。
 真摯に創っているんだなあと嬉しくなったのだ。
 エンターテイメントを創るのはこうでなくちゃね。

 演劇のお客さんが少ないと嘆く声を耳にする。
 けれど、敢えて言わせてもらえば、やっぱり面白くないものが多すぎるんだよね。もっと言えば、いい加減に創られているものが多いような気がする。
 
 心配になってきたので、この辺りでもう一度、挟んでおこう。
 自分のことを棚に上げて書いている。 

 台本を書くのだって、演出をするのだって技術は必要だ。
 それにはやっぱり真っ当に物事を判断するだけの知識を持っていなければいけない。

 例えば、普通にコメディを創ろうと思ったとする。
 設定を作り、そこにズレを生み出す。
 けれど、これがズレとしてしっかり機能する為には、ベースの設定に説得力がないと駄目なのだ。
 そしてベースに説得力を持たそうと思えば、知識に裏打ちされた常識がないとどうにもならない。さらには知識があっても、それをリアリティある形にするのに技術が必要なのだ。

 それができないと、荒唐無稽なものになってしまう。
 分かっている人が“敢えて”荒唐無稽なことをやるのは大丈夫だが、技術やセンスの不足で不条理になってしまうものは面白くない。「ここでこんなことしたら面白い気がする」という曖昧な判断では駄目なのだ。もちろん言葉で全て理解して創るということではない。けれど、コレでいいか悪いか、きちんと自分に問えば、自ずと分かってくるはずなのだ。

 私も作品を創っていて、違和感のある場所を、どうすればいいか分からずに終わることは多々ある。
 けれど、それでは駄目だということを自覚しておかないと、創るものがどんどん緩くなってしまう。

 いや、これは自分を棚に上げて書いているので、まあいい。
 私ももっともっともっと勉強が必要だし、技術も身につけなければいけない。
 それは肝に銘じておこう。
 
 普通に面白く見られるもの。
 それを創るには力が必要だ。
 頑張ろう、一つ一つ。

 明日、戯曲の講評を3本もするので、ずっとその作品を読んでいる。
 それでこんなことを書きたくなった。

 最後にもう一度書いておく。
 自分のことを棚に上げて書いた。
posted by 土田英生 at 01:32| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月14日

自分を転がす

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 トークイベントが終了した。
 なんだかんだ2時間ほど喋らせてもらった。
 参加してくれた皆さんがとても優しい雰囲気だったので、ついつい赤裸々になってしまった。

 そもそも、私は喋ってはいけないことと、いいことの区別が少しだけ曖昧だ。
 時々、後で「なんであんなこと言ったの?」と、人から言われることもあるし、口での失敗はこれまで枚挙に暇がない。

 ただ、今年は反動が少なかった。

 喋ることが大好きな癖に、喋るとその分のツケが後でやってくるというシステムになっている。普通に呑んだりしても、喋り過ぎた次の日確実に落ち込む。
 去年はトークイベントが終わって4日間くらい闇の中をさまよった。
 もう二度とやるもんかと誓った。
 だから今年も怖かった。

 そんなこともトークで喋ったせいか、終わってから参加してくれた皆から、やたら「大丈夫ですよ」とか、「落ち込まないで下さいね」などという声をかけてもらった。

 自分の喋りを「同情トーク」と名付けてもいいとすら思った。

 次の日、目が覚めてすぐに私は自分の気分を確認した。
 そんなに暗くなかった。
 これは驚きだ。
 もっとも、起きて仕事をしていたら、段々、喋った内容を思い出して来て、それに伴って下降しては行ったが、それでもマシだった気がする。
 
 トークでは皆に自分の多動症的行動についても話したのだが、話したことで自分でもとても自覚的になった。
 なにかしていても、自分の行動に一貫性がないことに気づく。

 まさに今日はそうだった。
 起きてすぐ、洗濯をしようと思い、服を洗濯機に入れた。
 洗剤を出そうとしたとき、シンクの中に洗っていないカップがあるのが目に入った。
 なので洗濯機はそのままで、カップを洗った。
 見ると……洗ったのにコーヒーのシミが付着しているのが気になった。
 漂白剤を取り出し、カップをつけた。
 ついでに布巾もつけた。
 しばらく待たなければいけない。
 その間にコーヒーを淹れておこうと思った。
 そうすればキレイになったカップでコーヒーが飲める。
 コーヒーメーカーのスイッチを入れた時、そもそもは洗濯をしようとしていたことを思い出した。
 そこで考えた。
 どうせ洗濯をするなら、今、着ているものも洗いたい。
 考えもなしに服を脱いで全裸になった。
 ……ここで再び考えた。
 洗濯機はベランダにある。
 全裸では出られない。
 実はこれまで何度か同じようなことがあり、全裸のままカーテンに包まって無理矢理ベランダにでようとして失敗したりもしている。
 前の道を歩くおばあちゃんが私を見上げていたこともある。
 だからそれは駄目だ。
 そうか! 
 どうせならこのままシャワーを浴びればいいのだ。
 ついでに洗面所のタオルも取り替えないと。

 この辺りで、トークで喋っていた内容を思い出した。
 こういうことだよな、と思った。ホント、行動に一貫性がない。
 トークの時はレザークラフトのこととか、絵を描いたりすることも喋ったっけ?
 と……。
 最近、描いていた、描きかけの絵のことを思い出してしまったのだ。
 さすがに自分でも分かっていた。
 洗濯をしようとしていて、カップの漂白に目移りし、コーヒーを淹れていて、全裸になり、シャワーを浴びようとしている最中だ。とても忙しい身の上なのだ。
 だからさすがに駄目だ。
 絵の方に興味が向くのだけは禁止だ。
 ……。
 ガマンができない。
 描きかけの絵をチラッと見てみようと思った。見るだけならいいだろう。
 そしてスケッチブックを開いた。

 見たら駄目だった。
 そのまま鉛筆を取り出し、机に座った。
 寒い。全裸なのだ。
 だったら服を着ればいいものを、脱いだスエットだけを肩にかけた。
 そしてそのまま絵の続きを描いた。
 肩にかけたスエットが邪魔で、結局、全裸で描いた。
 1時間くらい描いていた。
 絵は完成してしまった。

 さすがにそれからシャワーを浴び、カップも洗い、洗濯も済ませてから、コーヒーを飲んだ。
 全部終わったのだから結果オーライだ。

 もう一つ、気分がすぐれないなあと思い、外に出ようと思った。
 気分転換に渋谷に出て東急ハンズにでも行こう。
 着替えていると仕事のことが気になった。
 気になり出すと、不安な気持ちがどんどん押し寄せてきた。
 ホント、書かないと。
 結局、出かける格好のままパソコンを起ち上げ、机に座ってみた。
 そしたら……四時間も仕事ができた。

 切れないハサミも使い方で切れたりする。
 とにかく、こうして自分をうまく転がして行くしかないんだよね。
 ああ、それにしても厄介だ。
posted by 土田英生 at 05:04| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月04日

現実感がない!

 最近、カレンダーの感覚が全くない。いや、時間の感覚がない。
 気がつけば夜中だったり、昼間だったりする。日付を見て驚く。知らない間に変わっているのだ。

 4月30日は忙しかった記憶がある。
 朝も用事があったし、そのまま昼から打合せ、そして夜はリーディングを観に行った。
 そしてそれ以降、この3日間は全く外に出ていない。
 基本的には事務所にこもってずっと書き物をしている。
 やたらコーヒー豆がなくなる。コーヒーばかり飲んでいるんだと思う。

 書いていると現実がよく分からなくなるね。

 稽古があれば、外にも出るし、人とも会うのでバランスが取れるけれど、今は本当に書いているだけなのだ。しかも書いているのは戯曲ではない。
 戯曲だと役者の顔を思い浮かべたりするせいか、まだ現実との回路がある気がするけど、完全に物語だけ書いていると文字の中に埋没してしまう。
 だから、シャワーを浴びる時や、買物で外に出た時に違和感を抱く。
 普通のことが難しいのだ。
 ボディソープで髪を洗ったり、歯ブラシを持って考え込んだりする。
 コーヒーに入れる為の牛乳を買いに出て、水を買って帰ってきたりする。
 
 で、戻って来て書き始めるとほっとする。
 おお、ここだ、という気になる。
 書いている世界に安心や懐かしさを感じる。

 今は心の浮き沈みだけが私の全てだ。
 これまでの価値観が崩壊する。
 好きだった事や人への考え方が変化したり……まあ、その分、新しい発見もあるんだけど。
 
 こうやって人は引きこもりになっていったりするのだろうか?

 私はお喋りなので、まあ、その心配はないと思うけど。
 そろそろ誰かと会わないとヤバいね。

 ま、だけどトークもするし。
 こういうこともしないと、本当に混乱してしまうしね。
 楽しく喋ろう。
 そして皆と交流しよう。
 
 11日[水]19時からです。詳しいことはここに書きました→

 当日来ていただいても大丈夫ですが、小さな店なので万が一の時は予約優先になります。
 予約フォームも作ってもらいましたので、簡単に予約できます。
 こちらから予約してください。→予約フォーム
 
 個人的なことから演劇のこと、仕事のことから社会のことまで、ランダムに喋るつもりです!
 私の幼い頃のライバルだったゴロの話もします。
 いや、しないかも知れません。
 ゴロのことを書いていたから、そんな気になったのだと思う。

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 早く書き終えて、現実に焦点を合わせておかなければ。

 とにかく皆さんのおこしをお待ちしております!
 
posted by 土田英生 at 04:24| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月29日

自分のことだけが分からない

 私は高校生の頃から心理学に興味を持ち始めた。
 楽しくも、それなりに悶々とした10代だったので、興味というか必要だったんだと思う。
 なぜこんなに苦しいのか、その理由が知りたかった。
 で、全く専門的ではなく、それなりに本を読んだりして来たわけだけど、とにかく確実に得たことは一つだ。

「自分のことは分からない」

 このことを知っただけで、私は随分と助かってきた。
 
 フロイトという人は随分と批判もされてきたけど、無意識という概念を作ったことはとても大きい。
 この概念のおかげでかなり色んなことが説明できるようになったんだと思う。
 
 簡単に言えば「意識できないこと=つまり自分では分からないこと」が自分の心の中にはどんと居座っていて、それが様々な形で自分の意識や身体に影響を与えているということだ。

 小さい時などにあったイヤな出来事、これを頭は必死で忘れようとする。
 覚えていたら、いつまで経ってもイヤな気持ちになるからだ。
 例えば、小さい時に親にひどく傷つくことを言われたとする。
 これをいつまでも覚えていたのでは、親を好きになれないし、だから子供はなかったことにする。
 
 けれど、忘れたことは実際には消えていない。
 いつまでも心の奥底に、つまり無意識の中には生々しく残っている。
 今の例でいえば、親から言われた言葉や、その発言をしたときの親の顔などは、「もしかしたら愛されていないではないか」という不安と共にいつまでも無意識に残っているのだ。

 無意識に残っているとどうなるか。
 イヤな出来事は必死で表に出て来ようとする。
 これが厄介なのだ。
 
 出て来てしまうと人はイヤなことを思い出してしまうので、必死でフタをして自分で気づかないようにする。
 この、必死でフタをしているのが「自我」と呼ばれるものだ。
 
 必死でフタをしているので、普段の行動にも影響は出る。
 大体、このフタをしている状態が心にとったら苦しいことなのだ。
 無意識はそれらを表に、意識に出そうとする。
 
 だからフタが緩むとそれがちょっと顔を出したりする。
 眠っている時に夢に出て来たりするのだ。

 ちなみに、自我は眠っているときも必死で働いていて、生々しいイヤな出来事をそのまま夢に出させないように頑張る。夢の検閲と呼ばれたりしている作業だ。だから夢は歪曲されて、おかしな不条理なものになったりする。
 
 夢の話はおいといて、つまり、自分にとって、本当にイヤなことなどは無意識に追いやってフタをしているので、どうやっても自分では意識ができないということだ。
 正直に話せ、などと言うけれど、そんなことは所詮無理なのだ。
 だから、他人の方が私の本質を見抜いていたりする。
 人にとても的外れなことを言われて、腹が立つことがある。
 ……そういう時、多分、無意識の何かにヒットしているのだ。
 つまり当たっているんだと思う。
 しかし、ヒットしたことを私の心は認めない。認めてしまうと自分が危うくなるからだ。
 
 くだらない例になるけど、小学生の時、大好きだった女の子がいた。
 しかし、実際は自分がその子のことを好きだとは思っていなかった。
 仲はよかったけど、その子を好きだという事実はとても恥ずかしいこと考えていたんだと思う。
 小学生だし。
 一番、恥ずかしい頃だし。
 もちろん、その時は別にその子のことは好きではないとしか考えていなかった。

 ある時、友達に言われた。「お前、◯◯が好きなんだろ?」
 私は驚いた。
 そして否定した。あるわけないだろ、と反論した。
 「正直に言えよ」と、そいつは言った。
 私は正直に言っているつもりだった。そして、その友達にとても腹が立った。
 
 ……振り返って考えてみると、私はやっぱりその女の子のことが好きだったんだと思う。
 
 自分が本当に望むことは、なかなか自分自身では見つけられない。
 自分のことだけは分からないのだ。

 で、的はずれなことを言われた時、それをゆっくり考えてみるようにしている。 
 本当はこのことを書こうと思っただけなのに、長くなってしまった。
 
 最近、ある人から言われた何気ない言葉がいつまでも残っている。
 それは、なんでもない言葉だった。
 深刻な会話をしていたわけでもない。
 むしろ、冗談のようなやり取りの中で発せられた言葉だ。
 私が傷つく必要もないはずのものだ。

 なのに、その言葉がヤケに気にかかっている。
 私の無意識にある何かに当たっている証左だ。

 ……なんだろう?

 演劇をすると、台本を書くと分かったりすることもあるんだけどね。

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 好きな女子に気づけなかった頃の学芸会。
 「山猫5」という役を演じるだけでは、なにも分からなかったね。

 5月11日にトークをします。→コチラ
posted by 土田英生 at 01:38| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

どうでもいいことを書く

 今日はどうでもいいことを書こう。

 別に私は普通なのだが、どうも最近、ここやTwitterで書いていることが暗いらしく、メールなどでやり取りする人たちから「大丈夫ですか」といきなり聞かれたりする。
 確かに「気分が落ちる」とか、そんなことを書いているので仕方ないんだけどね。
 というか、やっぱりアピールしてるんだろうね。
 誰にだよ、と思う。

 大変な問題を抱えている人たちは山のようにいるだろうし、比べることではないけれど、今、被災している人たちから見れば、私が個人的に悩んでいることなど屁でもない。
 部屋の中にいて、こうしてパソコンに向かえているんだしね。
 さっきはあんトーストも食べた。
 こんな幸せなことはない。
 
 とにかくなんとか今月中に書き上げようと思って取り組んでいるものがあるのだが、これがなかなか進まない。いや、絶対に終えるつもりではいるのだが、今月も残り少なくなってしまった。
 そして、私は書けないとすぐになにかを作り出したり、部屋をいじり出したりする傾向がある。
 試験勉強中に部屋を片付け出すという経験は誰しも持っていると思うが、まあ、とてもそれに近い。

 私は最近は基本的に東京にいる。
 京都には帰らず、下北沢にいる。
 ただ、問題はここが完全に私の部屋ではないことだ。
 ここは……MONOというか、MONOの制作を請け負っている有限会社キューカンバーの事務所だ。
 私は一応、キューカンバーの代表取締役でもあるので、別にここにいるのは構わないが、問題の根本は“私だけの空間”ではないということだ。

 けれど、私は……周りの景色が、つまりインテリアがあまりに自分に合ってないと気分が悪くなる。
 自我というか、自分の意識が部屋全体に及んでいる感じで、例えば部屋が散らかっていると仕事は全くできない。だから書く前には掃除をする。
 マンスリーマンションに滞在したり、いや、ホテルでも数日間同じ部屋にいると、勝手にカスタマイズしてしまう。しかも基本的にアンティーク家具が好きだったり、DIYが好きなので、無駄に工夫をしてしまうのだ。

 歴代の部屋たちもおかしなことになっていた。

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 ……これは随分と昔だ。
 やっと演劇で生活ができるようになり、2部屋あるマンションに引越した時だ。
 京都の壬生というところだった。
 一人暮らしなのにイスは6脚あった。皆からは家具屋さんと呼ばれていた。

     * * * *

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 写真が汚いが、ここは次に引越したマンションの仕事部屋。
 分譲マンションだったので部屋数も多く、内装もいじり放題だった。
 壁も全部自分で塗った。このマンションの時は玄関から入った廊下もサーモンピンクにしていたので、時々、宅配便の人がドアを開けて「うお」っと小声を上げたりしていた。
 
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 これだ。
 壁をぶち抜いてステンドグラスを入れたりしたし、ドアの周りや天井と壁の継ぎ目には全てモールディング材をつけたり、とにかく自分でやるのは大変だった。材木が100本以上家に届いて困った覚えがある。まあ、自分で注文したんだけど。

     * * * *

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 これは現在の京都の自宅の仕事部屋。
 これはさすがにプロにやってもらった。
 イギリスっぽいのだが、ここに座って仕事をしているのは私なのだ。基本的にあぐらが好きなので、イスの上であぐらをかいたりしてる。だったら和室にすればいいのに。
 そういえば、ロンドンに留学している時、日本が大好きなイギリス人がいて、家に畳を敷いていた。少しだけ不似合いで面白かった。まあ、それと同じだし、ボジョレーヌーボーの解禁を祝っている日本人を見て、私は笑ったりしているが、やっていることは同じだね。

     * * * *
 
 とにかく私は自分の周りをいじるのが好きだ。
 そうでないと仕事ができないという厄介な特性を持っている。
 
 でも、ここは……さっきも書いた通りMONOの事務所だ。
 必要最低限のものしか置かないように気をつけているし、アンティーク趣味も封印し、さらにはイギリスっぽさも全くない。
 だけどいじりたい。
 だから行くのは百均か東急ハンズ。
 で、ちょっとだけ作ったりしている。
 
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 今の事務所の机周りはこんな感じだ。
 気をつけていたはずだが、結構、物が増えている。しかも自作のレザークラフトであふれてもいる。
 これは……次に誰かがここに来た時に怒られるのではないか。
 まずい。
 あくまでMONOの為に事務所をいじっていると主張しなければ。

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 玄関の靴箱の上をこんな風にしておいた。
 これで、これで私の主張は受け入れられるだろう。

 
posted by 土田英生 at 06:29| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

いやな春だけど。

 全然、更新してないね。
 毎年のことだが、公演が終わるとどうも気分が落ちてしまう。
 昨年もそうだった。今年も終わった途端にどうもバランスがおかしくなった。

 何人もの友達が下北沢まで遊びに来てくれた。
 くだらない話をして少し楽になった。
 去年やったユニット、歪[いびつ]の三人が花見を企画して誘ってくれた。
 とても寒かったが、また少しだけ回復した。
 
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 その後も劇作家協会の花見に顔を出したり、仕事で宮崎に行ったりして段々と社会復帰していった。

 宮崎は取材だったのだが、とても楽しかった。
 新しいことを知り、色んなことを考えた。
 宮崎についてはまた書きたい。

 とにかく海がよかったねえ。
 サーフィンのメッカになっているだけあって、波がすごかった。
 久しぶりに海を見て、とても癒された。

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 そんなこんなで、やっと少し浮上した。

 だから、更新しようと思った。
 楽しいことを書こう。

 そんな時……熊本の地震があって……またしても書く気を失った。
 地震の被害を目の当たりにしてショックを受けたこともあるけど、それに対する社会のリアクションが私をさらに凹ませた。

 ホント、殺伐とした世の中になった。
 人の余裕のなさが気にかかる。
 柔軟性がないというか、皆が自分の立場を決め込んで、その場所に固執する。
 リアルな会話のやり取りがない。

 例えば、川内原発についてもそうだ。

 熊本、そして大分でも地震が起きた。
 活断層に沿って地震が連鎖しているらしい。そして、まだ続いている。
 今後の地震活動がどんな風になって行くのか、分からないと専門家も言う。
 そんな中、川内原発を止めて欲しいという声が出る。当然のことだと思う。

 けれど、そのことに対しても実際にどうした方がいいかという話にはならない。
 原発推進の立場にいる人たちからは一斉に攻撃をされる。反原発の人たちがなんか言ってるよ、、◯◯ガル以下だからどう、素人がつべこべ言うな、規制委員会が判断するからいい、などなど……。
 すでにそこに議論の余地すらない。あるのは対立だけだ。

 立場を越えて他人を想像してみるということがない。

 生活レベルで考えたら分かることなんじゃないかと思う。
 福島第一原発での事故があり、それすら収束していない事実を私たちは見ている。その上で……。
 気象庁も今回のような地震は希有だという。分からないという。だったら、南西で大きな地震が起きるかも知れない。近くには唯一稼働している川内原発がある。

 ……心配するのはとても自然な感情だ。

 なのに、大丈夫だというニュースが僅かに流れるだけで、テレビなどでも、どうすればいいのか議論しているところすら見ない。触れることすらタブーになってるとしたら……もうダメだよね。大丈夫なんだとしたら、きちんとそのことに触れて解説すればいい。
 
 とにかく、皆が立場でだけ物を言う。違う立場の意見はすべてを攻撃だと受け止め、それぞれが都合のいい知識を振り回して、相手を倒そうとする。
 そこに本当の理性的な会話はなく、感情的なやり取りがあるだけだ。喧嘩だ。

 議論と喧嘩は違う。

 知らないことがあれば、そうなのかと自分の考えを刷新し、そしてまた新しい意見を出す。
 それをすり合わせて、新しい結論を生み出して行く。
 一緒に何かを生み出そうという意思を持ち合うこと、それを絆と呼ぶんだと思う。
 絆とは「同じ日本人だから」とか、そういうことではないのだ。意思疎通があって、関係が生まれるからこそ、絆になるのだ。

 ああ、なんか、イヤな春だ。

 閉じてニヒリズムに陥ってしまったのではダメなんだと分かってる。
 だから私は親しい人の顔を必死で思い浮かべる。
 あの人たちが生きている、そう思うことで社会に好意を持とうとする。
 
 復活しないと。
 素敵な人たちもたくさんいるしね。
posted by 土田英生 at 08:07| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

なんとかなるね。

 なんだか久しぶりだ。
 やっとここを更新できるくらいに回復して来た。
 ……私はとても疲れていたらしい。
 ま、今も色々とあるけれど、少しはましになった。
 
 おかげさまで「裸に勾玉」の公演は無事に終了した。
 弥生時代のセットともさようならだ。

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 ……よく見たら高床式倉庫の上に脚立がのってるな。
 私が撮ったのでこんなことになった。

 とにかく弥生時代を舞台にした芝居は終わった。
 何度も書いたことだが、今回は本当に不安だった。
 上代語をベースに、嘘弥生語で台詞を書き、現代の人と交錯させる。
 そこにリアリティーは生まれるのか、全く自信がなかった。
 もちろん賛否はあると思うが、概ね、想像したように観客は受け取ってくれたように思う。

 タイムスリップ的な設定に迷いもあった。
 これはとても難しい。下手すると完全に“ベタ”なものになってしまう。
 私が狙いとして考えていたのは、その理由などを全てすっ飛ばそうということだった。
 
 私たちは目の前に広がる世界を現実だと認識している。
 けれど、そう思っているこの場所だっておかしい。
 冷静に考えると、不思議で仕方ない。生まれて育つ過程で、目の前に広がる世界を“現実”だと信じているに過ぎない。

 中学校の時、FAXの仕組みが分からずに混乱した。
 絵を電気信号に変換してそれを送り、向こうでもう一度絵にするのだという説明は理解できた。
 しかし、感覚的に分からなかったのだ。
 だって、絵がそのまま送れるなんてあり得ない。
 それがパソコンが発達し、今や、なんでも送れてしまう。
 この環境で育てば、それが現実世界だ。

 だから、いきなり目の前が弥生時代になってもいいと思った。
 描きたかったのは「どうしてその時代に行ったか」ではなく、「その時代にいたとしたらどうなるか」なのだ。
 
 東京公演を観た小林賢太郎君が「発明だよね。全く説明しないって」と言っていた。
 少しだけ安堵した。
 大体、弥生時代を使って、結局書いているのは今の人間のことだったりするしね。
 ストーリーをみせたいんじゃなくて、そこにる人の有様を描きたいんだし。
 
 とにかく公演は無事に終わった。
 全員は写ってないけど、東京のゲネプロ終りに撮った写真。

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 谷古宇さん撮影だ。
 だからなのか、脚立ものってない。

 大阪公演が終った途端、私はいきなり現実に戻った。
 無理をしていたせいか、身体も心もダウンした。
 次の日は久しぶりにMONOの事務所で荷下ろしやり、京都の運転免許試験場で免許証の更新をし、東京に移動した。
 下北沢に着くと……もう完全に落ちていた。
 
 2日間、いや、3日間……よく分からないが、とにかくじっとしていた。
 4月中旬を目指して書いているものがあるので、それを時々はやっていたし、一度だけ友達と会ったりしたが、基本的にぐてーっと横になっていた。
 動き出さなければと思うのだが、身体も心もいうことをきいてくれない。
 現実にある片付けなければいけない問題ばかりが、頭の中をグルグル回っていた。
 このまま溶けていってしまうのではないかというくらいダラダラした。

 何もする気がおきない。
 お芝居などをやっている人には経験があると思うが、公演の翌日は差し入れでもらった食べ物で済ましてしまうことがある。
 アーモンドやドライフルーツもたくさんもらった。
 お腹が空くとそれらを食べてしまう。
 ちゃんと食事をしないと。
 そう思うのに、出かける気にもならないのだ。
 
 このままではいけない。
 とにかく外に出なければ。そしてきちんとしたものを食べなければ。
 そう思って、ある友達をご飯に誘ってみた。
 覇気がないままでも会える間柄だ。
 お肉でも食べよう。
 そして、これをきっかけに浮上しよう。
 張り切ったのもつかの間だった。
 ……都合が悪いという返信だった。
 また、フニャフニャになった。
 やっぱり溶けよう。アーモンドで過ごそう。
 木の実で過ごすなんて……まるで縄文時代だ。
 ああ、芝居の設定よりも、時代が戻ってしまっている。

 ダメだ。
 これではダメだ。
 重い身体を無理矢理起こして、外に出た。
 なぜか春が来ている。
 店に入って日替り定食を注文した。

 と、別の友達から連絡が来た。
 「ご飯食べましょう」という誘いだった。
 タイミングいいのか、悪いのか。
 結局、夕方会うことにした。
 そして会ったら……朝まで喋ってしまった。
 気がつけば10時間経っている。
 私は人と会うと、自然と張り切ってしまうのだ。

 しかし、その勢いを使って、ずっとご無沙汰だった病院にも行った。
 そうなのだ。
 ある薬が切れていたのだ。
 これも気分がすぐれない原因だったのだと思う。
 
 段々と動き出した。

 と……やたら色々な人からLINEが来る。
 本当に次々と来る。
 全員が会おうというお誘いだ。
 どうしたんだろう?
 皆で相談でもしているんじゃないかと勘ぐりたくなるくらい、連絡は続く。
 しかもだ。「この日はどうですか」という提案は誰もかぶっていない。
 上手い具合にずれているのだ。
 で……予定が一気に埋ってしまった。

 人は因果律で物事を考えたりする。
 悪いことが起きると、この前、あんなことをしたからじゃないのかと思ったり。
 関係のないことを結びつけてしまったりする。

 どうして急に、次々、友達が会いたいといってくるのか?
 それもうまい感じで、ローテーションを組んで。

 もしかしたら、私の身になにか起こるんじゃないか。
 私は終わってしまうのではないか?
 そのことを皆は知っていて、連絡をくれているのかも知れない。
 そういえば、最近、悟りを開いたかのような考え方をしている。
 「人間だもの。みつを」という感じなのだ。
 これはいけない。

 今日は十年来の友人の結婚パーティー。
 ロンドンで出会って以来、ずっと仲良くしてもらっている大事な友達だ。

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 彼女はとてもキレイだった。
 私も幸せな気持ちになった。
 新婦の友人代表で祝辞も述べさせてもらった。
 色んな想い出や会話が走馬灯のようによぎって行く。

 しかも、久しぶりに宮本亜門さんと会った。
 嬉しかった。
 昔、「BOYS TIME」という舞台を一緒にやったのだ。
 あの時の記者会見は緊張したなあ……取材に来ている芸能レポーターをみて興奮し、サインをもらおうとして「脚本家なんだからやめた方がいい」とアドバイスされたなあ……あああ……懐かしい……。

 「いい人生だったもの。ひでを」

 ……まずい。
 やっぱり悟っている。
 終わってしまう、終わってしまう!
 
 いや、大丈夫だ。
 大丈夫なことは自分が一番よく分かっている。
 今日もパーティーの後半にあったダンスタイムで、私は率先して踊っていた。
 しかも「エヴリバディ、カモン!」と叫んだりした。
 悟り切った人間は「カモン」とは言わないはずだ。

 それに大体、最初、勘違いして別の会場に行ったのだ。
 そこで「受付はまだですか?」と聞いたら「なんのでしょうか?」と言われたりした。
 私がいたのは恵比寿。会場は飯田橋。
 タクシーに飛び乗り、「後、何分で着きますか?」と5回も運転手さんに尋ねたし。
 まだまだ生々しいね。
 悟りとはほど遠い。

 目の前には色々と片付けなければいけない事柄があるけれど、なんとかなるね。
posted by 土田英生 at 07:12| 東京 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

最後の1回

 演劇をやっていて最も寂しいのはやはり終わってしまうときだ。
 構想を立てて台本を書き、稽古をして形を作り上げる。
 間の一つに悩み、台詞のつながりに苦労し、皆の知恵や労力をつかって創ったのにそれは消える。
 台本は文字として、そして公演もDVDなどで残るものの、劇場で感じられるあの時間はもう戻らない。
 再演しても役者は変われば別の作品になるし、全く同じメンバーでやったとしても同じものにはならないのだ。
 
 MONO「裸に勾玉」も最後の1回になった。
 
 すでに今日、打上げも終わった。
 稽古から本番にかけて、キャストやスタッフ、彼らがいることが当たり前だったのに、明日を境にその世界とはさようならだ。明日、本番を終えたらそのまま片付けをし、集まって挨拶をすることもなく三々五々別の日常へと戻って行くはずだ。

 MONOは公演がない時、メンバーで集まったりしない。
 きっと全員が揃うのは次回の稽古始めなんだと思う。
 ましてや今回のキャスト、つまり4人の女優さんを含めて全員が揃う機会など全くない。

 いい舞台にしないとね。
 最後だと力んでも、それで結果が出るわけでもないのが難しいところだけど。
 いつものようにやるだけだ。
 
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 お客さんに座ってもらい本番をやる。
 それだけだ。
 当日券もありますので、皆さん、お待ちしています!
 →特設サイト

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 役者がアップしたりするのによく使っているロビーの階段を上がった場所。
 そこから入口を見下ろす。
 ABCホールで好きな景色だ。

 少し眠ろっと。
posted by 土田英生 at 05:04| 大阪 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

残りは3日間、4ステージ! 終わったらと思うと……。

 大阪公演は一週間く、全部で6ステージしかないのだ。
 そしてそのうちの2ステージは終わった。

 細かいトラブルはある。疲れのせいか、何人かの役者さんが体調を崩したりしている。もちろん舞台上ではそんな素振りは見せていないけれど。
 色々とハラハラすることが多い。
 けれど……それも含めて面白いなあと思うんだよね。
 説明するのは難しいけれど、演劇の魅力はそういう所にもある気がする。

 MONOの作品はジャンル分けすればドラマだ。物語をダイアログによって見せて行く。
 役者は、役を演じ、その舞台上の虚構世界を現実のように見せる。
 そして、アドリブも一切ない。
 台本を読んでもらえたら分かると思うが、一語一句、正確だ。
 もちろん、稽古では役者側からの声も反映して、どんどん変えて行くけれど、本番になったらそれを固める。観客の皆が笑ってくれたりする部分も、間やトーンに至るまで、“一応”は計算して作られている。

 そう考えると毎日同じことをやるのがいいはずだ。
 で、それを基準に考えれば、とても危ういことをしている。役者の体調だってそうだし、誰かがミスすることもあるば、機材などのトラブルもあったりする。計算した大事な「間」で、観客の一人がくしゃみでもすれば、それだけで反応はなくなってしまうし。
 OKカットを求めてテイクを繰り返す映像とは違い、舞台は常に一か八かだ。
 
 しかし、このことが舞台ならではの魅力を生む。
 そこで繰り広げられていることは虚構のドラマであるのに、そのドラマを演じているのは“現在の身体”を持った役者なのだ。風邪をひいていたり、足を捻挫していたり、神経痛に悩む役者だったりする。
 その危うさを、実は観客も感じている。
 共犯関係を持ちながら、その場の空気を体験して行く。
 ただ、ストーリーを見ているだけではなく、そこにいる役者の存在を感じている。
 これが演劇の面白さだよね。

 さっき、MONOの作品はドラマだと書いたが、私はいつも「そこで交されている会話」や「そこに人がいるという状態」にドラマを感じて欲しいと思って創っている。
 ストーリーを追うだけなら、演劇じゃない方がいいと思う。
 「これがああなって、こうなって、更にこう展開して」という、いわゆる「お話」には私はあまり興味がない。
 
 今回の「裸に勾玉」の後半に……登場人物たちが、ただ、ただ、お互いに◯◯◯◯合うシーンがある。
 ◯の部分はネタバレになってしまうので書けないが、例えばこのシーンでは全くストーリーは進まない。
 けれど、今回の作品の中でとても大事な、核となる場面だったりするのだ。
 このシーンを成立させる為に、その場で、目の前で、役者が進行形でやっていることはとても大事なんだと思う。

 役者の体調が万全じゃないことも含めて、舞台を成立させないといけない。

 私も出演しているのだが、はっきりいって不眠状態が続いていて、身体が怠いままだし、ある薬が切れていることで離脱症状があり、めまいが止まらない。それをなんとかしようとスパイスの効いたカレーを食べたら、辛過ぎて喉をやられたようで、その日は声が出なかった。はっきりいって素人だ。反省している。
 
 劇場の横の川沿いがとても気持ちいい。
 今日は劇場入り前にブラブラ歩いた。

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 色々と考えことをした。
 公演が終ったらと思うと……結構、怖い。
 
 ま、それも含めての演劇だしね。
 明日も、明後日も、そして明々後日もまだ本番ができるのだ。
 とにかく残りの舞台を、一期一会で頑張る。
 
 皆さん、劇場で共に作品をつくりましょう。お待ちしています。
 →特設サイト
posted by 土田英生 at 02:54| 大阪 ☁| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月23日

「裸に勾玉」残りは6ステージ。

 1月21日から京都で稽古をし、3月5日に東京で初日を迎えた「裸に勾玉」。

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 ※チラシから特設サイトにリンクします。
 
 名古屋での公演も無事終えた。
 劇場は小さい頃から通いなれた栄にある。

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 土日の2日だけだったのだが、土曜日は終わってから中学の同級生と夜中まで喋った。
 懐かしい話をたくさんした。

 私には幼なじみの女友達がいる。
 Mちゃんとしておこう。
 家が隣だったので幼稚園の頃からずっと一緒に遊んでいた。
 小学校からは毎日一緒に夜に勉強した。
 今、考えると彼女はとても美人だったのだと思うが、そんなことを考えたこともなかった。
 中学に入った頃から一緒に遊ぶことはなくなった。
 学校ですれ違ったりすると「おう」と声をかけたりはしたが、友達と一緒の時に会話した記憶すらない。
 なので、中学では私とMちゃんが幼なじみだという事実すら知られていなかった。

 土曜日に皆と喋った時、そこにはMちゃんはいなかったが、そんな話もした。
 
 で、日曜日。
 公演後にアフタートークがあった。
 その時、客席にMちゃんのお母さんの顔があった。私も小さい時から面倒をみてもらった人だ。
 
 公演終了後はそのままセットをバラし、キャストやスタッフはそれぞれ東京や関西に帰って行った。
 
 私は実家に泊まった。
 妹の子供2人、姪と甥もなぜか一緒に泊まった。
 次の日は朝から一日中、彼らの攻撃にあった。
 朝からキャッチボール、サッカー、そしてなぜか自転車で延々三人で走るという過酷な時間もあった。
 甥がピアノを弾き、それに合せて私一人が踊らされるという辱めも受けた。
 のんびりしたいと思い、風呂に入ろうとしても2人が一緒に付いてくる。
 朝の8時半から夜の10時まで……まるでブラック企業だ。
 公演で疲れているので、とても体力を消耗した。

 まあ、好きな物は食べられたけどね。
 まだ、一回しかいったことのないお気に入りのお蕎麦屋さん。

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 そして夜は……あつた蓬莱軒から暖簾分けしたひつまぶしのお店。

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 まあ、ちょっとした里帰りという感じだった。

 昨日の夕方。
 姪、甥と共に外でフリスビーをしている時、通りすぎる車から「ひで君!」という声が聞こえた。
 私を「ひで君」と呼ぶ人は……今やほとんどいない。
 見るとMちゃんのおばさんだった。
 車が停まる。
 私も駆け寄り、しばらくおばちゃんと話した。

「Mは今回、◯◯で観に行けなかったんだわ。謝っとったよ」
 
 と、申し訳なさそうに言う。
 客席からおばちゃんの顔が見えて嬉しかった、と話すと、いきなりおばちゃんは真顔で褒めてくれた。
 どういう訳だか、いきなり私の涙腺が緩む。
 小さい頃に戻ってしまったような気分だ。
 おばちゃんは「頑張っとるねえ。ひで君は頑張っとるねえ」と、何度も繰り返す。
 彼女は毎回来てくれているそうだ。私は涙を堪えるのに必死だった。
 10分程、立ち話をしておばちゃんは車で去って行った。

 改めてMちゃんのことを懐かしく思い出した。
 私が大学で京都へ行った後、それでも実家に戻る度にMちゃんとはよく会った。
 お互いの恋愛相談や、その時々に抱えていた悩みを打ち明けていた。
 それは彼女が結婚し、子供が出来る頃まで続いていた気がする。
 今、考えてみると、かなり私を支えてくれる存在であったね、Mちゃんは。

 今日は大阪に移動。
 明日からは大阪公演なのだ。
 集中して、悔いなく終わりたい。
 おかげさまで……評判も悪くないと思う……いやいや、こういうことは自分で言うことじゃないしね。
 不満に思う方だってたくさんいるんだろうし。

 MONOでまとめてくれているツイッター上の感想は以下にある。

 →MONO「裸に勾玉」感想ツイートまとめ

 ネタバレしているので、まあ、どうしようか迷っている人の参考になればという感じだ。
 
 明日、何をするのかはまとめた。
 芝居がおかしな方向に行かず、いい方向にだけ深まるようにしたい。
 いくら困っても、もう、Mちゃんも、ノスタルジーも今の私のことは助けてくれないのだ。

 今は今で……私を癒し、支えてくれる存在はいるのだ。
 その関係や存在を大事にして、現在、そして、これからに向けて頑張るのみだ。

 なので眠ろう。
posted by 土田英生 at 02:41| 大阪 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

心の不思議

 名古屋の栄にいる。
 ホテルはセントラルパークの側だ。
 小さい頃は「センパル」と呼んでいた。
 遊びに行くといえば名駅か栄だった。高校生くらいになると鶴舞線沿線にも行き出したが、それでも映画とかを観るなら名駅、服を買うなら栄だった。スカイルとかよく行ったね。

 とにかく地下街もウロウロした。
 名駅近辺ではメイチカ、サンロード、ユニモール、たまにエスカ。
 栄だったらサカエチカとセントラルパーク。
 いやいや、そんなことはいい。
 公演をする芸術劇場に行くにはセントラルパークをくぐって、オアシスを通り抜けるだけだ。それを書こうと思ったのにノスタルジーに負けた。

 そうなのだ。
 今日と明日はMONO「裸に勾玉」の名古屋公演。
 
 とても元気だ。頑張ろう。
 人の心は不思議だ。無意識で色々調整している。
 東京公演が終わって、突然、糸が切れてしまい、なんだか気分が急降下した。
 で、事務所に引きこもっていた。
 何もやる気がおきず、洗濯と掃除ばかりしていた。

 16日。
 これではいけないと友達に会ったりした。喋っている間は元気なのに、一人になるとまた落ちて行く。
 17日。シブゲキで大谷健太郎監督のワークショップの発表会があったので観に行った。

 大谷監督は「約三十の嘘」を撮ってくれた人だ。
 椎名桔平さんや中谷美紀さん、田辺誠一さんに八嶋君。そして妻夫木さんも出ていた。こうやって書くとゴージャスなキャストだ。他にも「NANA」シリーズや「黒執事」なども手がけている。そういえば、そんな縁で「NANA2」にはタクシー運転手の役で出してもらったりもした。

 いやあ、あれは緊張した。オープニングシーンだしね。
 市川由衣さんを乗せているカットだった。
 それから随分と経って、「初夜と蓮根」という作品を映画にしてもらった時、市川由衣さんが風間杜夫さん、麻生祐未さんの娘役で出ていた。
 顔合わせの時「初めまして、脚本の土田です」と市川さんに挨拶したら「ひどい。初めてじゃないですよ。タクシー運転手だったじゃないですか」と言ってくれて嬉しかった。

 今回のワークショップで大谷監督は私の台本を使用してくれていた。

 2012年にMONO特別企画で上演した「空と私のあいだ」だ。
 今となっては私にとってきっかけになった作品だ。
 横山拓也君と共同台本でやらせてもらったり、オーディションで役者さんを選んだり。当時はMONOから金替君と尾方君、そして山本麻貴さんも出演していた。
 また、柿喰う客の七味まゆ味さんやMONOにも出てもらった松永渚ちゃん、kittを一緒に組んだりした高阪君や岩田奈々、また私の作品の常連になっていて「裸に勾玉」にも出演している高橋明日香など、今につながる人たちとの出会いの場でもあった。

 で、ワークショップ。
 一時間くらいの作品になっていて、それを見終わってから皆で飲みに行った。
 私は喋った。
 とてもよく喋った。

 その後、監督と朝まで飲んだ。
 で、普段は絶対にないことだが、最後に記憶が曖昧になった。
 なぜか最後はカラオケスナックみたいなところにいたりした。
 朝、別れて下北沢の駅に着いたところまではぼんやり覚えている。
 そこからが怪しい。
 事務所まで歩いて5分なのに、気がつくと階段で転んでいた。
 次に気がついた時には電柱の下にしゃがみ込んで……なぜか泣いていた。
 3回目に気がついた時には事務所にあるビーズクッションンに埋って眠っていた。

 慌てて準備をして、そのまま名古屋にやって来た。
 ツイッターを見たら、記憶の曖昧な時間に色々と呟いていて焦った。しかし、新幹線の中で台本をチェックしているうちに気持ちがすっかり戻って来た。
 
 不思議だ。
 心の不思議だ。
 
 今日は今から劇場入りして、照明や音響のチェックをして、そのまま夜には本番なのだ。
 
 お陰さまで、東京では評判もよく、お客さんも入ってくれた。弥生時代の会話劇です。
 最初は「ん?」と思うと思いますが、やがて馴染んでくる仕組みになっています。

 当日券もありますので!
 皆様、ぜひぜひ!

 →特設サイト
 
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posted by 土田英生 at 10:52| 愛知 ☔| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

「裸に勾玉」東京千穐楽

 さて、今から眠る。
 その前にこれを書いて最後の宣伝をしよう。
 お陰さまでなんとか無事に公演は続き、今日は東京の楽日。
 つまり最後のステージだ。

 毎日、小さな失敗はたくさんある。
 けれど、お客さんも増えて来て、本来前売りがもう一つ伸びていないと心配していた昨日も、当日券のお客さんがたくさん来てくれた。
 本当に感謝だ。
 それに最近はMONOの公演に来てくれていなかった関係者も結構足を運んでくれる。
 重ねて感謝だ。

 私も出演しているので、本番中はモニターで観たり、袖に待機しながら芝居を見ている。
 で、メモに色々と気になったことを書く。
 自分の出番のことを考えたり、着替えたりもしているので、完全に放置している場面もあるのだが……いつもより放置している部分が多い。
 例えば前回の「ぶた草の庭」ではかなり出番が多かった。それと比べれば今回は格段に少ない。
 なのに、メモを取る量が少ない。
 これはどういうことなのか?

 面白いのは“いつもほど”細かい点が気にならないことだ。

 私はどうやら、台詞を書く段階で、すでにリズムや間を考えてしまっている。
 なので本番でその間が少しでもずれるととても気になる。

 もちろん、今回だってそれはあるのだが……言葉が基本的に現代日常語ではないので、どうやら自分でも計算できないらしい。だからどうすれば面白くなるのか、細かいことまで自分でも分かっていない。
 役者の皆が出したトーンを見て、それならもう少し抑えた方がいいとか、そこは強く言った方がいいとかの判断はできるのだが、台本からの計算でないので、結果、いつもより細かいことが気にならないのだ。
 大きな流れがしっかり押えられていれば、それでいいと思てしまう。

 これはとても新鮮だった。
 
 そんな「裸に勾玉」。
 弥生時代の日常を描いた舞台。
 皆様、ぜひ、お越し下さいー!
 当日券は今日も出ると思います。14時開演です。
 →特設サイト

 これは私の鏡前。
 ここでメイクをしたりメモを取ったりするのだが……自作の革グッズに占領されているね。

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posted by 土田英生 at 02:21| 京都 | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする