ウラジミールが立っている。
自信に満ちた表情。
笑顔にすら見える。
と、電話が鳴る。
ウラジミール「もしもし」
ゴドー「あ、ゴドーだけど。何してるの?」
ウラジミール「いや、取り敢えずゴドーを……つまりお前を待ってるんだけど」
ゴドー「あ、そっか」
ウラジミール「そっか? え? なに?」
ゴドー「いや、そのことなんだけど……俺、行けないかも知れないんだよね」
ウラジミール「え? なんで? 来てよ。待ってるのに」
ゴドー「……あ、でも、うん、でもねえ……」
ウラジミール「どういうこと?」
ゴドー「その気になれないんだよね」
ウラジミール「は?」
ゴドー「うん、悪いんだけど」
ウラジミール「なんだよ、それ」
ゴドー「でも事実そうなんだよ」
ウラジミール「……じゃ、もう待合せ自体をなしにしよう。ここで待ってるの辛いし。それでいいよね?」
ゴドー「いや、行く可能性はゼロではない」
ウラジミール「どういうこと?」
ゴドー「言葉通りだよ。ゼロではない」
ウラジミール「じゃ、待ってていいの?」
ゴドー「待ってていいっていうか……」
ウラジミール「来ないの?」
ゴドー「今はね」
ウラジミール「今は? あとで来るかもしれないってこと?」
ゴドー「そういうことかなあ……うんん……」
ウラジミール「すぐ?」
ゴドー「すぐじゃない。すぐは無理」
ウラジミール「ああ。じゃ、まあ、一応、待ってるよ」
ゴドー「いや、待たなくていい」
ウラジミール「は?」
ゴドー「待たれたくはないんだよ」
ウラジミール「でも、もう待合せ場所にいるんだよ。てことはさ、俺、待ってる状態なんだから」
ゴドー「意味がわからない」
ウラジミール「わかるだろ? 俺の選択肢は待つか待たないかしかないだろ?」
ゴドー「待たずに普通にしててくれ」
ウラジミール「普通って……だけど、待ってるからさ」
ゴドー「じゃ、電話でこのまま話してるっていうのは?」
ウラジミール「そんなことより……来るのか来ないのかはっきりしてくれれば」
ゴドー「はっきりなんてできないよ」
やや間。
ウラジミールは息を吸ってから、
ウラジミール「……あのさ、絶対に来られないなら待合せはなしにするしかないよ」
ゴドー「おい、脅さないでくれ」
ウラジミール「脅してるつもりはないけど」
ゴドー「そんな風に聞くのって、なんか、ひどいよ。暴力だよ」
ウラジミール「そんなつもりはないけど。……ごめん。じゃ、来る可能性があるかどうかだけでも教えてよ?
ゴドー「そんなことわからないよ、俺にも」
ウラジミール「でも、それだと困るんだよ」
ゴドー「なんで?」
ウラジミール「なんでって? 一回、待ち始めちゃったからさ」
ゴドー「だからなに?」
ウラジミール「待つことになったんだから、お前が来るのか来ないのかだけでも知りたいし」
ゴドー「だけど、そもそも俺は待合せしたつもりないけどな」
ウラジミール「は? ないの?」
ゴドー「うん」
ウラジミールは気分を落ち着けてから、
ウラジミール「……じゃ、俺の勘違いだったんだね。わかった。もういっさい待つのはやめる。で、帰るよ」
ゴドー「帰る?」
ウラジミール「うん。もう二度と戻って来ない」
ゴドー「(笑って)それは大げさだよ。普通に待っててよ」
ウラジミール「普通に待つって?」
ゴドー「だから早く来いとか言わずに」
ウラジミール「じゃ、来る確率とかは?」
ゴドー「それもわからない」
ウラジミール「でも、じっと駅で立ってる身になってよ」
ゴドー「まあ、それは辛いだろうけど」
ウラジミール「俺の気持ちわかるだろ?」
ゴドー「……けどさ、そんな風に言われて困ってる俺の身にもなってくれよ」
ウラジミール「よし、いいよ。一つだけ教えてくれ。……来る気はあるの?」
ゴドー「……」
ウラジミール「それもわからないの?」
ゴドー「難しいなあ」
ウラジミール「難しくないだろ? 来るつもりがあるのなどうかだけでも教えてくれよ。だって、実際に、俺はここで待ってる羽目になってるんだから」
ゴドー「そんな風に待ってるとか言わない方が行く気になるかもしれない」
ウラジミール「そうなの?」
ゴドー「うん」
ウラジミール「わかった」
ゴドー「普通にしててよ。俺も普通にしてるから」
ウラジミール「でも、俺はさ……ま、いいや。わかったよ。なるべく普通にしてるよ」
間。
ゴドー「ふふふ。聞いてくれよ。この前、面白いことがあって。俺がエストラゴンと待合せしてた時にね……」
ウラジミール「待って。なんの話?」
ゴドー「いや、普通に楽しい話を……」
ウラジミール「いやいや、そんな話はいいからさ。今、来るのか来ないのか」
ゴドー「またそれ?」
ウラジミール「だって……」
ゴドー「今は行けないって言っただろ?」
ウラジミール「でも、待ってるんだし」
ゴドー「待ってるとか言うなって」
ウラジミール「……ええ?」
ゴドー「さっき言っただろ? わからないんだから」
ウラジミール「でもさ、なんか、ほら、手がかりとかあるだろ? ちょっと着替えようとしてるとか、少し来てみようという気になったとか」
ゴドー「それは変わってない」
ウラジミール「え? じゃ、来ないの?」
ゴドー「だからわからないって」
ウラジミール「でもさ、俺、待ってるからさ」
ゴドー「そんなこと頼んだ覚えないんだよ」
ウラジミール「……わかったよ。じゃ、もう待合せはなしで、電話も切る」
ゴドー「電話くらいいいだろ? もう少し話してようよ」
ウラジミール「来ないのに、電話でだけ話してるっていうのも」
ゴドー「そっか。そうなのか……じゃ、また、今度電話するよ」
ウラジミール「いや、もう電話もしない」
ゴドー「ええ? それはなに?」
ウラジミール「だって、待ってるのに、また電話って言われても」
ゴドー「じゃ、どうしたらいいんだよ?」
ウラジミール「だから一回来てみるとか」
ゴドー「今は無理」
ウラジミール「だったら、電話でいいから。来るのか来ないのかだけでもだけでも」
ゴドー「しつこいなあ……だからわからないって」
ウラジミール「じゃ、来る努力だけでもしてみてくれよ」
ゴドー「努力か……」
ウラジミール「そうしたら俺も普通にしてる。待ってるとか言わない」
ゴドー「うん、じゃ、努力してみるよ」
ウラジミール「ありがとう」
間。
ゴドー「ふふふ。聞いてくれよ。この前、面白いことがあって。俺がエストラゴンと待合せしてた時にね……」
ウラジミール「待って。だからなんの話?」
ゴドー「普通に楽しい話を……」
ウラジミール「いや、そんな話してる場合じゃないだろ? 努力をさ……」
ゴドー「してるよ」
ウラジミール「ええ?」
ゴドー「そんなさ、努力ったってすぐには無理だよ」
ウラジミール「でもね、いい? とにかく俺は待ってるわけ。で、普通に話してるのはいいんだけどさ、いつかお前が来ると分かってるなら俺だって聞いてられる。だけど来ないかも知れないなら、そんな話は聞いてられないんだよ」
ゴドー「……ひどい。ひどいな。天秤にかけるのか?」
ウラジミール「え?」
ゴドー「俺が行かないなら話も聞けないって……そんな、そんな条件つけて……」
ウラジミール「待ってくれよ」
ゴドー「ひどい。お前がそんなやつだとは思わなかったよ、信用してたのに」
ウラジミール「いや、もちろん、話は話で聞く。けど、俺がここで立ってなくちゃいけない状況にあることも理解してくれよ」
ゴドー「それは理解してる」
ウラジミール「だったら、来てくれたらいいだろ?」
ゴドー「だからそれはもう話しただろ?」
ウラジミール「なんか、なんか違うよ。今、お前が来るつもりないことはわかってる。でもね、来ることに向けて努力だけでもしてくれたら、俺は普通にしてられるんだよ」
ゴドー「努力って、なにをしたらいいんだ?」
ウラジミール「来る気になるような、なんかだよ」
ゴドー「そんなの気分の問題なんだから、努力でどうにかなるもんでもないだろ?」
ウラジミール「は?」
ゴドー「無理だよ」
ウラジミール「話が違うだろ? さっき努力するって言ったろ?」
ゴドー「だからこうして話してる」
ウラジミール「これ、努力?」
ゴドー「まあ、そうかな」
ウラジミール「頑張って話してるの?」
ゴドー「いや、まあ、話すのは嫌じゃないよ。こうしてお前と話してるのは楽しいし」
ウラジミール「だったらとにかく来てくれれば……」
ゴドー「それとこれとは違うんだよ。行くのはちょっとなあ」
ウラジミール「え? だったら、絶対に来ないってことだな?」
ゴドー「それは、だから、誰にもわからないって」
ウラジミール「俺、どうしてたらいいの?」
ゴドー「だから待たずに、普通に……」
ウラジミール「……無理なんだよ。いいか? 一度、俺は待ってしまったんだよ。俺だって来なきゃよかったと思ってる。俺がここにこなかったら、もしかしたらお前がここに来て、俺を待ったのかも知れない」
ゴドー「まあな」
ウラジミール「だけどな、一回、待ってしまったんだよ、俺。そうしたら待つしかないだろ?
それを終わらせるにはさ、お前が来るか、それとも待合せがなかったことにするかしか方法ないんだよ」
ゴドー「……」
ウラジミール「わかるか?」
ゴドー「まあ、わからないでもないけど」
ウラジミール「そんなに来たくないのか?」
ゴドーは珍しく暗い声で、
ゴドー「……俺、エストラゴンと待合せしてたんだよ。で、実際、そこには行った。自分から待合せ場所に行ったんだよ」
ウラジミール「……知ってるよ」
ゴドー「でも、そこから帰ってきたばかりなんだ。疲れてるんだ。だから今は行きたくないんだよ、実際の話が」
間。
ウラジミール「……いいよ。だったら待合せはなかったことにしよう」
ゴドー「また脅しか?」
ウラジミール「違うよ。俺も待ちたくない。そして俺だって待たれてたりするかも知れない」
ゴドー「じゃ、俺を待つのはやめて、お前がそこに行けばいいんじゃないか?」
ウラジミール「そういう話じゃないだろ? それにそんなことお前が言うことじゃない」
ゴドー「そう?」
ウラジミール「そうだろ? これは俺とお前の問題なんだから」
ゴドー「……うんんんんん……」
ウラジミール「簡単なことなんだよ。来る気が少しでもあるなら俺は待つ。いや、待っている感じすら見せず普通に立ってる。でも、絶対に来ないなら待合せ自体をないものにするし、ゴドーを待ちながら何かをするという、その行為自体とさようならをする」
ゴドー「(笑って)大げさな言い方して」
ウラジミール「大げさじゃないよ……」
ゴドー「いったい、俺はどうしたらいいんだよ?」
ウラジミール「だから……もうわかるだろ?」
ゴドー「わからないから聞いてるんだよ」
ウラジミール「 取り敢えず来てくれよ」
ゴドー「取り敢えずでなんて行けないよ。行く気にならないと」
ウラジミール「……」
ゴドー「……悪かったよ。電話切るよ」
ウラジミール「切ってどうなる?」
ゴドー「どうもならない」
ウラジミール「俺は?」
ゴドー「知らない。元気にしててくれ」
ウラジミール「元気に? どうやって?」
ゴドー「また、電話するから」
ウラジミール「その電話は今から行くとかそういう?」
ゴドー「そういうのじゃ……ないかもな」
ウラジミール「その間俺は?」
ゴドー「だから普通にしててくれよ」
ウラジミール「でも普通にしてるためにはさ……着替えくらいしてくれるとか……出かける素振りくらいはさ」
ゴドー「同じ話だろ?」
ウラジミール「同じ話なんだよ。でも、なにも解決してないんだよ」
ゴドー「……わかったよ」
ウラジミール「なにが?」
ゴドー「考えてみる」
ウラジミール「なにを?」
と、聞いた時には電話が切れているようだ。
ウラジミールは……立っている。
もう自信に満ちた表情はどこにもない。
(続く)