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MONO代表・土田英生のブログです

2017年01月03日

今年もよろしくお願いいたします

 年末年始も全く関係なく過ごしている。
 30日に打ち合わせが終わり、それから下北沢の事務所に引きこもり脚本を書いている。
 31日に外に出たけど、それからはローソンとセブンイレブンにしか行っていない。
 気がついたら元旦の3時くらいだったし。
 誰にも「あけましておめでとう」などという言葉もかけていない。
 あ、ローソンで知り合いの店員さんから「今年もよろしくお願いします」と言われて、「いや、こちらこそ」と答えただけだ。
 
 けれど、挨拶くらいはしないと。そう思ってこれを書いている。
 
 今年もよろしくお願いします。

 とにかく去年の終わりは慌ただしかった。
 宮崎で上演する『板子乗降臨(いたこのりこうりん)』の初稿を上げ、小説の最終校正も終わった。
 遅れに遅れたが、小説はこのままだとMONOの公演までには出版できるはずだ。

 同時にドラマの脚本にも取り掛かっていたのだが、なかなか世界に入れなかった。
 最初はすっと入れそうな気がしてたんだけどね。
 やっぱりそんなに簡単にはいかない。

 どんな作品の時もそうだ。
 最初は世界が掴めない。
 登場人物も自分の中にいない。
 だから「えっと、この人はこういう癖がある設定だから……」などと頭を使って書く。何度も構想のメモを確認しながら書く。それが世界を掴んで、というか、入り切ると登場人物が勝手に動き喋り出す。
 
 それにはどうしても一定の時間がかかる。
 そこまでは本当に苦しい。
 忙しかったのもあるのかなあ。
 一つの世界にどっぷり浸かれないしね。

 まあ、そんなこんなでもがきながら12月後半を過ごした。
 音響の佐藤こうじ君ややっているソニードワークショップに出たり、猫のホテルの千葉さん、カムカムミニキーナの松村さんとのトークなどもやった。

 もう随分と昔の気がする。

 暦などもあまり気にかけずに過ごしている方だけど、それでもせっかくなので心機一転しよう。
 去年は何かと辛かった。

 今年は上を向いて歩こう。

 明日(今日?)は京都で行われる劇研寄席にゲストで出る。→
 2年前の飲み会で『出る』と宣言してしまったやつだ。
 こわい。落語を人前で披露したことなどないのだ。前から少しずつ用意はしていたけど、脚本で頭がいっぱいになっていて、ちゃんとは稽古していない。
 一昨日、アッチャマンに電話した。
 『右左交互に見て喋ったらいいの?』という、そんなことで落語をやるなよという質問をした。
 今日は水沼君に電話した。
 『台詞って完璧に覚えてやってるの?』という、素人丸出しの質問をした。
 7時の新幹線で移動。
 こうなったら新幹線の中で練習だ。
 ブツブツ言いながら京都まで行こう。
 『そうだ、ブツブツ言いながら行こう』だ。

 いや、きっと眠るな……。
 徹夜で今からやろう。
 15年続けてきて、最後らしいし。
 呼んでくれた他のメンバーに迷惑はかけたくない。
 
 終わったらすぐに東京に戻り、ドラマの世界に舞い戻らないといけないけどね。
 とにかくなんでも精一杯やるだけだ。

 今年は前半からいろいろある。

 2月は「板子乗降臨」→
 書き下ろし小説の出版
 3月にはMONO『ハテノウタ』→
 夏にも舞台を予定しているし、秋にもやろうと思っている。
 
 『ハテノウタ』の稽古は今月中旬から始まる。台本はまだ最初の部分しかない。けれど随分と前から構想を練ってきたので、世界はすでに掴めていると思う。
 簡単な箱書きも終わってるしね。あとは台詞にしないといけないけど。
 実は台詞を書くのはそんなに大変じゃないのだ。
 話が転がるかどうか。そこでいつも悩んでいるのだ。
 まあ、書いてみたら転がらずに苦しむことも多々あるけど。
 けど、一年前から考えていた設定だし。
 同じ設定で大分のワークショップでは15分のものを創り、広島の俳優講座では「はてにひとはな」というタイトルで45分の作品にした。
 もちろん、登場人物なども全部違うし、全く新しい作品ではあるんだけど、少なくとも手触りはすでにある。

 ……なんだか自分に言い聞かせているような文章だ。

 MONOの5人に加えて、常連の若手女優さんが3人。

 そこに浦嶋りんこさんが加わる。

 本当、人間的にも素敵な人だ。
 豪快で明るく、けれど内側は繊細。
 りんこさんと出会ったのは……何年前だっけ?
 いしいしんじさん原作で、倉持裕さん脚本の音楽劇『トリツカレ男』で私は演出を担当した。
 クラムボンの原田郁子さんや、尾藤イサオさんとともに、りんこさんも出演していた。その休憩中に『ストレートプレイもしたい』と話してくれていた記憶がある。
 その後、文化庁主催公演で私が演出する舞台にも出てもらったが、私としてはやはりMONOで一緒にやりたいという願いを持っていた。

 今回の『ハテノウタ』はタイトル通り歌が出てくる。
 そしてMONOのメンバーは……全員……歌が……そんなに……。
 そうなると『浦嶋りんこ』しかいないではないか。
 アンサンブル的な会話劇の骨子は残し、そこに歌が加わる。
 きっとうまくいくね。

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 ……けれど、その前にドラマ脚本。
 いや、その前に落語だった。
 
posted by 土田英生 at 04:20| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月19日

もう一度眠ってみよう

 前回の更新から10日も経っていないのに、まるで一ヶ月くらい前に感じてしまう。
 いろいろなことがあったからだ。
 いや、ずっと寝不足の状態が続いているので、実際に起きている時間が長いだけかも知れない。
 逆浦島太郎状態だ。
 的確な例えじゃないな。
 えっと、つまり結構時間が経ったなあと思っていたら全然だったという……ま、いいや。

 劇作家協会の新人戯曲賞の審査会に出て、南出君が受賞して、パーティーと忘年会があって、ドラマの原作本を読んで、ドラマの打合せがあって、プロットを書いて、金替君が出ている東京マハロを観て、終わってなかった宮崎県立芸術劇場のプロデュース公演「板子乗降臨」の初稿を書き続けて、小説に追加するページを書いて、MONOに関する文章を書いて、ドラマの打合せがまたしてもあって、「板子乗降臨」の初稿が終わらずに泣いて、劇作家協会の対談に出て、5年ぶりに会う友達と会って、「板子乗降臨」の初稿を書き続けて……。

 とにかく色々と大変だったということが書きたかっただけだ。

 間には色々な人とも会っていたし、腹の立つこともあったし、台本が進まずに悩んで気分転換に算数の問題をやったら全然できずに余計に嫌な気分にもなったし、徹底的にヒゲを剃ってみようとしてみたら肌が荒れて困ったりもしていた。

 観たいと思っていた舞台も行けなかった。

 小説の出版に向けての仕上げと、宮崎の「板子乗降臨」の初稿を終わららせることと、ドラマの脚本を書くことと、MONO「ハテノウタ」を書くことが目下の課題なのだ。

 小説はやっと終わりに近づいた。
 年末にもう一度校正があるので、それが終わればやっと解放される。
 
 「板子乗降臨」は昨日の昼に初稿を終えた。
 出来に落ち込んだけど、これから直せばいい。
 
 後はドラマとMONO。
 ドラマは年内に4本はあげないといけないし……って、2週間しかないんだよね。


 けど……2日間……徹夜した。
 正確には前日は1時間半、昨日は1時間ほど眠ったけど、さすがにキツかった。
 頭は痛いし、歩くと足がふらついた。

 昨日は私がクローズでやっているワークショップの日だった。
 開始は13時。
 けれど徹夜で台本を書き終えたのがその直前。
 なので皆に謝り、1時間ほど遅刻して参加。

 しんどくても稽古場はいいね。
 頭は働かなかったけど、それでも段々と覚醒していくのが分かる。

 今日は発表をしてもらった。
 こんな状況の中、いつやれたのか自分でも不思議なのだが、短編2本のテキストをつくって渡してあったのだ。

 ちゃんとタイトルだってある
 「運命」と「どっちが好きなの?」
 コント的な台本だ。
 
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 ……面白かった。
 もっと面白くなりそうだったけど、的確なことが言えない。
 少し落ち込んだ。
 なので、次回、もう一度やってもらうことにする。

 途中で上がって「板子乗降臨」の劇場担当者である工藤さんと演出の永山さんが、出演する熊川さんとお茶を飲んでいるというので顔を出した。まだ台本も読んでいない永山さんに前もって言い訳だけしてみた。

 まあ、そんなこんなでやっと今日は眠れるというのに。

 ……どうなってるんだ?
 
 出さなければいけない細々した書き物を終え、ベッドに入ったのだが……2時間で目が覚めてしまった。
 リズムがおかしい。
 それにどうも体が緊張してしまっている。
 その証拠にグロテスクな夢を見て飛び起きた。
 あまりに怖かったのでもう一度眠るのが怖くなった。

 で、これを更新しているのだ。

 あいつはなんだ?
 変な唸り声をあげながら私を追いかけ回しやがって。
 怖いではないか。
 もう!
 しっかり眠って、今日は朝からドラマをガンガン書くつもりだったのに。
 
 年末に二つほどやるイベントの告知して、もう一度眠ろう。

 27日は音響家の佐藤こうじ君がやっているワークショップに出演する。
 演出家として音をどう考えているかを話す。
 
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 Twitterアカウントを載せておく。→


 29日はトークイベント。
「土田英生 松村武 千葉雅子 トークナイトショー・劇団26年目の軌跡」

 猫のホテルの千葉さんが企画してくれた。
 同世代の劇団をやってきたこと、続ける意味、そしてこれからのことを喋る。

 サラヴァ東京→で29日の19時半から。
 出演は千葉さん、カムカムミニキーナの松村さん、私、ゲストがはえぎわのノゾエさん。

 予約はこちらから!
 →

 皆さん、ぜひお越しください。

 ようし、もう一度眠る。
 お願いだから、あの変な怪物みたいなの、出てこないでくれ。
posted by 土田英生 at 05:39| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月11日

お土産

 大阪に行っていたのは、出演の仕事があったからだ。
 こんな忙しい時に何をやっているのだという人もいたが、私は表に出ることが大好きなのだ。
 だから無理やりスケジュールを入れてもらった。

 けど、いろいろと忘れていた訳ではない。
 前日もホテルで遅くまで戯曲を読んでいた。

 これは戯曲賞の審査の為だ。
 結局、朝方まで読んでいた。
 全部で16本もあったのだ。審査を引き受けた二つの戯曲賞が同じ時期に重なってしまった為だ。

 一通りは全て読んでいた。
 けれど、それだけではダメなのだ。

 私は戯曲賞に落ち続けてきた。
 待つ身だった私は「ええ? ちゃんと読んでるのかよ」と、不満を持ったりしていた。
 だから自分が審査する側になった時はちゃんと読もうと思っていた。
 まあ、みなさん、私の書いたものもちゃんと読んでくれていたんだろうけどね。
 その上で落ちてたわけだし、不満を持つのも筋違いだったんだと思うけど。

 けど、候補に残って待っている方は分かんないものなのだ。
 その本がどう評価されるのかは。
 賞なんていらないや、ヘンと思っていてもやっぱり気になるしね。

 ……初めて岸田戯曲賞の最終候補になった時だ。
 作品は「きゅうりの花」だったと思う。
 住んでいた出町柳のアパートで私は夕方から部屋にいた。
 結果が出たら家に電話がかかってくることになっていたのだ。
 その頃、私は野良猫たちの面倒を見ていた。
 一番私に懐いている猫は「吉田さん」という名前だった。他にも「神田さん」「北山さん」など、たくさんの猫が私の部屋に遊びにきていた。

 吉田さんは私の膝に乗っていた。
 電話を待つ私は落ち着かず、ずっと吉田さんを撫でていた。
 気持ちがいいのか、吉田さんはずっとゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 結局、電話がかかってきたのは4時間くらい経ってからだった。

『残念ですが、今年は……』

 という落選の電話だった。
 しかしだ。
 ふと、吉田さんを見て私は驚いた。

 もう、どこの高級な猫かというくらい、毛並みがいい。
 誰が見ても野良猫だとは思わなかっただろう。
 そりゃそうだ。
 緊張して手に汗をかき、その手で4時間も撫でていたのだ。
 艶のある毛並み。
 戯曲賞には落ちたけど、トップブリーダーとして表彰して欲しかったくらいだ。

 いやいや、なんの想い出話だよ。

 寝不足の状態で出演の仕事をし、東京に戻った。

 先月から知り合いを集めて合間にワークショップをしているのだが、昨日の夜もやっているはずだった。
 事前にテキストを渡してあり、メンバーは台詞を入れる日にしてあった。
 私は行けないと伝えていたのだが、下北沢に戻ってきたらまだやってる時間だったので顔を出した。
 参加したものの頭が回らない。
 
 終わってからご飯を食べようと思い皆を誘った。
 時間がないのはわかっているが、本当に毎日余裕がなく、少しだけでも発散したかった。
 もちろんお酒などを飲むつもりはない。
 
 ……皆に断られた。

 「いいよ、いいよ、俺も遊んでいる訳にはいかないし」と、明るい声で言ったつもりだったのだが……よほど、私が惨めに思えたんだろうね。駅に向かう帰り道で、一人が付き合ってくれると言い出し、私も1時間ならいいですよと別の人が言い出し……。

 ただ、お金は持っていなかったようだ。
 一人は1000円、一人は700円、もう一人が500円らしい。
 駄菓子屋にでも行けば、かなり贅沢できそうだけどね。

 結局、私を含めて4人で居酒屋に入った。

 もちろん、飲まない。
 ご飯を食べるだけなのだ。
 だいたい、この日は知り合いが忘年会を開いていて、私も当初はそこに参加しようとしていたのだが、大阪での仕事もあったし、余裕がなくなったので断っていたのだ。

 でもねえ。
 全く飲まないというのもねえ。

 ……ビールを少しだけ飲んだ。
 もっと飲みたくなったが、周りが止めてくれた。
 
 今日は15時の便で札幌へ向かうことになっていたので、13時頃に事務所を出た。
 リュックはパンパンだ。
 着替えなどの他に、北海道戯曲賞の候補作、劇作家新人戯曲賞の候補作、それから隙間を見つけてやるはずだった仕事の資料。
 だから重たい。
 まるで今から登山でもするかのような状態だ。
 けれど、仕方ないのだ。
 明日の朝、札幌で審査会に出て、東京に戻って夕方からは劇作家協会新人戯曲賞の公開審査に出るというおかしな状況になっていたのだ。
 審査会のダブルヘッダーは私も初めての経験だ。

 明日の飛行機だけが心配だった。
 東京に戻ってこれなかったらどうなるんだろう?

 そんなことを考えながら羽田に向かった。

 ……そんな私の認識が甘かった。
 羽田では札幌に向けて飛ぶはずの飛行機が雪の為に見合わせ中だった。
 問題は今日だったのか……。
 
 けれど、チェックインもでき、保安検査場も通って搭乗口まで行き、乗り込むのを待つだけの状態にはなった。

 欠航が決まったのは15時。
 慌てて札幌に電話をする。
 一緒に審査をする長田育江さんは昼過ぎに飛び立ったらしいが、札幌上空で引き返して羽田に戻っているらしい。けれど、彼女も便を変更してもう一度向かう予定だという。
 なので、私もカウンターに戻って他の便を探した。

 20時出発の飛行機が取れた。
 これでなんとか札幌には向える。
 けれど羽田で5時間も時間ができてしまった。

 仕方ない。
 カフェで仕事だ。
 羽田にいるのも何だかなあと思い、浜松町に移動してみた。

 で、17時頃。
 明日の審査会は中止になった。
 他の審査員も辿り着けないので、別日にやる方向になったらしい。

 ……払い戻しの手続きをして下北沢に戻ることになった。

 けれど、ただ戻るのは悔しい。
 今日という1日を棒に振った気がする。

 全く必要のない文房具を買った。
 短い定規とか、小さい糊とか。
 何に使うんだろう?
 
 けれど、そんなことはいい。
 私は羽田に遊びに来たのだ。
 だからお土産なのだ。
 どうせなら飛行機のおもちゃとか買えばよかった。

 しかし、これで明日、高円寺には遅刻する不安はなくなった。
 カフェでは切羽詰まった仕事をする気分になれなかった。
 宮崎に書いている『板子乗降臨』はラストが残っているが、そんな大事な部分をここで済ます訳にはいかない。

 なのでメモ用紙にMONO『ハテノウタ』のアイデアを書いたりしてみた。
 一つ思いついたが……あれは使えないだろうなあ。

 そうだ。
 『ハテノウタ』の仮チラシというのか、第一弾というのか、それが先日事務所に届いた。
 いつも描いてもらっている川崎君のイラストも載っているが、まだ着色はされていない。
 本チラシというのか、第二弾というか……それには完成したイラストが印刷される予定だ。

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posted by 土田英生 at 00:38| 東京 ☀| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする